島国へ。
「ねぇ共也、廊下にずっと立っているのも何だし、あなたの部屋に入れて貰って良いかしら?」
「あ、ああ」
俺はリリスを部屋の中に入れる際にすれ違ったのだが、ふわりと良い匂いが漂って来た事にドキっとさせられるのだった。
「ねぇ共也、いきなりだけどこの宝石箱開けてみて」
部屋の中に設置してある椅子に座ったリリスは、俺に小さな宝石箱を差し出して開けるように促して来たので開けてみた。
そこにはリリスの目の色と同じ金色の宝石が嵌められた、1本の鍵が収められていた。
そしてその鍵と似た物を俺も持っている。
「リリスこれはまさか?」
「うん、共也の予想道りだと思う。 記憶が完全に蘇ったから思い出せたけど、私は10年前グランク様にこの宝石箱と一緒にこの鍵を晩餐会の時に預かっていたの。
当時はこの鍵が何を意味するのか分からなかったけど、今なら分かる。
共也、その鍵があなた達がしようとしてる事に必要なんだよね?」
「グランク様の遺言で、全部集めろと言われてるからね」
「そうだよね、ならその鍵を託すよ。 付いて行くことが出来ない私の代わりだと思って大切にして欲しいかな?」
そうか、リリスの記憶も完全に戻った。
そして自分が収めるべき国に戻って来たんだ、これ以上俺達と一緒に行動する訳にはいかないのか。
「リリスとはシンドリア王国で再会してから、ずっと一緒に旅をして来たから別れるのは辛いけど……。
お前はこの国の代表なんだから、国民を導いて行かないといけないんだもんな……」
俺がそう言った途端に、リリスは俺に抱き付くとベッドに押し倒した。
「嫌! 皆と別れる事も嫌だけど、共也と別れる事がもっと嫌!! 嫌なんだよ共也!!」
「リリス……」
俺の胸に顔を押し付けて泣き続けているリリスの頭に手を乗せると、ビクっと体を撥ねさせると顔を上げた。
「共也、シンドリア王国であなたと再会してからずっと一緒に旅をして来た間も、記憶が蘇らなくて満足に戦力にならなかった私を、見捨てる事無く守ってくれたよね。
そんなあなたが私を守ってくれる背中を見てる間に好意を、そしてこの国に戻って来て別れが近づいた時に気付いたの……。 すでに私はあなたの事を愛してるって……」
涙目だが真剣に語るリリスの告白を、俺は黙って聞くしか無かった。
「でも、たとえエリアが私を共也の嫁の1人になる事を認めてくれても、この国に住んでいる人達を私が守らないといけないの……。
だから私の旅はここでお終……い。
ぐす……。 嫌だよぅ……、共也、共也、あなたと別れたく無いよぉ。 どうして私はこの国の代表となる為に生まれて来たの?
どうして共也とこれ以上一緒に旅が出来ないの? どうして、どうして!?」
リリスは俺の胸の上で、何度も何度も握り込んだ手を叩きつけて来た。
ずっと胸の上で泣き続けているリリスに何と言って良いのか分からない俺は、両腕で優しく抱き締めると驚いて顔を上げて来たが、すぐに笑顔を向けて来た。
「ふふ、そこで抱き締めて来れるけど、私に手を出して来ない所は共也らしいね」
「しょうがないだろ、世界が平和になるまではってエリアと約束してるんだから……」
「呆れた、そんな約束を律儀に守るつもりなの?」
「う、俺だって男なんだから、本当はエリアと愛し合いたい願望はあるけどさ……」
「今日、お父様が言った事でも分かったんじゃない? 私達は明日、もしかしたら死ぬかもしれないって……。 私は未練を残したまま死ぬの何て嫌よ?」
「それは俺もそうだけど……」
「なら時期を見て、もう一度エリアと話し合ってみるべきじゃない?」
「そうか……。 そうだな……」
明日死ぬかもしれない。 この言葉を聞いた俺は命が軽いこの世界で確かに未練を残して死にたくないと思うのだったが、リリスが離れてくれない事に気付いた。
「あのさ、リリス、もう離れてくれないかな?」
「何で?」
「何でって、君も知ってるじゃないか、最初はエリアとって」
「知ってるけど、共也も約束を忘れて無い?」
「約束って何の事を言って……。 あ、まさか……」
「ふふ~♪ 思い出した様ね、アーサリーで添い寝しても良い事になった約束を♪」
呆れた……、あれだけ悲壮感を持って俺に別れるのを嫌だって言っていたリリスが、最初から俺と添い寝する気で来ていたとは……。
「それでわざわざ寝間着を着て来てたのか……」
「良いじゃない、今日であなたと暫くお別れなんだから。 ……ねぇ共也はエリア達ともうキスはした?」
「……何度か……」
「なら……、私もして良い?」
「いつも思うんだが、皆は俺の何処がそんなに気に入ってるんだ……?」
「共也だから良いんだよ、理由なんてそれで充分。 で、キスして良いよね? 良いと言え!」
「キスだけだからな?」
「わ~い! ありがと♪」
先程まで泣いていたとは思えないほどの綺麗な笑顔で、俺に顔をどんどん近づけて来る際にリリスの形の良い胸が押し当てられて潰れている感触が伝わって来る。
その感触に緊張していると、リリスが目を瞑り唇を押し当てて来るのだった。
「ん……」
ユックリと離れたリリスは、頬を染めて幸せそうにウットリとしていた。
「共也……。 もう1回……」
「ちょ! リリス? う……」
もう一度唇で口を塞がれた俺は、たっぷり1分近く離れてくれないリリスを何とか引き剥がすと、頭に手刀を叩きつけた。
「きゃん! 痛いよ共也」
「落ち着けリリス。 それ以上すると俺も我慢出来無くなるから……な?」
「別に良いのに……あ、嘘ですごめんなさい。 手刀を叩き込もうとするのは止めて!」
俺が右手を上げたのを見たリリスは、頭を押さえてベットの端まで後ずさった。
「はぁ……。 俺もヴォーパリアの野望を砕くまで死ぬつもりは無い、だから必ず生きて再会出来るはずだから。 その時までは……な?」
「本当だね? 嘘を付いたら天界まで追いかけて行くからね?」
「天界……ああ、死後の世界って事か、分かったよ。 その時が来たら俺も覚悟を決めるよ」
「うん……。 なら私も今は添い寝で我慢する……だからさ、共也」
「何だ?」
「死なないでね? あと、強く抱き締めてくれると嬉しい……」
「リリスってこんなに甘えん坊だったんだな……」
「こんなに甘えてるのは共也にだけだよ!? 私が誰にでも甘えてるみたいな言い方は心外!」
「わ、悪かったって、そう怒らないでくれ……」
「悪いと思ってるなら。 ん! 早く抱き締めて!!」
両手を広げて俺を待つリリスを強く抱き締めると、そのまま2人でベッドに横になったのだが、グレイブ戦の疲れが表に出て来たのか、いつの間にかウトウトし始めていた。
「共也、愛してる……だからきっと生きて私の所に帰って………来て……ね」
「あぁ、……必ず……」
こうして俺の部屋の中には、小さな寝息の音が朝まで続くのだった。
=◇===
朝になり目を覚ますと、俺の腕を枕にして気持ちよさそうに眠っているリリスの顔が目に入って来た。
「リリス、リリス。 そろそろ起きないといけないんじゃないのか?」
「ん、んう~~~。 もう少し寝かせて……」
「……お、き、ろ!!」
「な、なにふふの共也!!」
リリスの両頬を引っ張って強引に起こした事で非難されたが、この国の代表者となったからには朝から業務が始まるはずだ。
「今日からリリスも、シュドルム達の業務を手伝うんじゃなかったのか?」
「シュドルム達の……。 そうだった!! 寝坊だ!! 共也またいつか添い寝してね!!」
ベッドから飛び起きたリリスは、寝癖で髪をボサボサにした状態で慌てて部屋を飛び出して、身支度をする為に自分の部屋へと帰って行った。
「嵐の様だったな……。 さて、俺も港町に行く準備をするかな」
俺はリリスが出て行った扉を見て一人呟いた。
「また会おうな、リリス」
こうして俺は島国に向かう為に、オートリス城を後にしたのだった。
=◇◇==
【オートリス港】
皆と合流した俺達は港町に移動すると、まず最初にした事はアーダン船長に島国に連れて行ってくれないかと頭を下げてお願いする事だった。
アーダン船長は理由を詳しく聞いてはいないが、すでにトニーさんから話を聞いていたらしく、快く引き受けてくれたのだった。
「お前達を島国に連れて行くのは構わんが、ルナサス様の国に行かなくて良いのか? せっかく同じ大陸にいるのに」
「島国に行った後に、ルナサスの国を目指そうと思っています。 実は……」
アーダン船長を誰にも聞かれない場所に連れ出すと、トニーさんから聞いた事は伏せて、マリが島国で奴隷として囚われている可能性がある事を伝えると、目の色が変わった……。
「共也……、それは本当の事なのか?」
「確定では無いですが紫の髪を持つ人ってあまりいないじゃ無いですか? 可能性は高いと思っています」
「そうか……。 その話しを聞く前なら知り合いとは言え旅費を頂く予定だったが、マリちゃんが関わっている事なら話は別だ、今すぐ出発準備を開始しようと思うが構わんな?」
「はい、本当にマリが奴隷として扱われているなら、早く助け出してやりたい、アーダン船長お願い出来ますか?」
「任せとけ!! すぅ~~~~! 野郎共ーーーー!!! これから島国の【フォックス】に向かう、出航準備急げーーー!!」
「はぁぁぁぁ!?」
「アーダン船長正気ですか、一体何しにあの国に向かうって言うんですかい!?」
「うるせぇぞ!! マリちゃんがフォックスで奴隷として囚われている可能性があるんだ! それでもお前等は行かないって言うのか!?」
その一言を聞いた途端、船員達はピタリと動きを止めて静かになった。
そして、徐々に理解が及んで来た船員達から、怒号の様な声が立ち上がった。
「マリちゃんって、ケントニス帝国に行った時に孵化して俺達にも懐いてくれていた、あの海龍の子共のマリちゃんですか!?」
「説明御苦労!! そうだ、そのマリちゃんだ! お前等はこの話を聞いても助けに行かないつもりか!?」
「アーダン船長、ふざけないで下さい、助けに行くに決まってるでしょう! あんな可愛い子を奴隷だと!? 許さねぇ……出航準備だ野郎共ーーー!!」
『「「おうーーー!!」」』
アーダン船長の指揮の元、出航準備が物凄い速度で進んで行くのだった。
「みんな、もう少し時間が掛かりそうだから、今の内に別れを言って来ると良い」
アーダン船長が指差した船の接岸部には、アーヤとテトラ、そしてガルボが見送りの為に来てくれていた。
「アーヤ! テトラ! 来てくれたのかぇ!」
「はい、ミーリス様。 今まで私達の師匠として指導してくれたのですから、あなたの最初の門出くらい見送りに来ますよ。
お師匠ミーリス様、私達はあなたが幸せになる事を願ってます、ヴォーパリアとの決戦の時にまた会いましょう」
「ミーリス様、今までご指導ありがとうございました」
「うん、きっと共也が幸せにしてくれるはずだ、2人共また元気に会おう!」
「「はい!」」
ミーリスはアーヤとテトラの2人と抱き合い別れを惜しんでいた。
「共也、俺もこの国に残ろうと思う。 シュドルムだけに負担を掛け過ぎたし、グレイブ様がまた攻めて来ないとも限らないからな」
「ガルボ、与一を救い出す事が出来たのはあんたのお陰だ、感謝してる……。 ほら、与一も」
天界に招かれていた与一も、朝日が昇る頃には地上に戻って来て俺達と一緒に港に来ていた。
そして、与一はガルボに頭を深く下げて感謝を伝えた。
「与一、お前の周りにいるライバルは手強いぞ? 気張れよ!」
「うん、共也をきっと支えて行ってみせるよ。 ガルボも元気でね?」
「ああ、また会おう」
俺と与一はガルボと固く握手を交わすと、アーダン船長から出航準備が完了した事を告げる鐘が鳴らされた。
『カーン、カーン、カーン』
『出航するぞーーーー!!』
「皆、そろそろ出航するぞ、乗ってくれ!」
「トニーさん、分かりました。 アーヤ、テトラ、ガルボ、また会おうな! リリスとシュドルムにもよろしく言っておいてくれ!」
「神聖国ヴォーパリアを打倒するぞ!」
「勿論だ!」
俺とガルボが拳を突き出し合い別れを惜しんでいると、アーダン船長が操る船がユックリと岸壁から離れ始めるのだった。
=◇◇◇==
アーダン船長の船が、出航準備を開始する少し前に遡る。
【魔王城オートリス・執務室】
リリスはシュドルム、マリアベルと共に大量の書類を前に黙々と処理していたが、時たま窓の外を眺めて溜息を吐いていた。
その光景をシュドルムとマリアベルが何度も目撃した事で、目線を合わせると頷きリリスに声を掛ける。
「リリス。 皆、いや共也と離れるのは辛いか?」
「な! 何を言ってるの、私はこの国の代表で国民を守る義務があるのよ!? 色恋に現を抜かすなんて真似、出来るわけ……無いじゃ……ない」
「……こんな時だけ頑固になりやがって……。 リリス、立て!」
「何よ急に……」
「組み手をする約束だっただろ。 1本勝負だ、構えろ」
「今更何を言って……」
「来ないのならこっちから行くぞ!!」
シュドルムはリリスが構えないのをお構いなく、机を蹴ってリリスに襲い掛かった。
「きゃあ!」
ペチン
リリスは腕を交差させて防御の構えをしたのだが、何故か拳の部分に何かが当たった感触があった。
「へ?」
「いたたたた。 リリスやるじゃないか1本取られたぜ」
そこにはワザとリリスの拳に頬を当てて、床に座り込んでいるシュドルムが居た。
「シュドルム、あんた何を茶番劇みたいな事をしてるのよ……」
「約束だっただろ?」
「え?」
「俺に1本入れたら共也達と一緒に旅を続けて良いってな」
「え? え? え?」
リリスの理解が追いついていない中、そっと肩に手を置いてくれたのは、マリアベルだった。
「リリス様、あなたは確かにこの国の代表ではありますが、私達でも留守を預かる事は出来ます。 この10年間、我々でも問題なくやって来れたのですから」
「ベル……」
シュドルムは立ち上がると尻に付いた誇りを払うと、私の背中をそっと押した。
「共也と一緒に世界を旅してこいリリス、今ならまだ出航までに間に合うはずだ」
「良いの? そんな事言われちゃったら、私本当に行っちゃうよ?」
「行ってこい。 その代わりちゃんと俺達より強くなって帰って来るんだぞ? 旅を終えて帰って来て、もし俺より弱かったらこの国は俺が貰うからな?」
「うん、きっとあなたより強くなって帰って来る!」
「約束だぞ? この国は俺が守っててやるよ、気にせず行ってこいリリス」
「行ってらっしゃいませリリス様」
「行って来ます、2人共、ありがと!!」
執務室の扉を勢いよく開けて出て行くと、リリスは自身の荷物を自室にある荷物を纏める手収納袋に詰め込むと、魔力で身体強化をしてオートリス城を飛び出した。
「共也、今行くから置いて行かないで……」
リリスは小さく呟くと、オートリスの港町に向かって走るのだった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
切りの良い所まで書いたら長くなってしまいました……。
次回は『フォックス港に』で書いて行きます。




