第3章
ジミーは公園を後にして走り出した。しばらく走り高速道路に乗った頃には日が落ちて周りは暗くなっていた。ジミーは北に進み横浜の港の辺りにきた。窓の外には港の周囲の建物の灯りが続き、海面の暗さとのコントラストが綺麗だった。
「おいおい、どこのお店に行くの? こっちの方は一人で入るようなお店あるかな?」
「お任せください。もうすぐですから」ジミーは高速を降りビルの合間を縫って港の横の開けたところに出てテラスのあるレストランの前に停まった。
「ここ? ここは一人で入るようなお店じゃないだろう?」
「中で人がお待ちです」
「え? 誰かいるの? どういうこと?」
「話はしてあるので、中にお入りください」
「よくわかんないけど、ジミーがそういうのなら入ってみるか」悟はコミュータを降りレストランに入った。
「いらっしゃいませ、渡辺様ですね」ドアをくぐると黒いスーツを着た年配の男性が話しかけてきた。
「はい、そうですが」
「こちらへどうぞ。お連れ様はもうおみえです」年配の男性はそう言うと悟を席に案内した。窓際の港のよく見えるテーブルに向かうと一人の女性が既に席についていた。咲だった。
「渡辺君……」
「なんで、咲ちゃんが?」悟はちょっとびっくりしたが男性に案内されるままに咲の向かいの席に腰かけた。
「びっくりしたあ、なんで咲ちゃんがいるの?」
「今日、急にサラに案内されたの?」
「サラ?」
「サラは私のコミュータの名前。今晩、渡辺君と一緒に食事した方がいいって」
「なんで急に」
「ほんとにどうしてかしらね?」咲の眼差しが悟の顔から離れるのを悟は感じた。
「何か隠してる?」悟が訊いた。
「別に隠してなんかないわよ。それより注文しましょう。ここの料理は美味しいって聞いたわよ。私、お魚が食べたいな。後、白ワイン」咲がメニューを開いて品定めを始めたので悟もメニューを開いた。二人はお勧めのコースと白ワインを注文した。
「でもホントにサラはなんで今日、僕たちを引き合わせたのかな? 僕のコミュータのジミーも示し合わせたみたいだし。ジミーとサラが僕たちを逢わせた。今週金曜の皆の食事会で僕たちが会うことはジミーも知っているんだけどなあ」
「それは今日、二人が話す必要があったからよ」運ばれてきた前菜をナイフとフォークで切り分けていた咲が言った。咲は相変わらず悟とはあまり眼を合わせなかった。
「え? 咲ちゃん、俺に何か話すことあるの?」
「ちょっとね。もう少ししたら話す……」
「えー、気になるなあ」それから二人は会社のことや今までの食事会のことなど当たり障りのない会話をしながら食事を進めた。
「体調に変わりはない?」デザートが運ばれてきたときに咲が言った。
「え? 全然元気だよ。今週末にはマラソン大会で走るよ。ハーフマラソンだけど。どうしたの急に」
「だって今週の金曜の食事会で元気に食べられないと困るなと思って」咲はデザートのアイスクリームを見つめながら言った。
「はは、気を遣ってくれてありがとう」
「私は渡辺君と話をしているのが楽しいの。音楽の話とか、食事の話とか、そういう些細なことでも話していて楽しいわ」
「うん、僕も咲ちゃんと話していると楽しいよ。気が合っている感じがする」悟の心の中に嬉しさが沸き上がった。咲がうつむきながらアイスをスプーンでしばらくつついていたが突然顔を上げ、悟の眼をじっと見つめた。
「私、渡辺君が好き。大好き。おつきあいしたいと思ってる」
「え?」咲の眼はじっと悟の眼を見つめていた。
悟は戸惑いを隠せずしばらく二人の間に沈黙が続いた。10秒以上経った後、ようやく悟は口を開いた。
「ありがとう、すごく嬉しい…… 僕も咲ちゃんが好きだよ、大好きさ。今週食事会が終わったら言おうと思ってたんだ」
「よかったあ」咲は目をぐしゃぐしゃにして微笑んだ。止まらず溢れ出た涙で頬に川ができていた。
「デザートを食べて外へ出よう」悟は嗚咽が止まらない咲の手を強く握った。咲の握り返す強い力が悟の胸を激しく衝いた。
咲の肩を抱きながら悟はお店の外に出た。咲は悟に体を寄せかけ隙間がないほどぴったりとくっついてゆっくりと歩いた。涙が止まらない咲の体の震えが悟の心を揺さぶった。海辺沿いに細長い公園があり、そこのベンチに腰を掛けた。悟は揺さぶられた心に正直に咲の顔を強く引き寄せ口付けをした。咲は拒もうともせずむしろ積極的に唇を悟の口に寄せた。そしてもう離さないというような強さで咲は悟と長い接吻をした。悟の体の後ろに回した咲の腕は強く悟を抱き締め、唇はしゃぶり尽くすように悟の口に押し付けられた。こんな激しい口づけを悟は経験したことがなかった。好きな咲に求められていると思うと今まで味わったことのない幸せな気持ちが溢れ出した。
「僕の家に来ないか」長い口づけの後、悟は咲を誘った。咲はうつむきながら無言で頷いた。