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2-05 やさおとモンモン

 不慮の事故で瀕死の状態に陥った優男(やさお)(三十九歳)は、怪しい薬を注射されると息を吹き返した。

 優男が病室で目を覚ますと、なんと顔も体もざっと二十歳は若返り、百三十キロ超級の体重は半分以下。誰が見てもスマートとしか言いようのない姿に……!

 そして慌てる優男の横には、何故か白猫とも白豚ともつかない、へちゃむくれ毛むくじゃらの生き物が居座っていた。


「こいつが……俺の、モンモンだとっ!?」

「モンモーン!!」


 実は何者かに仕組まれたらしい優男の事故の原因と、モンモンが現れた理由を探るべく、優男はアイドルを目指すこととなる。

 ――いや、目指したくないけれど、どうしてそうなった?


 とにかく元の生活に戻りたい優男と、不思議な生き物モンモン。そして周りを巻き込んでのドタバタ○○○アイドル☆コメディ!

 だ、モーン!

 真夏のアスファルトに倒れ、そこから立ち上る蜃気楼の中でせわしなく動く影を見ていた。

 蝉の五月蠅い声に紛れ、俺を呼ぶ声がいくつも聞こえるような気がしたが、もうそれが誰の声なのかもわからない。


 死ぬことは怖くもない。だが……。

 俺は、最後にこれだけは、と血痰を吐き声を絞り出す。


「おれ、の……モンモンは、無事、か……? 傷、は、な……いな」

「大丈夫です! 傷一つ、っ付いてなんかいません! だから、もうしゃべらないで……う゛う゛」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった声だけが妙に響く。馬鹿野郎、いい年した男が泣くんじゃねえ。


 短く、太く、生きろと約束をした。

 そんな人生を十分楽しませてもらったと、満足して目を閉じれば、俺は地獄と呼ぶには似つかわしくないほど真っ白な世界に落ちていった。


 そして目が覚めたら、地獄よりも最悪の状況に陥っていたことを俺は知ることになる――。


     ☆☆☆☆


「あ゛あん……?」


 ベッドの上で目を覚ました俺は、真っ先に体の違和感を覚えた。

 自慢の極厚の拳は骨張り、むっちり焼けたとした腕は血管が浮き出るほど細く白くなっている。肉の鎧と言われた胸はつるつるで、恰幅ある腹は指でつまむこともできないほどぺったんこだったのだ。


 まさか……と、振り返り硝子窓に映る姿を確認すれば、そこには――ひょろくガキくさい、そして二度と見たくないほど甘ちゃんな(ツラ)をした、二十年前の俺の姿があった……!


『血統書付きのお猫様(カタギ)はお家へ帰りな。こんなゴミ溜めには似合わねえよ』


 そう、組長に揶揄われた、あの日の俺の姿だ。間違いない――。


「うわぁあん、生きてるっ! よ゛がっだぁああ゛……兄貴ぃいい゛!」

「兄貴。目ぇ、覚めたんっすね! おい、ヤス。早く組長(オヤジ)(あね)さんへ連絡入れてこいや。あと、照はうるせえ」


 俺が起きだしたことで、病室の隅っこで待機していた舎弟たちが駆けつける。

 舎弟の照はベッドの端にすがりつき大泣きをし、克次は無表情でその照を蹴り飛ばしていた。いつも通りの二人の様子にフッと息を吐く。


 瞬間、「モーン!」と叫ぶ毛むくじゃらが、俺の顔に張り付いた。


「……っなんじゃこりゃぁあああ゛あ゛!!!」


 しがみつくそれを無理矢理ひっぺ剥がす。上から下まで舐めるように見つめてもなんなのかは見当もつかないそれは、太った猫に豚の顔をくっつけたような奇妙な生き物だった。しかももっさもさの白い毛に覆われている。


「なんだ、このへちゃむくれは?」

「確かにぶちゃいくですけどー、可愛いっすよ」


 ハッハッ、と舌を出し、俺に向かって長い尻尾をぶるんぶるんと振っている姿は、確かに見た目は悪いが愛嬌がないとは言えない。


「ま、言うほど悪くはない……だがな、照。病室に動物連れ込むんじゃねえよ。このあほたれが!」


 拳を頭で受けた照がもんどりうっていると、そのへちゃむくれはいつの間にか勝手に俺の膝の上に乗った。


「おい。どけや! てか、克次、早くこいつを外に出せ」

「あー、それがですね、兄貴。落ち着いて、気を確かに聞いてください」

「これが落ち着けるか! おっ()んだと思えばこんなガキみてえな格好に戻ってやがるし、不細工な猫はまとわりつくし……おいっ、舐めるな!」


 俺の顔をべろべろと舐めまくりながら、そいつはやたら「モンモン」と嬉しそうに鳴いている。


「…………その……モンモン、です」

「は……?」


 克次が口ごもっていると、照ののんきな声がそれに被る。


「やだなあ、ほら。兄貴の白虎の入れ墨(モンモン)じゃあないっすかー。闇医者の鷺野のセンセーが、ぶっとい注射を兄貴のケツにドスッと刺したら、兄貴の体がピカーって光って、モンモンが兄貴の背中から飛び出してきたんです。そしたらなんか兄貴は痩せててイケメンになってて、そんで撃たれた拳銃(チャカ)の痕も消えてました! な、モンモン」

「モンモーン!」

「ほらね、傷一つ付いてないでしょう?」


 舎弟二人の言葉と、無邪気に吠えるモンモンの姿に思考全てを放り出し、気がつけば俺は、白目を剥いてベッドの中に落ちていた。

 願わくは、全てが夢であるようにと祈りながら。


     ☆☆☆☆


 俺の名前は咬神(こうがみ)優男(やさお)(かささぎ)組若頭補を任されている。横に広がった貫禄ある姿がトレードマークの三十九歳、狂い白虎の二つ名を持つ男、なのだが……。


 瀕死の状態からまさかの若返り。まるでヤクザ渡世に足を踏み入れた時分の顔と体になってしまっていた。

 気絶から覚めても、俺の姿は相変わらず十九の頃のままなうえ、二十の時に彫った背中の白虎の入れ墨(モンモン)はきれいさっぱりなくなっていた。

 その代わりといってはなんだが、へちゃむくれのモンモンは俺のベッドの横で腹を見せてだらしなく寝ている。



 そんな中、後始末のため忙しい組長他、幹部の面々の代わりにと、姐さんだけが俺の病室へとやってきた。


「まずは(ねえ)さん。その法被とハチマキを外していただけますか。あと、壁の飾りも」

「別に構わんやろ? せっかくの優男復活祭やし」

「構います。というか、なんでまだそれ残ってるんですか」


 病室の壁に飾られた『祝☆イケメンやさお復活祭り♡』の横断幕は初見だが、『愛してる☆こっち見て』『私の大天使(YASAO)』『L♡VE! 抱きしめて』とキラキラデコされた団扇は、若き日の俺と若頭が『優男命』と刺繍された法被とともにコンクリに詰めて東京湾に流したはずのものだった。

 チッと舌打ちをして、姐さんは法被を側に控えている舎弟の克次と照に渡すと、俺が眠っていた間のことを教えてくれた。


 うちと対立する組の下っ端でもある薬中(ヤクチュウ)の犯人が、海外から改造拳銃を手に入れたその日、偶然にも外回り中の俺に向かって狂ったように乱射した。するとこれまた偶然にも巡回中の警官にあっさりと取り押さえられ、被害は俺とバーの扉だけだったという。


「嘘くさくて反吐がでますね」

「それは組長(あのひと)も言っとったわ。でもな、天城組から不始末の詫びやゆうて、仲裁人立てて(エンコ)一千万(いっぽん)持ってこられたら大っぴらに文句も言えん」


 目のイッた男に撃たれた瞬間、俺は真っ先に天城組のことを考えた。最近ウチのシマにばら撒かれだした新種のドラッグの大元だとあたりをつけ、対抗策を考えていたからだ。


「そういうことやし、優男。あんたしばらく組に顔出さんでええからな」

「待ってくださいよ、姐さん! やられたらやり返すのが俺の矜持だ。このままじゃ狂い白虎の名が泣くぜ」


 そう啖呵を切り親指立てて背中を見せれば、白虎の入れ墨(モンモン)が吠え……。


「あんたのモンモン、そこで鼾かいて寝とるで」


 ……ぐぬぬ。このへちゃむくれめ。


 口を半開きにして「モ゛~モ゛~」鼾をかきながら寝るモンモンの口を塞ぐと、こいつはいやいやするようにもごもご動きだす。


「いや、確かに見た目はこんなふうになってしまいましたが、体はピンシャンしています」

「あかん、あかん。あんたの今の姿は、どう見ても鵲組若頭補佐には見えん」

「しかし……こいつは俺が片をつけなきゃならねえ!」


 そう訴えれば、姐さんがにやりと口の端をあげた。


「そんならな、優男。……あんた、アイドルになりいな」


「…………へ?」


「天城の内情を調べるなら、芸能事務所から入ったほうが早いんやて。例のヤクもな、そっからばら撒いている可能性があるって、組長(あのひと)も言うとったし……」

組長(オヤジ)が、ですか?」


 組長がそう言うのならばなにかしらの確信があってのことだろう。

 しかし、いきなりアイドルになれ、はない。

 起きだしたモンモンが今、俺の背中に登りだし、頭の上に乗りかかるよりも、ないな。


「ってか、どけや! このあほたれ!」

「モン?」


「実はな、天城んとこがバックについてる芸能事務所が、テレビ局と組んで大々的に新人アイドル発掘の新番組を立ち上げるちゅう話があるんよ。そんでなそのメイン審査ゆうのがBE-BE-Jのキリとニジェやゆうん! そんでそんで、勝ち上がれば彼らの弟分としてデビューできるて……」


 俺がモンモンを引き離すのに格闘する中、目をギラギラさせながら姐さんのテンションがガンガン上がっていく。ないわ。勘弁してくれ。

 ようやく頭から引っぺがしたモンモンを、ドンッと膝の上に座らせる。


「いやいやいやいや。普通に考えてないでしょう。姐さん……」

「履歴書は任せとき。適当に戸籍は用意しとくわ。あと、動画も同時に送るらしいから……そうや! モンモンも一緒に撮ったらええわ」


 目を爛々とさせ、完全にイッている。こうなると組長ですら止めるのは難しい。


「いいですね、姐さん。絶対にウケますよ、モンモン」

「せやろ? イケメンとブサカワのツーショットがいいんやで」


 いやいやいやいやいやいや、照も何勝手に混ざってやがる。克次も隅っこで笑ってんじゃねえ。


「やるで! 優男もそないイケメンに戻ったことやしー、ここは一発アイドル目指していこうやないか! なぁ、モンモン?」

「モ、モーン!」


 ノリノリの二人と一匹が手を合わせ、ヤバい薬中(ヤクチュウ)よりもさらにヤバいテンションで「エイエイ、オー!」と盛り上がる。


 やめろ。ふざけんな。勘弁しろ。


 マジで……お前ら、俺の言うことを聞けや、このボケがーっ!


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