港町アーサリ防衛戦④
木茶華を宿泊している部屋へ残したままで、私リリスが階下でダランさん達が争っている場所へと降りて行くと、10人ほどの商人の恰好をした人達と戦闘している光景が目に入って来たのだった。
床にはすでに何人か倒れ込んで動いていない、どうやらこの人数と戦いながら制圧したようで、2人の強さが窺い知れた。
私が無防備に降りて来たとサーシャさんには見えたのだろう、こちらに顔を向けたサーシャさんは、目を見開き、私に早く逃げろと戦いながら必死に訴えてくる。
「リリスちゃん、何降りて来ているの! 私達の事はいいから早く逃げなさい!」
サーシャさんの台詞は本当に私の事を心配してくれている事を感じ取れるが、何も考え無しで2人が戦っている場所に降りて来る程、私も馬鹿じゃ無い。
「おいおい、こんな小さな宿屋にこんな良い女がいるとは俺達もついてるぜ!」
「や、止めなさい! ぐ! 邪魔なのよあんた達!!」
「へへへ。 お前達の相手は俺達がしてやるから、大人しくあの女が攫われるのを見てるんだな!!」
「この!!」
サーシャさんとダランさんを、何人もの数で足止めをしている間に、私に2人程近づいて来て品定めをするようにジロジロと覗いていた。
「この女、ちいとまだ幼いがかなりの上物だ。 おい、こいつを攫って上の奴らに献上すれば、きっと俺達の昇進は間違いなしだ! お前等、面倒だからそいつらをこっちに近づけさせるなよ!」
「退かないか!!」
サーシャさんとダランさんがこちらに駆けつけようと必死に突破しようとしているが焦りからか上手く行かずに、足止めをされている。
そして、目の前にいる男達が私に手を掛けようと、手を伸ばして来た。
「大人しくしてればオジサン達が、お前を大切に扱ってくれる人の所に案内してやるからな。 だからな、抵抗すんじゃねえぞ?」
最期にドスを聞かせた声を放った男が、私の服に触った瞬間だった。
私の体からは膨大な魔力が溢れ出し、それを利用した身体強化を行った私が男の手を払うと、男は宿屋の壁を突き破り、表通りまで吹き飛んで行った。
その光景を見た男達は、誰もが黙り込んでしまい宿屋の中は一時の静寂に包まれた。
はて……。 ココアさんがやっていた様に、魔力で体を纏って軽く払っただけだったのですが、思いの外凄い効果が発揮されたみたいね……。
一足早く立ち直ったもう1人の男が剣を抜き、私に切りかかって来たが、余りにも遅く見えたので剣を掴み、奪い取ってみたのだが。
なんだか奪い取った剣が鉄で出来ているはずなのに柔らかく感じたので、もしかしてと思い捻って見ると、クッキーの様に剣が砕け散ってしまった。
剣を砕いてしまった光景を見た商人の恰好をした男達は、目を見開いて我先にと宿屋から逃げ出した。
「ひ、ひぃ!! 剣を素手で! ば、化け物だ、逃げろーーー!!」
「ま、待てよ! 俺を置いて行かないでくれ!!」
ダランさんとサーシャさんの足止めをしていた連中も逃げ出した事で、宿屋の中は荒れ放題となってしまっていた。
「リリスちゃん、あなた一体何時そんな強力な身体強化を覚えたのよ!? ……その事は良いわ、あなたが無事だったから良かったけど、何かあったらどうするつもりだったの? 本当に心配したのよ!?」
サーシャさんがそう言いながら優しく抱き締めてくれた事で、私がどれだけ危険な事をしたのか思い知らされた。
(ああ、この人は本当に私の事を心配してくれていたんだね……。 ちょっと思い付きで行動しちゃったから謝らないと……)
「サーシャさん、心配させてごめんなさい……。 ココアさんの魔力の使い方を見たから、もしかして私も出来るんじゃないかと思って……」
「もう! そんな出来るかもどうか分からない事を、ぶっつけ本番でするなんて。 そんな場当たり的で危ない事をもう2度としないって私と約束出来る?」
「え、サーシャさん?」
「出来るの!?」
「はい……、約束させていただきます……」
リリスが約束すると口にした事で、サーシャさんはパッと顔を明るくしてリリスに微笑んだ。
「よろしい!!」
こうして宿屋ダランを襲撃して来た男達を撃退出来た事で、私は部屋に残したままの木茶華を安心させるために、部屋に向かう事にした。
=◇===
先程まで鳴り響いていた怒号が止み、静かになった事で戦闘が止んだ事を理解したが、私は怖くてすぐそこにある扉を開けて、外に出る事が出来ないでいた。
「リリス、きっと無事……だよね?」
“コン、コン”
「ひ……、だ、誰?」
「リリスよ、木茶華もう階下の揉め事は収まったから大丈夫だから、扉を開けて頂戴」
「本当にリリスなの?」
「そうよ、疑うなら何か問題を出して良いよ?」
声を聞いた時点でリリスだと分かっていたが、私を心配させた仕返しをしようと思い、ちょっとした意地悪な問題を出すために、扉に向かって声を掛けた。
「そうね……。 私達は誰を中心として動いている?」
「共也だね」
「正解。 次は、この街を救おうと動こうと決めた人は?」
「共也だね」
「正解。 次はね~リリスあなたの好きな人は?」
「共……ちょっと木茶華!」
「アハハハ、ごめんごめん。 今開けるね♪」
私は扉の前に置いていた様々な物を退けると、リリスを迎え入れる為に扉を開けたのだが。 そこには頬を膨らませて、不機嫌な表情を隠そうとしもしない彼女が立っていた。
そして彼女は私の両頬を摘まみ上げて引っ張った。
「木~茶~華~。 さっきの質問は何よ、もう!」
「ほめんほめん、あやまふから、ゆゆひて!」
「もう……、次は無いからね!?」
両頬を放してくれたリリスには悪いが、この女性が共也君の事を好きでいてくれている事を知れて、私は嬉しくなった。
「えへへ~~」
「何よ木茶華そんなにニコニコして……。 ちょっと怖いんだけど?」
「リリスみたいな綺麗な人が、共也君に好意を持ってくれているんだなと知ったら、何だか急に嬉しくなっちゃって♪」
「う、好きと言うか、何と言うか……何故だか私の心の奥底で引っかかるのよ……。 これが好きと言うのかどうかまだ分からないから、秘密にしてね? 約束よ?」
「分かった、約束するけど、私達は共也君を好きな者同士なんだから、これからは協力し合いましょうね!」
「ううう……面と向かって言われると恥ずかしいけど協力する事に異論は無いから、本当に秘密にしてよね?」
こうして宿屋ダランを襲撃して来た奴らも撃退出来たので、私達はまた共也君達が無事に帰って来てくれる事を祈るのだった。
「ねぇ、リリス~。 実はすでに共也君の事を愛してたり?」
「木茶華五月蠅い! 大人しくしててよ!!」
顔を真っ赤にして反応するリリスが可愛すぎるので、しばらく弄ろうと思いつつ。
=◇◇===
【港町アーサリーを見下ろせる丘の上】
「ふふふ、あなた達が連れて来た兵士達も、大分数が減って来た様ですね。 かなりの量の魂が暗黒神様に捧げられたはずですから、そろそろ頃合いですかね」
黒い布で口を覆う赤髪の女性は、嬉しそうに手に持つ宝玉を見ていた。
「おお! それではいよいよその宝玉を使われるのだな!?」
「ええ、マロウ様、バラモン様、この宝玉を使った後は、あなた達にも動いてもらいますが構いませんね?」
「ああ、雑魚共が減って行くのを、ただ眺めているのも飽きていた所だからな。 私達もあの街を攻め落としに行くとするか」
「どうやら強者もいくらか居るみたいですし、退屈する事は無いでしょうな」
「ふふふ、さらなる魂の回収する為に、お2人方の活躍を期待しております。 では、そろそろこの宝玉を使う事にいたしましょうか」
赤髪の女性が黒く染まっている宝玉を頭上に掲げると、怪しく輝き始めた。
=◇◇◇==
【京谷達が守っている外壁上】
京谷達が防衛する外壁の上では、すでに外壁を超えて街に入ろうとする兵士はすでに居なくなり、相手側の死体ばかりが積み重なっていた。
「京谷、どうやらもう攻めて来る奴らは居なくなったようだが、これからどうする? 一旦街中に戻って様子を見るか?」
カチャ……
「そうだな、もう攻めて来る気配も無さそうだし、一旦……冬矢、後ろだ!!」
「何!?」
慌てて警告した冬矢の後ろからは、血まみれの兵士が虚ろな目をして噛みつこうとしている所だった。
「舐めるな!」
“ゴシャ!”
冬矢は噛みつこうとしていた兵士の顎を跳ね上げると腕を、正拳を顔面に叩き込んだのだが、全く堪えていないのかすぐに立ち上がろうとモソモソ動いていた。
「おいおい、あれだけの重傷で襲って来た事も驚きだが、俺はかなり本気で正拳を入れたのに立ち上がるのか?」
「どうやらそいつだけの話しじゃ無いみたいだぞ。 周りを見てみろ冬矢」
「何が起きてるんだ……。 確実に死んで居た奴らまで起き上がって来てるじゃないか、ホラーかよ……」
死んで居たはずの兵士達が次々と立ち上がり、すぐに外壁の上は目が虚ろな兵士達によって埋め尽くされて行った。
「ひ! こいつはさっきまで確実に死んで居たのに! 来るな、来るな!」
「ぎゃ~~!!」「ひぃ!」「助けてくれ!!」
先程まで静かになり始めていた外壁の上は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「冬矢、生き残っている兵士達と砂沙美達を連れて一旦引くぞ……。 現状が把握出来ない以上こちらが不利になるばかりだからな」
「分かった。 冷華にもこちらに合流するように伝えて来る」
「気を付けろよ冬矢、このゾンビの様な奴らに殺されると仲間になってしまうようだからな」
「ああ、お前も気を付けろよ京谷!」
俺達は生き残っていた兵達をかき集めて一旦退避する為に、外壁の上を走り回るのだった。
=◇◇◇◇=
【港町・城門前】
ここ城門前では未だに沢山のヴォーパリアの兵士達が街の中に突入しようとしていたが、破城槌を使って閂を破壊したが、菊流達の活躍によってすでに閂を新たに作り、城門は再び閉じられていた。
「クソ! 破城槌はもう無いのか!? このままだと時間だけが過ぎて、他の奴らに美味しい所を全部搔っ攫われるぞ!!」
「うっせえぞ。 そんな事は分かってんだよ!! そんなに不満ならお前も後ろにいた奴らみたいに死体にしてやろうか!?」
「ああ!? もう一度言ってみろや雑魚が!!」
「何だと!!」
「お前等止めろ!! 今はどうやってこの城門を再び破壊するか考えるんだ!!」
私達はすでに城門内に退避していたのだが、門の外では仲間内で争う声が延々と聞こえて来ていて、呆れるしかなかった。
「全く、閂も新たに作って突破は不可能になったんだから、街に入る事を諦めればいいのに……」
「本当ですよ。 街に住む人達を殺して金目の物などを奪おうとするなんて……」
私達が城門の外に居る兵士達に悪態を付いていると、一際大きな怒声と共に、城門が何度も叩かれている音が響いて来た。
「諦めが悪いわね。 開ける事は無いんだからさっさと「待て、菊流!」何よガルボ急に」
「様子がおかしい、まるで助けを求めている様な声が聞こえて来るぞ!!」
「助けをって……」
「開けて………くれ! 死……が仲……を食………。 ぎゃーーー!!」
私達は何が起こっているのか分からず、城門内で硬直するしかなかった。
だが、暫くすると城門を叩いていた音も徐々に聞こえなくなり、代わりに何かを捕食する音が城門を守っている私達の耳に鳴り響いていた。
“ガリ、ブチ、クチャクチャ……”
ここまでお読み下さりありがとうございます。
赤髪の女性がスキルの宝玉を発動させた事で、街中が恐怖に包まれてしまう事態に。
次回は“宝玉”で書いて行こうと思っています。




