玉への謁見。
(パ、パパ、どうしよう、この人気持ち悪い……)
マリの念話で我に返った俺は、未だにマリの手を握り続けているセアト隊長に注意すると、すぐに離れてくれたのだけれど、ディーネとスノウが彼に汚物を見るような目で睨んでいた。
「共也さん、マリちゃんに邪な気持ちを向けるこいつを、処しても良いですか? 良いですよね? それとも虚勢しますか?」
「ディーネ姉、私も手伝うよ。 マリに汚い物を見せない様にしないと!」
「ひ、ひぃ! た、助けてくれーー!!」
2人が本気で虚勢などしそうだったので、慌ててセアト隊長との間に入り止めさせた。
「待て待て待て! 2人共ストップ! いくら何でもそれはやり過ぎだから駄目だって!」
「だけど、こいつはマリちゃんに!」
「それでもだ! この国に来て早々、問題を起こすつもりかい? マリを大切に思うのは分かるけれど、人を殺したりしたらもうこの国に居る事は出来なくなるし、マリを助け出す事も出来なくなる。
それでも良いのかい?」
「それは……。 困る……」
「はい、困ります……」
2人はシュンと気落ちしてしまい、怒りを収めてくれた。
「た、助かった……。 君は命の恩人だ、感謝するよ……」
マリを奴隷にした奴の履歴を、急いで洗い出して欲しいとお願いしているのにも関わらず、こうして無遠慮に話し掛けて来るこの男に、俺も少しカチンと来ていた。
「セアト隊長……。 でよろしかったですよね?」
「あ、ああ。 そうだが……」
「俺達は早くマリを玉様と言う人に、奴隷として売った男達の素性を洗い出してくれとお願いしたのに、何故マリの手を取ったりしたりしたのですか?」
「あ、いや、その……職務中だと言うのは分かっていたのだが。 マリ殿が可憐な少女だったものだから、ついお近づきになりたくて……」
ざわ、ざわ、ざわ。
「ロリコンだ」「ロリコンだね」「ロリコン死すべし!」
事の成り行きを見守っていた人達から言われたい放題のセアト隊長は、顔を真っ赤にして声がした方角を睨むと、野次馬達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「はぁ、マリが可愛いのは認めますが、まずは職務を全うして下さいよ……」
「う、うむ……。 済まなかった……。 取り急ぎ戻って、その履歴を漁ってそいつらの素性を洗い出してみる事にしよう。
ただ10年も前の資料だから少々時間が掛かるかもしれんが、なに、何時奴隷にされたのか分かっているなら、そう時間はかかるまいよ。
マリ殿、きっとあなたの無実を証明してみせますぞ! 皆の者、さっそく署に戻ってその年代の資料を全て洗い直すぞ!!」
「えええぇぇ!? 頼まれたのは隊長なんですから、1人で調べて下さいよ!!」
張り切るセアト隊長とは逆に、無実の罪を少女に被せて奴隷とした連中が本当にいたとするならば、その案件に係わったらタダじゃ済まない事を理解している隊員達は、本気で嫌がっていた。
「ぬ、ぬう。 ならば良い! 儂1人でも調べて来るから、お前達は集まった野次馬共を解散させておけ!」
「あ、隊長! 行っちゃった……。 しょうがない、一応俺達の上司なんだから、言われた事をしますかね」
残された部下達が、集まっていた野次馬達を解散させた事で、周辺は何とか静かになったのだった。
「これでマリちゃんの無実が証明出来れば良いですね、共兄」
「あぁ、ジェーン本当にそうだ、手荒な事は出来るだけしたくないからな」
“ジャラ”
「パパ……」
「マリ、良く今まで頑張ったね。 おいで」
「……ふぅぅ。 パパ~~!!」
抱き付いて来てマリは今まで相当辛い目に合っていたのだろう、大きな声で泣く幼い体は所々汚れていているし、あれだけ艶やかだった髪もボサボサになってしまっている。
「わあああぁぁぁぁ~~~!!」
マリを強く抱き締めているとベアードが声を掛けて来て、玉様の所に行く事にしようと提案してくれたので、俺は了承するとマリを右腕で抱き抱えて歩き出した。
「マリちゃん」「良かった、マリちゃん」「マリちゃん」
「エリア姉ちゃん、菊流姉ちゃん、ジェーン姉ちゃん?とリリス姉ちゃん? アーダンとトニーも居る。 新しい人も沢山いるね!」
「そうだよ、マリもこの中に必ず入れるから仲良くして上げてくれ」
「うん! もちろん!」
こうしてベアードの案内で一際高い建物。 城の様な建築物に向かって歩いていた。
「ううぅ、おじさんも年を取って涙腺が緩くなってしまっていけないぜ…………。 良かったなマリちゃん!」
「…………何であんたが付いて来るんですか。 え~~っと」
「お? そう言えば名乗って無かったな俺の名は『近藤 剣』日本人だ」
「やっぱり日本人だったんですね。 でも、あなたの顔を見た覚えが無いのですが、10年前に召喚されてきた人じゃ無いですよね?」
「あぁ、俺はそれより少し前に、この国のお年寄りに召喚されたんだ。 余命僅かとなった事で、せめて召喚スキルを使って、人生の爪痕のような物を残したいと言う欲望が沸いて来たらしいんだが……。
俺が召喚されて暫くしたらショック死しやがったものだから、ここが何処なのかと言う説明も無いし、お金も無いしで最悪な状況だぞ!?
せめて説明してからくたばりやがれって言うんだ!! ……一応墓は作ってやったがな」
俺が召喚されたばかりで、そんな状況に立たされたら絶対に絶望してる……。
「た、大変だったんですね……」
「全くだぜ……。 それで話が変わるが、お前が持っている刀が雷切だとすると、お前は神白京谷の関係者か?」
「近藤さんは、京谷父さんを知っているのですか?」
「ああ、やっぱりそうだったのか、あいつとは同じ師の元で剣術を学んだ仲だからな。 ん? でも確かあいつには娘が1人だけだった気が……。 確か、その娘も……」
千世ちゃんが交通事故で死んだ事も知ってるなら、京谷父さんとは結構仲が良かったのかな?
それなら、少し俺の素性を明かしても良さそうだ。
「はい、俺は色々あって京谷父さんの息子として迎えられたんです、要するに養子ですね」
「それでか、あいつに似て無いなとは思ったが養子だったか。 雷切とお前がこっちに来てると言う事は、京谷は地球で悲しんでるんじゃないのか?」
「いえ、京谷父さんもこちらの世界に来ていますよ?」
「は? はっはっはっは! 共也君、大人を揶揄ったら行けないよ? ただでさえ召喚スキルを持っている者は希少なのに、君を合わせたら何人必要だと……」
近藤さんは俺達の顔が変わらないのを見て、本当の事だと悟った様だ。
「………マジで?」
「ええ、砂沙美母さんも来てますし、知ってるか分かりませんが、格闘家の冬矢さんと冷華さんも来てますよ?」
「あいつらも、こっちに来てんのかよ!? ま、まあ京谷達も良い年になったから、現役を引退をして雷切を君に託したんだろうし~?
こっちの世界に来たからと言って、中年だから魔物を狩るのも一苦労だろうから、収入も安定しないだろうし~?」
「あ、こっちに来た影響で、4人は今20代前半の体に若返ってますよ?」
「え…………。 京谷と砂沙美さんが若返ったと言う事は……、もしかして昔みたいにイチャイチャしてると……か?」
「えぇっと……。 はい、港町アーサリーに残って新婚気分を味わってます…………」
「…………………」
近藤さんが急に無言になり、俺達が玉様の居る城に向かって歩く音だけが響く中、彼が唐突に崩れ落ちた。
「こ、近藤さん!?」
「何だよもう! また、あいつ等ばっかり人生を楽しみやがってさ~~~!! 俺はこっちの世界に来てからも、ぜんっぜん女っ気無いのにさ~~!!」
地面を何度も叩く近藤さんに、皆が引いている。 こ、ここは俺がフォローを入れるべきなのか?
「近藤さん、きっと今からでも良い出会いが待ってますから、元気出して下さい!」
「と、共也君。 男の気持ちを分かってくれるのは、やっぱり孤独なおと……こ……」
近藤さんが俺を見てある事に気付いた。 気付いてしまった……。
「1,2,3,4,5,6,7,8………お前ハーレムパーティーじゃねぇか!! もうやだこいつ、何が俺に良い出会いがあるだよ!
自分は女ばかりのハーレムパーティーだから余裕があるんだろうよ! ふざけてんのかよ! 俺、こいつの事、嫌いだわ~~!」
俺に理不尽に当たって来る近藤さんに腹が立って、たまたまこうなっただけで俺が望んだ訳じゃ無い! と言いそうになったが。
言ったら言ったで後ろに居る女性陣から、呪い殺されそうな視線が飛んで来そうなのであえて黙っておく……。
「おい、そこの。 近藤とか言ったか?」
トニーさんが急に近藤さんに声を掛けたので、やけくそ気味に返答する近藤さんだった。
「そうだが何だよ~~!? 俺は今人生に絶望してんだよ、ほっといてくれよ~~!!」
「良いのか? 俺達はこのフォックス国でマリちゃん救出する用事が終わったら、次はルナサス様の治めるクロノス国に行く予定なんだが、お前はこの意味が分かるか?」
ルナサスの治めるクロノス国に行くと聞いて、何故か勢い良く顔を上げる近藤さん。
何故に?
「ま、マジか? お前達、そのマリ嬢の案件が終わったら、出会いの国クロノスへ行くのか!?」
「出会いの国??? ジェーン、ミーリスどう言う事?」
俺達は10年間この世界に居なかったから、クロノス国の内情を知ってそうなこの2人に質問してみたのだが、2人は2人で微妙な顔をしていた。
「えっと……。 実は、アストラさんとココアさんが異種族婚してから、ルナサスさんが他人の出会いを国を上げて応援する事に嵌まっちゃいまして……」
「出会いを求める者達が歩いていると、急にイベント?が発生して知り合える事が出来るらしぞ。
まぁ、彼女や妻が居てもお構いなしにイベントが発生するらしいから、少し問題になっている所はあるがな」
ジェーンとミーリスが俺に丁寧に説明しれくれたのだが、近藤さんはトニーさんの前に凄い速度で進むと、土下座して懇願して来た。
「トニー殿、頼む、一緒に俺も連れて行ってくれ! 俺もそこに行こうとして何度も入国申請を送ったんだが、ずっと断られ続けていたからもう諦めようと思っていた所だったんだ……。
た、頼む。 甲板掃除でも何でもするから、俺もクロノス国へ連れて行ってくれ、もう1人身は嫌なんだよ~~!!」
トニーさんと俺に縋りつく近藤さんの必死さに、恐怖を感じていると。
「良いぞ? だけど、マリちゃんの事がちゃんと終わってからだからな?」
船の持ち主であるアーダン船長が、乗船する許可をアッサリ出してしまった。
「せ、船長! ありがとう、ありがとう!!」
「分かった、分かったから! 一応船員となる以上は、今回のマリちゃんを救出する手伝いも、ちゃんとして貰うぞ?」
「勿論だぜキャプテン!!」
凄く元気よく敬礼する近藤さんは置いておいて、今ベアードが城門前で玉様に会う為の申請をしている所だった。
「どうやら、丁度今なら予定が開いているらしくすぐ会えるらしいが、勿論会うよな?」
「勿論です。 申請をお願いします」
「分かった。 と、言う事だからすぐに会う手続きをしてくれ」
「了解です。 では私は玉様に申請書を持って行きますので、あなた達はそのまま門を通り城内に入って下さい。
そうすると案内の者が参りますので、案内された部屋で少しの間ですがお寛ぎ下さい」
「ご丁寧にありがとうございます。 アーダン、皆行こうか」
城に入り和服らしき着物を着た女中の人が待機する部屋に案内され、俺達は少しの間寛ぐのだった。
「パパ……。 私、パパ達とまた一緒に旅をする事が出来るよね?」
「ああ、もし駄目だと言われたら、攫ってでも連れて逃げるから安心して」
「うん、パパ大好き……」
ぎゅっと強く抱き付くマリを優しく撫でていると、襖が開き女中さんが、玉様と面会する謁見会場へと案内された。
そして、俺達が畳の上に人数分置かれた座布団の上に座ると、奥から1人の女性が入って来た。
「玉様のおな~~り~~」
兵士の1人に玉と呼ばれた女性の容姿は、銀色の髪を腰まで伸ばし、目は赤色、狐の耳と尻尾を生やし服は和服ぽい色合い。 そして肩と胸の上部を大きく露出させていて、目のやり場に困る状態だった。
そして、玉と呼ばれる女性が上座に座ると、会談が始まった。
「さて、わっちに用事があるようだが、何用かえ?」
玉は赤い目を光らせて俺達を睨んで来たが、ここで退くわけには行かない。
マリを奴隷から解放して、また一緒に旅をする。
その目的の為の交渉が、始まろうとするのだった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
前回で出て来た剣士は斎藤と言う人物でした。
次回からも暫く出す予定の人物なのですが、気に入ってくれたら幸いです。
次回は『マリの奴隷解放の条件』で書いて行こうと思っています。




