練兵場での一幕
訓練に励む兵士達の声が、城に併設されている練兵場から聞こえて来る。
「ハァッ! タァッ! ソイヤァッ! 全体ーー、止まれ!!」
城を抜けて練兵場に到着した俺達が見た光景に目を剥いた。 何故なら、そこでは多数の転移者達が教官らしき人物からこれから行われる訓練の説明を受けていたからだ。
そんな中、転移者達と共に訓練に励んでいた1人の兵士が、エリアが来ている事に気付き片膝を付いて頭を下げた事で、周りの兵士達も慌てて頭を下げた。
「姫様、ようこそ練兵場にいらっしゃって下さいました。 歓迎いたします」
「か、歓迎してくれるのはありがたいですが、今はこの共也さんと菊流さんの付き添いで来ているので、頭を上げて下さい!」
「ですが……」
「あなた達の、私達王族に対する忠義は有難く受け取らせて貰いますが、今は他の転移者達と親交を構築する場所でもある訳ですから、私の事は気にせずに鍛錬に戻って下さい」
「分かりましたエリア様。 では、私は訓練に戻らせて頂きます」
「はい、頑張ってください」
その兵士は何度も頭を下げると、他の兵士達が訓練する輪の中に入って行くとすぐに見えなくなってしまった。 その兵士の行動を見ていたデリック隊長も、こちらに歩いて近寄って来た。
「エリア様、ここ練兵場に来られたという事はスキル取得の為の講義を受けに来た、と思ってよろしいですか?」
「えぇ、この世界を旅をするにしても、菊流さん以外基本的な戦闘スキルを取得していない状況は、流石に危険でしょうからね」
「ほう。 菊流と言うのはその赤髪の女性ですな?」
「そうです。 菊流さんは格闘術と剛力のスキルを所持していますから、彼女にはここで兵士達と一緒に訓練を受けて貰いつつ、デリック様に身体強化の魔法を教えて貰う方が良いかもしれませんね」
「了解しました。 では菊流とやら、後日身体強化のやり方を伝授しよう。 良いな?」
「はい! お願いします!」
菊流はまず身体強化を覚えて戦力強化する事が決まった。
そして、俺は……。
「共也さんは、このスキルを優先的に取得しておきたい。 とか有ります?」
そうエリアに尋ねられた事で、俺は何のスキルを取得するべきか考えていた事を告げた。
「ミーリスの話しを聞いてずっと考えていたんだが、剣術スキルの取得を目指そうと思ってる」
「剣術スキルですか?」
「あぁ、地球にいた時に知り合いの神主さんから刀剣術を習っていたから、槍、弓、魔法よりは剣の方がまだ使い慣れてるからな。 それに菊流が近接だから、魔物と戦うとなるとそれ程相性も悪く無いだろうしな」
剣術スキル取得を目指す。
そう告げると、黙って話を聞いていたデリック隊長が質問して来た。
「共也君、君が剣の取り扱いに慣れているのは分かったが、仲間のカバーをしながら戦うと言うのなら中間距離から攻撃出来る槍術の方が良いと思うのだが、本当に剣術にするのかね?」
「ええ、実は……。 その師の元で槍と弓も教えて貰った事があるのですが、その人曰く絶望的にセンスが無いみたいなので……」
「そ、そうか」
「はい。 ですので、剣術スキルの取得を目指す方向でお願いします」
スキルとして生えては無かったけど、幼い頃から京谷さんに習っていた刀剣術がここで生きて来るな。
「分かった。 だがどれ位訓練すればスキルを取得出来るのかは人によってバラバラだ。 だから、基本的なスキルとは言え、取得出来るかどうかは本人の努力と運次第という事は忘れないでくれ」
「はい! せっかく異世界に来たのに、早々と死にたくはないですからね。 この世界を堪能する為に努力をする事は惜しまないつもりです」
「うむ、良い心掛けだ! 私達も協力は惜しまんつもりだ、お互い強くなってこの理不尽な侵略戦争に打ち勝とうじゃないか!」
デリックさんと俺は固く握手を交わしたのだが、彼は急に申し訳なさそうな顔を俺に向けて来た。
「君を直接指導してやりたいのは山々なんだが……」
練兵場で訓練を開始した兵士、そして転移者達を見た後に謝罪して来た。
「すまない。 見ての通り、他の転移者達や兵士達の指導もあるから、君だけを優遇する訳にもいかないのだ……。 う~~む、どうしたものか……」
デリックさんが自身の顎髭を触りながら良い案が無いか唸り声を上げていると、突如兵士達が訓練している方向を向くと、大声である人物の名を口にした。
「ジーク!! こっちに来るんだ!」
練兵場にデリックさんの声が響き渡ると、端の方で素振りをしていた1人の少年兵が走って来た。
その子は大きな茶色の目と髪を持ち、短く刈り取った茶色の髪を項の部分で短く纏めて尻尾の様にしている、人懐こそうな顔をしている少年だった。
その子は何処かデリックさんにソックリだった。
「父上、お呼びでしょうか?」
「ああ、この共也君が剣術スキルの取得を目指す事になったのだが、私は他の者達の指導もあるからずっと指導する訳にもいかん。 だからジークよ、共也君が剣術スキルを取得出来るように指導してみるのだ。 出来るか?」
「それは構いませんが、私も父上に追いつく為の鍛錬をする時間が欲しいので、その合間になりますがよろしいですか?」
「彼もずっとここに通う訳では無いだろうから、それはジークの手が空いている時で構わんだろう。 だがな、お前が共也君に剣の扱いを教える事も鍛錬の一環なのだぞ?」
「そうなのですか?」
「うむ、自身の技術を他者に伝えると言う行為は意外と難しい。 普段何気なく使用していた技術だが、それを他人に伝える事でさらに深く知る事が出来るのだ。 どうだジーク、やってみる気は無いか?」
「や、やります! やらせて下さい! 『他者に自身の技術を伝える事で、さらに自身の技を熟知出来る』こんな訓練もあるとは思いもよりませんでした! さすが父上、目から鱗でした!」
「はっはっは! そうだろう! 頑張って共也君に指導して私を目指すと良い!」
「父上!!」
デリック隊長とジークと呼ばれた少年は俺達が居る事を忘れているのか、強く抱き合うとずっとお互いを褒めたたえている……。
もうこっちを見てすらいねぇ……。
2人の行動にどうして良いか分からず佇んでいると、見かねた1人の兵士が俺の耳元で囁いた。
「お前達、あの2人がああなるとしばらく帰って来ないから、もう移動しても大丈夫だぞ?」
「そうなのですか?」
「あぁ、デリック隊長は普段はとても良い隊長なんだが、息子のジークの事になると極度の親バカになってしまう。 さらに質が悪いのが、息子のジークもデリック隊長の事を極端に尊敬してるから、あの2人がああなるとしばらくこっちの世界に帰って来ないから、今日実施する予定だった訓練は明日に持ち越しかねぇ……」
親切に教えてくれたその兵士は、未だに抱き合う2人を遠い目で見ると盛大に溜息を吐いていた。
「デリック隊長が親バカと言うのは予想外でしたけど、むしろそちらの方が親しみを持つ事が出来ますから、今後も指導をお願いしたいですね」
「俺達も隊長の事を慕ってるから、そう言ってくれると嬉しいよ。 えっと……」
「共也です」
「私は菊流よ」
「共也、菊流か。 俺の名はアストラだ、何か分からない事が出てきたら気軽に声を掛けてくれ」
「その時はよろしくお願いします」
「あ~。 俺に敬語はいらんよ。 部隊長と言う訳でも無いしな」
「分かったよアストラ。 また後日、訓練に混ざってると思うがその時はよろしく」
「あぁ、共也、菊流、お互い強くなろうな!」
そう言い残すと、アストラは兵士達の集まっている場所へと戻って行った。
デリック隊長とジーク君も未だに現世に戻って来ていないので、今日はもう休もうかと菊流とエリアの2人と話した所で、良く見知った人物達がこちらに歩いて来た。
「共也さっきぶりだな、やっぱり菊流とパーティーを組んだのか」
声を掛けて来たインテリ眼鏡風のイケメンは、幼馴染の1人上座 室生。 濃い茶髪と目を持つ委員長タイプの人間だ。
「勿論よ、私が共也意外とパーティーを組む訳無いじゃない。 でも室生、あなたはどうするの? 確かあなたが取得していたスキルって……」
室生にスキルカードを見せてもらった時の事を、俺と菊流は思い出していた。
その室生のカードにはこう書かれていた。
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【名前】
:上座 室生
【性別】
:男
【スキル】
:銃術
:銃剣術
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「あぁ……銃術……と、銃剣術だな……」
銃剣術と銃術……。
銃にナイフを付けて戦う銃剣術は、まだ似た槍術で何とかなる可能性が有るとしても銃術は……。
「皆と別れた後に、世界に存在する様々なアイテムに詳しい人を紹介して貰ったんだが……。 やっぱり銃や黒色火薬を知ってる者はいなくてな……。
だから銃が見つかるまでの繋ぎとして、俺は銃が見つかった時にすぐ移行出来る槍術を習うつもりだ。 共也、もしお前が道中、銃や黒色火薬を見つける事があったなら……」
「当たり前じゃないか、勿論すぐ知らせるよ」
「助かるよ。 銃が見つかるか、作れる人物に会えれば俺も皆の力になれるだろうからな」
「ちょっと室生、私達の力になる……じゃなくて愛璃ちゃんの為に……でしょ?」
その菊流の一言を聞いた室生は微笑を浮かべると、眼鏡に手を掛けた。
カチャ、カチャカチャカチャ……。
室生の奴、滅茶苦茶動揺しとる……。
平静を装って眼鏡の位置を何度も直そうとする室生だったが、震える手で触っている為上手く位置を直す事が出来ていなかった。
「今更隠そうとしても2人の関係を知らない人の方が少ないんだから、いちいち動揺しないでよ……。 見てるこっちの方が恥ずかしいわ」
「う、五月蠅いぞ菊流! 愛璃の事は今は良いから、取り合えず銃関係の情報を得る事が出来たら教えてくれよ!!」
「あはは! 室生の顔が真っ赤……、あ、室生、ごめん、言い過ぎたわ! 謝るから、無言で拳を振り上げるのは止めて!?」
「待て菊流! 一発殴らせろ!」
「きゃ~~~!」
そんな2人の追いかけっこを見ながら、俺達はしばらく時間を忘れて談笑するのだった。
その後、俺達は室生と別れて練兵場を後にした時にはすでに太陽が地平線に沈み始めて、城を赤く染めていた。
そんな綺麗に赤く染まった城を見ながら、明日冒険者ギルドに何時頃に向かおうかと歩きながら話していると、つい先日聞いた覚えのある声を背後から掛けられた。
「そこの最神 共也さんとやら、ちょっとお待ちなさい!」
声を掛けられた事で背後を振り返ると、そこには晩餐会で挨拶をしていたエリアの妹、クレア=シンドリア=サーシス第2王女が、両腕を腰に当ててこちらをその視線だけで人を殺せそうな程、物凄い表情で睨んでいた。
幼馴染の1人上座 室生でした。
次回はクレア王女の話を少ししようかと思います。




