その少女の名は、ミーリス=アイス
豪華な椅子にふんぞり返っているこの長毛種の猫獣人の女の子は、俺と菊流がどの様に鍛えれば強くなれるのか、その方向を示してくれた。
そのお礼も込めて改めて彼女を紹介して欲しいと頼むと、エリアは快く応じてくれた。
「この、椅子にふんぞり返って偉そうにしている少女の名は【ミーリス=アイス】と言って、この国ではとても重要なポストに付いているお方なんですよ。
共也さん、信じられますか? こんなに小さな体なのに、魔法部隊の大隊長を務めているんですよ?」
「小さいは余計じゃ、エリア王女!!」
「実際小さいじゃないですか」
「うぐ! そうは言っても儂の実年齢はまだ10歳じゃ、仕方なかろう!?」
実年齢は?
「ふふ。 お二人の疑問はもっともです。 実はこのミーリス様は先程の説明でも有った様に、体の年齢は本当に10歳なんです。 ですが、彼女の頭の中には歴代の魔法部隊大隊長の記憶が継承されている為に、魔法部隊大隊長と言う席に着く事が許されているのです」
「それは凄いな。 歴代のって言うと様々な魔法を使いこなせるのか?」
「ふっふ~~ん、当たり前じゃ。 歴代の大隊長が研究して来た魔法を侮るでないわ。 今は無理じゃが、今度儂が得意とする魔法を披露してやろうかの」
「この様に多くの記憶を継承している影響でこんなお祖母ちゃん言葉になっていますが、気にしないで上げて下さいね?」
「お祖母ちゃん言葉とは一言余計じゃ! こら、お主ら2人も笑うんじゃない!」
エリアに紹介された少女ミーリスは顔を真っ赤にして抗議して来るが、実際『じゃ!』や『のだ!』と言ってる為、間違いじゃ無いんだよな……。
「む~~。 初対面なのに人の口癖を笑うとは一体何なのだ……。 ブツブツ」
頬を膨らませて抗議するミーリスはブツブツと小声で文句を言っているつもりなのだろうが、声がこっちにまで聞こえて来ているので独り言になっていない。
「儂はエリア王女に会って欲しい人物がいるからと頼まれたからここに来たのに、この扱いは何じゃ!?」
「「「すいませんでした……」」」
ミーリスの口癖を笑ってしまった事を謝罪した俺達だったが俺は失礼ついでに、彼女に会ってからずっと気になっていた事を尋ねる事にした。
「え~っと……。 ミーリス……様?」
「何で疑問形なんじゃい!! ああ、もうミーリスで良い。 この世界に召喚されたお主達は客人扱いする様に、と各国の王達から厳命されているのだから、儂に遠慮する必要は無い」
「各国の王が……か。 ではミーリス、どうしても聞きたい事があるんだが大丈夫かな?」
「儂に答えられる事ならば答えてみせよう。 で、何が聞きたいんじゃ?」
怒らないと良いが……。
「変な事を聞くけど……。 お怒らないか?」
「お前さんは、会ったばかりの儂を怒らせる可能性のある質問をするつもりなのか!?」
「いや、怒らせるつもりは無いんだが……。 ええい、ミーリス!」
「なんじゃい!?」
一拍間を置いた俺は、ミーリスに問い質した。
「何でそんなにブカブカの服を着てるんだ?」
「服?」
「そう、そのブカブカの服」
そう、ミーリスはちょっと動いてしまうだけで全身が露になってしまうんじゃないかと言う程に、ブカブカの服を着ていたのだ。
今も椅子に座っているだけなのに鎖骨や肩が常に見えてしまう上に、下半身のスカートに至っては裾を何回折り返してるんだ? と言いたくなる程、大きすぎる服を着ていたのだった。
(両肩が出ている黒のインナーを着てくれているからまだ良いが。 10歳の少女の体とは言え、ミーリスが躰を少し動かす度にチラチラと際どい部分が見えそうだから、目のやり場に困るんだよな……)
「こ、これはじゃな……。 将来大きくなれるようにとの願掛ける意味も含めた上で、部隊長の服を大き目に作る様に命じたのじゃが……。 出来上がった服は……ほれ、この通り。 儂の予想を超えて大きく作られて来たたのじゃ……」
「大きすぎたのなら、作り直せば良かったんじゃ……」
「儂もそうしようとはしたのじゃよ!? でもな、大隊長に使う布は特殊な工程が施されておるから、おいそれとハサミを入れる事も出来ず……。 まぁ、成長すればすぐ体に合うだろうと思い、このままにしておるのじゃ」
「その団長服が出来上がった時のミーリス様の怒りっぷりは凄まじかったんですよ? 当時の針子が居た工房にわざわざ乗り込むと、魔法で吹き飛ばそうとしたんですから」
「……ミーリス」
「儂が悪いのか!? どう考えても少女の裸を見ようとして、ワザと大きすぎる団長服を制作した針子が悪いと思うのだが!?」
「流石にそれは針子が悪いわね……。 擁護のしようが無いわ」
「そうじゃろう! 菊流とやら、分かってくれるか!?」
「えぇ、私もしつこく言い寄って来る男に何時も辟易させられているから、あなたの気持ちが痛い程分かるわ!」
「おお、友よ!」
光輝やっぱりお前……。
「何故儂がこのブカブカの団長服を着ているのか、その理由が分かったかの?」
「あぁ、流石にそんな理由が有るとは想像も出来なかったよ。 答えてくれてありがとうなミーリス」
「構わん。 奴の思惑に乗ってこの団長服を着るのは業腹だったが、着続けている内に案外悪く無い事に気付いての」
「あぁ、ブカブカだった服を着こなせる様になれば、自身の成長を実感出来るって事か」
「そう! そうなのじゃ! 共也、お主分かっておるの!」
「菊流も中学時代、急激な成長のせいで悩んでいましたからね」
「共也、何が言いたいの?」
「いや、お前言ってたじゃないか、中学に入ったら急に胸が大きくなって『共也、それ以上言ったら後が酷いわよ?』……何でも無いです……」
中学時代、菊流がずっと気にしていた事をこんな所で暴露してしまったせいで、殺気の籠った視線を向けられてしまい、口を噤む事しか出来なくなってしまった。
先程、ブカブカの団長服を着続ける理由を言い当てた俺に気分を良くしたミーリスは、わざとらしく暑がり始めると胸元を仰ぎ始めた。
「ふ~~。 暑いのう……。 そうじゃ共也、儂がこの団長服を着続ける理由を当てた褒美として、成長する前の青い果実を見せてやろう!」
「ちょっ! ミーリス様!?」
ちょっと頬を染めて笑顔を浮かべるミーリスは、ブカブカの団長服の胸元に手を掻けると手前に引くと、そのまま前かがみになった。
大胆に広げた服の隙間から見えたミーリスの胸部は、小さいが確かに膨らんでいる様に見え……。
―――ババチーーーン!!
後少しでミーリスの全てが見えそうだったが、視界が急に真っ暗に染まってしまった為それは叶わなかった!
まぁ、黒のインナーを着てるからどっちにしても見え無かっただろうけどな。
それはそれとして、俺の視界を封じた人物達に対して抗議の声を上げた。
「いっった! 何をするんだよ、エリア、菊流!?」
そう、俺の視界を手で塞いだのは、エリアと菊流だった。
「あんな少女の胸をガン見しようとしてたからでしょ!?」
「してねえし!」
「共也さん、まさかあなたは幼女趣味なのですか!?」
「違うわ!!」
必死に違うと弁明するが信じて貰えない……。 そして、この惨状を作りだした少女はと言うと、腹を抱えて大笑いをしていた。
「あ、あははははは! は、腹が痛い……し、死ぬ……」
そんな大笑いをして痙攣するミーリスを見た2人は、俺より先に彼女の行動を問い詰める事にしたようだ。
「ミーリス様、さすがに悪戯が過ぎると思うのですが。 まさか、共也さんにその幼児体型の体を見せようとするとは、予想すら出来ませんでしたよ……」
「幼児体型じゃ無いわい! 見て見ろ、ほんのちょっとじゃが胸が膨らんで来てるんじゃ!」
また服を捲ろうとするミーリスだったが、エリアの蔑んだ目を見て本気で怒っていると悟った。
「幼児体型かどうかは最早関係ありません。 まだ服を捲ろうと言うのなら、こちらにもそれ相応の考えがありますよ?」
暫くの沈黙が流れるがエリアの鬼気迫る迫力は、俺の視界を未だに塞ぐ手から伝わって来る。 そして、ミーリスは彼女の迫力の前にあっさりと白旗を上げた。
「はぁ、降参じゃ……。 何故ストーカーだった針子が作った、このブカブカの団長服を着続けているのか。 それを理解してくれる者が現れたからつい嬉しくて調子に乗ってしもうた……。 エリア王女すまんかった」
「はぁ……。 次はありませんからね?」
ミーリスの謝罪と同時に2人の圧力が止み、俺の視界も光を取り戻す事が出来た。 視界の先では先程の行動を反省したのか、椅子に座っているミーリスはその特徴的な長毛種の耳と尻尾が垂れ下げていた。
「話しは変わるがお主ら、近衛隊長であるデリック殿にはもう会ったのかの?」
話し合いを再開した俺達だったが、デリック隊長に会ったか?と質問して来るのだった。
デリック隊長って、昨日俺に色々説明してくれた人だよな? あの人って近衛隊長だったんだな。
「共也さんには昨日会ってもらいましたけど、菊流さんはまだですね。 この後、練兵場に向かう予定ですので、紹介するつもりです」
「それなら儂から紹介する必要は無いか。 共也、菊流、2人が鍛錬場に行く前にこの世界のスキルに関して重要な事を伝えておこうと思う」
「何でしょう?」
「うむ。 結論を言ってしまうと、実は訓練と運次第で新たなスキルを取得出来ると言う話しだ」
「!?」
共生魔法しかない俺でも、他のスキルを手に入れる事が出来るのか!?
興奮する俺を放置して、ミーリスの説明は続いた。
「そなた達の世界にも居たんじゃないか? 最初は箸にも棒にも掛からぬ品しか作れぬ者が、ある時を境に名品を生み出す事が出来る様になる。 まるで何かに覚醒したかのようにの」
「確かに……」
「そうであろう? その道を修行して行けば、運も絡むが新たなスキルを得られる可能性が常にあると言いたかったのじゃ」
別のスキルを取得出来るかもしれない。 俺はその一言に希望を抱いて菊流の手を取って喜び合った。
「菊流、別のスキルを頑張れば取得する事の出来るなら、今後も生き残れる希望が持てるな!」
「うん、うん……。 良かったね共也! 戦闘系のスキルを取得出来れば、生き残れる可能性も上がるんだから私も練習に付き合うよ!?」
「助かる! あぁ、少し希望が出て来たよ!!」
頑張れば新たなスキルを取得出来る可能性が有る。 その情報を知った俺は、この世界に来て本当に少しだが、肩の力を抜く事が出来たのだった。
「今度デリックやこの儂が直々に講義を開く予定になっておるから、スキルを得たい方に参加するのじゃぞ?」
(固有魔法の方は使用不可だし、まずは自衛出来る手段として剣術スキルだけでも取得しておかないと、皆の足手まといになる危険があるな……頑張ろう)
旅をするにあたって頭に思い浮かんだ必要なスキルは『剣術スキル』、俺はまず剣術スキルを取得する事を目指す。
この世界に来てから最初の目標が決まった瞬間だった。
「ミーリス、今日は助かったよ。 また分からない事が出てきたら質問しに来て良いかな?」
「うむ、また気軽に来るが良いぞ、共也お兄ちゃん♪」
その時のミーリスの笑顔は年相応の可愛らしい笑顔だったので、つい顔が綻ぶのだった。
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あの後図書館を後にした俺達は、ミーリスの勧めに従い練兵場にいるであろうデリック隊長に会いに行く為に向かっていた。
「ねぇ共也、最初に聞いておきたいんだけど、デリック隊長ってどんな印象の人だったの?」
「そうだな……。 ラノベで出て来る正義の騎士ってイメージって言えば、菊流にも分かり易いかな? 礼儀正しそうな雰囲気は、どことなく親護父さんに似ていたよ」
「親護さんに?」
「ああ、雰囲気が……だけどな」
(親護父さんも俺と一緒に生きていたら、年を重ねてデリック隊長みたいな雰囲気になってたのかな?)
そんな有りもしない事を考えてながら歩いていた俺達の耳に、兵士達の気合の入った声が聞こえて来るのだった。
魔法大隊長リーリス=アイス今後の活躍に期待ですね。
次回はデリック近衛隊長の話になります




