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2-20 僕とママと世間の不健全な関係〜死んだはずのママを探しにいきます〜

※注意

出生主義に基づく差別的な表現があります


 遠くない未来。子供が産まれなくなった社会。皆はセックスに興味はあるけど、子育てに興味がなかった。問題だった。

「大家族に戻れば?」

 皆は家族に良い思い出がなかった。SNSで燃やされた。

「OK、子供を育てる場所を作ろう。最高の教育と環境を約束する施設だ」

 金持ちの投資で大量のアンドロイドが配置されたこども院ができた。

「こども院は産みの親以上の手厚く愛のある養育ができる!」

 大人は働き、お金を稼いで、社会に強い貢献をした。貢献をしない人は冷遇された。

 社会に冷遇されたママがいる。ママに捨てられた「僕」が幸せいっぱいのこども院に収容される。美味しい食事、温かいベッド、将来へのバックアップ。たくさんの友達(問題が多いけど……)に囲まれる生活。

 これはママが幸せになるための道具である僕の物語だ。

 皆、幸せになるために生きてる物語だ。

第1話:『トシロウちゃん確保!』



 ママのハグはいつもより長かった。

 今日を終えたら夏休み。夏休みはずっとママと過ごすつもり。

 長いハグはなにか意味のあるサインに違いない。


 帰ったら、ママがいない。

 珍しいことではない。

 ママの恋人達に電話した。

 みんな口をそろえて言う。


『知らない。他の男のところじゃない?』


 彼らは立派な大人だし、僕が一人でいることを心配してくれた。


「だいじょうぶ。僕はもう十才だ。怖くない。ママはすぐに戻るもん」

『ははっ! トシロウ、キミは声が震えてるじゃんか。ママが恋しいんだろ?』


 煽るような言い方が気に食わない。叫んでから電話を切った。

 折り返しの電話が煩わしい。

 ホームシステムに指示をした。

「ママの恋人たちを全員ブロックして! 家にも通さないで!」

 家は静かになる。僕を煽る奴は敵だ。

 僕がママと一緒にいることをからかうやつが多すぎる。

 ママは身重だ。僕の弟か妹を腹に抱えたままどこに消えたのか。不安を押し殺すように一日目の夜を過ごす。

 二日目はホームシステムのビープ音で起きた。

 やたらと不安になる目覚めだ。


「なに?」

『カロリーが足りていません。ご飯を食べてください』

「ママがいないのにご飯を食べるなんてできないよ」

『……お菓子を食べては?』

 名案だ。最高の二日目を過ごした。


 三日目にお菓子は飽きた。

 来客を告げるベルが鳴る。

 ママかも!

 確認もせずに扉を開けたのは僕らしくない失敗。

 システムも警告を出さなかった。油断した。


「こども院からやってきました! ビッグマザーです。なんて可愛い子なの! トシロウちゃんを迎えにきたよ! 友達がたくさんいるこども院までかけっこよ!」


 真っ黒な服のハイテンションな化け物がママの手紙を持ってきた。弾む贅肉がたっぷりの悪役。アニメでみたからわかる。

 僕はホームシステムの欠陥を疑う。


『トシロウちゃんへ、ママは死にました。ママのことは探さないでね』


 ふざけた手紙だ。こいつは敵。ガマガエルみたいな顔をしている。悪いやつに決まってる。ママから口を酸っぱくして言われている。こども達を鍋に入れて、食べるタイプの悪役。

 僕は恐怖している。それを悟られるのは嫌だ。

 顎が肉の壁。肉が詰まった体は玄関の扉を塞ぐ。

 僕は強く押し戻した。腹に手が刺さっていく。どれだけの脂肪があるのだ。

 こいつは敵だ。

 敵なのだから、家に入れるわけにはいかない。


「システム! この化け物を締め出してくれ!」


 スライド式のドアが強制開閉モードになる。

 ビッグマザーの贅肉が扉に巻き込まれる。ざまあみろ!

 システムは容赦ない。僕にはできない決断だ。

 何しろこども院は悪者なのだから。


「開けんかぁ! このガキ! 愛してやるというのに!」


 ドア越しの雄叫び。ママの愛も大概重かった。しかし、ビッグマザーのそれも重い。蛮族じゃん。やっぱり敵だ。ママは正しい。

 扉が膨らんでいる。壊れるのも時間の問題だ。あの巨体をはねのける力を信じたいけど、ドアがきしむなんて!?

 二度三度の体当たり。

 迷う暇はない。備えていた有事は今だ。

 ママと一緒に過ごしたくない時の非常手段がある。ママが不安になったり、凶暴になった時のために家を抜け出す方法がある。

 自室のマットをめくれば、床下へつながる穴。誰があけたのかは知らない。

 僕よりも長生きのお家だ。誰かが開けたのだ。システムに訊ねても知らないと言う。


お前には敵しかいない(・・・・・・・・・・)


 僕ではない誰かが書いたメッセージだ。僕はそれを見る度に覚悟を決める。

 ママには敵が多くて、僕にも多い。

 

 そばに備えたザックを装着。中には色々入っている。一年前のお菓子はまずい気がするけど、どうにかなる。

 床下には僕が以前に敷いたビニールシートがあって、土に汚れることもない。準備が良すぎる。自分を褒めたい!

 頭上からは扉の泣くような破壊音と咆哮が轟く。

 

「トシロウちゃんを探せぇ!」


 床下にいるよ。

 僕は悠々と家を後にする。

 はずだった。

 嬉しい誤算。一年で僕は大きくなった。

 九才の僕と十才の僕は違うんだ。

 去年は通れた出口が通れない。

 あとちょっとで通れる。

 そのあとちょっとがどうしようもない。

 頭は出たが、肩が引っかかる。ねじ込もうとしたから、ハマってしまった。

 準備は僕を助けるはずだったが、裏切られた。


「まさか、本当にここから来るなんて。どうして欲しい?」


 ケラケラと笑う声が響く。ビックマザーとは違う。もっと張りのある声だ。

 声の主を見上げるも、逆光で顔は見えない。こぼれた笑みから見える白い歯が目立つ。


「穴にはまった可愛い男の子を見かけたら、助けるのが道理だ」


 僕が非難めいた口調で物を申す。

 これまた楽しそうに返ってくる。


「自分のこと可愛いって言っちゃうのも可愛い」


 こいつは僕の状況を楽しんでいる。不愉快だ。

 何者かはわからない。扉の向こうで叫んだビッグマザーの手下だろう。タイミングが絶妙すぎた。


「……助けてください」


 屈辱だ!


「しおらしいのもいい。お姉さんが助けてあげよう。肩の力を抜いて、首の力は抜いちゃだめだよ」


 僕は脱力をして待つ。首が引っこ抜けそうな力を首に感じる。これは駄目かもと思った頃に、穴から体が抜けた。生きてる!

 勢いのままに抱き上げられて、お互いに顔を見合わせる。


「ママじゃん!?」

「残念、あたしはあんたのママじゃないんだよ。あんなのと一緒にするんじゃないよ――」


 猫みたいにつり上がったまなじりと、勝ち気な声と、支配的な振る舞い。それはママそのものだ。でも、確かに言われてみれば背丈も違うし、香りも違うし、胸の張りも違うのだ。


「――あんたの視線はやらしさを感じるね。少年らしからぬよ。あんまり近づくと悪い影響がありそうだ。今から下ろすけど、逃げるんじゃないよ」

「わかった」


 僕は素直にうなずき、おろしてもらった後は飛び出すように逃げた。

 僕は嘘つきだ。

 すぐに追いつかれてしまって、痛い目にあった。サッカーボールみたいに蹴られて、跳ねた。


「やっぱり、その振る舞いはママじゃん!?」


 僕はわかっている。その女性はお腹が張っていない。僕の弟か妹を宿していたはずのママではないことを理解していた。その暴力性の因子にママを感じるけど。


「あんたいつも蹴られてたのか。かわいそうに。だけど、今度あたしをママと言ったらただじゃおかない。あいつに似てると言うんじゃないよ」

「お前もママを悪く言うのか!? だったら、敵だ!」


 ママを悪く言う奴は敵。

 残念ながら仲良くはなれそうにない。


「でかした! よくやったヤヨコ!」


 僕は首根っこを掴まれて、子猫みたいにぶら下げられている。ヤヨコと呼ばれた女性のパワフルなこと。だって、こどもを片手でつかめるなんてゴリラじゃん。それすなわちママだよ。


 僕は愛が重いビックマザーに引き渡される。汗と肉に全身が包まれる。肉越しに声が響く。


「トシロウちゃん! 確保!」


 ママから聞かされていたこども院の評判は最悪だ。こどもたちを家族から引き剥がす人でなしの集まりだと。

 僕はママによく似た女性に、ママ以上の暴力を振るわれて、こども院に拉致された。


「拉致じゃない。保護だよ」


 移動の車中。

 僕の考えを暴力女、もといヤヨコが訂正してきた。


「だって、ビッグマザーは化け物じゃないか!?」

「悪人面は否定しないけど、悪い人じゃないんだよ。あんたは周りの人間への思いやりも覚えなさい。あーあ。ほら。ビッグマザーが泣き出しちゃったじゃない」


 ビッグマザーから雄叫びのような泣き声が聞こえる。車が揺れるほど泣かれた。自動運転の車から、警告音がなる。

 バツが悪い。

 これじゃ、まるで僕が頑固な悪者みたいな扱いだ。納得がいかない。

 後部座席の僕はいたたまれない。


「ママはどこ? こども院にいるの?」

「あんたのママは死んだ。だから、あんたを迎えに来た」

「嘘だ。だから、みんな敵だ」


 ママは僕のことが大好きだし。僕もママのことが大好きだから。

 こんな不安な時。ママはいつも抱きしめてくれた。ママも不安がいっぱいな人だったから。


「……よく聞きなよ。あんたに敵なんかいないんだ(・・・・・・・・・)


 ヤヨコは僕を強く抱きしめてきた。それはママみたいで。最初は優しい。僕が壊れないか心配するように。そして、徐々に強くなる。

 このハグは誰に習ったのさ?

 振りほどけるものじゃなくて。僕は逃げようにもシートベルトが邪魔してる。そういうことにしたい。

 多分この人もママと同じ。

 不安をかき消す方法に、僕を使うのだ。

 長いハグは不吉だ。別れの予感。


「不安だったろう。家に着くまでゆっくり休みな」

「僕の家じゃない」

「……これからはあんたの家になる」


 その声はママにそっくりだ。


「出て行け」と暴れるママは「出ていかないで」と泣き叫ぶ。

「探すな」というのは「探してくれ」って意味。

 僕はいつだって、ママのことをわかってる。

 ママの手紙はママの字で書かれてる。

 僕はママを探さなくちゃ。

 ママに似た人の膝で安心なんかしてちゃいけない。

 だけど、この時だけは許した。

 ママみたいな人の膝で僕は眠った。

 起きてからママのことを考えよう。

 そう決めて、僕は僕を許した。


第2話:『トシロウちゃん! こども院へようこそ!』に続く

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