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2-19 一枚の壁に隔たれて

「私の実体探してよ」

ちょっとだらけ症のある男子高校生、天弥は深夜の学校で不可思議な少女と出会う。

天弥はオカルトのようなSFのような不思議な夏を体験することに。

 八月二日。

 夏真っ盛りただ只管に暑い。外に水を入れたコップにでも入れればすぐお湯になるだろうし、車のボンネットで目玉焼きが作れるだろう。これで最高気温は過去最高を下回るのだからなんともやるせない。

 暑さもそうだが風物詩を通り越してウザったいくらいの蝉の声を何とかしたい。

 高校も夏休み期間に入りクーラー全開な部屋で卯月(うづき)天弥(てんや)は溶けかけていた。今頃野球部なんかは夏の大会に向けて練習中だろう。こんな炎天下の中ご苦労様なことだ。対するは廃部間近の写真部部員。態々暑い中学校に向かう必要はない。かと言って部活が無い訳ではない。何なら今日活動日だ。

 深夜の学校で心霊写真の撮影。

 高校生にもなってオカルトなんて、とは思う。信じて無い訳ではないが別にという感じ。むしろ撮るなら海行って水着の美女を撮りたい。ナンパもしたことがない思春期男子高校生が水着美女の撮影なんて出来るはずもないが。

 たった二人だけの部活で部長からの指示だった。

 暑さで頭でも狂ったのかと言いたかった。言ったら自分は地に伏せることになるだろうけど。

 なんだか冷たい麦茶を飲みたい気分になった。





「じゃ別行動で」


 深夜0時。我らが写真部部長、(あずま)(みなと)はその言葉と共に校門の施錠を解錠(ピッキング)して深夜の校舎へと消えていった。鮮やかな手口だった。

 許可は取っているのだろうか。


「取ってないんだろうなぁ」


 犯行(ピッキング)の痕跡をちらりと見て呟く。

 深夜の学校前に1人。帰っていいのだろうか。深夜に軽い散歩でもしていたという体で帰ろうか。よし帰ろう。そこまで考え校舎に背を向けるとスマホに着信が1件。部長から。


『勝手に帰ったらわかってんだろうね?』


 良くも悪くも写真部の上下関係はハッキリしていた。背筋を伝う悪寒と腕の鳥肌は気のせいだと思いたかった。無理かもしれない。

 当然の様に入口の鍵も解錠されていた。あれから10分も経ってない。

 手元にあるのは懐中電灯とデジカメ、スマホだけ。装備としては心許ないような気がするが別に本気で心霊写真を撮れるなんて思っていない。せいぜい肝試し感覚が関の山だ。


「あの人何撮る気なんだ」


 バズーカみたいな望遠レンズの一眼レフ持ってたが。部長のことは放置することにした。見なかったことにした。

 校舎内は大抵の教室が施錠されていた。当然だろう。

 校舎は3階建てで1階は職員室と図書室、保健室その他用務室など。シャッター音が聞こえないから部長は恐らく音楽室のある3階か理科室のある2階だろう。

 適当に歩き回って適当に写真を撮って頃合いを見て合流することにした。ちまちま写真を撮っておけばどうとでもなるだろう。




 適当に何枚か写真を撮ったが何も映ることはなかった。

 ただ懐中電灯片手に見回りをしているみたいだった。そういえば警備員はいないのか。居たら居たで今の状況は困るけど。施錠してるから安全扱い何だろうか。解かれてますよその施錠。うちの部長に。正直、幽霊よりも部長のほうが怖かった。いろんな意味で。


「ここは……ダンス部の部室か」


 恐らく部長によって解錠された部屋に入ると壁の一面が全部鏡張りになっている部屋だった。部長は既にいない。どこ行った。

 なんとなく鏡に目をやる。知らない少女が映っていた。知らない少女が映っていた。思わず鏡を2度見した。


「振り向かないで。そう、そのまま」


 その声で身体が動かなくなった。すっと身体の内側に響くような声だった。

 鏡に映る少女と目が合う。琥珀色に光るようなその目は薄暗い部屋でもはっきりと見える。身体はまだ金縛りにあったかのように動かない。


「私が見えて声も聞こえる……うん君にしよう」


 少しずつ近づいてくる。足音はしない。

 気配も感じない。気配がどういうものなのかわからないけど。

 一歩一歩と距離が詰まる。長いような短いような時間感覚が曖昧になる。


「ねえ、私の実体を探すの手伝ってよ」


 鏡に映った少女は言う。重かった身体が軽くなった気がした。

 真後ろにいる少女に向かい思い切り振り返る。

 振り返った天弥の後ろにいるはずの彼女の姿はなかった。


「驚いた?」


 鏡には少女が映っている。隣に並んでいる。隣には誰もいない。

 吸血鬼……とは違う。あれは鏡に映らない。全くの逆。


「そう。私は鏡にしか……正しくは反射するものにしか映らないの。今の私は実体もなくただ彷徨うだけの存在」


 肩に添えられているはずの手の感触はない。居るであろう空間に伸ばした手は空を切った。


「私の名前は笠音(かさね)。苗字はわからないの。それしか覚えてないから」


 笠音と呼んでと彼女は笑った。その笑顔はカメラには映らなかった。

 鏡に映る自分を撮っていた。呆けた顔をしていた。

 彼女の笑みは愁いを感じる儚げな微笑みだった。


「私は名乗ったよ」


 言外に次は君が名乗れと言われた。


「卯月天弥。写真部部員だ。卯月でも天弥でも呼び捨てで構わない」

「じゃあ卯月君ね。人と会話するのは久しぶりな気がするわ」


 どうやら本当のことらしい。笠音は嬉しそうな表情をしている。何故か悔しくなった。


「人と話せないのか?」

「見える人は偶にいるんだけどね。声まで届いたのは卯月君が初めて。さっきも大きい何かを持った女の子が来たけど私のことは見えてなかったみたい。すぐどっか行っちゃった」


 やはり部長が来てたのか。道理で鍵が開いていたわけだ。


「いつからここに?」

「ずっとここにいるわけじゃないよ。私は鏡に映るからこうやって鏡がある場所に……散歩みたいなものね。今日も踊りにくる子がいたから私が見える人いるかなって」


 ダンス部も今日活動日だったらしい。


「で気付いたら寝ちゃって閉じ込められちゃった」

「壁とか通り抜けたりは出来ないのか?」

「出来ないよ。あ、でも私も仕組みはわからないけど扉は開けられるよ。そっちでは影響ないみたいだけど」


 そういうと笠音はドアを開け閉めする。ドアは閉まったままだ。鏡に映るドアは笠音によって開け閉めされている。


「ね?」

「よくわからない」


 目に映るものが真実とは限らないとはよく言ったものだ。自分の目で見たものが信じられない。


「そういうもんだって気楽に考えようよ。なんなら私は食べなくても寝なくても動けるし」


 些細なことでしょと笠音は言う。それは些細なことじゃないんだが。


「気になるなら私の謎を解明してよ。卯月君」


 それが実体を探すことに繋がるのか。そもそもどういうことなのか。


「私は虚像。だから鏡に映る側の本体、実体があるはずなの。それを見つけてほしい。そうすれば私はどうにかなる気がするの」


 だからと手を差し出される。


「私の実体探してよ」


 その手には鏡が壁を成し触れることは出来ない。

 見なかったことにして帰ろうかな。オカルト超えたSFチックなのは専門外だし。

 なんだか手に負えないほどの壮大さを感じた。


「ことw「断るだなんて言わせないよ?」

「だがこと「分かったっていうまで四六時中ずっと付きまとうからね。鏡見るたびに後ろに立ち続けてあげる。鏡に映ってなくてもずっと視線を感じる生活にしてあげる」


 地味に精神に来そうな提案を笑顔でしないでほしかった。

 降参の意味を込めて両手を上げる。


「これからよろしく。卯月君」

「あんまりよろしくされたくないけど、よろしく笠音」


 握手のかわりに鏡越しに手を合わせた。

 ひんやりとしたガラスの感触がした。

 白いその手に触れてみたいと思った。



「もしかして家まで付いてくる感じ?」

「もちろん」


 断っても断らなくても同じ目にあうのか。

 なんだか帰りたくなくなった。そんな気分だった。

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