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2-24 今から病んでも良いですか?

信用していた彼氏に、拒絶された少女。

少女は悪くない。ただ、少女は物心ついてから初めて、思いの丈をぶつけたそれだけなのに……。

少女はそれからというもの、心を閉ざし、本心を一生隠し通すことを決める。

そんな彼女と、出会う人々が、だんだんと閉ざした彼女の心を抉じ開けたり、逆に他者の閉ざされた心を溶かす。これはそんな物語だ。


 これは最終的にラブコメのようになるが、ラブコメではない。

 じゃぁわなにかって? それは、とある少女がもう一度、病む。つまり本音をぶつけられるようになるまでの物語である。

「でも、最後の扉を抉じ開けたのが、自分じゃないのはちょっと悔しい、な……」

とある中学の旧校舎裏。

 人目がなく、カップル達の秘密の密会の場になっている場所だ。

 そんな場所でも、やはり、近年ではいじめ対策のいっかんで、防犯カメラが付いている。

 しかし、音声録音機能はないし、誰かが張り付いて見ている訳でもない。


 所詮はただの抑止力のアピールに過ぎない。

 その事は、この中学の生徒なら誰でも知っている事実だ。だから、いじめは起きないものの、カップルの密会の場によく利用されている。

 この一組もまた……。


 ――やっと、やっと、病める。

 少女は、そんな事を思い、胸を弾ませていた。

「なんだよ? 話って……」

 男子は頬を若干赤らめていた。当然だ。この場がどういう場所なのか、どんなボンクラな男子でも、耳には入っているだろうから。


 男子は、照れを隠すように、後頭部を掻きながら、静かに少女の次の言葉を待った。

 ほのかに息を荒くし、何度も言葉を紡ごうと思っては躊躇し、桜色の唇から出るのは微かな吐息のみ。

 それでもようやく意を決し、わずかに弾む血の火照りと共に声を押し出す。

「今から、病んでも良いですか?」


  * * *


 数ヵ月後。

 季節は春。

 そう、入学シーズンである。

「じゃ、母さん、行ってきまーす!」

「ごめんなさいね、急な仕事が入って、入学式には行けなくなって……」


「ははっ。良いって良いって! それに(めい)のところもでしょ?」

 そのように、母を気遣うような、言葉を掛ける。と、母の返答を待たずに、今どき珍しい木造住宅から飛び出す少女。

 

 少女の容姿は、黒に近い濃紺の髪のショート。整った顔は、優しさとクールさが感じられる。制カバンを肩に掛け、ベージュのブレザーは、母から譲り受けた物だ。

 白のシャツに、黒のパンツ、それから茶色のローファーを身に付けている。


 私、黒崎くろさき光菜(こうな)。今日から白桜木(はくおうぎ)学園、高等部に通う十五歳。ちょっと不安だけど、楽しみいっぱい、夢いっぱいの高校生活を送るんだ。

 等と、少女――光菜――が、少女漫画チックなことを想いながら、駆けて行く。


 と、背後から可愛らしい声が近付いてくるので、足を止める。

「こうな~! こ、う、なーー!」

「あ、明、おは……っ!」

 満面の笑みで、振り返り挨拶をしようとする。しかし、それより先に、明がタックルするかのように、抱き付き全体重を預けてきた。


 これにより、光菜は「とっとっと」と、二歩、三歩とよろめく。

 光菜は、体を安定させる。腕を光菜の首に回している状態のまま、マシンガントークを続ける明。

 そんな明を落ち着かせるべく、一定のリズムで腕を叩き続けること数秒。


 ようやく明の捕縛から解放された光菜が、改めて振り返り、挨拶をする。

「おはよ、明」

「おはよ、光菜」

 ニカッと、はにかんだような笑みを返してきた明。


 そんな彼女の服装は、上は光奈と同じく、ほんのりと味の入ったベージュのブレザーに白のシャツ。下は茶色を基調したキンカムチェックのスカートは、膝丈まで。黒のニーソックスに、ローファー。

 ズボンがスカートに変わるだけで、印象がガラッと違う。ううん、これはおそらく服装の問題だけじゃないな。


 そのように、自身と客観的に比較する光菜。

 光菜はスレンダーな体型なのに対し、明は、全体的に良い意味で丸みを帯びている。風貌も同性の光菜から見ても、愛くるしい印象で、あどけない。


 波打つダークブラウンの髪は、肩甲骨の高さまで。くりりと丸く大きな眼が、さらに愛くるしさを引き立てている。

 彼女は白井(しらい)明。私の幼なじみだ。進路をどうしようか迷っていたところ、白桜木学園中等部に通っていた彼女から、どうしても一緒に通いたいという旨の申し出……、というよりごり押しされ、外部受験、合格した。


 全く、仕方ない幼なじみであ……。

 光菜が、穏やかな目線を明に浴びせていると、明が「ところで、光菜」と、前置きをしてから、言い出す。

「少女漫画みたいなことを想いながら、入学式に向かおうって、言ったこと覚えてる?」


「もちろん。だから――」 

 ――家からここまで、心の中で呟きながら来たんだから。

 光菜はそのように、言葉を続けようとした。だが、次の瞬間、明が悪魔のような言葉を、天使を連想させる笑みで言い出したのだ。

「あれ、やっぱ、止めない?」


「は?」

 その言葉を受け、光菜の顔から光が消えた。

 その事に明はまったく気付かず、自分の思いの丈を率直に出し続ける。

「うん、やっぱり恥ずかしいかなって。それに光菜もあまり乗り気じゃなかったでしょ? だからいっかなって……って光菜? 顔怖いよ?」


 あまりにも自分勝手な言い種に、光菜の表情は、ホラー映画に出てくる、幽霊のようになっていた。そのことにようやく気が付いた明が、声を掛けたのだ。

 しかし、これが起爆剤になり、怒りと恥ずかしさが、入り交じった濁流となって、明に押し寄せることとなる。


「だから、私は最初から辞めようって言ってたじゃん! それに、止めるなら止めるって連絡しろ!? このバカ明! 今言っても遅いわ!! ここへくる途中、やってたわ!!」

「あはは……ごめん」

 苦笑を伴った軽い謝罪など受け入れることなく、無言で踵を返し、すたすたと、遠ざかって行く。


 明は、眼を潤ませながら、後を追おうとするも、

「待ってよーー! あれ!? カバンは!?」

 自分がカバンを持っていないことに気が付き、辺りを見回す。と、遥か後方にカバンが投げ捨てられているのを見つけた。

 大方、光菜を発見したのが嬉しくて、無意識的にカバンを邪魔だと判断し、放り捨てたのであろう。


 後ろで一人で楽しく騒いでいるのは、白井明。私の幼稚園時代からの腐れ縁だ。

 白桜木学園中等部に通っていた彼女が、高等部は、絶対一緒に通いたい! と、駄々を捏ねられ、渋々受験。運悪く受かってしまった。ほんと、明のわがままに付き合うといつも録なことにならない。


「通う学校、間違えたかな……」

 まだ入学式も始まってないのに、ナーバスモードに突入する光菜。

 そんな光奈が立ち止まる。

 別に明を待つような、面倒見の良さを発揮したわけではない。単に信号待ちをしているわけではない。


 光菜は見蕩れているのだ。

 先ほど、目前を横切った、光菜達と一緒の制服を着た女子に、魅せられてしまった。

 太陽の光を反射し、キラキラ輝く腰の高さまでの銀髪で、それを後ろで一まとめにしていた。雪のように白い肌。風貌は、十人中十人、老若男女が口を揃えて、綺麗であると満を持して言うであろう、そんな印象であった。


 極めつけは憂いのある瞳。

 まるで、人形が歩いているみたい、という印象を光菜は受けた。

 一瞬で、光菜の心を奪い、なおかつ、トクンと一度、弾ませるまでに至った彼女。

 光菜が、そこにもういない彼女の幻影を見ていると、突然、体を揺すられ、現実に引きずり戻される。


「光菜ー。光菜ってば!」

 ふと我に返る光菜。その横では、いつの間に追い付いたのか、明が、こちらを頬をやや膨らませ睨み付けている。

 うん、可愛い。

 光菜は正常に戻った脳でそのように呟くと、顔や口調に出ないように素っ気なく接する。


「何でもない。急がないと遅刻するよ!」

 言い切った後に、早々にスタートダッシュを決めた光菜。明をおいてけぼりにしようとする。

「もー、待ってってば~!」

 それを必死で後を追う明。


  * * *


「んー、そんな人、先輩にいたかな~?」

 十数本の桜並木がある白桜木学園校門前。

 明は、唇に指を当て、考えていた。

 光菜は結局、あの通り過ぎた彼女のことが忘れられずに、中等部から入っている明なら分かるのではないかと、道すがら話していた。


「んー。ごめん。わかんないや」

 それが、明の下した結論だった。

「そ、か。うん、こっちこそごめん、ありがと」

 光菜が形の良い眉を寄せ、言うと、明は小さく首を横に振る。

「ううん、全然。そんな人、いたら絶対に話題になってると、思うし、もしかしたら案外、同級生かもよ?」


「そっか、でも、物凄く大人びていたから、あの人が同級生だったら、逆に驚きだなー」

 取り繕ったような苦笑を浮かべる光菜。

 そんな様子をみて、明は茶化しに掛かる。

「光菜が初対面の人をそんなに気にかけるなんて珍しいね。もしかして一目惚れ?」


「は!? いやいやないないない! ただ、私はなんていうか、初めて合った気がしないっていうか!」

「ふーん、運命を感じたんだ~……」

「だから、違うってば!?」

 頬を赤らめながら全力否定をする光菜。


 ――そう、光菜の言う通り、これは最終的にはラブコメになるが、ラブコメではない。

 これは、とある少女がもう一度、病む。つまり本音をぶつけられるようになるまでの物語である。

 そして、彼女の友人達の抱える問題を解消していく話でもある。わたしを含めて……。


 因みに心を閉ざした少女がラブコメ展開になって行くのは二年生になってから。これをラブコメ編と仮に表現するなら、一年の時は、友情編、とでも表現しよう――

 ――――以上、四年後の■■の想いでノートより。


 光菜と明が校門をくぐり、『入学式案内所』という看板を見つけた。そこに向かい、歩みを進めていると、こんな声が聞こえて来た。

「ここって、男子校、だよな?」

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