降伏勧告と戦闘開始。
リリスと和解出来た事で付き物が落ちた様に、今は甲斐甲斐しくリリスの世話を自ら行っていた。
「リリス、これとかダランが手塩に掛けて作った魚料理だからとっても美味いんだぞ? さあ、遠慮せずに食べるんだ!」
「ちょ、ちょっとガルボさん、食べる物くらい自分で決めます。 記憶が無いと言っても子供じゃ無いんですから、食事くらい自由にさせて下さい!」
リリスに怒られたガルボは頭の上に付いている耳が垂れ下がってしまい、他所から見ても分かる位に気落ちしているのが見て取れた。
「リリス、やっぱり俺が居ない方が良いのか?」
目に涙を溜めてリリスを見つめるガルボだったが、元々が凶悪な顔なので心に響かない……。
それはリリスも同じらしく、片方の口の端を痙攣させてガルボの仕草にドン引きしていた。
「い、いえ。 あなたが必要、必要で無いと言う話しでは無くて、食事時くらい自分でやりますってだけです!」
「う、わ、分かった……。 でも困った事があったらすぐ俺に『聞こえましたか!? 自分でやりますから食事時くらい自由に食・べ・さ・せ・て!!』………分かった」
今度は耳だけでなく髭まで垂れ下がり、ガルボは自分が食事をするスペースにトボトボと歩いて着席すると、モソモソと魚料理などを含んだ朝食を食べ始めた。
「ね、ねぇ共也、ガルボとリリスって何かあったの? 随分とガルボがリリスを過保護に接してるみたいだけど……」
「菊流か、さっき2人に色々とあったんだよ……」
「そうなの? まあ2人の仲が改善されたなら良い事だし、深く聞かない様にするわね」
京谷父さん達も起きて来て食堂で朝食を取り始めたので、先程ガルボが俺達の仲間になった事。
そしてガルボの予想として、数日中にヴォーパリアの連中がこの街を攻めに来る事を予想した事を伝えると、皆が参戦する事に同意してくれた。
だが、人と人の本格的な殺し合いになる事態を想像して、1人ほど両腕を抱きかかえて震えている人物が居た。 木茶華ちゃんだ。
そんな木茶華ちゃんは、、震える手で俺の手を取ると口を開いた。
「ね、ねぇ共也君、今の内に別の街に逃げるって言う、選択肢を選ぶ事は出来ないの?」
木茶華ちゃんのその言葉に、俺は首を横に振る。
「木茶華ちゃん、それは出来ない」
「何で!?」
「ガルボが言っていたけど、一定以上の実力を持つ者がこの街は少ないらしいんだ。
もし、ここで俺達やガルボがこの港町から居なくなると、宿屋に来るまでにすれ違った人達が皆殺しにされた上に、この港町も瓦礫だけの街になってしまうけど、木茶華ちゃんはそれで構わないって言うのかい?」
「思わない……思わないけど、人と人が殺し合うんだよ!? 戦争が始まるんだよ!?」
「木茶華ちゃん、ごめん……俺は前の戦争でも、この手で人を何人も殺してるんだ……。 今君が握っている手で……」
「あ、ひぃ……」
木茶華ちゃんは、短い悲鳴を上げると握っていた俺の手を慌てて離し、後ずさりするのだった。
「あ、ち、違うの共也君の手が怖いんじゃなくて!」
「木茶華ちゃん、君は今回の防衛線に参加せずに、宿屋で待っててくれ。 この街の防衛に成功したら、次は魔国オートリスに向かう予定だからさ。 大丈夫、俺達は強いんだからヴォーパリアの中途半端な兵士達なんて簡単に蹴散らして見せるさ!」
「待って! 待って共也君!!」
俺に酷い行動を取ってしまった事を後悔している木茶華ちゃんは、このままでは本当に参戦しかねなかったので、無理矢理に話を終わらせたのだが。
彼女はそれでも参戦すると言いそうになっている所で、エリアが止めた。
「木茶華、今回は大人しくしてて」
「エリア! でも……」
「今回はヴォーパリア達との本格的な戦闘になるわ。 そんな中、人を殺す覚悟すら出来ていないあなたが参戦した所で邪魔になるわ。 ううん、むしろ足を引っ張って誰かを殺しかねない。 それはあなたも望む未来じゃないでしょう?」
「それは、そうだけどぉ~~……」
エリアはポロポロと泣く木茶華ちゃんの耳に口を近づけて、呟いた。
「木茶華、後で共也ちゃんに謝る時間を作って上げるから、今は引き下がって。 でないと話が進まないから。 ね?」
「う、エリア……ごめんなさい……」
「えへへ。 木茶華が謝るなんて、珍しい事もあるもんだね♪」
「もう……。 エリアの事を良い奴かなと思った瞬間にそんな嫌な事を言うんだから、また嫌な奴と思う様になっちゃったじゃない……」
「共也ちゃんを巡るライバルなんですもの、当たり前じゃない!」
「絶対に譲らない……」
「ふふふ、それは私もそうだよ」
「「むむむ!」」
2人が火花を散らし睨み合っていたが、それもすぐに終わりを迎える。
「はぁ……。 共也君の言う通り、私はまだ戦争で人の死を見る覚悟が出来てないわ……。 だから大人しく宿屋で、あなたの無事を祈っているわ」
「ありがとう木茶華ちゃん。 無事にヴォーパリアの奴らを退ける事が出来たら、今後の事を話し合おう」
「うん、みんな、私を置いて死なないでね……」
それだけ言い残すと、木茶華ちゃんは部屋に戻って行った。
「共也、良いのか?」
「ガルボか。 ああ、しょうがないさ、つい最近まで平和な地球で暮らしていた木茶華ちゃんには、まだ人の死に対して抵抗が強いはずだからな……」
「そうか……。 でも後で良いからフォロー位はしておけよ?」
「分かった……」
俺達は食事を終えると、ヴォーパリアの兵士が来る事を想定して、必要な物資などを購入する為に街へと繰り出して行った。
本当ならこんな戦争なんて、起きないのが一番なんだけどな……。
その夜に、木茶華ちゃんから何度か謝罪されたのだが、俺も昔ゴブリンを殺した時に吐いたりした話をすると、安堵したのか柔らかく笑ってくれた。
「きっと共也兄様の役に立てる様になってみせるから、見捨てないでね?」
「そんな事考えた事すら無かったよ。 だからさ、俺達の勝利を信じて待ってて」
「うん、頑張って来てね」
夜の部屋の前で俺と木茶華が話していると、廊下の奥でエリアと菊流がこの話を聞いていた。
「千世ちゃん、2人だけで話をさせて良かったの?」
「うん、この戦いでもしかしたら木茶華の力が必要になるかもしれない。 だから、ここで心が折れて貰ったら困るの……」
「そっか……。 そこまで共也の事で必死になれる千世ちゃんにはやっぱり嫉妬しちゃうな。 そうだ、千世ちゃん、全ての事柄が終わったらさ、私も共也のお嫁さんになって良いよね!?」
「えぇ~~。 菊流ちゃんまで共也ちゃんのお嫁さんになるの? 私は菊流ちゃんなら反対はしないけど……。 何だか共也ちゃんのお嫁さん候補がまだまだ増えそうじゃない?」
「やっぱりそう思うよね……。 共也って無自覚のくせに何故かもてるからね、これは千世ちゃんと共同戦線を敷かないとかな?」
「それしかないかな……でも正室は私だからね?」
「ふふふ」「アハハハハ!」
「「フフフフフフフフフ!」」
2人の顔は笑顔だが目が笑っていない事に気付いたのは、俺達の事を監視している2人を、さらに監視していたノインちゃんとイリスの2人だった。
「イリス姉、あの2人の顔が怖いよ~~……」
「み、見なかった事にして退散するぞ!!」
こうして俺達の港町アーサリーでの平和な時間は、駆け足で過ぎて行くのだった。
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【3日後の朝方】
朝になると、宿屋ダランの前にはアストラが厳しい顔をして立っていて、この街の行く末を決める会議に参加して欲しいと打診を受ける事となった。
「アストラ、その会議には俺の仲間全員で参加しても良い物なのか?」
「むしろ、必ず参加して欲しいと伝えてくれと頼まれたんだ、エリア様が生きてここに来ているのも老人達は知っている」
「分かった、朝食も丁度終わった所だしエリア達にも参加してくれるように頼んで来るよ」
「頼む、俺はここで待っておくから準備が出来たら声を掛けてくれ。 会議場まで案内する」
「分かった。 ところでアストラ」
「ん? 共也、何か聞きたい事でもあるのか?」
「お前、魔族の女性と結婚したって聞いたが本当か?」
「…………本当だよ。 誰から聞いたか知らないが、疚しい事は全く無いからな? 少しルナサス様からアドバイスを頂いたが、嫁のココアには俺の方から求婚すると受けて貰えたんだ」
「ここでもルナサスの名が出て来るのかよ! まあ良い……結婚おめでとうなアストラ」
「共也に面と向かって言われると恥ずかしくなるが、ありがとよ。 後で時間があればココアと娘を紹介するよ」
「何だか俺の知らない10年間で、色んな人が変わってしまったな……何だか寂しく思えて来るよ」
「アハハ、年月が経つってそんなもんだよ。 それじゃ共也、俺はここで待っているから仲間を連れて来てくれ、一緒に行こう」
宿屋の部屋で思い思いに過ごしていた仲間に声を掛けて集まってもらうと、俺達は宿屋の前で待っていたアストラと一緒に、会議が行われている議事堂へと足を運んだのだった。
議事堂の大きな扉を押し開けたアストラは、中で会議をしていた人達に一礼すると、俺達の事を紹介し始めた。
「ココア、こいつが共也達だ。 それと爺さん達、エリア王女はやっぱり生きて帰って来ていたぞ?」
「「「何じゃと!?」」」
「エリア王女じゃと!?」
爺様達が慌てて席を立ったため、何人かが足を絡ませて転倒してしまったが、それでもお構いなしにエリアの前に来ると平伏するのだった。
「み、皆さん止めて下さい。 私はこの国が一番大変な時に居なかった上に、何も出来なかったのです。 ですから私を王族と扱うのは……」
「関係ありませんエリア様! ここまでヴォーパリアの奴らに好き勝手させてしまったのは、シンドリア王のせいでも、エリア様、あなたのせいでもありません。 軟弱であった我々の……責任なのです。 ですから、私達にとってはクレア様もそうですが、エリア様、あなたも私達にとっては大恩あるシンドリア王家の人間。 いつまでも敬う存在なのです」
「みなさん…………」
エリアがお年寄り達の手を取り感謝をしていると、紫の髪を腰まで伸ばして、額に小さな角を生やしている魔族らしき女性が手を叩いて、自分に注目させた。
「皆さん注目してくださいね。 これからそのシンドリア王国を守る為の作戦会議を始めますので、各自好きな所に設置してある椅子に座って下さい」
その魔族の人の言った通りに色々な所にある椅子に俺達が座って行く中、アストラだけは彼女の横に立つと、俺達に自慢するように笑顔でその女性を紹介し始めるのだった。
「共也、このちょっと偉そうにしてるけど、根はとても優しい魔族の女性が俺の嫁である魔装兵だったココアだ、よろしくな!」
「ちょっと、アストラ! 余計な事は言わなくて良いのよ!! もう、出会った頃から全く変わっていないんだから……」
「ココア………」
手を握り合ってピンクの空間を作り出している2人に、俺達はどう反応して良いのか分からずにいると、お年寄り達が呆れた口調で「いつもの事だ」と呟いていた。
俺達の視線に気付いたココアは慌てて居直り、1枚の手紙を俺達の前に差し出して来た。
「この手紙は朝早くに、この会議室の扉の前に張られていた、ヴォーパリアからの要求内容が記された手紙よ……」
ざっと手紙の内容に目を通したが、とても受け入れられる内容では無かった……。
『港町アーサリーはすぐに神聖国ヴォーパリアの属国となること。
そして、街の中にある金品全てと、若い女を全て人質として神聖国ヴォーパリアに送り届ける事。
この内容が気に入らない場合は抵抗しても構わないが、その時は港町全てが灰燼に帰す事を覚悟しておけ。
水刃のマロウ=マークショット。』
本気かこいつ……こんな内容の降伏勧告なんて、受け入れられる訳が無いだろう……。
このふざけた手紙1枚を見た事で、俺達が参戦する事が決まったのだった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
今回はアストラの嫁となったココアが登場と、木茶華が一時離脱する話でした。
次回は“水刃のマロウ=マークショット”で書いて行こうと思っています。




