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2-22 これから大好きになる彼女は叔母さんで年下で

大学受験を控えている孝政は両親の海外赴任に伴い、叔母との同居を命じられる。いやいや教えられた住所に行ってみれば、女性がいた。聞けば叔母のひかるだという。随分若いと思っていたら、なんと十六才になったばかりらしい。しかも叔母は孝政の大好きな女優、星ひかるの中の人だった。

「二人暮らしなんて、困るよ! 僕だって、お、オトコですから?!」

「だぁーいじょーぶ。マネージャーも一緒だから。言ってみれば合宿みたいなもん」

「……あっそ(がっくり)」

――かくして、アブ(なく)ない?同居生活がはじまった。

 舗装がガタガタなところを走ったのか、バスがはねた。


「はぁ……」


 百十二回目のため息が出る。

 こんなに二酸化炭素吐き出したら、地球に申し訳ない。

 でも植物は二酸化炭素が欲しいんだっけ。じゃあ今の僕は地球の役に立ってるかもしれない。

 けど、それくらいじゃ市場に売られていく子牛みたいな気分は浮上しない。

 別に人さらいに遭ったわけでもないし、借金のカタにご奉公に出るわけでもないんだけど。


「でもなぁー」


 諦めろ自分と思いつつ、百十三回目の大きなため息をついた。 


「はぁぁ〜、行きたくない……」


 叔母さんとはいえ、知らない人との同居なんてユウウツ過ぎる。



 事の起こりは、一週間前。

 両親は大学受験を控えている僕を日本に残し、海外赴任すると電撃発表した。


 僕は冷静だった。

 よきかな。

 反抗期真っ盛りの青少年としては一人暮らしに憧れるってもんである。


 ところが、続いての衝撃発言。僕を叔母さんちに放り込むことにしたという。

 当然、僕はおおいに抵抗した。


『意見を聞いたところであんた、この家を維持できないでしょ?』


 イジとはなんぞ。治安維持法の親戚か?

 わかってない僕に母が解説してくれる。


『光熱費の支払いに、ご近所付き合い。ゴミ当番』


 楽勝。

 光熱費は自動引き落としだろうし、挨拶は欠かしたことはないし、隣の家のゴミを毎回集積所に運んであげているのは僕だ。


『あと庭の草むしりに』


 めんどくさいな。虫さされ、熱中症は受験生には大敵だ。


『お風呂やトイレの掃除、それと台所だって』


 うわ、未知の領域アンド難易度MAXキター! ……なーんて怯える僕じゃない。そんなもの、適当にこなすよ。


 学校で教室掃除に罰掃除、じゃなかったトイレやプールの清掃だってやったことある。あの大きさに比べたら我が家なんて小さい。正直に言ったら父が泣くので黙っておくけど。


 家庭科の調理室だって、あの混沌をなんとかしてみせたのだ。

 ……牛丼を作るという、僕らの頭脳とゲームで鍛えた手をもってすれば簡単なはずの料理。それが、ようやく食べられるようになったころ、見渡したら調理室が魔宮化していた。素直にカミングアウトすると、一人暮らしをする際のマイナス素材だから永遠に秘匿しよう。


 が、こういうときの母はエスパー並みの勘のよさを発揮する。


『せっかく帰国したのに玄関開けたら魔境でしたとか、変な生き物がお出迎えなんて嫌だからね』


『うぐ……っ、ラノベみたいなことを言うなし!』


 たじたじになった僕に対して、母の意思は呆れるほどに太い、いや固かった。


『家事をしたから、転校したから、なんて寝言を受験失敗の言い訳にはさせないからね!』


 トドメをさされてしまった。



 というわけで、僕は泣く泣くバスに揺られ十五分隣の町に向かっている。


 母よ、受験生に対して禁句をのたまってたぞ。海外にいるあいだにデリカシーをぜひ身につけてほしい。

 負け犬は遠吠えしてみる。


 ……ちなみに実家は売り飛ばされたわけではないが、ハウスクリーニングが終わり次第他人が住むことになっている。


 降りるバス停が近づいてきた。タイムリミットだ、若人よ。過去を見るな、前を向け。


「叔母さんか、どんな人だろう」


 僕は窓からぼんやりと外を見つつ考える。

 苗字は知らないけれど、名前は(ひかる)。 ……一押し女優の星ひかるさんと同じ読み方だ。癒されそう。

 だがしかし。


「大違いだろ」


 母の妹だぞ。

 母と爺ちゃん似なら鬼瓦だし、僕や婆ちゃん似ならオカメインコだ。

 仕事はなにをしてるんだろう。

 出張しまくってるなら、トラックの運転手とかCAとかかな。


 ……鬼瓦が道路を縦横無尽に走り回っているところや、オカメインコが空を飛び回ってるとこを想像してしまった。


「ぶ!」


 吹き出しそうになり、慌てて口を抑えた。

 いずれにせよ、叔母さんがしょっちゅう家を空けてるなら少しは一人暮らし気分を味わえるかもしれない。


「それにしても謎すぎる」


 年齢も結婚してるかとかも知らない。もう少し、母から情報を聞きだしておけばよかった。


「あんまりおっかない人じゃなければいいな」


 バスから降りた。駅があるせいか、僕の家がある町より都会っぽい。地図アプリを頼りに歩き、しばらくして一つの建物の前に出た。


「ここ、か?」


 母がメールしてきた住所を確認すると合ってはいるが、雑居ビルみたいだ。マンションには見えない。


「どう贔屓目に見ても、廃墟?」


 でなければ、心霊スポットというか。住んでるとしたら人以外の雰囲気を出しまくっている。


 急に不安になってきた。

 学校ではホラーオカルトへっちゃらな顔をしているが実は僕はびびりだ。

 と言って、学校暮らしや路上暮らしをする勇気はない。友人達の家を泊まり歩くのは、大迷惑だから論外だ。


「はぁぁ……」


 荷物はもう運びこまれてしまっているし、ここで暮らすしかない。


「とりま、インターホンを鳴らしてみっか」


 ドアの傍にあるボタンを押してみた。


孝政(たかまさ)?』


 名前を呼ばれた。これが叔母さんの声か。意外と若い?


「はい」


 いよいよご対面か。


『どーぞー。荷物は届いてるよ』


 ドアが開錠されたようだった。


「はじめましてっ……!」


 気張って挨拶したら無人だった。


 コンクリートの剥き出しの壁が奥まで続いていて、足元に埋め込まれたライトが次々と点灯していく。

 これは『自分のいるところまで、とっとと来いや』ってことなんだろうか。

 玄関と廊下の部分の色が違っている。


「ここで靴を脱ってことかな」


 廃墟ビル、実はなかなかおしゃれ?


「……お邪魔しまーす」


 おそるおそる。

 なんとなく、足音を立てずに周囲に気を配りながら歩く。

 何が出てくるかわからない。

 勇者達が未知のダンジョンに潜るときってこんな心境なんだろうか。


 行き止まりにドアがあったので開けた途端、パーンと乾いた破裂音がした。


「うわっ」


 なんだなんだ、クラッカーか。僕はとっさに胸を押さえてよろけたフリをする。


「心臓抑えるとか、孝政サイコー」


 楽しそうな声が聞こえてきた。


「いや、マジで驚いた。……え?」


 普通に返事してしまってから声がしたほうを見た。目の前にはポニーテールをした女の子がいるだけ。

『叔母さん』は?

 周りを見てみる。


「うわ……っ」


『廃墟』の中は十メートル以上はありそうな吹き抜けの空間になっていた。

 壁がない。

 いや、外壁はあるんだけど、内壁がない。

 なんだ、この空間。


「すごいでしょ。老朽化した部分を取り除いたら、こんなふうになった。残ってるところは頑丈だから大丈夫」


 声をかけられたのでポニーテールの子をしげしげと見た。


 トレーナーとホットパンツからはすんなりした手足が出ている。

 大きな目と大きな口。美人じゃないけど、なんというかインパクトの強い人ではある。

 とても母と同じくらいには見えない。三十、下手すると二十代。学校の制服を着させたら間違いなく同級生に見える。ということは、引越しのスタッフだろうか。


 悩んでたら、呼ばれた。


「孝政。叔母と甥っ子の初対面だね」


 じゃあ、やっぱりこの人が。


「……光、おばさん……?」


 年齢不詳だが、見た目はめちゃくちゃ若い。母、もう少し頑張った方がいいのでは。なんて言ってたら後頭部をはたかれるに決まってる。


「お世話になります」


 とりあえず頭を下げてみた。


「光でいいよ。孝政の方が年上だし」


 あっけらかんとした声に、思考がストップしかける。


「……………………はい?…………」


 なんか今、ものすごく衝撃的なことを言われなかったか? おそるおそる目線を床から上げていく。


 タイツを履いた足は、はっきり言って細い。で、長い。頭ちっちゃ……俗に言う八頭身美人と言うやつだろうか。およそ、母と同じ人種と思えない。


 フリーズしていたら、こいつ理解してねーなと思われんだろう。解説が始まった。


「孝政は四月で十八なんだよね? 私は三月で十六になったんだー。だからね、孝政の方がお兄ちゃん」 

 

 なんだ、そうなのか。


「じゃあ光、僕のこと『お兄ちゃん』て呼んでいいぞ?」

「ほんとー? 光、頼りないお兄ちゃん欲しかったのー」

「ハッキリ言うなぁ、こいつめぇ。ハハハハハ。……じゃないよっ?」


 僕がぎょっとしたのに、光さんは笑ってる。


「孝政、やっぱノリがいいねー」


 どうして母の妹が僕より歳が下なんだよ。いや、なくはないのか?

 僕が頭を捻っていると質問された。


「陽子さんから聞いてないの?」

「『光は私の妹』としか聞いてない」


 陽子とは母の名前である。


「ん、ま。そういうことで」


 大雑把すぎる。

 光さん、婆ちゃんが何歳の時の子供だ。……あれ。なんか大事なことが。そうだ!


「ここに僕達二人だけで暮らすのって、まずくない?!」


 僕も、お、男ですから? 何もないとは言い切れない訳でもなくもなくもなく?

 光さんはニカッと笑った。

 あ、可愛い。


「大丈夫。マネージャーも同居してくれてるし」

「マネージャー?」


 なんだ、それは。がっかりしたぞ。いや、その。

 光さんは首を傾げた。


「言ってなかったっけ? 私、『星ひかる』って名前で女優をやってるんだけど」

「へあっ?」


 変な声が出た。

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