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2-02 湯レッジっ!!! -Yu-llege-

日本有数の温泉地、静岡県熱海市。

有馬京介は大学進学をきっかけにこの街にある叔父の家に居候することになる。

見知らぬ街、新たな出会い。幾つもの出来事に胸をときめかせる京介だったが、そんな新天地での生活は一筋縄ではいかないらしい。

癖だらけの先輩に、個性的な同期たち、更には八年ぶりに再会する美人のいとこまで現れて――


「誰かと風呂に入るなんて、今まで考えたこともありませんでした。でもなんだかこういうのも良いものですね」

「だろう? 体験してみて初めて学べることもあるってもんだ」


 裸の付き合いを通して少しずつ変わっていく京介の世界。その先に彼は一体どんな未来を願うのだろうか。


「そうですね……。とりあえず、脱衣所を出たら服を着た方が良いって学びました」

「誰だこいつに嘘を教えたやつは」


 湯けむりと潮風が香る街で、愛と希望と肌色に染まった夢のキャンパスライフが幕を開ける。

「おぉ、なんというかやっぱりそういう街って感じだ」


 地元から新幹線と普通列車を乗り継いで約4時間。改札から少しばかり歩くとすぐに街の空気が変わったのが感じられた。


 その変化を一番感じさせるのが駅前に設置された足湯だろうか。そこから僅かに香る温泉の匂いが、新天地へと足を踏み出したことを如実に告げている。


「えっと、たしか叔父さんが迎えに来てくれるって……」


 事前に連絡を貰っていた白い軽トラックを探すと、運転席でこちらに気付いたガタイのいいおじさんが景気の良さそうな笑顔を浮かべている。


「よう京介(きょうすけ)、しばらく見ないうちに大きくなったな。八年ぶりか」

「お久しぶりです。すいません叔父さん、待たせちゃいましたかね」

「なぁに気にすんなって、それよか随分と他人行儀な口ぶりじゃねぇか」


 流れ込むように助手席に座ると、開口一番叔父さんのごつごつとした手が俺の頭を掻き撫でる。


「あはは……なんというか、距離感が分かんなくて」

「お前もそういう年頃だもんなぁ」

「どういう意味です?」

「あぁいや、大学生にもなると色々あるってことだ」


 俺こと有馬京介(ありまきょうすけ)は大学進学を機に親元を離れ母方の叔父である正隆(まさたか)叔父さんの家に居候させてもらうことになった。


「どうだ、熱海は楽しめそうか?」

「……どうですかね、分かりません」


 縁も所縁もなかった場所。だけど厳格な両親を何とか説得してようやく手に入れた新たな生活だ。不安は当然あるけれど、それ以上にワクワクしている自分もいる。


「……おぉ!」


 俺が感嘆の声を上げたのは、先ほどまで市街地を走っていたトラックの視界が急に開けたからだ。立ち並ぶホテルや温泉宿。更にはその向こうには息を呑むほどに綺麗な相模湾。


「良い場所だろ?」

「はいっ」


 叔父さんへの返答が妙に弾んでしまったのは、決して新たに始まる大学生活だけが原因じゃない。


「ってことで、ここが今日から京介の新たな家と言う訳だ!」


 車はそれから10分ほど海沿いを走り、不意に一軒の大きな和風建築の前で足を止めた。


「ここって……」

「あれ、知らなかったのか? うちの嫁さんの家は代々銭湯を営んでんだ」


 『白瀬の湯』


 入り口に掲げられている木製の看板からはこの建物の年季が一目で伺えた。


「……知りませんでした」

「じゃあちょっくら車停めてくるから、先に入って待っててくれ」


 そう言って叔父さんはそのままトラックに乗って建物の裏手へと姿を消した。


「銭湯、か」


 叔父さんの姿を見送った後、俺は改めて建物の外観に視線を戻した。意識を嗅覚へ向けると、日本家屋特有の木の香りに混じって仄かに温泉の匂いが漂ってくる。


 18歳の春。新たに身を投げ出した温泉と潮騒の街で俺はどんな出会いをしていくのだろう。


 もしかしたら運命の人に出会ったり、なんてのもあり得るかもしれない。海沿い、夕暮れ。潮風に髪を靡かせながら照れくさそうに微笑む彼女を見て、俺はその笑顔に答えるように彼女の手を握る。彼女の頬がさっきよりも赤いのは、きっと差し込む夕日のせいだけじゃないのだろう。


 そんな彼女の横顔を見て、俺はこの人と一生をこの街で暮らすと誓うのだ。


「っと、先に入ってろって言われたんだったな」


 今後の予定に想いを馳せるのも悪くないが、いつまでも建物の前で立ち尽くしている訳にもいかない。未だどこか落ち着かない心を何とか沈めながら、俺は建物の中へと足を踏み入れた。


 それから叔父さんの案内で二階に宛がわれた一室に荷物を運び込みロビーへと戻る。


「早速で悪いんだが、ちょっくら手伝って欲しいことがあるんだわ」

「手伝いですか? もちろんですよ、それぐらいならお安い御用です」


 ただでさえ同じ屋根の下に住まわせてもらうのだ。一家の末席に居場所を分け与えてもらう身としてこれぐらいのことは当然だろう。


「それで手伝いって言うのは?」

「あぁ、実は今風呂場の掃除をお願いしててな、それをお前にも手伝って貰おうかと思うんだ」

「風呂掃除……。というか手伝いって、俺以外にも誰か居るってことですか?」

「それはまぁ、行ってみてのお楽しみだ」


 それにしても俺以外の手伝いか……そう言えば叔父さんには俺と同い年の娘がいたはず。八年ぶりに再会するいとこか。もしかしたらめちゃくちゃ美人になってたりするんだろうか。


 一つ屋根の下。同い年の美人のいとことキャッキャウフフな共同生活というのも夢が膨らむというものだ。


 男湯の暖簾をくぐり脱衣所に着くと、浴室と脱衣所を隔てる曇りガラスの扉の向こうに誰かが動いているのが見て取れた。


 なんせ八年ぶりに会うのだ。もしかしたら俺のことなんて覚えていないかもしれない。久しぶりの再会は出来るだけいい印象を保ちたい。ここはいっちょ爽やかに決め込むといくか。


「久しぶりだな(かおる)、手伝いに来たぞっ!」


 曇りガラスの向こう側、そこにいたのは随分と綺麗になってしまった見惚れるほどに可愛い美少女――


「おう、お前がおやっさんが言ってた俺達と同じ大学に通うって甥っ子か」

「いいタイミングで来たなぁ。ちょうど今からデッキブラシをかけるところだ」


 ではなく、なぜか全裸で掃除用具を振り回すやたらとガタイのいい二人の男だった。


「俺のっ! 華やかな夢はっ!」


 夢への第一歩は、浴室に足を踏み入れる前に盛大に滑ってこけていった。


「おう、急にどうしたんだ?」

「あれでしょ梅津さん、きっと移動で疲れたんでしょう」

「おおそうか、おやっさんも長旅だって言ってたもんな」


 そう言いながら近づいてくる全裸の男たち。更に悲劇だったのは床に突っ伏してしまったせいで俺の顔がちょうど彼らの腰の高さに来てしまった事。


 二本の珍百景が近づいてくる光景に、俺はただただ背筋を凍らせることしか出来ない。


「こ、こんなところで何してるんですかあなたたちはっ!」

「何って失礼な。俺たちはおやっさんに頼まれて風呂掃除をしてただけだ」

「あぁ、安く風呂を使わせてもらう代わりに、こうしてよく手伝ってるんだよ」


 どうやら先ほど叔父さんが言っていた手伝いというのは娘さんではなく彼らのことだったらしい。


 なるほど、もしかしたら薫も俺のように親元を離れて新しい生活を始めようとしているのかもしれない。そう考えると叔父さんがすんなりと俺のことを受け入れてくれたのも納得だ。


 年頃の娘が住む家に年頃の男を新しく住まわせるなんて、父親からしたら不安もあるだろうしな。


「それよりも、お二人が手伝いというのは分かったんですが、どうして服を着ていないので?」

「風呂場で服を着るのはマナー違反だろう」

「風呂掃除なのだから脱ぐ必要はないのでは?」

「バカだなぁお前。風呂場に居るんだから脱ぐだろ」

「あれ、もしかして日本語が通じてない感じですか?」


 とにかくまずは二人を何とか説得して服を着てもらわねば。そんな下半身が源泉かけ流し状態だと気が散ってまともに会話すら出来そうにない。


「どこに行くんだ?」

「お二人の服を取りに脱衣所に行くんですよ」

「何を言ってるんだ後輩。こういう時は逆転の発想だ」

「……逆転の発想?」

「お前も脱げ」

「嫌ですよっ!」


 どうにかこの場を抜け出そうとするも、しかしガタイのいい男二人に取り押さえられちゃ動けるものも動けない。


「それにな、何事も試さないうちから否定してしまうのは良くない。見て見ろよこの美しい眺めを」


 その言葉につられるように視線を動かすと、広々とした浴室の窓の向こう側に輝く相模湾が顔をのぞかせていた。


 そうだ、俺は決めたじゃないか。新しい場所で新しい出会いと共に新しいことに挑戦していくって。そう誓ったことを最初から否定してちゃだめだよな。


「……俺が間違ってました」

「良い覚悟だ」


 先輩二人に見守られながら開放感に身を任せて服を脱ぎ捨てる。そのまま俺も全裸の男たちの仲間入りを果たすとまるでそれを歓迎するかのように窓から心地の良い潮風が飛び込んできた。


「俺……お二人のような立派な先輩たちに出会えて幸せです!」

「よせやい。これからもっと幸せなキャンパスライフが待ってるんだからよ」

「そうだぞ後輩」


 デッキブラシを受け取りながら俺は感慨にふけっていた。可愛い女の子はいないけど、俺には確かに輝かしい未来が待っている。


「久しぶり、京介。お父さんに言われて手伝いに来たんだけど……」


 そんな時だった。脱衣所の扉が音を立てて開いたかと思えばそこからひょっこりと一人の美少女が顔を覗かせた。


 それはまぎれもなく八年ぶりに会ういとこの薫で、だけど昔の面影そのままに随分と綺麗な顔つきに変わっている。


「……京介がそんなにバカになってたとは思わなかった」


 そしてその綺麗な顔を、こう、一言で表現するには余りにも難しいぐらいに歪めながら扉の向こうへ姿を消す。


「あの、あの……」


 咄嗟に二人に助けを求めるも菩薩のような顔を浮かべた二人は小さく首を横に振るのみだ。


「久しぶりの再会なのに全裸なお前が悪い」

「脱がせたのはアンタたちでしょ!」

 

 新たな街、新たな生活。全国有数の温泉地で迎える夢のキャンパスライフへの道はどうやら前途多難らしい。

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