亜人将ハンネ。
ノグライナ王国の近衛兵長であるキーリスさんに、ハンネと呼ばれた女性は徐々に頭痛が酷くなって行く理由が分からずにいた。
「キーリスお兄ちゃん? 私は何を言っているのだ……。 わ、私はお前など知らない。 そう、知らないはずだ……。
だが頭の中ではそう思っているのに何故こうも動揺するのか分からない……。 分からないよ」
右手で痛む頭を押さえるハンネに、キーリスは優しく語り掛ける。
「ハンネ、先程お前は魔王グロウに誘われてと言ったな? その時に一族全員で魔王グロウの話を聞いたのではないか?」
「どうしてその事を知っている……。 確かにグロウ様に請われて一族全員で話を聞く事になったが、その時の話がどう関係してくると言うのだ!!」
そのハンネの反応を見たキーリスは、やはりダークエルフ達は魔王グロウに騙されてノグライナ王国から居なくなったのだと確信した。
「ハンネ……。 実はな」
その結論に至ったキーリスは目の前にいるハンネをこのままにしてはおけないと思い、魔王グロウの能力を伝えると、その反応は予想通りだった。
「う、嘘だ!! グロウ様が私達の記憶を良いように操っていただなんて、そんなの信じられる訳が無いじゃないか!!」
「だが事実だ。 魔王グロウの近くにいたのならお前も見たんじゃないのか? オートリス国の者達がグロウによって都合の良いように記憶を操作される所を」
「それは……。 グロウ様がその能力は決して敵にしか使わないと言ったから信じて……」
「そこだよハンネ」
「え?」
「何故お前はグロウの言う言葉を手放しで信じているのだ?」
「えっ……? それは……奴隷の様な状況から……あれ? 本当にそんな事されてたの?」
自分の記憶に疑問を持ち始めたハンネは、どうして良いか分からずに立ち尽くしていると知らず知らずに目から涙が溢れて来た。
「うぅっ……どうして良いか分からない……。 この記憶が本当なのかも分からない……」
「お前を奴隷の様に扱っていた女王候補とは、ジュリア様とリリー様か?」
「そうよ……。 いつも暴力を振るわれて……、振るわれてたの? いつも赤い毒の様な飲み物を飲まされて……。 え? これは……紅茶?」
ハンネはグロウの思考誘導が解けかけているのか、次々に思い出される本当の記憶に混乱していた。
「ハンネ……。 実はな、今この野営地にジュリア様とリリー様の両名がいらっしゃるのだが、会ってみる気はないか?」
「えっ?」
「今までのお前の反応を見ていると、魔王グロウによって記憶をいじられている事はほぼ確定している。
そして、お前達ダークエルフ達が移住するきっかけとなったお二人に会う事で、何かが分かるのではないか?
それともお二人に会わずにこのまま魔王グロウの元に戻って、このまま部下として働き続けるか?」
私の頭の中ではグロウ様の元に戻って今までと同じように、彼の為に命を懸けで働け! と言う言葉が頭の中で繰り返されている……。
だけど私は知らないといけない。 本当にあの人が私達の記憶を自分の都合の良いように操っているのかどうかを……。
「2人に会わせて……、くれないか?」
「……分かった。 お二人をここに呼んで来るから少しここで待っててくれ。 くれぐれも他の者には見つかるなよ?」
「分かってる……」
キーリスを見送ったハンネは、木にもたれ掛かり地面に座り込んだ。
(もし、もしもグロウ様が私の記憶を都合の良いように操っていたら私はどうしたら良いんだ……?
一族を代表して亜人将と言う2つ名も頂いて、彼の為に汚れ仕事を沢山して来たのに……。 分からない、分からないよ……。 誰か助けてよ………)
膝を抱えて涙が溢れて止まらない顔を埋める彼女は、道に迷っている一人の少女の様だった。
「「ハンネ! ハンネ!!」」
何時の間にか膝を抱えながら寝ていたハンネは朦朧とする中、自分の名を心配そうに叫ぶ声に気付いて顔を上げた。
「あなた達は、ジュリア様とリリー様?」
そこには子供の頃に何時も一緒に遊んだ懐かしい面影を持つ2人が、心配そうに私を見ていた。
「どうして2人は泣いておられるんですか?」
「どうしてってあなた……。 あなたが何も言わずにノグライナ王国から居なくなってしまって、どれだけ私達が心配したと思ってるのよ……。 それなのにどうしても何も無いでしょう!?」
「泣かないで下さい。 ジュリア様、リリー様、2人を守るのは私の役目であり誇りなんですから……」
「それだけじゃないでしょう! 私達3人は!」
「そうでしたね……。 私とあなた達は親友としてこれからもずっと一緒に……。 親友として?………ぎっ!!! きゃぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!! あ、頭が割れそう!!」
「「ハンネ!!」」
頭を抱えて悶えるハンネはノグライナ王国で3人仲良く遊んでいる光景や、クリスタルフォートレスのテラスで一緒に紅茶を飲んでいる情景を、走馬灯の様に一瞬で思いだしていた。
そして自分が憧れていたキーリス近衛兵長の事も。
「「負けないでハンネ!!」」
ジュリアとリリーはハンネの片方づつの手を握り励ました。
そのお陰なのか、ハンネの頭の中でガラスが割れるような音が響くと、少しづつ頭の痛みは引いて行きガックリと頭を下げた。
そして次にハンネが顔を上げると、そこにあるのは笑顔だった。
「思いだした……、今全部思いだしたよジュリアちゃん、リリーちゃん……。 そして、キーリスお兄ちゃん……、黙って居なくなっちゃってごめんなさい……」
「「ハンネちゃん思いだしてくれたんだね、良かった!!」」
ジュリアとリリーの2人は、ハンネに抱き付くと大粒の涙を流して再会を喜んだ。
「うん、思いだしたよ全部……。 何が奴隷の様な扱いよ……。 何が毒の様な飲み物よ……。
全く出鱈目な記憶に塗り替えられた上に、その記憶を信じて1族全員であいつの国に移住した結果がこれなの?
馬鹿みたい……。 本当に馬鹿……みたい……」
グロウに騙されていた事を知ったハンネは、怒りで握る手に爪が肉に食い込み赤い血が地面に滴り落ちていた。
「私の宝物と言える2人の親友との大切な記憶を改竄された上に、一族全員の記憶まで……。
魔王グロウ様、いやグロウお前だけは絶対に許さない……。 許す事など出来るはずが無い!!」
オートリス城がある咆哮を睨みながら悔し涙を流すハンネに、キーリスは彼女の頭に手を置いて慰めた。
「ハンネお前が居なくなってからずっと皆で心配していたんだ。 ある日を境に急にダークエルフ達が全員いなくなったからな。
だが、今日お前を我々の手に取り戻す事が出来て本当に嬉しかったよ……」
「キーリスお兄ちゃん……」
ハンネは自分の頭に乗せられている手を愛おしそうに握りながら、頬を染めるのだった。
「それでだハンネ、お前以外の者達はまだグロウの元にいるのか?」
「そうだよ。 私以外の人達も記憶をいじられているなら、グロウの奴を信じて今も側に仕えているはずだよ……」
「そうか……。 ハンネ、お前ならそいつらを戦場とは全く別の場所に上手く誘導して、戦闘に参加出来ない様にする事は可能か?」
「出来ると思うよ?
みんなも記憶を改竄されているだけで意識はハッキリしているから、私が誘導すれば付いて来てくれるはずだよ?」
キーリスは「それなら」と1度頷くと、ある提案をハンネに持ちかけた。
「ならばダークエルフ達を戦場から遠ざけて貰って良いか? 俺達エルフはお前達ダークエルフと戦いたくは無いんだ……」
「うん、分かったわ。 皆には適当な理由をでっち上げて、戦場とは全く別の場所に誘導するから決戦の方は頑張ってね、キーリスお兄ちゃん!!」
キーリスに頼られたのが相当嬉しかったのか、先程の様に冷たい笑顔とは打って変わり可愛らしい笑顔を向けて来るハンネだった。
「そうだ、お兄ちゃん達ってリリス様を救助しにも来てるんだよね?」
「ハンネちゃん! リリスちゃんの居場所知ってるの!?」
リリスの名が出た事で、ジュリアさんはハンネの両肩を握ると、激しく前後に揺さぶるものだからハンネの目がグルグルと周り気持ち悪くなった所でようやくハンネが苦情を口にした。
「ジュリアちゃん、そんなに力いっぱい振られたら痛いから! 答えるから落ち着いて!!」
「ご、ごめんなさい……」
「いたたたた……。
えっとね、今リリス様はグロウが作りあげた新兵器の動力源として囚われているの」
「動力源ですって!?」
「ジュリアちゃん怖い怖い、ちゃんと説明するから!!」
リリス様はグロウの新兵器の動力源にされている為拘束されている事。
そして本当なら新兵器の攻撃をこの軍隊に打ち込む事で甚大な被害を負わせる予定だったけれども、魔力装置に送り込まれていたリリス様の魔力を彼女自身が操った事で故障してしまった事。
そして、例え修理出来たとしても距離が近くなりすぎてしまっ為、発射自体が出来無くなってしまった事も彼女の口から詳細に語られるのだった。
私が説明し終わると、ジュリアちゃんの目から徐々にハイライトが消えて行き、彼女の握る杖から魔力が溢れ始めた。
「ちょっと魔王グロウを滅ぼしてくるわ、皆には私がそう言ってたと伝えておいて」
「ジュリアちゃん! 落ち着いて~~~!!」
「お姉様、怒る気持ちは分からなくも無いですが、無策で突っ込んで行っても意味が無いですから~!!」
「リリー、ハンネちゃん……。 でもリリスちゃんをそんな扱いをしたグロウが許せなくて……」
ジュリアちゃんって本当にリリス様の事を心配しているんだね……。 でも私も同族を誘導する役目を受けちゃったから、リリス様の救出をする事まで手が回らない……。
「あ、そうだジュリアちゃん」
「ハンネちゃん何か良い案でも!?」
「案と言うか提案。 私は同族達の誘導する任務があるから、リリス様の救助まで手が回らないけど、今リリス様がいる場所を変更する時間くらいはあると思うの」
「リリスちゃんが居る場所を移動させてどうするの?」
「この軍隊に居る何名かでリリス様の救助をして貰えば良いと思うの。
オートリス城の何処に居るか分からないより、何処にいるか分かれば素早く救助出来るし、すぐに撤退も出来るよね?」
「確かにその案なら大人数じゃなくても実行出来るから、リリスちゃんを救出する事も出来るかもしれない……」
ジュリアは顎に手を当てて少し考えると、その作戦ならと結論を出すと首を縦に振った。
「良いわね、その案で行きましょう。 でもハンネちゃんもグロウに見つからない様に気を付けてね?」
「うん、ジュリアちゃん心配してくれてありがとう。
それじゃ、私はあくまで偵察任務でここに来ただけだからあまり遅くなると怪しまれるからそろそろ行くね」
「ハンネ気を付けてな。 必ずまた会おう」
「キーリスお兄ちゃん任せて! あ、そうだリリス様を隠す部屋を伝えるのを忘れてた」
「そうだったな……。 それでハンネ、救出部隊は何処の部屋に向かえば良いんだ?」
オートリス城の中の地図を頭の中で思い出しながら良い部屋が無いかピックアップしていたハンネだったが、これと言って良い部屋が無い。
そう思ったハンネだったが逆の発想をする事にした。 要は最も無いと思われる部屋を選ぶ事を思いついたのだ。
「そうだね、下手に下の階層の部屋に匿うと雑兵に見つかる可能性があるから、最上階手前の【魔王の間】そこに隠れてて貰うから救助隊の人にはその部屋を目指して貰って」
「分かったわ、明日の朝に急いで編成するから、戦闘が始まったらリリスちゃんを魔王の間へ移動して上げてね」
「うん、3人共この戦争が終わったらまたお茶しましょうね。 それじゃ、行って来ます……」
ハンネは小さく手を振ると風の様に平原を走って行き、すぐに暗闇の中に溶け込んで見えなくなってしまった。
「リリー。 ハンネちゃんが生きていてくれて良かったわね」
「はい……」
「さあ忙しくなるわよ! 宿営地に戻ってこの情報を皆と共有して救出部隊を編制したりしないと!」
「私は一足先にシグルド大隊長に伝えて来ますので、お2人は思う事もあるでしょうから後でユックリと来てください」
「ありがとう、キーリスお兄ちゃん」
「リリー様、久しぶりにその呼び方をして下さいましたな、嬉しく思います。 それではまた後で」
こうして思いがけずリリスを救助するための手がかりが手に入れた私達だったけど、急遽救助隊に選ばれた人選に多くの人が驚いた。
「共也君。 君にリリス嬢の救助する部隊長を任せたいと思う。 出来るか?」
「や、やります! やらせて下さいシグルド大隊長!」
「うむ。 この任務は戦争に勝利する事と同じくらい重要な任務だと言う事を忘れないでくれ。
編成する為の人選は君に任せるからすぐにでも取り掛かってくれ」
「はい!」
こうして俺はシグルドさんから、リリスを救助する為の部隊長と言う最も重要な任務の1つを託される事となるのだった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
亜人将ハンネはこちらの陣営として動く事となり、リリス救助の助けになる事となりました。
次回は“開戦”で書いて行こうと思っています。




