魔王達の都市観光⑤。
オリビア雑貨店の中に慌てて入った現在も、オリビアさんは俺達の背後に立ったままずっと見下ろして来るので冷や汗が止まらないでいた。
そう、まるで大蛇に睨まれたカエルの様に…。
「お、おい。 とても一言で言い表せない奴が出て来たが魔物……じゃないんだよな!?」
その台詞が聞こえたのか、オリビアさんはリリスにニッコリと微笑んで近寄って行くが、目が笑っていない……。
「おい、そこのガキ、今何て言った?」
「ひ、ひぃ!!」
リリスは慌ててエリアの後ろに隠れてやり過ごしたが、俺達の背後に立った状態でオリビアさんが怒気を放つものだから、俺達の顔からどんどんと血の気が引いて行き、土気色になり始めていた。
そこに俺達を庇ってくれる救世主が現れた。
「共也パパをいじめちゃ駄目~~!!」
俺達を守ろうとしてくれたのはマリだった。
マリも初めて見るオリビアさんの事が怖いはずなのに、俺達を守ろうとして両手を精一杯広げて立ち塞がっていた。
そんなマリを良く見ると、その小さな体を小刻みに震えさせていた。
「失礼ね、私は別に共也ちゃん達をいじめてなんて……。 ん? 今あなたは共也君ちゃんをパパって……。
それにあなたって初めて見る娘よね? あら、あら、良く見ると何人か初めて見る娘が居るじゃない。
エリア様、みんなを紹介してくれるわよね?」
「えぇ……。 ですが少々聞かれたく無い話しでもあるので、少々個室をお借りしてよろしいでしょうか?」
「個室を貸し出すのは構わないけど、また込み入った話な訳ねぇ?」
「はい、ちょっと他の人に聞かせる訳にはいかない無い様なので……」
「ふうん? まぁ良いわ。 会議で使ってる部屋が今の時間なら空いてるでしょうから用意して上げる」
俺達は店の中を通り奥にある会議室へと向かっていた。
(オリビアさんがリリスの正体を知ったら暴れないか心配だな……。 もし危害を加えようとした時は、俺達で止めるしかないよな………。 あのオリビアさんを……止める?)
チラリとダグラス達を見ると、考えている事は同じなのか視線で『お前が行けよ!』『いや! お前が行け!』『お前が!』と押し付け合っていたのだが、『早く中に入りなさいよ!』と菊流に怒鳴られてしまい、俺達は渋々会議室の中へ足を踏み入れる事になるのだった。
会議室に入った俺達の前に、頭に黒いウサ耳がピョコンと生えているテトラちゃんが、丁度何かの資料を回収している所だった。
「おや? 共也さんじゃないですか、もう親書を届ける役目を終えて帰って来られたんですか?」
「テトラちゃんただいま。
今日シンドリアに戻って来た所だったんだけど、ちょっと込み入った話をオリビアさんとしないといけないから、会議室を借りるけど大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫ですよ。 先程私達の会議が終わった所だったので、この部屋を使っても大丈夫ですよ」
じゃあこの部屋を使わせて貰おうと思い、会議室の中に入ろうとするとエリアが小声でテトラちゃんにも聞いて貰った方が良いんじゃないかと提案して来たので、俺も少しでも仲間がいた方が頼りになると思い、その提案を受ける事にした。
「テトラちゃん」
「はい?」
「これからこの娘達の事でオリビアさんに報告する事があるんだけど、その話しをテトラちゃんにも聞いてもらおうと思うんだけど良いかな?」
テトラちゃんは1度オリビアさんに視線を向けると、彼女が頷いてくれたのでこのまま参加してくれる事となった。
「あら、良く考えると店番する子が居なくなっちゃうわね……。 う~ん。 良いわ、今日はもう店を閉店しちゃいましょう。
テトラちゃん悪いんだけど表の看板を外して閉店にしちゃって」
「分かりました店長。 急いで臨時休業の看板を出して来ます」
「頼むわね~ん。 それじゃ皆、テトラちゃんが帰って来るまで椅子に座って待ってましょう~」
オリビアさんと共に会議室に備え付けられている椅子に座りテトラちゃんを待っていると、彼女が会議室に戻って来ると、その手には人数分のコップと飲み物が持たれていた。
「何が良いのか分からなかったので、未成年の子にはジュースを入れて持ってきました」
「ジュース!!」
「良かったなマリ。 テトラお姉ちゃんにお礼言わないとな」
「うん! テトラお姉ちゃんありがとう!!」
「ど、どういたしまして……」
マリに笑顔でお礼を言われたテトラちゃんは、顔を赤くしながらも皆に飲み物を配ってくれた。
その後、オリビアさんの横にある椅子に腰掛けると俺達が話し始めるのを待っていた。
「オリビアさんとテトラちゃんの2人と別れてからの話をしますけど、ちょっと信じられない話しになると思うので嘘だと思わずに聞いて下さい」
「共也君、あなたがそこまで言うなんて相当大変な事が沢山起きたのね。
良いわ、あなた達が旅で何を体験して見聞きしたのか教えて頂戴」
俺達は海龍達の襲撃やケントニス帝国で起きた事。
グノーシスやマリと会えた事。 そしてノグライナ王国に渡った後にシルと出会い、クラニス砂漠にある遺跡の話をするとさすがの2人も驚きを隠せずにいた。
「うぅ~。 ディーネちゃんってそんなに苦労して来た存在だったのね……。 今は見えない様だけど城の方にいるの?」
「ええ、各国に配る本を制作する為にシルと一緒に残って貰ってます」
「会えないのは残念だけど、それならしょうがないわね。 後日、そのシルって娘にも会わせて頂戴」
「分かりました」
「それで2人の事は分かったけど、そのピンク髪の人と金髪の娘はまだ紹介されて無いわよね? これから紹介してくれるのかしら?」
「ええっと……」
ついに2人の説明をしないといけない時が来たか……。 オリビアさんが2人の、特にリリスの名を聞いて襲って来ない事を願うよ……。
「えっとこの2人はですね……」
「リリス姉ちゃんと、ルナサスお姉ちゃんは魔王をやってるんだよ!! 特にリリスお姉ちゃんは今度戦争を終わらせる為に魔国に戻る予定なの!!」
「「はぁ!?」」
「マリ!!?」
綺麗にハモった2人は『どういう事か分かるように説明しろ!』と目で訴えかけていたので、諦めて路地裏での出来事から今までの事を詳しく説明して行くと2人も一応納得してくれたようで、オリビアさんの体から微かに漏れていた怒気も収まってくれた。
「そう……。 あなたがこの戦争を起こした張本人魔王リリスなのね……。
そして、魔力が戻り次第自分の国へと戻り戦争を止める為に動く予定だと……。 共也ちゃん達はその事を信じているの?」
オリビアさんの鋭い眼光に当てられて背筋が凍る思いだったが、俺が真っすぐ見返して頷くとオリビアさんの視線はすぐに柔らかいものへと変わって行った。
「路地裏で襲われた時のリリスなら信じられなかったですけど、自分の命を懸けてでも戦争を止めると約束してくれた今のリリスなら信じられます。
それにその姿を見たジュリアさんやドワンゴ親方達も、今のリリスなら信じても良いと思える位には信頼を得ていると思います」
そこで一度会話を区切ると、椅子に座って話を聞いていたジュリアさんに話を振って見た。
「ですよね? ジュリアさん」
「共也ちゃん、そこで私に話しを振るのは止めて頂戴……。 冒険者ギルドでの行動が恥ずかしくなるから……。
オリビアちゃん、私も最初共也ちゃんからリリスの事を紹介された時はバリスちゃんと共に殺してやる……、そう思ったわ。
でもね、この娘と話してみると年相応のとても素直な娘なんだと知ってしまいました。
そうなったらもう駄目ね……、この娘の事をもう怒れなくなってしまったわ……」
今までジュリアさんはなるべくリリスに触ろうとしなかったが、今やっと彼女の頭を優しく撫でた。
「ジュリアお姉ちゃん!?」
「今までごめんなさいねリリスちゃん。 あなたが本当に改心しているのか見逃さない為に、あえて触らない様にして来たけど、今のリリスちゃんなら信用に値すると判断出来たから、もう良いわ」
「ジュリアお姉ちゃん……」
リリスは自分を信じると言ってくれたジュリアさんの細い腰に抱き付くと、そのまま暫く頭を撫でられていた。
「このようにジュリアさんも今のリリスを信じてくれているので、オリビアさん。 魔王リリスと言う噂を信じるのでは無くて、今、目の前にいるこのリリスを信じて上げてください!!」
『「「お願いします!!」」』
俺達は〖リリスを殺さないで上げて欲しい〗と言う願いも込めて頭を下げると、オリビアさんやテトラちゃんからの反応が無い。
無音の会議室の中に都市で響く音が響く。 するとオリビアさんがユックリと話始めた。
「ふぅ~~。 正直どう反応して良いのか迷ってしまうけど、あなた達がその娘を信じようとしている事は感じたわ」
「ですね。 ジェーンちゃん達がお揃いの服を着ているのは仲が良くなった証でしょうし、私も信じてみても良いと思います」
「そうね……。 この戦争で沢山の命が消えるのを見て来たジュリアさんが和解するって言ってるのに、私がうだうだ言ってもしょうがないわね。
リリスちゃん、あなたの事を私も信じて上げるわ!」
オリビアさんが〖バチコーン!〗と鳴りそうな勢いでウインクをして来た事に、頬が引きつりそうになっていたリリスだったが何とか我慢したようだった。
偉いぞリリス! 良く耐えた!
「共也君の目線が少し気になるけど……、まあ良いわ。 リリスちゃん本当にこの戦争を終わらせる事が出来るのね?」
「あぁ、みんな先代の魔王である父から付いて来てくれている仲間達だ。
だから、戦争を始めた私が言えばきっと終戦に同意してくれるはずなのだ」
「それなら安心ね。 なら信頼の証として私からあなたに贈り物をしたいのだけれど良いかしら?」
「えっ? いやこの服をドワンゴの所で貰ったしもう大丈夫なのだ!!」
「それはドワンゴ親方に渡していた物でしょう? 私からは何も送ってないんだから送らせてちょうだい?」
「うっ、分かったのだでは遠慮なく頂く……きます」
「そうそう、戦争が終わればお互いの経済交流も活発になる事を期待する打算もあるんだから、遠慮しないで受け取れば良いのよ。 少し待っててね」
そう言うとオリビアさんは会議室を出て行くと一束の黒いリボンを持って帰って来ると、それをリリスに手渡した。
「これは……黒いリボンなの?」
「そう、でもただのリボンじゃないわ。 そのリボンを付けているとあらゆる状態異常を防いでくれると言う品物よ!」
「それって凄い高価な物なんじゃ……」
「確かに売れば高価なんだけど……。 私が昔ダンジョンで手に入れた物で最初は嬉しくて装備しようとしたんだけど……。
私って昔から何故か状態異常にかからないから装備する意味が無くて、ずっと机の引き出しで眠ってた物なのよ……。 だから遠慮せずに受け取って頂戴?」
(状態異常になった事が無いって……。 まあオリビアさんが状態異常いなる姿の方が想像出来無いか……)
俺達全員は思っている事が一緒だったのか、頷く動作が被った事にオリビアさんは不機嫌そうに眉間に皺が寄り、俺達を睨んで来た。
「あんたら、言いたい事があるならハッキリ言ったらどうなの?」
『無いです!!』
オリビアさんに睨まれた俺達は、全員勢いよく首を横に振って否定した。
「あなた達にはまた後日話し合う必要がありそうね……。 それであなた達。 グランク様達にはもうこの事を報告したの?」
「「あっ! ……まだでした…」」
「そんな事だと思ったわ……。 良いわ! 少しここで休憩してなさい。 その間に従業員に緊急の会見を申し込んで来て貰うから、一緒に報告しに行きましょう!」
「今からじゃなくて休憩した後なんですか?」
「そうよ、みんなはすでにリリスちゃんやマリちゃん達といっぱい話して仲良くなったんでしょう? 私はまだ話して無いんだから少しくらい良いじゃない!?」
「あっ……。 休むのが目的じゃなくて、リリス達と話がしたかったんですね……」
両手を組んでクネクネ動くオリビアさんを見て、リリスやマリは助けを求める視線を俺達に向けて来るが、オリビアさんの嬉しそうな顔を見た俺達は悟った。
(オリビアさんがリリス達と親睦を深めようとしているのに、その邪魔をしたら後で何をされるか……)
そう思った俺達は、オリビアさんと話をした事が無い人達に対して手を合わせて頭を下げた。
「あら~ん! 私嬉しくなっちゃうわ!! テトラちゃんも一緒にこの娘達とお話ししましょう!」
「はい店長」
テトラちゃんも会話に加わってくれた事で、少し安堵した皆がお菓子やお茶を飲みながら雑談を始める。
少し離れた場所でその光景を眺めていた俺達は、リリス達が皆と仲良くなって欲しいと願っていた。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
今回はオリビアとテトラさんとの回でした。
次回はついに城に戻り王達と会う事となりそうです。
“終戦の約束”でかけて行けたらなと思ってます。




