魔王達の都市観光①。
ただカーラ婆さんに会いに来ただけだったのに、予想外にリリス達と一緒にシンドリアの都市を観光する事が決まったので、路地裏から出るとそこは野次馬で埋め尽くされていた。
その野次馬の中には、この場所を教えてくれた屋台のおばちゃんもいた。
「あら、あんたと金髪の子は占い屋のお婆さんの場所を教えた時の子達じゃないかい。
激しい音が何回も聞こえて来てたけど大丈夫だったのかい?」
うわ~、やっぱりあれだけの魔法をぶっ放してたんだからそりゃ皆に気付かれてるよな……。
どうやって良い訳しよう…。
この野次馬達を上手く解散させる良い言い訳を考えていると、リリスが大声で威嚇し始めた。
「うっせえぞ! 今からお前らをぶっ殺してやっても『パカ~ン!』あ痛ぁ~~~~!! 何するんだ…ってお前は……エリア、だったよな?」
「はい、私はこの国の王女エリアですが、どうして頭を殴ったか分からない? 本当に??」
「え、いや……。 その……」
リリスはエリアの黒い笑顔の迫力に口の端を痙攣させると、先程の暴言を野次馬として集まっていたおばちゃん達に謝罪した。
「さ、さっきは怒鳴ってしまって、ごめん……なさい……。 エリアこれで良いだろ?」
「それを判断するのは私じゃ無いわ、おばちゃん…この娘がごめんなさい」
エリアはリリスの頭を軽く押して頭を下げさせると、おばちゃん達もバツが悪いのかお互いに謝罪し合った。
「エリア様、その娘ばかりを責めないで上げておくれ……。
私達も激しい戦闘の音が聞こえて来たから気になって集まったけど無神経だったわ。
姉妹喧嘩で負けたなら恥ずかしいから知られたく無いものね……。 ごめんね」
ん? 姉妹?
もしかしてジェーンとリリスの両方が金髪だから姉妹だと思われてるのかな?
隣に立っていたジェーンを見ると人差し指を口に当てていたので、変な追及をされない為に取り合えず無言でやり過ごす事にした。
おばちゃんはリリスの頭を優しく撫でると、その行為自体は嫌いじゃない様で素直に撫でられている姿を見たルナサスは、リリスの意外な一面を見たらしく目を大きく見開いていた。
「リリスちゃんって言うんだね、謝罪って訳じゃ無いけど飴があるんだけどいるかい?」
「飴!? 欲しい! ……です!」
「ふふふ。 はい、どうぞ」
「おぉぉぉぉぉぉ!! お前って良い奴だったんだな、お前の事はぶっ殺さない事にしてやるぜ!! うん! 美味しい!」
コロコロと口の中で飴を転がすリリスはとても上機嫌で、集まったおばちゃん達に年相当の可愛らしい笑顔を向けながら会話していた。
屋台を開いていた何人もの人がリリスの可愛らしい笑顔に心を射止められたらしく、俺も俺もと自分の店で売っている物を次々にリリスに渡して行った。
「ちょ、ちょっと! こんなにいっぱい食べきれないよ。 でも嬉しい……ありがとう……」
「良いって事よ! こっちも君みたいな可愛い娘の笑顔が見れて大満足さ!」
「可愛いだなんてそんな!」
「いや、君はきっと将来とても美人さんになるよ」
「こ、これ以上誉めるのは止めて~~!!」
「アハハハハ!!」
顔を真っ赤にしたリリスは沢山もらった袋で顔を隠した為、集まっていた人達に笑われていたが、どこか困ったような顔をしながらも彼女はとても嬉しそうにしていた。
だが、そろそろ冒険者ギルドに向かわなければ、今日1日で都市を回り切れないので会話を切り上げてもらった。
「皆そろそろ移動しないと時間が足りないから、冒険者ギルドに向かおうか」
「そうですね共也さん。 リリスちゃんそろそろ行きますよ?」
「は、はい!」
先程見たエリアの笑顔が余程怖かったのか、彼女は素直に応じてくれた。
リリスがここから離れると知った野郎共は、別れを惜しんで手を振り続けていた。
『「リリスちゃん、また来てくれれば沢山サービスするから必ずまた顔を見せに来てくれよな!!」』
「うん……。 必ず来るよ!!」
嬉しいやら恥ずかしいやらで今の自分の感情がどのような物か分からないリリスは、俯いたまま渡された沢山の荷物を無言で抱きしめていた。
「皆さんすみませんが私達はこの娘達と都市を観光したいので道を開けてくれませんか?」
「おや、そうだったのかい? エリア王女ごめんなさいね。 ほら、皆散った散った!」
「何だよぉ~。 もうちょっとだけで良いからリリスちゃんと会話を……」
「あまりしつこいとそのリリスちゃんに嫌われちゃうよ!!」
「おぉ~う……。 それは嫌だな……、しょうがねえリリスちゃん観光を楽しんで来てな!!」
ようやく野次馬達は自分の屋台に戻って行き路地いつもの喧騒を取り戻していた。
「リリス様……」
「良い。 何も言うなトーラス……。 エリア……次に行こう」
リリスは器用に頭の上にトーラスを乗せてエリアの裾を掴んで歩く姿を見て、この少女が人類に恐れられている魔王リリスだとは誰も思わないだろう。
「取り合えず冒険者ギルドに向かおう。 リリスも冒険者がどのような活動をしているのか、そして、そこで依頼を受ける人達が見てみたいだろう?」
「あぁ……。 冒険者がどのような活動をして、そしてギルドで働いている人達を見てみたい」
俺達の次の目的地が冒険者ギルドに決まったので街中を歩いて向かっていたが、俺の周りにいる女性が美人だったり可愛かったりするものだからすれ違う多くの人が2度見したりしていた。
「ちょっと! 私とデートしてるのに他の女を見てんじゃないわよ!!」
「痛て!! しょうがないだろ、男の本能と言う奴なんだから!」
「何ですってーーー!?」
何組かのカップルが喧嘩を初めてしまい修羅場に突入しているのが見えた。
心の中で謝罪をしながら、いつの間にか仲良くなった女性陣、ジェーン、マリ、リリス、エリアは手を繋ぎ、そして笑い合いながら歩いていると冒険者ギルドの看板が見えて来た。
俺達が冒険者ギルドに近づいて行くと、大きな扉の前には沢山の野次馬が集まっていた。
「なぁ、冒険者ギルドに入りたいんだけど何でこんなに人だかりが出来てるんだ?」
「ん? ああ、どうやらさっきジュリアさんがノグライナ王国から帰って来たんだが、それを聞きつけたバリスさんがギルド前でジュリアさんの腰に抱き着いて書類仕事を手伝ってくれと懇願しているみたいなんだ。
それをジュリアさんが『あなたの仕事でしょう!』と言ってバッサリ断ってるが、未だに諦めずに押し問答をしている所に、俺達みたいな野次馬が集まって来た……って所だな」
「な、なるほど……。 説明ありがとうございます」
「何、良いって事よ!」
わざわざ詳しく説明してくれた男の人に礼を言うと、人垣を掻き分けてギルド前に辿り着くと本当にジュリアさんの腰に抱き着き、書類仕事の手伝いを涙目で懇願しているギルマスのバリスさんがそこに居た……。
「ジュリアさん頼むから書類仕事手伝ってくれよ~。 もうここ数週間まともに家に帰れて無いし、帰れても夢の中にも書類が出て来るんだ! 頼むから助けてくれよ!!」
「バリスちゃん、それは自分でやらないといけない事でしょ! 私も今帰って来たばかりなんですから手伝いませんよ!? 放して~~~!!」
「ぞんな~~~。 手伝うって頷いてくれるまで離さないんだからな!!」
「んぎ~~~!! バリスちゃん放しなさい!!!」
ジュリアさんの細腕では、バリスさんのぶっとい腕を振りほどけない様で同じやり取りを繰り返していたが、ふとジュリアさんの視線が俺達を捉えた事で話の流れが変わった。
「あ、あら、共也ちゃん達じゃない。 はしたない所を見せたわね。 バリスちゃん、いい加減に離れなさい! 後で手伝って上げるから!!」
「マジか!? 絶対だからな!!」
「はぁ……。 共也ちゃん、それで隣にいる金髪の幼女とピンク髪の美女は誰かしら? 私はその2人を知らないのだけれど紹介してくれるかしら?」
「ジュリアさん、バリスさん、この2人の事で相談があるのですが、ここでと言う訳には……」
「それは書類仕事しなくて良さそうな案件か?」
(この人の目が絶望に染まってて怖い……。 書類仕事ってそこまで疲れるのか……)
黒く濁った瞳で俺達を見て来るバリスさんに戸惑いながらも頷くと、パッと顔が明るくなるバリスさん
は立ち上がるとギルドの扉を思いっきり開け放った。
〖バーーーーーン!!〗
「さあ共也、その相談とやらをさっそく執務室で聞こうじゃないか!
共也達の相談事なのですからジュリアさんも早く執務室に入って下さい! 相談事が終わったらもちろん書類仕事を手伝ってもらいますがね!」
「そこまであなたは書類仕事が嫌なんですか……。 分かりました共也君の相談事が終わった後で良いなら手伝ってあげますよ……。 全くもう……」
「あざ~~す!!! 行くぞ共也♪」
とてもキラキラした笑顔でギルドの中に入って行くバリスさんを呆然と眺めている俺達に『分かる! 書類の山とは格闘したく無いよな!』とリリスが共感している姿を見た俺達は、不覚にもちょっとクスっと笑ってしまった。
「リリス姉って本当に魔国のトップだったの?」
「マ、マリちゃん!? 普段は秘書が私の代わりに書類仕事してくれているだけで、私もちゃんと書類仕事してるから勘違いしないでね!?」
「ふ~ん? じゃあ今度マリにも書類仕事のやり方教えて?」
「い、良い……よ? 詳しく教えて上げ……る……」
「ありがと! リリス姉と約束も取り付ける事が出来たし、パパ、中に入ろ!」
「そうだった……。 じゃあ、みんな中に入ろうか」
こうして俺達がギルド内に入ると女性達を見た冒険者達から軽くざわめきが起きたが、受付をしていたギルド職員の忠告が発せられた事ですぐにその騒ぎも収まり、俺達はカウンターの奥ある執務室へと通される事となった。
そして俺達がバリスさんが使用している部屋の扉を開けたのだが中を見てジュリアさんまで絶句して無言になってしまっていた。
部屋の中は至る所に書類が積み上げられていて、足の踏み場を確保するのも大変だと言えば分かりやすいだろうか……。
「バリスちゃん……。 どうしてここまで酷くなるまで放置してたのか、きちんと説明して貰えるでしょうね?」
「そ、それは……」
いつもニコニコ笑っているジュリアさんもさすがにこの状況は見過ごす事が出来なかった様で、怒りの黒いオーラが見えそうなほどだった。
「ちょ、ちょっと部屋の中を片付けるから少しだけ待っててくれ!!」
そう言い残してバリスさんは勢いよく扉を閉めると、中で何かしているらしく物凄い音が部屋の外にまで漏れ出ていた。
〖ドタン、バサバサ、ギィーー! バタン!〗
それから断続的に中からドタバタと音が聞こえていたが暫くすると再び扉が開き、あれだけあった書類が一応片付けられて見当たらなくなっていた……。 のだがクローゼットらしき所から書類が何枚か挟まれて見えているのが見えていた。
「はぁ~~。 バリスちゃん、後でたっっっぷり手伝って上げるわね?」
「……はい…」
こうして俺達がバリスさんの執務室に入り全員がソファーに座ると、絶望の表情をしたバリスさんが自分の椅子に座り俺の相談内容を尋ねて来た。
「それで共也、相談って言うのは何だ? 新しい面子も何人かいるようだが、その娘達の事で相談しに来たんだろう?」
「それはそうなんですが……。 本当に言って良いものかどうか悩んでてですね」
「お前な……、わざわざここまで来て何言ってんだよ……。
話を聞いて欲しいからここまで来たんならもう話すしか選択肢は無いんじゃないか?」
ジュリアさんも今まで見た事が無い2人の事を紹介して欲しいと言って来た。
「共也ちゃん、私も先程からその2人の事をずっと気になっていたので紹介して貰って良いですか?」
俺はルナサスとリリスに視線を合わせると、了承する意味を込めて2人が頷いた。
「そうですね、では紹介します」
俺は腹を括った。
「金髪をツインテールにしているこの少女は今、人類が戦っている魔国アーサリスの当主魔王リリ『おじちゃん、駄目ーーー!!』え?」
絶叫したマリの方を全員が見ると、彼女はリリスの前に立ち両手を広げて立っていた。
「バリスさん、あんた何をしてんだよ!!」
そして両手を広げているマリの目の前にはバリスさんの愛用の両手斧が止まっていて、その切っ先がマリの前髪を数本切断していた。
「ひっ!!」
マリが庇ってくれていなければ魔力の使えない今のリリスは死んでいた。
その事に思い至ったリリスは小さく悲鳴を上げた。
「お嬢ちゃん。 ちょこっとそこを退いてくれないかな? そいつを殺せないじゃないか」
「バリスちゃん! お止めなさい!!」
いつもの優しいバリスさんじゃない。 完全に戦闘モードに入ってしまっていて、静止するジュリアさんの声も聞こえていないようだった。
「駄目! リリスお姉ちゃんは悪い魔王に騙されてたの! だから駄目!!」
「あっ? 悪い魔王? 共也どう言う事だ?」
「それをこれから説明しますからどうかその武器をしまって下さい、お願いします」
「おじちゃん……。 お願い……します」
「「お願いします」」
俺達全員が頭を下げて暫くの沈黙が続くと、武器を構えたままだったバリスさんも俺達を見て諦めたのか、両手斧を壁に立てかけると再び自分の椅子に座りなおした。
「はぁ~~~。 言ってみろ、内容次第では協力してやる」
その怒りを抑えきれないと言うバリスさんの顔を見て、俺達はその迫力から大量の汗を垂らしていた。
「ではジュリアさんと別れてからの事を説明しますね」
「お願い、共也ちゃん」
俺達はジュリアさんと別れてからの道程を説明して行くと、2人は納得したように頷いていた。
「なるほどな……。 その桃色の髪の女性は魔王ルナサスで、その隣にいるのが魔王リリス。
そして彼女の頭に乗っている頭蓋骨が、先日王城の方に攻めて来たトーラスと言う事だな?」
「はい。 それで合ってます」
「そして、2人は魔力封じの宝玉を使った事で完全に魔力を封印された。
ただの幼女となったリリスと会話をする事で別の魔王に騙されていた事を知った彼女は、人類が本当に悪であるか確かめるためにこの都市を見て回りたい……と言うのだな?」
「はい………」
俺達の説明を聞き終えたバリスさんから魔力が迸り始め、腕を乗せている机にヒビが入り始めた。
そしてその隣に立っているジュリアさんも見た事が無い程険しい顔でこちらを見ている。
これはもし、俺達が間違った返答をした場合は魔法でリリスを討伐する事も厭わないと言う彼女の意思表示だった。
リリスの自分の考えが正しかったのか都市観光をしてみる事となりました。
次回は“魔力が使えないリリスの都市観光②。”を書いて行こうと思います。




