自称勇者と本物魔王
……。え? 倒すって……僕を?
「……プ、プハハハハハ! 無理無理無理ムリに決まってるって! お前が俺倒せるわけないじゃん!」
面白おかしいことを言われたのだ。高らかに笑って当然である。
「初対面の相手にそこまで言いきれる自信はどこからくるのやら……」
「心のそこから涌き出てくるね。そういう君は、初対面の相手の家を壊して回ったのに、ごめんなさいも無し?」
呆れる不審者に、そっちこそと言葉を返す。
「魔王の城なんぞ、壊して回っても誰もこまることはない」
「僕は困る」
「これから私に倒される者なぞ、数える必要はない」
「そこまで言うか。さっきの自信が何とかって言葉、そのまま返すよ」
「それはどうかな 」
彼が、右手で何かを握った瞬間、緑に輝く剣が右手の中に現れる。
それに気づいた瞬間、彼は目の前にいて、今まさに僕を真っ二つに割いてやろうと構えているところだった。
剣が降られるよりも若干速く、僕は後ろに大きく下がり、間一髪でその攻撃をかわす。
あぶないあぷない。本当に死ぬところだった。
「なんと。今の一撃をかわすか」
「どんな攻撃でも、当たらなければどうという事はないってやつさ」
「ならこいつはどうだ? 」
緑に輝く剣が消え、今度は水色に輝く剣が現れる。
「色が変わった? 」
「くらえ」
十数メートル離れている僕にめがけて、届くはずもない剣をふる。
切り裂かれた空から、大きな水の刃が飛んでくる。
直感でヤバいと感じ取った僕は、とっさにその場にしゃがみかわす。
標的を見失った刃はそのまま真っ直ぐ、部屋の壁へと直撃する。
かわしたのもつかの間、不審者は次の攻撃体制に入っていた。
「燃え上がれぇ! 」
いつのまにか右手に握られていた赤く輝く剣は、輝きよりも熱く激しく明るき炎が燃え盛っていた。
「くっ! 」
瞬時に土のバリアを作り出す。が、そのばしのぎ程度のバリアでは弾けず、燃える剣によって両断されようとしていた。
「焼き切られる! それなら! 」
自分の左手に魔力を込めて火球を作り上げる。直後、バリアを焼き切って壊した勇者の剣に、横から直撃させる。直撃させた時に発生した爆風によって、大きく動き狙いがそれた剣は、僕の真横に振り下ろされる。
「小賢しいぞ魔王! 」
「ウィンド! 」
すかさず右手を不審者の腹に当て、魔法を使い、凄まじい風圧を起こす。
風圧に耐えきれなかった勇者は、吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「あっぶな……。本当に死ぬかと思った……」
人生で何度目かも分からない死の危機の余韻に浸りながら立ち上がる。
「ギリギリの戦いは好きだけど、毎回こんなんじゃ命いくつあっても足りないや」
「許さんぞ魔王……」
不審者は立ち上がろうとしていた。
「わざと加減しているな……? そんなにも私は弱いか!」
「弱いよ。僕よりも、そしてアイツらよりも」
「……もう許さんぞ」
それは、あまりにも勇者を名乗るにふさわしくないほどに私怨に燃えていた。
「後悔させてやる」
最初から片鱗は見えていた。勇者のような雰囲気を醸し出してはいるが、剣に心が飲まれそうになっていたのをみるに未熟である。そしてもう一つ、彼が勇者であるはずがないのだ。
断言できる理由。それは僕が勇者を知っているからだ。
知っているっていうのはおかしいかもしれないけど、とりあえず言いたいのは、彼は確実に勇者ではないということだ。
不審者の握る剣が、水色の輝きへと変化していた。
「その剣の攻撃は見切ってるよ」
「知っている。これは準備だ」
そう言って不審者は剣を構えると、水の刃をところ構わず全方位に出し始めた!?
「あっぷな!」
水の刃は、自分の横をすり抜ける。
ところ構わず振り回して飛ばし続けた水の刃達は、壁へと一直線にすっ飛んでいき、ズドーンズドーンといやな音が鳴り響く。
「何やってるの!? 本当に何やってるの!? 」
がらがらと崩れだす壁。
「壁がぁ!」
俺はそれを見てつい叫んでしまった。
思わず目の前の不審者から視線をそらしてしまったことに気づき、急いで振り返ると、そこには、おもむろに水色に輝く剣を振り回し、人の家を破壊して回る破壊者の姿があった。
「壁がぁ! 壁がぁ!天井がぁアアアアア! 」
僕を殺しにきたはずのそいつは、破壊者へと変貌していた。
気がつけば、魔王の部屋の壁や天井は崩れ落ち、雨水なぞ防げない、ちょっとした高台のような姿へと変わっていた。
「家が……僕の家がぁ……!」
「準備はととのった……見せてやるぞ魔王! 私の全力を!」
そう叫ぶ不審者の右手には、橙色の輝きを放つ剣が握られていた。
剣を構えて彼は一言叫ぶ。
「集え!」
そう聞こえた瞬間、崩壊した壁や天井の瓦礫が、土煙が、何もかもあの剣へと吸い込まれていく。
地面が揺れている。床があの剣に引っ張られている。あの不審者は見抜いていたのかもしれない。魔王城が少し頑丈であるとを。だから壁を壊して力に変えた……。そう納得したいけど、やっぱり勝手に人の家を壊していい理由にはならないって!
気付けは瓦礫は1つ残らず消え去り、変わりに勇者の持つ剣は大剣へと変わっていた。
「クラッシュ!」
不審者はそう叫んで、剣を地面に叩きつける。そしてそれによって現れた衝撃波は俺をめがけて地を割り真っ直ぐ進む。
それは想像よりも遥かに速く、そして左右に逃げ場がないほどに大きく、無防備な空へと逃げるしかなかった。
高く飛んだはいいものの、不審者はそれを逃さない。
「集え」
砕いた地面をも力に変えて更に大きくなった剣は、空に舞う僕の姿をとらえ、強力で増大な、更なる一撃を繰り出す。
「ブレイク! 」
不審者の剣は、超射程の長剣へと姿を変える。僕と不審者にあった大きな間合いは、たった一手で届くようになってしまったのだ。その長剣から放たれる、瞬足の横なぎには、魔法であらがった時のように猶予があるわけもなく、右腕でガードしたにしろ、もろにくらってしまう。
吹っ飛んだ僕の体は、城主であるにも関わらず、城の外へと叩き出されてしまった。
右腕に回復魔法をかけながら立ち上がる。
先ほどの攻撃を受けた時にボロボロになってしまったからである。
しかも、右腕1本じゃ完全には守りきれなかったせいで、動けないほどでは無いが、体にもかなりダメージが入っている。
いつもどうりギリギリである。痛い。
「最初は驚いた……。まさか魔王ともあろうものが、こんなにも緑に溢れた場所に城を構えているとは」
不審者だ。
「緑に囲まれたとこだろうとなんだろうと、どこに住むかなんて僕の勝手だろ」
「らしくない」
「は?」
「お前は魔王らしくない」
「へ?」
よく言われることである。
「魔王なら、城はまがまがしくあるべきだ! だがこれはどういうことだ? 城だけは不気味には見えるが、自然の中にあるせいで、ハロウィンくらいの不気味さだ!」
「本格的な?」
「違う、渋谷だ」
よく言われる? ことである。というか何で怒ってるんだろうこの人。
「和式布団、Tシャツ、簡素な墓。魔王の威厳の欠片もない」
「それがどうしたって」
「お前のような魔王を倒しに転生したのではない! 」
転生者……。同類か。
「なんでこの世界に転生したのかわかんないけど、君が求める世界はここにはないんだ。諦めてくれよ」
「私は、勇者になりたかった……! 希望となり、強大な悪に立ち向かう存在になりたかった……! お前がその夢の邪魔をするな! 」
なんて自分勝手なやつだ。こんなやつに勇者の力は渡しちゃダメだ。そんなのアイツが許さない。
それに……。
空を割き、大剣が地の上へ突き刺さる。
「その剣は……墓に刺さっていた……」
僕の目の前に突如として現れた大剣を見た勇者は、そう口にした。
これは思い出の宝物。アイツがいなきゃ手に入れられなかった物。そして、なにも残さず去ってしまった相棒の、唯一、形見と呼べる物。
僕は思い出を引き抜く。この大剣を握ってる時、アイツが一緒に戦ってくれてるって、そんな気になるんだ。だからこそ負けられないって気持ちになるんだけど、それ以上に僕にこう思わせてくれるんだ。
「僕が君に負けるわけないじゃん! 」
アイツとの思い出が、死線の数々が、俺に勇気をくれるんだ!
追記
まだちょっと余裕を持たせておきたいので、ラストの台詞の二人称を「君」に変更しました。
親友の武器もあるからね、余裕たっぷりの方が好きよ