死魔将グリムリーパー
この戦争に参加したジュリアは、大鎌を肩に担いだレイス、死魔将グリムリーパーと対峙していた。
「どうやらデリックさん達の方で、何かトラブルがあったようですね。 グリムリーパーさん……、でしたよね。 出来ればこのまま引き下がってもらうと嬉しいのですが、そう言う訳には……『エルフの女よ、死ぬが良い!』いかないみたいですね」
ジュリアが引き下がってくれるように提案してみたが、その会話の最中に大鎌を振り下ろして命を刈り取ろうとして来たグリムリーパーだった。
「当たり前だ。 グロウ様に作られた私が何故あの方に不利益になるような選択肢を選ばねばならぬ。
エルフの女、貴様とてその提案が通るとは思っておるまい?」
「私も最初からこの提案が通るとは思っていませんが、一応聞いておこうと思いましてね。 敵とはいえ無慈悲に葬りさるほど私は鬼ではありませんからね」
「カッカッカ! このグリムリーパー相手に、もう勝った機でいるとは余程の自信家と見える。 いかに貴様が強かろうとも、簡単に討伐される程このグリムは弱くは無いと思っているのだがな?」
ジュリアの節々に見え隠れする自分を格下に見ている物言いには、長年グロウに敵対して来た敵を葬って来たと言うプライドが大きく傷つけられる事となり、鎌を持つ手に力が入った。
「ふふふ、冗談が上手なアンデットですね。 あなた自身が強いと思っているなら、それは誤解です」
「カカ? 貴様の言い方だと我が弱いと言っている様に聞こえるのだが?」
「そう言ってるのですよ。 自分が強いと勘違いしている理由は、あなたが自分より格下の相手としか戦って来なかった影響なのですよ?」
「ほう? まるで私がこれまでして来た事が分かっているような物言いではないか。 私の何が貴様に分かると言うのだ?」
「分かりますよ。 仰々しい名前の割りに大した魔力も持た無い上に自意識過剰の存在など、大体そんな所かと簡単に想像できます。
そんなあなたの様な存在は、ある意味可哀想ではありますが……。 デリックさん達の方も様子がおかしくなって来ているので、あなたをさっさと討伐して合流するとしましょう」
ジュリアのお前は眼中に無いのだからさっさとかかって来いと言う挑発に我慢できずに、大鎌を振り上げた状態で襲い掛かった。
「きっ、貴様はどこまでこのグリムリーパーを侮辱すれば……!!」
「はぁ、やはりその程度でしたか……」
「何だと!? き、消えた!?」
グリムリーパーが目を離した訳でも無いのに、先程までそこに立っていたはずのジュリアを見失った。
「どこだ、どこに消えた!!」
「この程度の速度に付いて来れないあなたはやはり弱い……。
あちらが怪しい雰囲気を放ち始めているので、これで終わりにしましょう。 さようなら死魔将グリムリーパー」
背後からジュリアの声が聞こえて来たので慌ててその場から飛び退くが、すでにジュリアは膨大な魔力を杖に込めていて、何時でも攻撃する事が可能となっていた。
「ま、待て!! 私はまだ何もしてな……!!」
「【神聖樹魔法・ホーリーレイ】消えて無くなりなさい、アンデット」
ジュリアの持つ杖から、グリムリーパーの全体を覆い尽くす程の大きさの白き光線が放たれると、回避する暇も無く飲み込まれた。
「ぐぉぉぉぉぉ!! わ、私はまだ使命を全うしていな………」
放たれた光線が一直線に空に向かって飛んで行き、グリムリーパーはジュリアの神聖樹魔法によって跡形も残さず消滅したのだった。
「ふぅ、久々に神聖樹魔法を使いましたが、この杖と腕輪が揃っていれば術の負担が無いみたいですから、私の力を十全に発揮する事が出来そうですね。
邪魔な最後の魔将を消滅させた事ですし、不穏な魔力が膨れ上がっているあちらに向かう事にしましょう」
ジュリアは先程までの戦闘など無かったかのような足取りで、クダラの不穏な魔力が溢れ始めているデリック達の元に急いで向かうのだった。
=====
【鬼神シュドルム視点】
クダラの額の肉がどんどん盛り上がって行き、今は1Mほど肉が盛り上がり辺りにはブチブチと繊維が切れる嫌な音が響き渡っていた。
「おいおい、こりゃどうなってんだ……」
いつはち切れてもおかしく無いほど盛り上がったクダラの額の肉は、徐々に出血し始めていて内側から何かやばい物が出て来そうな雰囲気を醸し出していた。
「シュドルム殿、今の内に撤退すると言うのは無理そうか?」
「無理だろうな……。 奴の魔力がどんどん大きく膨らんでいるから魔力を消費し切っている俺とデリック殿ではまず逃げ切る事は出来ないだろう……。 不味いな……。 デリック殿、その子供だけでも後ろに下がらせた方が良い」
「ジーク……」
「父上……」
2人がお互いを心配し合っている間も、クダラの体は痙攣が止まらない。 時間が無い!
「デリック殿、俺と貴殿が奴を食い止めればこの子供が後方に逃げる位の時間位は稼ぐことが出来るはずだ。 急いで下がらせるんだ!」
シュドルムの言葉にデリックは少し悩んだが、他に選択肢は残されていない事は理解していたのでジークに本陣に戻るように声を掛ける事にした。
「そうだ……。 ジークよ」
「は、はい、父上!」
「お前の剣を私に渡せ、代わりにお前にはこの魔剣バルムンクを託す」
「父上!? それは駄目です! それはグランク王から預かっている大切な魔剣じゃないですか!?
それにバルムンクを私に渡してしまったら、父上の武器は私の普通の鉄剣になってしまうじゃないですか!!」
「良いのだ……。 本当なら無断で付いて来たお前を叱り飛ばしたかったが、その時間もすでに無さそうだからな……。
ジーク、お前が立派になった姿を見る事が出来ないのは残念でならないが、陛下から預かったこの魔剣を託したお前を逃がす時間位は稼いでみせる……。 だからジーク、お母さんの事を頼んだぞ……行け!! これは命令だ!」
「父上………。 分かりました、お母様の事はお任せください……」
そう言うとジークは魔剣バルムンクを受け取ると、魔族の体から出て来ようとしている何かと決死の覚悟で戦おうとしている父の後ろ姿を生涯忘れない為に少しの間凝視すると、最後にデリックの背中に1度だけ頭を下げると人族側の兵士達がいる本陣へと走って戻って行った。
そして、後顧の憂いが無くなった事でデリックは、シュドルムに気楽に話し掛ける。
「さてシュドルム殿、貴殿の副官の不始末の責任をどう付けるのか、とくと拝見させて貰いますがよろしいですな?」
「お前……、それは遠回しに俺に前線を張れと言ってるのも同義だぞ?」
「そう聞こえたのなら行幸、鬼人シュドルム殿の強さを目の前で見る事が出来るのですからな!!」
「きったねえ……、これだから人族は油断出来ねえんだよな……」
「ふっふっふ、そう言いながらも前線を張ってくれるシュドルム殿は優しいですな」
「優しいとか鬼に向かって言うな! まったく……。 そろそろだな……」
赤黒く染まった両手剣を油断なく構えながら照れて顔を真っ赤にしているシュドルムだったが、クダラが大量の出血をし始めた事でとうとう何かが出てくるようだ。
「さて馬鹿話もここまでだ。 そろそろ奴の本体が出て来るようだからな」
シュドルムがそう呟いたのが切っ掛けとなったのか、盛り上がっていた肉の頂点を突き破り紫色の血飛沫をまき散らしながら、血に濡れた黄色い物体が飛び出して来た。
飛び出して来た黄色い物体が地面に立った瞬間、戦場の空気は凍り付いた。
「な、何だあれは……。 ま、魔物?」
魔族側の兵士が指挿して呟いた瞬間、その兵士の首が切断されて崩れ落ちた。
「下郎。 私を只の魔物と区別するとは何たる侮辱。 死んで償え」
兵士の命を一瞬で刈り取ったその黄色い体は全長が5Mほどあるため全く似ていないが、ある野生動物に酷似していた。
「あれは……。 大きさこそ野生動物と全く違うが、イタチの魔物なのか?」
「デリック! 正面を防御しろ!!」
シュドルムの忠告のお陰で防御が間に合ったが、イタチの魔物の攻撃を受けた私は1Mほど後方迄吹き飛ばされてしまった。
「ぐぅぅぅぅ!!」
奴は体に付着した血を弾き飛ばすと、恍惚な表情で空を仰ぎ見ていた。
「はぁ~~~~~。 やはりこの姿だと身体能力が段違いだな。 あと、また次に私をイタチの魔物と呼んだ場合、後方にいる貴様の息子も殺すぞ? 私の名はクダラと言う立派な名前があるのだからな」
「そう言えば貴様は俺の副官と同じ名前だと言っていたな。 お前がクダラの中に入っていたと言う事は奴はもう……。 よくも俺の副官を殺しやがって……」
「何を言っている、奴は今も生きているぞ? まあ、もう瀕死だがな!! クックック」
「なに!?」
シュドルムとデリックは頭部に大穴が空いた状態で横たわるクダラに目線を移すと、微かに口が動いている事に気付き、シュドルムが駆け寄ると抱き寄せた。
シュドルムを攻撃しようと思えばいつでも出来るはずなのに、イタチのクダラは醜悪な顔でその光景をとても楽しそうに眺めていた。
「クダラ! クダラ! 生きているなら何か言え!!」
「……ドルム…様……」
「クダラ!! 誰か、誰か回復術を使える者はいないか!!」
「わ、私が使えます!」
魔族側の兵士の中にたまたま居合わせた回復術の使える者が、クダラ治療の為に手を上げて近づいて来てくれたのだが、あまりの惨状に息を飲んでいた。
「頼む! 無理かもしれないが、クダラを治してやってくれ!」
「はい! 行きま……、ごぽ……えっ?」
シュドルム達が気付いた時には、回復術が使える女兵士は背後からイタチのクダラの爪によって貫かれて倒れ伏した。
「クックック、せっかく今際の際の者の言葉なのだ。 無粋な事をするで無いわ、ア~~~ハハハ!!!」
「貴様!!」
両手剣を握り締め攻撃しようとしたシュドルムだったが、服を力無く引くクダラに気付きイタチのクダラを攻撃する事を思い止まった。
「シュ……ドルム様……、良いの……です、この傷では助からないのは分かってますから……」
「クダラ……」
「ですから……一言……あなたの副官として一緒に活動して来て沢山迷惑を掛けられましたが、とても楽しかった……。 だからシュドルム様、あんなイタチなんかに負けないで……」
シュドルムは少しづつ体温が冷たくなって行くクダラの手を握り誓いを立てた。
「ああ、ああ! あんなイタチにやられるお前の上官じゃない!! だから安心しろ!!」
「言質を取りましたよ……? 約束を破ったら私と一緒に死出の旅に付いて来てもらいますからね?」
「分かった約束だ……。 クダラ少し眠ると良い、目を開けた時は全てが終わっているはずだ……」
「はい……。 そう……させて貰います……シュドルム様……」
「なんだ?」
「もし、もしも目を開けた時に全てが終わっていたなら……。 いいえ、何でも無いです……おやすみなさい、シュドルム様……」
「あぁ……クダラ、お休み……」
目を閉じたクダラはシュドルムの腕の中に抱かれた状態のまま、腕が力無く垂れ下がるのだった。
「ようやくくたばったか、ここまで存外長生きしていたならもう少し玩具として扱ってやれば良かったか? そいつの体を使ってお前を誘惑するとかな!!
そいつは心の中ではお前の事を愛していたのだぞ? いや~~私が恋のキューピットをする事になるとは嬉しいだろう? その相手はもう死んで居ないがな!! く~~クックック!!」
シュドルムはイタチのクダラの汚い言葉を聞きながら自分の腕の中で眠るクダラを見ていると、自然と涙が溢れて来た。 そして何かがシュドルムの中で切れる音がした。
プチン……。
「あああああああああああああああああ!!!」
「良いね、良いね! ここで存在進化をするのかシュドルムよ!! 私を楽しませてみろ!」
「五月蠅い……。 もう黙って死ね……クダラ……」
クダラを腕に抱いたまま、片手で両手剣を目に見えない速度で振るうシュドルムだったが、イタチのクダラはその目にも止まらない速度で振った両手剣を硬質な音を立てて牙で受け止めた。
「ざ~~んね~~ん! それでも私には届かなかったようだな、さよならシュドルム上官殿!!」
「俺は、俺はまだクダラの仇を!!」
シュドルムの命を刈り取ろうとした瞬間、何者かが間に入り、クダラを殴り飛ばした。
「ぶへ!!」
殺される事を覚悟したシュドルムだったが、いきなり轟音を響かせて巨体のクダラが冗談みたいに吹き飛んで行った光景にも驚いたが、それ以上に先程までクダラが居た場所に居る人物の様相に驚いた。
何故ならその人物は、炎の翼、水で出来た着衣、氷で出来た武具、そして見えにくいが空気の幕で防具を薄く覆うと言う、今まで見た事が無い異質な恰好でクダラに向き合う緑色の髪を持つ女性だった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
死魔将グリムリーパー戦はジュリアが瞬殺する事になってしまいました。
クダラの戦闘が終わると時間軸も追いつかせるつもりなので、もう少しお付き合いお願いいたします。
次回は“過去の因縁”で書いて行こうかと思っています。




