港町アーサリー防衛戦②
ヴォーパリアの兵士達が港町アーサリーを侵略する為に攻撃を繰り返していたが、上手く城門を突破出来ずに、時間だけが無駄に経過していた。
そんな、港町の侵略が上手く行っていない事態に、丘の上で高見の見物を決め込んでいた、マロウとバラモンは苛立ちを感じ始めていた。
「全く雑兵共は何をやっているのだ。 ようやく城門をこじ開けて中に突入したのに、門の外に出て来たと思ったら、またもや街の外で足止めされておるでは無いか!」
「マロウ様、しょせん奴等は捨て駒の兵士と言う事でしょう。 侵略が遅い事に対して、いちいち怒っていては、体に良くありませんぞ?」
「バラモンお前の言う通りだな。 どうせ本国に居たとしても役に立たない奴らばかりなのだ、精々街の人間を殺して暗黒神様への贄を増やして貰うとしよう」
「その為の侵略作戦なのですからな。 フハハハ」
「全く、何が街が財宝に見えるだ、宝は奪った物勝ちだ、だ。 強奪に成功したとしても、そんな兵士達が手に入れた宝など、後から私達が奪い返すのにそれすら気付かないから雑兵止まりなのだろうな。
そんなあいつ等に、散々裕福になれるかもしれないと言う希望を抱かせておいて、お宝や女を渡す気など一欠けらも無いくせに、嘘ばかり言うお前は本当に酷い奴だよバラモン。 ハハハハ!」
2人以外誰も居ない丘の上で笑い合っていた時だった。 若い女の声が響いたのは。
「マロウ様、バラモン様、首尾はどうですか?」
背後から若い女に声を掛けられたマロウだったが、慣れているのか後ろを振り返ると、赤い髪を後ろで束ね、目以外は黒い布で覆われていてハッキリと顔を窺い知る事は出来ないが、それだけでも美女だと分かる。
そして、そんな怪しげな人物が大きめの黒いローブを纏った状態で、そこに立っていた。
「おお、そなたか。 どうやら外壁を守っている兵士の中に強者が何人か居るらしくてな、少々街の侵略の方は苦戦しているが、こちらの雑兵共の数は順調に減っているようだ」
「それは丁度良かった」
「丁度良かったとは?」
そう問われた女は、懐から黒い瘴気を放つ水晶玉を取り出して見せた。
「これは、とあるスキルが封じ込められている水晶玉ですが。 あの街の周辺に死体が沢山あればある程、封じ込められているスキルの真価が発揮出来るので、丁度良かったと言ったのです」
「死体が必要とは、まさかそのスキルは……」
赤髪の女は嬉しそうに目を歪め、その時が来るのを今か今かと待つのだった。
=◇===
【港町アーサリー・城門前】
一時は城門を突破して街へと侵入していたヴォーパリアの兵士達だったが、ジェーンとルフの活躍により追い出された事で再び侵入しようと試みるが、菊流達の活躍によって近づく事すら出来ずに、ただ兵力を次々と削られて行くだけだった。
「くそ! この女と変態が強くて進めねえ! おい、お前も一緒に突撃するぞ、手伝え……おい?」
さっきまで隣で元気に動いていた仲間が動かなくなっている事を不審に思い、肩に手を置くと、そいつの体が揺れて崩れ落ちた。
「お、おい、こんな状況で悪い冗談は止めて……。 ひ、ひぃ! こいつ、喉が、喉が掻っ切られて死んでる!?」
仲間が死んで居るのを見てしまった男が、慌てて距離を取ろうとしたのだが、急に足に痛みが走ったと同時に力が入らなくなってしまい、地面に手を付いて座り込んでしまった。
「つぅ……、一体何が……」
そして男が見た光景は絶望の一言だった。 男が見た物は自身の両足のアキレス腱が、何か鋭い刃物によって切断された光景だったからだ。
こんな戦場のど真ん中で、しかも動きが取れなくなった者の辿る運命は……。
「あ、た、助けて」
その男の救助を求む声に気付いて集まったヴォーパリアの兵士達は、顔を醜く歪めて手に持っていた武器を構えて、その兵士へと向けていた。
「おい、こいつがどうやら動けなくなっているようだが、どうするよ?」
「どうするも何も、そんな事最初から決まってるじゃないか」
「そうだな、こいつが脱落すれば俺達の取り分が増える」
「へっへっへ、分かってんじゃねえか。 なら次の俺達が取る行動は……」
徐々に歩けなくなった兵士に詰め寄るヴォーパリアの兵士達の顔には、すでにその兵士の事を仲間として見ていなかった。
「や、止めてくれ。 く、来るなーー!!」
ヴォーパリアの兵士達は街を蹂躙して財宝を手に入れる事を夢想して、仲間を次々と手に掛けて行く光景を、気配遮断を使っているジェーンは目を逸らさずに見届けた。
(惨いかもしれないけど、獣の如く人々を襲って来たあなた達にはお似合いの最後でしょう。 もっと兵士達を足止めしないと、菊流姉達に雪崩れ込んだらさすがに厳しいそうですね)
「ルフちゃん、透明化の魔法を上書きして。 もう少し場をかき乱すわよ」
「あい!」
そうしてジェーンは気配遮断と透明化の魔法によって、行動不能の兵士を戦場に作り出して行った。
=◇◇==
その頃、菊流とガルボは城門前を死守していて、次々に襲い掛かる兵士達を叩きのめしていた。
「さすがにこいつらも必死だね、攻めて来る数が多い!」
菊流を背後から襲おうとしていた兵士を、ガルボが殴り飛ばしてフォローする。
「菊流こいつらの目を見てみろ、欲望に染まってしまって、まともな判断がすでに出来ていないんだろうさ」
「そこまでしてお宝を手に入れて、何をするって言うのよ……。 これがアポカリプス教団の望む未来なの……?」
菊流の怒りに反応したのか火の魔力が溢れ、火の粉として現れ始めていた。
「お母さん落ち着いて、そのまま全力で戦うと火の魔力が暴走して辺り一面を焼き尽くしちゃう」
「あ、ヒノメ……。 ごめん、少し落ち着つ様にするわ」
ヒノメの言葉を聞いた菊流も落ち着きを取り戻し、閂が出来るまで城門を守る戦いを再開すると、どこからかネットリとした視線で、誰かが自分を見ている事に気付いた。
何、この視線……気持ち悪い。 一体何処から……。
だが、視線の主を探しても、この人が密集した戦場では見つかるはずも無く、気持ち悪い視線を感じながらも菊流は精霊の力を試しながら城門の防衛をするのだった。
=◇◇◇=
【港町アーサリー・中心部】
港町アーサリーの中心部、噴水が水を噴き上げている公園。
そこではお年寄りの議員達によって、街の人達の避難誘導が行われていた。
「慌てるでないぞ、今は防衛隊の者達が必死に食い止めてくれている。 港に停泊している船に乗ればさすがに奴らも追って来る事は無いはずだ。 それまで家族と逸れないように、しっかりと手を繋いでおくんだぞ!!」
街の人達はお年寄り議員達の誘導に従い、港町に停泊している大型船に乗り込む為に、移動している所だった。
「お母さん、僕達きっと助かるよね? ヴォーパリアの兵士達なんて、お父さんが居る防衛隊の人達が倒してくれるよね?」
「キース……。 ええ、この街を守るあなたのお父さん達は強いんだから、きっと悪い人達を倒してくれるわ。 だから今は私達の為に戦ってくれている、お父さん達の邪魔にならないように、今は逃げる事に集中しましょうね?」
「うん、分かった!」
そんな親子の想いを踏みにじる様に、事態は悪い方向へと傾いて行く。
親子の前方を歩いていた人達が足を止めてしまい、何事かと思った親子は船がある方向を見ると、そこには商人の恰好をした男達が道を塞いでいた。
お年寄り議員の1人が、道を塞ぐ男達を見ると怒声を浴びせて退くように言ったのだが、その男達は小馬鹿にしたように議員のお爺さんを見て退こうとしない。
ニヤケた顔のまま道を塞ぎ続けるその男に、我慢の限界が来たお爺さんは不用意にそいつらに近寄ってしまった。
「お前等こんな非常事態に何を…………ぐは」
「うっせえんだよジジイ。 俺達はお前の言う事を聞く義理もねえし、何故道を塞ぐのかだったか? そんなの獲物に逃げられでもしたら、お楽しみが減るからに決まってるじゃねえか」
その男の前に立っていたお爺さんの背中からは、1本の剣が生えていて、それを見た群衆からは悲鳴が轟いた。
「き、貴様等ヴォーパリアの奴等か……、み、みんな逃げろ……バラバラに逃げて……生き延びるんだ……」
そう群衆に向かって言ったお爺さんは意識を失ってしまい、そのまま地面に倒れ伏してその場に血溜まりが徐々に広がって行っていた。
「お? このジジイ良く見ると、良い身なりじゃねえか、ラッキー!このジジイを仕留めたのは俺だからな、こいつの装飾品は貰ったぜ!」
「ち、運の良い奴だな。 だが、獲物はまだまだいるし、精々稼がせてもらうかな」
そう呟いた男達は避難するために集まっていた人達を、値踏みするように眺めていた。
「どいつが当たりか見た目じゃ分からんし、取り合えずこの場所にいるこいつ等全員殺して、後から金目の物を漁るとするか」
「そうだな、良しお前等、追いかけるのも面倒だから逃げ出さずに、俺らに大人しく殺されろよ!?」
「に、逃げ!」
そう誰かが言いかけた時に、男達の前には綺麗な青髪を持つ1人の小さな女の娘が、冒険者ギルドの制服を着て、避難して来ている人達を守るように立ち塞がっていた。
「あ? 冒険者ギルドの職員が今更何の用だ。 お前等の上層部は、俺達の国である神聖国ヴォーパリアを正式に国として認めた以上、中立であるお前等が出て来る事は許される事じゃないと思うんだが? そう思わないか? 小さなお嬢ちゃんよ」
男達の前に立ち塞がった小さな冒険者ギルドの職員、それはノインちゃんだった。
そんな彼女は可愛そうな者を見るような目で、商人に扮した男達を見続けていた。
「私が習った冒険者ギルド職員としての矜持は弱い者を守る、そんな組織だと思っています。 ですので今の冒険者ギルドの上層部が選んだ選択が、正しいと思っていません」
「ほう。 小さなお前が自分が所属する組織の上層部を平気で批判するのか、だが残念。 お前が着ている服は冒険者ギルドの職員を証明する物だ。 それを着ている以上は俺達もさすがに手を出す事が出来ないが……それを分かっているから、お嬢ちゃんはその服を着て俺達の前に立ち塞がっているんだろう?」
「そうですか。 あなた達は、私達冒険者ギルドの職員が、上層部の意向のせいで手を出す事が出来ない事を知っているのですね。 それなら私は……」
「おい、このギルド職員、ちいと小さいが将来美人になるだろうし、今から手を付けておいても……」
「お前も物好きだねー。 何もこんな子供に手を出す事も無いだろに」
「うるせえよ! さて、お嬢ちゃん、お兄さんとそこの暗がりに移動しようか、なに抵抗しなければ今まで体験した事が無い位気持ち良くしてやるよ。 さあ」
男がノインに近づき手を掛けようとすると、その手を彼女が掴む。
すると男の顔がすぐに苦痛に歪み始め、手を振りほどこうと藻掻き始めた。
「この、俺の手を、は、放せ!!」
「おいおい、そんな女の娘の細腕に握られてるくらいでそんな必死に『バギバキ、グシャ!』は?」
『ぎゃああああぁぁぁぁぁ~~~!!」』
砕けた腕を握り締め、男を振り回すノインに信じられない者を見る目を向けていたが、我に返るとノインに止めるように告げる。
「小娘! 冒険者ギルドの職員の服を着ているお前が、俺達に手を出すとどうなるか分かってやってるのか!!」
振り回していた男を投げ捨てたノインは、道を塞いでいる男達に向き直る。
「そんなに私がギルド職員の服を着ている事が気になりますか? なら……市民を守る事すら出来ない、こんな制服になどに未練は……無い!!」
“ビリビリビリ!!”
ノインは自身が着る冒険者ギルドの制服を掴むと、躊躇いも無く破り捨てた。
(バリスお父さん、こんな市民を守る事すら出来ない、冒険者ギルドの職員を辞める事を許してくれるよね……?)
破り捨てた制服が音も無く地面に落ちると、ノインは収納袋から大きな両刃が付いた斧を取り出して構えるのだった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
今回は謎の人物が登場するシーンと、ノインがギルド職員を辞める場面を書いてみました。
次回は“港町アーサリ―防衛戦③”を書いて行きます。




