対峙。
「ち、どうやったのか分かりませんが、こちらの位置を把握しているみたいですね。 迷いなくこちらに向かって来ている様ですね」
赤髪の女性は丘の上に立ちながらも、徐々に近づいて来ている気配に苛立ちを感じていた。
(どうやってこちらの位置を……いや、今はそれを考えている時じゃ無いわね……。 いざとなったら、こいつ等を囮にして……)
「あれだけ大量のアンデットが居ても、大した足止めにはならなかったか……。 なぁ、その宝玉の力を使って、もっと強力なアンデットを呼び出す事は出来ないのか?」
「で、出来無くは無いですが、まだこの宝玉の力は不安定で、いきなり強すぎるアンデットを呼び出すと、暫く宝玉の力が使えなくなる可能性があるので気を付けろと言われているのですよ」
(いきなり声を割り込ませて来るんじゃないわよ、ビックリするじゃない!)
「あなたの言う事も分かるのだが、このまま街の奴らにここを襲撃されて、その宝玉を奪われる方が都合が悪いのでは無いですか?」
「そ、それはそうですが……。 ああ、もう! どうしてこんな簡単な任務で、こんなに追い込まれる事態になるんですかね!! もう良いです、今から強力なアンデットを呼び出す為に集中します。 それまで奴らを、絶対に近づけさせ無いで下さい!」
マロウとバラモンの両名は、女性の指示に困った顔で一度頭を掻くと、近づいて来ている集団の足止めをする為に、その場を後にするのだった。
「行くぞバラモン、奴らを足止めして時間を稼ぐぞ」
「……分かりましたマロウ様。 私も覚悟を決めましょう!」
マロウとバラモンの2人が去った丘で、1人となった赤髪の女性は腰に下げていた宝玉を手に取った。
「こうなったら、やってやるわよ。 強力なアンデットを呼び出してあの街を蹂躙してやる。 そして多くの魂を刈り取って、マスターに褒めてもらうんだから!」
女性が頭上に掲げた宝玉から、黒い瘴気が溢れ出すと辺りを黒く染め始めた。
「名も知らぬ強力なアンデットよ、私の呼び出しに応じて現世に顕現しなさい!! 【サモン】」
“ぐおおおぉぉぉぉーーー!!!”
宝玉から溢れ出た黒い瘴気の中から、大きな咆哮が辺りに響き渡るのだった。
=◇===
“ぐおおおぉぉぉぉーーー!!!”
俺達が向かっている丘の上から大きな方向が響き渡ると、行く手を阻む様に先程と同じ様に色が違うアンデットが地面を突き破り大量に現れた。
「こいつらはさっき現れた奴らと同じ、アンデットの上位種か!」
先頭を走っていたガルボが、そのアンデットを殴り飛ばした事で、辺りに出現していたアンデット達もガルボに狙いを定めたらしく、周りを取り囲んで行った。
「ガルボ! 今行く!」
「共也、来るんじゃない! 俺の事は良いから、お前はこいつ等を呼び出している奴を討ちとれ!」
「だけど!!」
俺達がガルボを助け出すために、動こうとした時だった。
「凍てつかせろ氷麟斧【アイスニードル】!! ハッハッハ! ガルボ、ファンに囲まれて随分と楽しそうにしてるじゃないか!!」
「力也!? お前が何でここに、避難船の護衛はどうしたんだ!!」
そう、ガルボが囲まれている一角を氷の攻撃で崩して救出したのは、避難船の護衛についていたはずの力也さんだった。
「いや~。 最初は船の護衛をしていたんだがな。 避難して来た奴らが、ここは何とかするから、エリア様の手伝いに言ってくれと懇願されてな……。 しかもだ、避難して来た民衆の中に魔道具の収集家がいてな、貴重な身体強化の護符を俺に譲ってくれたお陰で、こうしてお前達に追いつく事が出来たって訳だ!」
「そうだったか。 正直戦力が増えてくれて助かるが、力也お前はここが死地になるかもしれないと分かった上で来たんだな?」
「当たり前だ! 死ぬのが怖かったらこんなアンデットばかりの場所に来る訳無いだろうが!!」
「分かった、分かった! 俺の言い方が悪かったから落ち着け!」
力也さんは周りにいるアンデットを倒しながら、ガルボを睨んでいた。 そんな睨み合う2人を置いておいて、ノイン、イリス、そして背中に乗せていたタケも残ると言い出した。
「共也兄さん、ここは私達が残るから先に行って!」
「【ライトノヴァ】さすがにこの状況は見過ごせないから、私も戦う事に決めたわ。 だから、大船に乗ったつもりで安心して戦って来て!!」
イリスは背中から白く輝く羽根を生やし飛び上がると、ランスを構えてアンデットの群れの中に突っ込んで行った。 様々なアンデットを葬っているイリスだったが先程撃った魔法が、ガルボ達を再び取り囲もうとしていたアンデット達に着弾して、次々と消滅させていった。
“ドドドドドドドドド”
(共也、僕もノインちゃん達と一緒に残って戦うよ。 だからこのアンデット達を呼びだしてる奴を、早く倒して帰って来てね!)
「タケ、分かったよ。 怪我をしないようにな!」
(うん!)
またここでも何人もの仲間に殲滅を任せて、俺達は先へと進んで行たのだが、丘の上で巨大な瘴気が渦巻いている光景が目に入って来た。
「この戦いの元凶がいるのはあそこか!!」
俺は焦る心に突き動かされるように、走る速度を上げて接近しようとしていたが、銀色に光る3本のナイフが投擲されて来た事でそれも叶わなかった。
「共兄危ない!!」
“カカカキン!”
「ほう、この攻撃を止めますか、やりますね」
ジェーンは俺に投げられた3本のナイフを片手刀で弾くと、油断する事無く身構えてとナイフを投擲して来た場所を警戒していると、吟遊詩人の様な恰好をした男が草むらから現れた。
「アンデットじゃない!? お前は一体何者ですか!!」
「ふふふ、私は神聖国ヴォーパリアの将の1人、風のバラモン=トーマスと言うちんけな小悪党ですよ、どうぞよろしくお願いしますね、美しいお嬢さん」
「お前がこの惨劇を起こした本人ですか!?」
「いえいえいえ、あなたのご期待に応えられなくて残念ではありますが、私は兵士共を街に攻め込む様に指示はだしましたが、黒幕では無いんですよね~~。 ですよねマロウ様」
「ああ、そうだな【ウォータランス】串刺しにされて死ぬが良い!!」
バラモンに全員が集中していた為、横の草むらから現れた小太りの男からの魔法の攻撃に、全員が反応する事が出来無かった。
そんな、俺達に今まさに水で出来た水槍が突き刺さりそうになる寸前で止まり、弾けると消滅していった。
「何だと!? 今の間合いは必殺のタイミングだったのに、この水のマロウ=マークショットの魔法を止めた無礼な奴は、何処のどいつだ! 姿を見ろ!」
ウォータランスを止まられた事が余程頭に来たのか、男は顔を真っ赤にして俺達を怒鳴り散らしている中、俺の横に居ディーネがスっと歩み出た。
「あなたの攻撃を止めたのは私ですが、何か?」
ディーネは怒っていた、感知魔法を使っていたのにも関わらず、こんなちんけな魔法攻撃を撃たせてしまった事も。 自身が精霊となった事で司る事となった属性を打ち込まれた事も、怒る原因となっていた。
「女……、いや人間のように見えるが精霊か、だが……ふむ。 見た目も体つきも悪く無いな。 おい、お前の名は?」
「教えると本気で思っているのですか? それに私はこの共也と契約してる身ですが、例え誰とも契約していなかったとしても、お前の様な下衆と契約を結ぶ事は絶対にありません。
せめてその醜く突き出た腹を引き締めてから、私に契約も持ちかけてくれませんかね?」
うわぁ……。 ディーネの毒舌なんて初めて聞いたけど、俺達に水魔法を撃ちこまれた事を相当怒ってるみたいだな……。
でもディーネ、あまりにもバッサリと切り捨てた物だからプライドを傷つけたのか、水のマロウと名乗った奴が顔を真っ赤にして震えてるぞ……。
「き、貴様! 貴様! この水のマロウの誘いを、精霊の分際で、こ、断るだと! 許せん、ちょっと見た目が気に入ったから契約を持ちかけた私が愚かだった! いや、待てよ……あの精霊はさっき何と言った……」
マロウは顎に手を当ててブツブツと呟いていたが、急に顔を俺に向けて来たその顔は欲望に濡れていて、口の端から涎をダラダラと垂らしていた。
え、何で俺を見て涎垂らすんだ???
「お、お前が居なければその精霊は俺の物にする事が出来る! だから、さ。 死んでくれ!!【水魔法・水鋸】」
マロウの魔法が発動すると水で出来た丸ノコギリが生成されると、俺に向かって飛んで来た。
「させない!【水操作】」
“パシン!”
ディーネが俺の前に立ち塞がり攻撃を防いでくれたが、それを見たマロウの口からはさらに涎の量が増えて足元に水溜まりを作り出していた。 キモ!!
「くくく、やはりそいつを守るよな。 これでそいつがお前の契約者だと確信を得る事が出来た、後はそいつを殺せば、お前は俺の物だ!!」
マロウが手に魔力を籠めて俺達を攻撃しようとした時だった。
先程と同じく丘から、再び咆哮が発せられたのは。
“ぐおおおぉぉぉぉーーー!!!”
「共也さん、この変態は私が受け持ちます。 だからあなたは元凶の元に急いで向かって、召喚を止めて下さい!」
「今の咆哮の主は、それほどの存在だと?」
「ええ、精霊となった私には、先程の魔力が込められた咆哮で、何か良く無い存在が顕現しかけている事が分かってしまったんです。 早く止めないと取り返しがつかない事態になってしまいますよ!!」
「私達が素直に行かせると思っているのか? それは私達を舐めすぎだ、精霊!! 【水拘束・バインド】」
糸を引く水で出来た触手がディーネを拘束しようとするが、間一髪の所で回避して先程と同じくスキルによってただの水に変化させて難を逃れた。
「舐めてるのはどっちですか、水精霊に水魔法で戦おうなどと……」
水で出来た槍をマロウに突き付けてながら、ディーネはこちらに目線で訴えかけて来る『行って』と。
俺は丘の上で徐々に強まって行く瘴気の塊とディーネを交互に見た後に、この場の事を任せる決断をする事に決めた。
(ディーネ、そんな奴に負けるなよ?)
(当たり前じゃ無いですか、私はあなたと最初に契約した存在ですよ? 私の事を信じて)
(ああ、そうだな、ディーネこいつの事は任せるよ)
(はい!)
念の為、マロウにディーネの名を知られない様にするために、念話で会話した俺はディーネと別れ、丘の上に向かって駆けだした。
「おやおや~? 美しいお嬢さん、あなたはあの男と一緒に丘に向かわなくて良いのですか? 」
「先程共兄を不意打ちをして来たあなたを、放置して行くほど私は優しくありませんよ。 それに……ヴォーパリアの将の力を知る良い機会です。 お前はここで確実に殺しておきます……」
クイっと黒のマスクを引き上げたジェーンは右手に片手刀、左手に苦無を握り、風のバラモンと対峙するのだった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
港町アーサリーを巡る戦いも大分進んできましたが、もう少し続く予定なのでもう少しお付き合いをお願いいたします。
次回は“瘴気の中から生まれ出た存在”で書いて行こうと思っています。




