誤算。
グランク様の激励を受けた俺達はオートリスへ向かって進軍していたのだが、その道程は気持ち悪い程順調だった。
しかも不気味な事に進軍中も魔物がほぼ現れない上に、例え現れたとしても同行している冒険者達によってすぐに討伐されてしまう為、進軍速度に影響を及ぼす事は無かった。
「エリア、ここまでグロウ側から何も妨害が無いってどう考えてもおかしいよな?」
「そうですね……。 私も1つ、2つは妨害や罠があると思っていたのですが、それもありませんし……。
柚葉さん、あなたはどう思いますか?」
顎に手を添えて思考を巡らせていた柚葉はこちらに視線を向けると、自身の予想を口にした。
「私の予想だけど……。 本当なら私達の進軍を妨害をするつもりだったけど出来無くなった。 じゃないかしら?」
「どうしてそう思われるのですか?」
「私達の軍って、他国からの増援も加わったから今はかなりの大所帯になったじゃない?」
「はい」
「魔王グロウはこちらの国に攻め込むつもりだったんでしょう?
それなら必ずこちらの行動を監視してるはずだし、こちらが軍を動かした事も魔王グロウの耳に入っているはずよ。
それなのに何もして来ないのは流石におかしいと思わない?」
「確かに柚葉さんの言う通りですね……」
確かに柚葉の予想は当たっていると思う。
そうでないと、足止めすらして来ないこの現状の説明が付かない。
「でもさ、相手が足止めして来ないなら楽で良いじゃねえか、オートリス国まではまだまだ距離があるんだからな」
「ダグラス……、あんた考えて無さすぎなんじゃない?
「お、俺だって色々と考えてはいるぞ?」
「どんな事を?」
「この戦争が終わって平和になったら、メリムと何処に住むか……、とか?」
「「「「・・・・・」」」」
〖ガシ!〗
唐突な惚気話を聞かされた柚葉達は静かに切れてしまい、ダグラスの頬を思い切り抓った。
「あんたねぇ!! 今! この時の事を! 私達は話し合ってるの!! 惚気話なら戦争が終わってからにしなさいよ!!」
「わ、分かったから、俺が悪かったから抓るのを止めてくれ! 柚葉!」
「いや、あんたは分かって無い! これから私達は核を模した術が飛んで来るかもしれない場所に行こうとしているのよ!?
最悪の事態が起きた時の事を予想しておかないと、いざと言う時に行動が遅れるし……、下手をするとあなたが死んじゃうのよ!?」
柚葉の鬼気迫る迫力に、いつも茶化した台詞を言っていたダグラスもタジタジとなっていた。
「ゆ、柚葉、俺が悪かった!! 悪かったからそうムキになるなよ、一体どうしたんだよ? お前らしく無いじゃないか……」
「分からない! 分からないけど不安でしょうがないのよ!」
ダグラスの胸を叩きながら涙を流す柚葉の肩に、鈴が手を置いた。
「柚ちゃん……、それは皆一緒だよ。
私だってこの結界術を使ってどこまで皆を守る事が出来るのか分からないんだから、凄く不安だよ……。
それは戦闘職の愛璃ちゃんや魅影ちゃんも同じだと思う」
「柚ちゃん、私も凄く不安だよ? でも、この戦いを乗り越えないと平和な世界が訪れないなら……、歯を食いしばって頑張る……」
柚葉は槍を持つ魅影の手が微かに震えている事に気付いた。
「鈴、魅影、ごめん少し落ち着いた……。 そしてダグラス、八つ当たりの様な事をして本当にごめん……」
「良いさ、不安なのも分かるからな」
普段はお茶らけて話す傾向が強いダグラスが、真面目に話している姿を俺達は久しぶりに見たのだった。
=◇====
【オートリス城・???室】
「グロウ様、人間共の軍が大橋を越えて目標地点に到達いたしました。 いつでも発射出来ます!」
「クックック、ようやく来たか!
この魔道砲であいつ等を殲滅する事が出来れば大陸に残る戦力は烏合の衆だからな、時間をかけてじっくりとなぶり殺しにしてやる。
ヒッヒッヒ! 今から想像するだけで逝っちまいそうだ! 良し【魔力圧縮砲クロウ】撃て!」
魔王グロウは腕を前に突き出すと、魔道砲クロウを撃つように指示を出した。
「了解、安全装置解除。 耐閃光防御。 魔力補充完了いつでも撃てます!」
「発射だ、撃て~~~!!! ひゃっはっはっはっは!! これで人間共は殲滅だ~~~!!!」
「発射します!」
今まさに核を彷彿とさせる砲撃の引き金が引かれた瞬間だった。
〖ぷしゅ~~~~~~~………〗
「じゅ、充填した魔力が沈黙化していきます!! 撃つことが出来ません!!!」
「な、何だと! 原因は何だ!? 今のタイミングを逃すと奴らとの距離が近すぎて、もう使う事が出来なくなるんだぞ!!」
「ですが原因不明の為、修復する事すら出来ません!!」
「ぐぬぬぬぬぬ!!」
〖クス……〗
こんな時に笑い声だと!?
微かに聞こえた笑い声、それが何処から聞こえて来るのか探っていたグロウは気付いた。
その笑い声の出所が魔力砲の魔力電池とされているリリスだと言う事を。 彼女は何が可笑しいのか口角を上げて今もクスクスと笑っていたのだ。
「お前かリリスーーーーーー!!! 言え!! 何をした!!!」
グロウはリリスの襟首を持ち答えさせようとするが、彼女はただ微笑むだけだった。
「答えろリリスーーー!! 答えなければ今すぐお前を殺しても良いんだぞ!?」
相当酷い扱いを受けたのか、リリスが来ているゴスロリ服は所々破けてしまって至る所から出血している状態だったが、ただ殺されるのも癪なので種明かしをする事にした。
「ゲホ、どうせ出来もしない事をペラペラと」
「良いから言え!! 本当に殺すぞ!!」
「ふふふ。 そんな馬鹿なグロウに問題です。 この装置に貯めこまれている魔力は本来誰の物でしょう?」
「そんなのこうしてお前から搾り取っているのだからリリス、おまえ……おまえの、まりょ……く?」
「そう、私の魔力だ。
ならこの装置に貯められた魔力を私が制御出来るのもなんらおかしく無いだろう?」
リリスの魔力である以上、グロウには扱う事が出来ない。
それが指し示す事は、長い年月を掛けて作り上げたこの魔道砲クロウが、自分では使う事が出来ない只のガラクタと化したと言う事実だった。
「そんな馬鹿な! 僕の計画は完璧なんだ!! そんな理不尽な事が認められるか!!」
「実際撃てないではないか。
前回はその事実に気付けずに、また私は沢山の魔族の民を殺してしまった……。 だが今回はお前が一番気分が乗っている所で邪魔をしてやろうと思ってわざと魔道砲に魔力を充填させたのだよ。
実際、魔道砲で決着が付くとタカをくくったお前は、足止めをする為の罠を張る事もしなかったはずだから、ここまでほぼ素通りで来られてしまうのであろう?」
「ぐぐぐっく!!」
「なぁグロウよ、知り合った結界術師が言っておった言葉をお前に送ろうじゃないか」
「何をだ!!」
リリスは1度息を吸うと残った全ての体力を使い、グロウを煽り倒した。
「ねぇねぇ、魔道砲を撃てば世界征服出来たと言う絶頂の気分から、今度は自分が殺される立場になるかもしれない今の気分ってどんな気分?
ねぇねぇグロウ教えてくれない?っとな クックック」
「リリスお前ーーーー!!!」
〖ゴッゴッ! バキ!!〗
「グロウ様!! そこまででお止めください!! リリスが死ねばこの装置も本当の意味で今後使えなくなってしまいます!!」
その言葉にグロウもリリスを殴るのを止め、忌々しそうに床に放り投げた。
「ちっ!」
「あう……」
リリスの顔は大きく腫れ上がり、力無く冷たい床に横たわっていた。
「クソが忌々しいガキだ、後で脳が壊れても構わんから俺のスキルで処理を施すか……。 だが今は人間共の対処が先だな……」
「グロウ様、我々も斥候として出ますので一旦ここで」
「あぁ、行ってこい。
俺も奴らを迎え撃つため装備を取りに一旦ドロイアスに戻る、まさかこの俺がわざわざ戦場に出る事になるとはな……。 下らん事をしやがって。 ガキが」
〖ドス!〗
「ぅ……」
グロウは自国に戻る前にリリスの腹に蹴りを入れると、部屋を出て行った。
リリスは連日の拷問を受けた影響で、上半身を持ち上げる事すら出来なくなっていた。
「共也、私の事はもう助けに来なくて良いから魔王グロウを討伐する事を専念して。 そしてルナサスと手を取り合って平和な世界を実現してね。
……トーラスごめん……。 どうやら私の命はここまでみたい」
誰も居なくなった部屋の床で横になったリリスは、ポロポロと涙を流しながらそう呟くしかなかった。
=◇◇===
【オートリス国・国境付近】
「シグルド大隊長、結局妨害が一切ないままオートリス国の国境付近まで来ることが出来ましたな」
「デリック副隊長殿か。 あぁ……、グランクがルナサス殿から借りた地図によれば、明日にはオートリスの都市が視認出来る場所に出るだろうな」
「とうとう明日か明後日には人類の存亡を掛けた戦いが始まるのですね……」
デリックの言葉を聞いたシグルドも思う所があるのか少し考えた後に、彼にある提案を持ちかけた。
「デリック殿……。 今晩の食事に酒を1杯だけ開放すると言うのはどうだろう?」
「シグルド殿、その意味が分かって言ってるのですね?」
「ああ……、分かって提案している」
「・・・・・」
ただでさえ大部隊に所属する兵士1人1人に酒を1杯とはいえ振舞う事は、今後の物資が足りなくなる可能性もあったため、デリックはあまり良い顔をしなかった。
「そんな事して大丈夫なのですか?」
「ああ、この事は出発前にグランクとも話して決めていた事なんだ。
明日には誰もが死んでしまう戦場に立つ事になるのだからな……。 俺も含めて……な」
そこでデリックはその酒が末期の酒なのだとシグルド隊長の心中を理解すると、これ以上多くを語るのは止めた。
「確かにそう……ですね。 分かりました後方にいる輜重部隊に先程決まった事を連絡しておきます」
「頼んだ、デリック殿」
デリックは相棒の馬に跨ると、後方へと走らせた。
(シグルド殿も大分思いつめた顔をしていたが……。 この戦い、勝てるのか?)
「俺も含めて……か。
明日、多くの者が骸を晒す事にならない様にする為には地図を見直して、少しでも有利な場所で戦闘出来る様に持って行かなければ……。
多くの命が俺の指揮1つにかかっているんだからな……」
シグルドは総司令官と言う重圧の中、少しでも犠牲を減らそうとして地図をジッと眺めながら最後の休息を林に囲まれた平地でキャンプをするのだった。
そして夜になると参加した者全員に酒が振舞われる事となった。
「みなさ~ん! シグルド大隊長から晩御飯の時に1杯だけお酒を振舞う許可が出たので、忘れずに受け取って行って下さいね~~!!」
『「おおおおおおおおおおお~~!!!」』
「さすがシグルド大隊長様だぜ!!」
「お前さっきまで批判してたのに、何調子良い事言ってんなよ!」
「うっせえわ!! 俺に取って酒は正義なんだよ!!」
「はいはい」
辺りが暗くなり食事が配られると、シグルド大隊長が酒が入れられたコップを手に持ち仮設された演説台に立つと、集まった人達は固唾を飲んで彼の言葉を待った。
シグルド大隊長の立つ場所からは、酒の意味を理解している者達がコップを持って心配そうにこちらを見ている姿が視界一面に広がっていた。
「みんな、俺達は大した妨害も無くオートリス城まで後わずかな位置まで来た。
恐らく明日には魔王グロウ側の者達と戦闘に入る事となり、敵味方問わず多くの者が骸を晒す事になるだろう……。 だが私は約束しよう。
例え多くの者が犠牲になってしまったとしても、必ず魔王グロウの喉笛を掻き切り平和な世界を迎えて見せる事を……」
誰もがシグルド大隊長の言葉に聞き入っていた。
そう明日には自分がその骸を晒す1人になるかもしれないと覚悟をきめつつも。
「私も本当なら戦争などしないで自国に帰ってのんびり平和に暮らしたい……。
だが誰かが、誰かが魔王グロウを倒さなければ、君達の家族や知り合いも明日をも知れぬ命となる可能性が大いに高いと言うのが分かっているからここに立っていると理解している」
その言葉を聞いて全員が近しい者の顔を思い浮かべてると、手に持つコップに力を籠める。
「君達も様々な思いを胸にこの戦場に来たのだと思うが俺に君達の命を預けてくれ!! 必ずや魔王グロウを倒して平和な世の中を手に入れて見せる!!」
『「あぁ! 俺達はそのためにここまで来たんだ! 存分に俺達の命を使ってくれシグルド大隊長!!」』
酒の入ったコップをシグルド大隊長は掲げると、集まった人達を鼓舞する為に大声を張り上げる。
「皆に感謝する……お前らに命を預けてくれと言ったが、無駄に死ぬ事だけは許さんぞ。 我々は勝利する為にここまで来たのだからな!! 乾杯!!」
『「乾杯!!」』
シグルド大隊長がコップに入った酒を一気に飲み干すと、続いて集まった人々も一気に飲み干した。
『我々は必ず勝つぞ!!』
『「おおおおおおおおおおおおおお~~~~~!!!」」』
こうして俺達は決戦前の晩餐を迎えるのだった。
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俺達が野営している場所から、少し離れた場所にある木々の陰に隠れてこちらを監視している人物がいた。
「何て数だ……。 これは私達が有利に戦えたとしても、数の力で押し切られる可能性があるか?
だが今更他国へ逃げた所で私達に安住の地など……」
独り言を言っている自分の顔の横に細剣が据えられている事に気付くが、すでに遅かった。
「貴様、魔王グロウの斥候だなこちらに来てもら……お前、ダークエルフか?」
「クソ! 見つかったか……。 そうだ私はダークエルフだがそれがどうした、斥候が見つかった以上は殺されるのが運命……、さっさと殺せ……」
「そうして欲しいならそうするが、その前に1つ聞きたい事がある」
「何だ? もう死ぬ身だ答えれるなら答えてやる」
すでに捨て鉢になったダークエルフが質問に答える為に後ろを振り向くと、細剣を突き付けている人物がエルフだと分かると愕然とする。
「お前はエルフ……。 何でこんな所に……」
「その質問は後で答えてやるからまずはこちらの質問に答えて貰おう」
「……なんだ……」
「お前等ダークエルフは何故突然ノグライナ王国から失踪したのだ? 我々エルフと良好な関係を気付いていたのに……だ」
その言葉を聞いたダークエルフは目を見開き激高した。
「良好だと!! あの様な扱いが良好だと良く恥ずかし気も無く言えるな!! 我々ダークエルフがどれだけお前等エルフから、悲惨な扱いをお前らから受けたと思っている!!」
「……主にどんな扱いを受けたのだ?」
「全員が奴隷の様な扱いだったではないか! ……特に当時の女王候補である2人に私は常に虐げられて暴力を振るわれて来たが、私は一族の安寧の為に全て我慢して来た。
だが私の境遇を知った仲間達は、ノグライナ王国を見限り当時魔王グロウに誘われていたドロイアス国に移住する事にしたのだ……。
これがノグライナ王国からダークエルフ種が居なくなった理由だ……、正直に答えたのだから満足したのならさっさと殺せ……」
答えを聞いたエルフは何やらブツブツと独り言を言っていたが、顔を上げるとさらに質問を重ねて来た事にイライラするが、その質問の内容に耳を疑った。
「なぁ、お前の名前はもしかしてだが【ハンネ】じゃないのか?」
「な、何故私の名を……。 お前は誰だ!!」
「あぁ、この兜を被っているから分からんか、今脱ぐから少し待て」
兜を抜いだエルフの顔を見たハンネと呼ばれた女は激しい頭痛に襲われるが、その名前をなんとか口に出す事が出来た。
「まさか……キーリスお兄……ちゃん?」
そうそこに居たのは、自分の名前を言い当てた女性を優しく笑いかけるキーリス近衛兵長だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
開戦まで後わずかですが斥候にノグライナ王国の知り合いが見つかりました。
次回は“亜人将ハンネ”で書いて行こうと思っています。




