表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

空が高すぎる

作者: 田中浩一

ユウジは僕と同じ、母子家庭だった。でも、彼の家庭の方が複雑で、下の、二人の弟と妹とは年が離れていた。父親が違うらしかった。

高校一年から同じクラスだった。それは、男子が少ない高校ゆえ、当たり前のことではあったけれど。このまま、三年まで、同じクラスでいくはずだった。

ユウジにおかしな噂が流れはじめたのは、高二の夏休み明けからだった。

「やくざものと付き合っている」まことしなやかに、噂は尾ひれをつけて自在に泳いでいた。あまりのことに担任も、ユウジを職員室に呼び出す始末だった。


一年の頃から同じ出身中学の友達と少ない男子を集めて、バスケットボールの「同好会」を作った。ぎりぎりの人数ゆえに、練習も、ままならなかったが、女子バスケとの練習で試合感を養っていた。でも、聞けばほんとは、女子とぶつかり合うのが楽しくて、みたいなことだった。そんなことだから強くなるはずもなく、存続の危機も囁かれていた矢先だった。


一度たった噂は、75日を過ぎても薄れなかった。75日過ぎる前に、ユウジが、学校に来なくなったからだ。鹿児島の繁華街「天文館」で大人達と歩いていた、その人たちで、若いお兄さん方を取り囲んで、カツアゲしていた、なんてこともささやかれ出した。

その日は朝からユウジが学校に出てきていた。口さかない奴等は、何時に帰るか掛けていた。誰もユウジには声をかけることはなく、同じ中学の奴らでさえ、遠巻きにしていた。そんなんだから、長居できるはずもない。

「ユウジはいるか?」担任が昼休みに泡食ったようすで、教室に駆け込んできた。ユウジは弁当を食べる前にバックレていた。

「野球部は?」

「はい?」

「ユウジは野球部に入ったのか?」

「えっ!?いいえ」

「そうか。・・・お母さんが、うちの子が野球部に入るからとユニホーム代をもっていったが一向にユニホームを見せてくれないんだがどうなってるのか?と電話があった」先生はそういうとそそくさと教室から出ていった。

帰りのホームルームで、

「ユウジを見掛けたら、生活指導か、私の家に、電話をくれ。もう一週間帰ってないそうだ。お母さんがかなり疲れてらっしゃる」両手を教卓について、頭を下げた。一大事だと誰もが思った。

それから一週間もしないうちに、僕の高校生活で最大の出来事が起こった。ユウジのお母さんが事故を起こした。


鹿児島市内の教会の帰りに、二人の子供をのせたユウジのお母さんは、一路、姶良市を目指して走っていた。国道10号線の帰り道、四車線から二車線になる場所で、対向車の車と接触事故を起こした。あとから聞いた話だが、その接触のあと、止まることなく走り続けたお母さんに、まだ保育園の娘さんが、

「ママ、大丈夫?ママ、大丈夫?おうちに帰れるの?」と何度も繰り返してきいたそうだ。上の男の子はただ、黙って座っていたそうで、その時のお母さんは、とても怖かったと話している。

姶良市に入ってすぐに、対抗してきた大型トラックに、真正面から突っ込んだ。お母さんは大怪我だが意識ははっきりしていた。息子さんは重体だか命はとりとめたそうだ。でも、娘さんは、神様が、高い高い、空に連れていってしまった。


中学からの友達はトイレで泣いていた。それをみて、

「青春ドラマかよ」と笑うやつもいた。とたんに喧嘩になった。悪いのは誰なんだよ!?自業自得じゃないのか?そんなことの繰り返しだった。しばらくはそんなことが続いた。

ある日、担任が葬儀に出た時の話をしてくれた。

「ユウジが来ていた。親戚のみんなに、罵られていたよ。お前のせいだ、あのこを返せ、お前が死ねば良かったんだ、とな」先生は続けた。

「かばうこともできたろう。そうなるまで、あなた方は何してたんですか?助けてあげることはできなかったんですか?学校では、夜な夜な、ユウジ君を探してまわったんですよ、あなた方はどうですか?そう言いたかった」先生は、泣いているようだった。

「明かりの下の、とても小さな棺の中の、妹さんがいる前で、大騒ぎにはしたくなかった。ユウジも泣きながらも、すべてを受け止めていたよ」

高校生のユウジにすべての罪をなすりつけて、親戚連中は安寧としていたかったんだろう。ユウジは高校をやめて、街を離れた。

あのとき、ユウジを取り巻く大人達を、薄汚い卑怯ものと蔑んだけれども、じゃあ僕らは、ユウジに何をした?結局は僕らも、あの大人達と変わりなかったんじゃないのか?それぞれが自問自答を繰り返した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ