表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

2-16 毛玉悪魔と探すのは、醜い私の願いごと

中3の小萩(こはぎ)は、卒業式までの1週間、自身の『醜い願い』を探すことになった。

きっかけは、お世話をしていた祖母の葬儀後、ラップ音の恐怖に、たまたま見つけたスピリチュアルの本から天使を召喚、のはすが、なんと悪魔・ルシファーが!

願い事がないという小萩に、激怒したルシファーは『貴様の醜い願いを見つけなれば、黒猫・ひじきの命を貰う』と告げる。期限は1週間。


小萩はひじきを救うべく、自身の願いを見つめるなか、クラスメイトの元気女子・天川真白(あまかわましろ)をはじめ、陰キャイケメンの青山桔平(あおやまきっぺい)、さらにはメイク男子・代々木瑛太(よよぎえいた)が小萩の協力者に。

一方、ルシファーの策略で、彼の部下・ベルゼブブが学校に転入、さらに、出るつもりがなかった学園卒業パーティ『プロム』に参加することになり……


たった1週間。だが、小萩にとって、忘れられない1週間が、今、始まる──

 中学の卒業式までの1週間のことを、父の妹である(すみれ)ちゃんに説明するため、離れの自室に連れてきた。

 それは、あの夜の、この窓から、始まったんだ。


 菫ちゃんは部屋から見える、狭い庭に置かれた小さな花束を、じっと見つめている──



 ──夜中の1時を過ぎたのに、全く寝られない。

 喪主の父は、亡くなった祖母の手続きなどでまだ休みと言っていたけど、中学の卒業式を控える私は、あと1週間、学校に通わなくてはいけない。

 なのに、耳が冴え渡り、電気も消せず、ベッドから天井を睨みつづけている。 


「どうしよ……」


 つぶやいたと同時に震えたスマホに、私は悲鳴を飲み込んだ。

 取り上げると、継母(はは)の連れ子であり、同級生でもある姉の美姫(みき)からだ。


『おはぎ、ハンバーグ』


 私の名前は小萩(こはぎ)だが、長くぶ厚い黒髪のせいか、出会ってから3年間、おはぎと、わざと呼ばれている。

 そんな彼女は、食べたいものを夜中に予約送信するのが日課らしい。だいたいクリアできないが、今回はどうにかなりそうだ。


 こんな理不尽な毎日のお弁当作りも、高校になれば学食も購買もあるから楽勝! ……なんて思っていたのに、いきなり独身の叔父の家に行けとか、大学までストレートの私立を辞めて、来年公立高校を受け直せとか……


 そんなことなんかよりも、──仏間だ。


 ピシ。


 まるで存在感を示すように音が鳴る。

 私は寝転がる黒猫のひじきのお腹をつまみ、恐怖を和らげようとしてみたが、思いっきり噛みつかれた。


「いだっ! ちょと、妹が怖がってるんだよ? ひじきはお兄ちゃんでしょ?」


 兄と呼ばれたひじきは、フンと鼻を鳴らし、毛繕いを始める。


「ねぇ、これ、おばあちゃんの霊、かな……? もう20歳だし、半分妖怪じゃん。わかんない?」


 なぜか小声で尋ねてしまったが、ひじきは気にもならないようだ。

 だが、時間が経つにつれ、恐怖が消えるどころか増していく。

 それもそうだ。

 少し前まで、祖母は居間を挟んだ仏間で生活していたのだ。

 夜中に呼び出しはもちろん、24時間、テレビはつけっぱなし。

 常ににぎやかだったのに、この静けさが祖母がいなくなった意味のようで、私は寂しさよりも恐怖で胸がいっぱいになる。

 葬儀の関係で昨夜まで母屋にいたのもあり、離れで初めて1人の夜に、この仕打ち……!


 ピシ!


 音の大きさに、私はひじきを抱えて起き上がった。

 だが、本棚に肘を打ち付けた。ベッドの横にある窓から逃げようと、体をひねったのが災いした。

 肘をしつこくさすりながら、落ちた本を拾い上げていく。

 これは菫ちゃんの本だ。

 昔、スピリチュアルにハマっていたらしく【宇宙通信】や【神心】など、想像がかき立てられるタイトルが並ぶ。

 最後の本は、ページが開いて落ちていた。

 何気なく見てみると、そこには魔法陣らしき絵と、魔法陣の使い方が書いてある。


『月夜のなか、図の上で、塩(天然塩が良い)と酒と血を捧げ、想いを込めて願って下さい。大天使が貴方の守護天使として降りてきます』


 ……これだ!

 祖母の霊には、大天使で対抗するしかない!


 私は手首のゴムで髪を一本にしばり、気合いを入れる。

 冷たい床を裸足で跳ねるように移動し、居間に通じるドアノブを握ると、私は息を止め、飛び出した。


 暗い居間を挟んで、向かい側が仏間だ。

 伏せ目でとらえた仏間への引き戸は、ぴったりと閉じている。それに安堵したのもつかの間、音が!

 まるで馬の鞭のよう。私はダッシュで台所へと飛びこんだ。


 台所の電気を素早くつけるも、茶箪笥の隙間など、見たくない箇所はいくつもある。

 小皿に、手早く粗塩と本みりんを入れ、再び息を止めて自室へ走る。ただ、息を止めている理由は、私もよくわからない。


 飛び込むように部屋に戻ったが、小皿の中身は無事だった。

 すぐにカーテンを開け、窓を開き、かろうじてできたスペースに本を開くと、小皿を図の上へ置く。


 ひじきが小皿の匂いをかぐので、舐めちゃダメと声をかけながら電気を消すが、街灯の灯りで部屋の輪郭がぼんやりと浮かぶ。

 慣れた足取りでベッドに乗り、枕の穴を塞いでいる安全ピンを取り、それを指に刺した。みりん塩が絞った血で濁っていく。


「……あ」


 小皿に見つけた。

 ひじきの黒いヒゲと爪だ。

 これは猫飼いあるあるじゃないだろうか。料理に隠し味で毛が入ることがあるのだ。

 生贄は多い方がいいかと、私はそのままにし、どこにあるかわからない月に向かって念じることにした。


 大天使さま、どうか、守ってください…大天使さま、私を守って……


 何秒祈っただろう。

 ただ、祈ったことで思ったことがある。


「なにしてんのかな」


 思わずつぶやいたが、冷静な客観視だ。

 私は、電気をつけたまま無理やり寝よう、そう決めた。

 スイッチを押し、明かりに目を細めながら振り返ったとき、私の体が固まった。


 部屋の中央に、黒い、長身の男が、立っている──!


 動けない私をよそに、極度の人見知りのひじきが、たるんたるんのお腹を揺らして近づいていく。


「ほぉ、重厚ボディの猫だが……抱き心地は、最高だな」


 慣れた手つきで猫に頬ずりするその男は、北欧系の美男子なのに黒髪。でも目はアイスブルー。さらに、背には純白の両翼がある。服は黒のベストを着込んだスーツだが、裸足。

 頭の先からつま先まで、違和感しかない!

 だが、ひじきが懐いているのを見て、冷静になっていく。


 わかった。

 あたしが電気をつけに背を向けた隙に、窓から入り込んできたんだ!


 スマホの場所を目だけで確認。男を挟んだベッドの上。

 男はひじきを大事そうに抱えながら、偉そうに笑う。


「女、まさか、このわしを、ルシファーを、呼び出すとはな」


 映画で知ってる。ルシファーというのは、悪魔のことだ。


「……悪魔?」

「上級の元天使、今は地獄の支配者だ」


 完ぺきに、出来上がったコスプレ不審者だ……!

 早くひじきを助けないと!


 だが、自分をルシファーと名乗った男は、いやらしく笑いながら指を1本立てた。


「願いを1つ、叶えてやろうじゃあないか、女」

「いえ、あの、結構です……ひじき、あ、猫を返してほしいんですけど」


 鼻先に突きつけられた男の指先が、銃口のよう。


「願いを、言え」


 威圧的で冷徹な声だ。

 それでも私ははっきりと答えた。


「ないです」

「ないわけないだろぉっ!?」


 被せるように否定されたが、思いついたのは、フライパンの買い直しくらい。世界征服やお金持ちも、なんだかリアルじゃない。

 確かに、卒業後のことも頭にチラついけど、それはどうにもならないのはわかっている……。


 ふと見たルシファーの瞳が、青から真紅に染まっていく。


「わしを愚弄するか」

「愚弄って……」


 あまりの気迫に喉が詰まる。


「貴様の醜い願いを、7日後の下弦の月までに叶えなければ、この猫の命をいただく!」


 片手でひじきを持ち上げ宣言した。

 驚きに瞬いた瞬間、嘲笑じみた笑顔が眼前にある。


『これは呪いだ。覚えておけ』


 息ができない。鳴りだす歯を止められない。赤い目に飲まれる。意識が遠のいていく────




 息を吐いた。

 だがそれもそのはず。8kgが胸から腹にかけて伸びている。

 ひじきを転がし、背伸びをしながら、カーテンを開きつつ、変な夢だったと思い出していた。


 仏間がピシピシと鳴るので、怖くて天使召喚のおまじないをしたら、悪魔が出てきたという、とても変な夢。しかも、私の願いが叶わないとひじきの命を貰うだなんて……


 窓のへりには、本と濁った小皿がある。


「……あほくさ」


 私は顔を洗い、制服に着替えると、母屋のキッチンへ。ミキのお弁当と、みんなの朝食を作らなければならない。


 厚焼き玉子でハートを作り、ひと口ハンバーグとタコさんウインナー、ピーマン金平にちくわチーズをつめ、ポテトサラダを隙間に埋めて完成。ご飯はおにぎりを3つ握っておく。

 朝食には、鱈の味噌漬け焼きと味噌汁、ベーコンとアスパラの炒め物をテーブルに並べておく。


 お弁当用の残ったおかず、朝食のおかずと味噌汁を2つずつ、盆にのせて離れへと急ぐ。

 もう7時に迫る。

 祖母のトイレの時間だ。少しでも遅れると、学校に行くまで、ずっと怒鳴られてしまう。


 足を速めたとき、気がついた。


「お婆ちゃん、いないんだった……」


 2人分のおかずを見下ろしながら、しょうがないかと離れのドアを開けた。

 だが、居間から音がする。つけていない、テレビの音だ。

 短い廊下を過ぎ、居間を仕切る竹の暖簾の隙間からそっと覗くと、テレビの前に座布団を敷き、画面を見つめるひじきがいる。


 座布団の近くにリモコンがあって、踏んでつけちゃったんだ。


「ひじき、テレビ見てたのー?」


 覗きこむと、やっぱり。座布団の近くにリモコンがある。


「朝食とは、気が利くな、女」


 どこから声がしたかわからず、テーブルに盆を置いて見回すが、


「こっちだ、女」


 どうみてもひじきから声がする。しかも右前足を上げ、手招きしだした。


「……うそでしょ? 本当に妖怪になったの、ひじきっ!」


 感動と感激で、ひじきを抱きしめたとき、ひじきが言った。


「わしは、ルシファーだが?」

「……は?」


 感動が絶望へ変わるのに、時間はかからなかった。

 竹の暖簾が、叩かれた。

 私の体が固まる。


 継母が、来たのだ──

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第16回書き出し祭り 第2会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は10月1日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ