目覚め。
前魔王であるグレイブは、シュドルムとガルボの2人と対峙しても余裕の表情を崩していない、いや、むしろ余裕の表情で口角を上げて笑っている。
「グレイブ様、いや、もう敬称を付ける必要は無いんだったな。 おい、グレイブ、何を笑っていやがる」
シュドルムに尋ねられた事で自分が笑っている事に初めて気づいたらしく、1度唇を触ると真顔になったグレイブは、先程のシュドルムの問いに答えた。
「これが笑わずにいられると思うのか? 師匠である私に勝てるつもりでいるお前達の言動にな!」
グレイブが答え終わると同時に魔力で体を強化すると、先程リリスを攻撃した時の様に腕を鞭の様にしならせた拳打を2人に放って来たが、それは予想したシュドルムは剣の腹で、ガルボは腕を交差して危なげなく受け止めてみせた。
「ほう、 昔のお前達なら今の攻撃で終わっていたのだが、2人とも少しは成長した様だな。 師匠として強くなったお前達を見れて嬉しく思うぞ」
「お前が……、お前が、俺達の師匠の口で思い出を語るな!!」
「そうだ! 俺達の知っている師匠は厳しくはあったが、決して今のお前の様に獲物を見る様な眼でリリスを見る事は決してしなかった!!」
「ククク、あの鼻たれ小僧共が一端な口を叩く様になったものだな。 年月が経った事を否応なしに感じさせられる」
魔王グレイブは攻撃手段を拳から手刀に形を変えると、また腕を鞭の様にユラユラとさせ始めると、無人の野を行くがごとく、シュドルムとガルボが油断なく構えている方角に向かって歩き出した。
「舐めやがって! 俺が先に行く、ガルボ、お前は俺の攻撃の隙を埋める感じで動いてくれ!」
「分かった、何時でも良いぞ、シュドルム!」
「行くぞ!!」
「さっさと来い、攻撃はしないでおいてやるよ」
「はぁぁ!!」
シュドルムが大剣でグレイブの頭に打ち下ろしに対して、優しく手を添えて剣を横に逸らして行く。
そして、ガルボは隙の出来たグレイブの胸へ正拳を放つ。
「ガルボ、お前もまだまだ甘い!! その隙はわざと作った物だ、迂闊に飛び込むなと昔何度も教えただろうが!!」
「ぐあーー!!」
グレイブは、ガルボの正拳を左手で、回し受けの要領で攻撃を後方に逸らすと、その勢いを利用して投げ捨てた。
「ガルボ!」
「馬鹿野郎! 前を見ろ!」
「ち!」
“ガキン!”
「惜しい、ガルボの言葉が無ければお前を仕留めていたものを。 種族の格が上がったと聞いたが弱い、弱いなぁシュドルムよ。 それでリリスの兄貴分を名乗るとは片腹痛いわ」
「そのリリスを今現在悲しませている、あんたが言う事じゃねぇよ!!」
「アッハッハ! そのリリスを泣かせた奴を、2人係りで倒す事が出来ないでいるのは何処のどいつだ?」
シュドルムとガルボが2人係りで攻撃するが、グレイブは両手で上手く捌いて当てる事が出来ないでいる。
俺が参加しても上手く連携攻撃している2人にとっては、むしろ邪魔になるだけだと思い、踏みとどまっていたが、2人の事を心配そうにしている木茶華ちゃんが目に入った事で、試してみたい事が出来た。
「木茶華ちゃん!」
「ひゃ! な、何、共也君!?」
「君の歌声にはデリックさんを一時的だったけど、正気に戻す力があるみたいなんだ。 もし、あのグレイブもダリアの魅了によって操られているなら、君の歌で元に戻せるかもしれないんだ。
だから、君の歌にその力があるなら、これからの戦いできっと必要となるはずなんだ。
木茶華ちゃんの歌を聞いたグレイブが襲って来るかもしれないけど、君の事は俺が必ず守ってみせるから、今ここで歌ってみてくれないか?」
未だに激しい戦闘をしている2人を横目で見ながら、俺の提案を聞いたリリスも、もしかしたら父親が元に戻る可能性があるかもしれないと思い、木茶華に頭を下げるのだった。
「木茶華、私からもお願い! もしかしたら効果が無いかもしれない、でも、もしお父様が操られていると言う事が分かったなら、完全に魅了を解除する手段を探す事が出来るわ。
お願いよ、木茶華!」
「…………分かったよリリス。 でも歌ってる間は完全に無防備になるから、皆で守ってね?」
「ありがとう木茶華!」
ディーネ達もカリバーンから全員出て来て貰い、彼女を中心に陣形を敷き、木茶華ちゃんが歌ってくれる事を待っていた。
(怖い……。 でも今歌わずに何時歌うのよ……)
震える手を擦りながら歌おうとする木茶華ちゃんの肩に、エリアが優しく手を置いた。
「頑張って、木茶華。 大丈夫、きっと共也ちゃんがあなたを守ってくれるわ」
「エリア……。 まさかあなたに励まされるなんてね……ありがとう……。 皆、歌うね……。 すぅ~~。 ~~♪♪♪」
木茶華ちゃんの歌が辺りに響き始めると、今まで余裕の表情で2人の攻撃をいなしていたグレイブが苦悶の表情を浮かべて、時々シュドルムとガルボの攻撃がかすり始めていた。
「何だこの私の頭を直接刺激する、不快な歌は!」
「どうしたグレイブさんよ、歌が聞こえ始めた程度で妙に苦しそうにしてるじゃないか!」
「ガルボ、シュドルム! 調子に、乗るなぁ!!」
2人を魔力で弾き飛ばしたグレイブは、俺達の中心で歌っている木茶華を見つけると、シュドルム達と戦っていた時より威圧感を放ちながらこちらに突進して来た。
「その歌を止めろ、女ーーー!!」
「来たぞ!! グランク様、あなたのスキルを使わせて頂きます!【金剛】!!」
“ガギン!!”
「何! 俺の一撃を受け止めただと!?」
「皆、今だ!!」
「お前ごときに共也をやらせる訳にはいかんのじゃ! 《六属性魔法・彩獄》」
ミーリスの発動した七色に輝く牢獄に閉じ込められる事を回避したグレイブだったが、ノインやタケ達の連携攻撃の前に攻め切る事が出来ずに、一旦離れると何かの強大な魔法を発動させるための魔力を練り始めた。
「ち! 特級魔導士や天使までが混ざっているとはやっかいな、だがこの魔法の前には無力だ!《暗黒魔法・黒色玉》」
グレイブが魔法を発動させた事で、現れた巨大な黒い球を見たディーネが慌てて声を張り上げた。
「あなたはその魔法がどのような効果を持っているのか、分かった上で撃つつもりなのですか! この国が滅びますよ、止めなさい!」
「ハハハ! その様なハッタリでの脅しは私には通用せんよ、歌い手と共に消え去れ!!」
グレイブは、その巨大な黒色玉を娘であるリリスに躊躇なく放った。
「この愚か者が!! 皆さん打ち上げては駄目です、小さな玉となって辺りに降り注いで被害が拡大してしまいます。 相殺してください!!」
「無理難題を! だが無視も出来んか、まずは儂が魔力をぶつけて黒色玉の進行を遅らせるから、他の者もありったけの魔力をぶつけるんじゃ!!」
「わあぁぁぁぁ!!」
「共也と契約して最初の戦闘がこれか! 空弧耐えろよ!?」
「分かってるわよ天弧、ぐぎぎ重いぃ~~~~!!」
だが、黒色玉は俺達の魔力を受け続けているが、相殺出来る様子は見えない。
むしろ、徐々にこちらに迫って来ている。
「ハハハ! 私を不快にさせる歌い手とその守り手よ消え去れ!」
「やらせないわ! 私が全力全開の身体強化をして受け止めれば!!」
リリスは自身が出来る身体強化を最大限まで引き上げて前に立つと、黒色玉を両手で受け止めた。
“じゅ~~~”
「くぅぅ、この玉って瘴気で出来てるの!? 手がただれて行く!」
リリスが押さえてくれていたお陰で魔力をずっと注ぎ続ける事が出来たので、少しずつ小さくなっていた黒色玉だったが、魔力を全開にしている事で限界が近い様で押され始めていた。
「皆、ごめん。 もう魔力が保たない……くぅぅ」
もう駄目なのか……。 そう思った時だった。
「カカカカカ! こんな事で諦めるなどリリス様らしくありませんぞ、どれ私も力を貸しましょう」
何処からともなく何処かで聞いた様な声が響くと、リリスから白い幕の様な物が沸き出すと全身を覆って行った。
「この魔力の感じは、もしかしてトーラス!?」
「お久しぶりですなリリス様! 説明は後でいたしますから、まずはこの玉を消滅させてしまいましょうか」
「でも、この黒色玉が強力過ぎて、止めるのが精一杯でこれ以上はどうしようも無いのよ!!」
「むむむ、この形態もまだ発動したばかりですので、力をそこまで引き出せていませんな……。 どうしましょうかね? カカカカカ!」
「トーラス笑ってる場合じゃないでしょ! あなたはリッチなんだから何か良い考えを捻り出しなさい!!」
トーラスの緊張感を感じ無い言葉にリリスの口調が荒れてしまうが、その時ずっと黙っていた与一が手を翳しスキルを使用した。
「リリスちゃんその場から離れて! 黒色玉よ凍てついて、その動きを止めなさい【氷結】」
与一のその言葉に慌てて離れたリリスが見たその光景は驚きの一言だった。
地面から一瞬で延びた氷柱が、黒色玉に接触すると同時に凍てつかせて動きを止めてしまったのだ。
その常識外れの光景に、さすがにグレイブも驚きを隠せないでいた。
「我が主神から授けて頂いた魔法が凍らされた……だと!? しかも、氷結のスキルは魔法生物だった、氷魔将コキュートスが所持していたスキルのはずだ! 何故貴様ごときがそのスキルを持っている、何者だ名乗れ女!!」
徐々に氷の粒となって消滅して行く黒色玉を見て、グレイブは歌の影響で痛む頭を押さえながら、与一に名を尋ねて来た。
「私は共也の未来の嫁の1人、日番谷与一だよ。 我が魔力よ氷結して弓となれ」
“パキパキ、パキパキ”
氷の弓と矢を作り出した与一は、グレイブに矢を撃ち放つと左腕で払いのけられるが、払いのけた左腕を起点に凍り始め、そして凍る範囲が肩の方へと伸びて行った。
「なっ! こいつ!」
“ズバ!!”
グレイブは右手で手刀を作ると、左肩から先を切り落とした。
“ドサ。 パキパキ、パリーン!”
間一髪間に合ったらしく、切り落とした左腕は完全に凍りつくと砕け散った。
そして、グレイブが自分で切り落とした左肩からは……予想はしていたが血が一滴も出ていない……。
その事にこの場に居る全員が気付き、シュドルムがグレイブに声を掛ける。
「グレイブ、やっぱりあんたアンデットとして復活していたんだな、肩から先を切断したのに血が一滴も出ていないのがその証拠だ……」
「そして、共也の女の1人である木茶華の歌を聞いて明らかに動揺していたから、ダリアの魅了スキルの影響下にある事も確定だな……。
グレイブ、今そこにいるのは俺達が知っている前魔王のグレイブ様なのか? それとも本当にさっきまでのお前が本当のグレイブ様なのか?」
膝を付いて動かなかったグレイブは、肩を揺らして含み笑いをしている。
「クックック、シュドルム、ガルボよ、私の時代では終ぞ叶わなかった沢山の多種族と交友関係を築いてくれた事、嬉しく思っておるよ」
「まさか、その言い方は俺達の知っているグレイブ様?」
「あぁ、木茶華と言ったか。 彼女の歌を聞いたお陰で、少しだけだが理性を取り戻す事が出来たのだが、時間があまり無い。
これから言う事は前魔王の遺言と思い、実行してくれる事を願うよ」
「分かった……。 その遺言を聞こう」
「すまない。 だが、その前に、リリス」
まさか名前を呼ばれると思っていなかったリリスは、体が硬直してしまっている。
「い、今更何の用よ」
「すまない……。 先にお前に言った事を謝罪させてくれ。 私と妻のルシェリアはお前を愛している、その事に偽りは無いんだ……。
これから語る事は私が死ぬ前に起きた事だ……」
そう言うと、グレイブは自身が死ぬ前に起きた出来事を語り始めた。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
グレイブが木茶華の歌を聞いた事で正気を取り戻す話と、与一が武器を必要としない理由を書いてみました。
次回は『グレイブの過去①』で書いて行こうと思っています。




