港町アーサリ防衛戦③
港町アーサリーの防衛戦が始まり、ここ中央公園ではノインちゃんが、すでに潜入していたヴォーパリアの兵士達の愚行を止めようとして言い争いとなった。
だが、冒険者ギルドの職員であるノインが手出しが出来ない事を知っているヴォーパリアの連中は、嫌らしく笑い、ノインを無視して街の人達を殺そうと動く姿を見たノインは、冒険者ギルドの職員の証である制服を破り捨て、この獣達と戦う事を心に決めるのだった。
“ポタ、ポタ……”
そして、ノインの手には血に濡れた斧が握られて、そして足元には物言わぬ屍と化した兵士達が、血溜まりの中に沈んでいた。
俺達が合流した時には、先程会議室で見たお爺さんの1人が血溜まりの中に倒れていたが、苦しそうに呻き声を出していたので、まだ息がある事を知った俺とエリアは、急いで一緒に回復魔法を掛けると、何とか間に合ってくれた様で、いばらくするとお爺さんが意識を取り戻しくれた。
「う、エリア様?……私は助かったのですか?」
「本当にギリギリでしたけどね。 それで、ノインちゃんの足元にある者達が、今回の騒動の主犯格ですか?」
「ええ、そいつらは商人に扮して街に潜入していた、ヴォーパリアの兵士達だと思われます」
すでにヴォーパリアの連中が、街に入り込んでいる。
その事実に場は騒然となるが、みんなには先に避難先となっている大型船の方に、向かってもらう事にした。
避難して行った人達を見送った俺達は、未だに立ち尽くしているノインの元に向かうと、こちらの存在に気付いたノインは普段大人びた顔をしていた顔は鳴りを潜め、目を潤ませて年相応の顔を向けて来た。
「あ、みなさん、イリス姉様……。 わ、私……ついカッとなってギルドの制服を……」
イリスにそう言われて周りを見ると、破かれたギルドの制服が落ちているのを発見したので拾ってみると、泥と血に汚れてしまい修復するのは無理だと分かる程に酷い状態だった。
俺が拾った制服の状態を見たノインは、とうとう我慢出来ずに泣き出してしまった。
「ノイン、あなたはギルドの制服を破り捨てた事を後悔しているのですか? もし、後悔しているのなら、私の姉さま達に頼んで修復して貰う事も出来ますよ?」
イリスの提案に、ノインは嬉しそうな顔を一瞬向けたが、すぐに首を横に振りその提案を断った。
「イリス姉様、私がギルドを辞めた事は自分の意思なので後悔は無いんです。 私が悲しんでいるのは冒険者ギルドの制服を破り捨てた事で、バリスお父様との繋がりがこれで切れてしまったのかと思うと、悲しくて仕方が無いんです……」
泣き続けているノインに、俺は思った事を正直に伝える事にした。
「バリスさんは、イリスが冒険者ギルドを辞めたからと言って、親子の関係を切るとはとても思えないんだが、イリスは君の事をあれだけ溺愛していたあの人が、簡単に親子の縁を切れると本当に思っているのかい?」
ずっと悲しそうにしているイリスだったが、俺が言った言葉が胸にストンと落ちたのか、衝撃で目をパチクリさせてこちらを見ていた。
俺に言われた言葉をノインはしばらく頭の中でその場面を思い浮かべていたのか、すぐにクスリと小さく笑った
「ふふふ。 共也さんの言う通りです、確かにあり得ませんね。 いつも散々私に構って来るバリスお父様が、私との関係を切る場面が想像出来ませんでした。 そうですよね、私とお父様は血の繋がった親子なのですから……」
制服を破り捨てた事への心の整理が付いたノインは一度だけ斧を大きく振り、付着していた血を払い飛ばすと、収納袋に収めて、こちらに向き直る。
「皆さんには情けない姿を見せてしまいましたが、もう大丈夫です。 すでに奴らが入り込んでいる以上、まだまだ助けが必要な人は大勢いるはずですから、こんな所で悲しんでる場合じゃないですよね!」
「そうだな、ヴォーパリアとの戦闘はまだ始まったばかりなんだ、助けられる命は助けて行かないとだな」
「はい!」
「だけどその前に……」
俺はオリビアさんから預かっていた収納袋を、ノインに手渡した。
「共也さん、この収納袋は一体?」
「オリビアさんから預かっていた収納袋なんだ。 もし君が今のギルドに不満を感じて辞める様な事があるなら、渡して欲しいと言われてたんだ。 遠慮なく受け取ってくれ」
「オリビアお母様が……」
ノインが渡された収納袋から取り出した物、それはノインの髪と同じ藍色で綺麗に染められたロングコートだった。
「綺麗……大きさの違うこのコートが何着か入っていたと言う事は、お母様は世間を見て回った私がどうするかなんて、最初からお見通しだったと言う事ですか……。
冒険者ギルドを裏切った私はもしかすると、もう2度とカバレイル領に帰る事が出来なくなり、2人に会えなくなるかもしれませんが、このコートがある限り頑張る事が出来ます。
ですから、お父様、お母様、私は私で世界を救う為に動こうと思いますので、体に気を付けて下さい、お元気で……」
「ノインは……、本当にそれで良いの?」
「イリス姉。 はい、この惨状を見ても動こうとしない冒険者ギルドを、私は許す事が出来ないですし、それにこうやってお母様達からの愛情は、こうして形として頂きましたから良いんです……。 2人に会えなくなる事への悲しみはありますけど……こうして心配してくれる皆が私には居ます、だからきっと……大丈夫だと……」
口に出してしまって事で涙が止まらなくなってしまったノインの顔を、タケが大きな舌で舐めると地面に伏せて、1度だけリリスに向かって吠えた。
「タケちゃん、私を慰めている上に背中に乗せてくれるの?」
(うん、ノイン、僕の背中に乗って!!)
「ありがとうタケちゃん……」
タケの背中に乗ったノインは、嬉しそうにタケの白く輝く毛並みを優しく撫でながら堪能するのだった。
「良かったね共也ちゃん。 ノインちゃんが心折れずに立ち直ってくれて」
「エリア、本当にそう思うよ。 でも、これでまた1つ、あいつ等に負ける訳にはいかない理由が出来たな」
「そうだね……。 こんな酷い事を、平気で出来る人達には負ける訳にはいかないね……」
ノインを乗せたタケと俺達は、他に避難民が居ないか確認した後で、他に進入している敵兵が居ない調べながら、京谷父さん達が必死に防衛している外壁を助力する為に、急いで移動する事にするのだった。
「やはりまだ隠れている敵兵が、何人も居るようですね。 共也さん、気を付けて向かいましょう」
「ディーネ。 近づいて来る奴らがいたら教えてくれ」
「はい! 任せて下さい」
今の所大きな被害は街に出ていないようだが、いつまでこの状況を維持できるか誰も分からなかった。
=◇===
【宿屋ダランにて】
「まさかこの装備を、また付ける事になるとはな……」
「本当にね……。 アーサリーの冒険者ギルドも動く様子は無いみたいだし、自分達の事は自分達で守るしかないわね。 菊流ちゃん達が命を懸けて戦争を終わらせてくれたのに、どうしてこんな世界になっちゃったのかしらね……」
宿屋の店主であるダランさんとサーシャさんは、冒険者時代に使用していた装備品を倉庫から引っ張り出すと、有事の際に備えて付け始めていた。
「良し、ダランこっちの準備は出来たわよ。 そっちはどう?」
「こっちも準備出来た。 これで不審者が攻めて来てもそうそう負ける事は無いはずだ」
ダランさんは片手剣と盾、サーシャさんは槍を持ち、皆が無事に帰って来る事を祈っていた。
「こんな事になっちゃって、木茶華ちゃんも気が気じゃないでしょうね……」
「そうだろうな。 リリスと言う女性も一緒みたいだが、お互い戦闘力は皆無らしいから俺達が守ってやらないと」
「そうね、お得様が預けて行った大事な2人だものね……」
木茶華とリリスを守る決意をもって、2人がいる2階の部屋を見つめていた。
=◇◇==
【宿屋ダラン・木茶華達が泊っている2階の部屋】
私達が宿泊している部屋の遥か遠くから怒声や悲鳴が聞こえて来たので、防衛戦が始まった事を知る私、木茶華とリリスだった。
「木茶華、防衛戦が始まったみたいだね。 大丈夫?」
リリスが声を掛けると、木茶華は体を抱きしめて震えていた。
「怖いよ……、怖くてこうして両腕で体を抱きしめていないと、今にも外に逃げ出したくなりそう……。 ねぇリリス、皆は無事にここに帰って来てくれるよね?」
木茶華は私の顔を今にも泣き出しそうな顔で見ながら、縋るように尋ねて来た。
だから私はそんな木茶華に対して、正直に答える事にした。
「それは分からない……」
「分からないって……なんで?」
「このまま、ただ雑兵達が攻めて来るだけなら、皆強いから無事に帰って来ると思う。 だけど、もし、私達が想像も出来ない事態が発生した場合は、無事に帰って来てくれるか分からなくなると思うの」
「そんな最悪の事態が、起こるかどうかなんて分からないじゃない!」
「木茶華聞いて。 私には分かるのよ、これからもっと深刻な事態が必ず起きるって……そして、その深刻な事態を乗り越えるのに、あなたの力が必要となるって事も……」
「わ、私!? む、無理だよ、戦場に出る事も出来ないのに、どうやるって言うのよ……」
「それはあなたの歌で……。 し、木茶華静かに……」
「一体どうしたって……、これは……争う声?」
私達の泊っている階下から、人の荒そう声が微かに聞こえて来た事で、私は体中から嫌な汗が溢れ出して来た。
「……木………リリ………さい! 木茶華ちゃん、リリスちゃん! 今すぐ窓から逃げなさい! 早く!!」
サーシャさんの怒声の後に、金属同士をぶつけ合う音が部屋まで聞こえて来た事で、私はどうして良いか分からず、呼吸だけが荒くなって行く。
「はぁ、はぁ、そうだ……逃げないと。 リリス、逃げよう!」
恐怖心に駆られる私が、宿屋を一緒に逃げ出そうと思いリリスの方を向くと、何故かリリスは自分の手を開いたり閉じたりして、何かを確認しているようだった。
「リリス? 逃げないの?」
私の言葉を聞こえているはずのリリスは、私に返答せずに綺麗な金髪をアップに纏めると部屋の入口である取っ手を取ると、ユックリと扉を開いた。
「木茶華、逃げ出すのは、もう少しだけ待って。 もしかしたら、私が下の奴等を殲滅出来るかも」
「リリス!?」
「私を信じて木茶華」
“キィ~~、パタン”
そう言い残してリリスは、扉を閉めて部屋から出て行ってしまった。
私はまた何も出来ない自分に嫌気が差しながらも、どこかホッとしている自分に気が付くと、下唇を強く噛みしめて、3人の無事を祈るしか出来ないのだった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
今回はノインの話しと、木茶華、リリスペアの話しでしたがどうだったでしょうか?
もう少し上手く纏められると良いなとは思っていますが、中々に難しいですね……。
次回は“港町アーサリ防衛戦④”で書いて行きます。
恐らく次で木茶華の真価が発揮される話になるのかな?




