2-11 神機装光ジャスティセイバー
とある事件がきっかけで業界から干されてしまった元人気特撮俳優の藤原恭太郎は、ある日異世界に召喚されて救世主として怪物、カオスエッセを倒して世界を救ってくれと頼まれた。召喚した巫女、ロマーナによるとキョウタロウが元の世界で正義のヒーロージャスティセイバーとして世界を救ったのを見ていたからだという。
しかし、ロマーナが見ていたのは単なる特撮ドラマであり、恭太郎には特殊な能力など無いのに気が付かず、勘違いして召喚してしまったのだ。
酒浸りで自暴自棄となってしまっている恭太郎の、異世界での新たなる戦いが始まる。
「さあ、目覚めなさい。神機装光ジャスティセイバー」
簡素な石造りの部屋の中、白いローブに身を包んだ若い女性が目の前に横たわる男に対して丁寧に、そして懇願するように語り掛けた。胸元にはレンズ型の透明なペンダントがぶら下がっている。
女性は白金色の艶やかな長髪が特徴的で、すれ違った人間の十人の内九人は振り返るだろう整った顔立ちをしている。
すれ違った「男」ではない。「人間」だ。それほど性別を超えた美貌を備えている。
だが、美貌の持ち主と言っても、まだその顔立ちには幼さが残っており、どちらかというと保護欲をそそられるかもしれない。
彼女は大きな黒縁の眼鏡をかけており、知的な雰囲気を漂わせていた。
「さあ、目覚めなさい。神機装光ジャスティセイバー」
再度呼びかけるが返事はない。
小首をかしげて少し考え込んだ彼女は、ポンと手を打つと何事かを思いついた。
「あ。もしかして、神立光太郎と呼ばないとだめですか?」
呼び方を変えても返事はなかった。
「もしもーし。聞いてますかー? うぷっ。酒くさっ」
年相応の表情と雰囲気になって語り掛けたが、全く反応は見られない。言葉だけでは埒があかないと判断した彼女は、身を屈めて倒れている男に近寄ると、男の体を揺さぶった。そして、男の口元から漂う強烈な酒精に端正な顔をしかめる。
「うっ……うーん? 誰だお嬢ちゃん」
水を持ってきてくるか迷っていた彼女に、倒れたままの男から声が掛けられた。
「あっ気が付いたんですね。神機装光ジャスティセイバー、いえ、神立光太郎様とお呼びしましょうか。突然この世界に呼び出して申し訳ありません。私たちの世界を混沌の怪物『カオスエッセ』の魔の手からお救い下さい。申し遅れました。私はこの神殿で検閲官を務めているロマーナ=グラストールと言います」
ロマーナはジャスティセイバーと呼ばれた男に向き直り、姿勢を正すと頭を下げて願いを言った。
「はぁ? 仕事の依頼なら事務所を通して……事務所は先週辞めたんだったっけ」
ジャスティセイバーはロマーナの頼みに困惑した様子だ。
ジャスティセイバーの顔の作りは端正と言っても過言ではないものの、無精髭と酒気がそれを打ち消している。
「何を言っているんですかジャスティセイバー。あなたは愛と正義と平和の戦士でしょう? 私はそれをこの目で確認しているんです」
ロマーナはそう言うと指を壁に向け、少しの間念じると指から放たれた光によって壁に何かが映し出され、同時にどこからともなく声が聞こえてきた。その間、ロマーナの全身は仄かな光を放ち髪が揺らめいている。
≪な、何故お前は戦うのだ? 我々がさらったのは何の価値も無いただのガキなのだぞ? この前のイビルサッカー様との戦いの傷が癒えていない筈なのに、何故ここに来たのだ?。≫
≪お前たちには分かるまい! 罪なき子ども達を助けるのに、損得など関係ない。それが正義というものだ! 覚悟しろ! 神・機・転身! ジャスティセイバー!≫
壁に投影された映像の中では狼狽している様子の蜘蛛に似た怪人に対し、一人の若い男が啖呵を切っている。彼は酔っ払いとよく似ているが、こちらは無精髭もなく酔ってもいないため、精悍、快活、といった印象を与える好青年である。
そして右手を高く掲げると、その手首の金色の腕輪から光が放たれ、次の瞬間若者の代わりに鎧とパワードスーツをミックスしたような装備に身を包んだ戦士が姿を現していた。
「どうです? あなたの過去の戦いを魔法で見せてもらっていたんですよ」
「……魔法? マジかよ。でも確かに何のトリックもなさそうだけど……」
ジャスティセイバーはロマーナがやってのけた「魔法」に対し、少しの間呆然としていた。だが、すぐに気を取り直してロマーナが映し出した映像に言及した。
「えっとその動画は、確か第一シーズンの第十九話『急行せよジャスティセイバー! 幼稚園バスSOS!』の回だっけか?」
「第十九話? ああ、あなたの世界でも聖戦は聖典にまとめられているんですね?」
「聖典? 妙な事を言うね」
あまりにも話が噛み合わない。
「あの。あなたは、超魔帝国を倒して世界を救ったジャスティセイバーですよね?」
「ああそうだよ。ジャスティセイバー神立光太郎……の俳優、藤原恭太郎だよ。君、ファンの人……とは違いそうだね」
「は……俳優?」
ロマーナは自分がとてつもない勘違いをしていたのに気付き、その場に卒倒した。
「どうした? もう召喚の儀は済んだのであろう。入らせて貰うぞ」
外から声がするやいなや初老の男性が入って来た。その後ろには鎧で身を固めた男達、仕立ての良いローブを身に纏った男達がそれぞれ列を成している。
「おお! よく来てくれた。ジャスティセイバーよ。余はこの国の王、ジャスティバン八世である。突然この世界に呼び立ててすまないが、是非この世界を救ってほしいのだ」
「……」
「む? どうやらお疲れのようだな。無理もない。超魔帝国との決戦は余も検閲官の魔法で見させてもらった。あれほどの激戦、しかも友のユスティカイザーを失ったのだから当然であろう」
「陛下……」
卒倒していたロマーナが起き上がり、恐る恐る声を発した。
「何だ? 検閲官よ。いくら余の娘とはいえ後にせよ」
ロマーナの声を遮り国王はなおもジャスティセイバーとの会話を続けようとする。
「あの。言いにくいんですが。俺、じゃなくて私はジャスティセイバーなんですが、ただの俳優ですよ」
「なんと! では、検閲官が魔法で見せてくれたあれは、ただの芝居だというのか?」
「ええ。そうです。ぼんやり聞いてましたけど、この世界を襲う怪物、確かカオスエッセでしたっけ? それを倒す力はありませんよ」
「何という事だ……」
恭太郎の発言内容に落胆し、国王は天を仰いだ。
「ええい! だから余は光の巨人の方を召喚せよと申したのだ! さすれば必ずやカオスエッセを光の巨人が退治してくれただろうに。神殿に魔力が溜まり次第そういたせ!」
「魔力が溜まるまでの間、我ら騎士団一同必ずや持ちこたえて御覧に入れます!」
「いやしかし、光の巨人は星の海に帰ってしまったのでは?」
「いや、地上に住まう光の巨人もいると、検閲官殿の魔法で判明しているぞ」
広間に集まった臣下達が同意やら疑問やら、様々な意見を述べる。どうやらロマーナの魔法で他の番組も見ていたらしい。
「あのー。すみませんが、光の巨人も芝居ですよ?」
「なんと!」
「天は我らを見放したか!」
「いやいや、まだ希望は残っておりますぞ」
恭太郎の回答に絶望の言葉を吐く群臣達を鼓舞するように、一人の男が声を上げた。
声の主は鎧の男達の中で最も国王の近くに立っており、恭太郎は彼が武官の中で最も地位が高いのだろうと判断した。
金髪碧眼で涼やかな顔立ちをしており、いかにも年頃の娘に受けそうだ。
「確かキョウタロウ殿の住まう異世界にはチームで戦う戦士もいたはず。彼らなら必ずや世界を救ってくれましょう」
「おお!」
「流石、ギャラガ騎士団長! すっかりそのことを忘れておりましたぞ!」
「流石騎士団最強にして随一の知恵者ですな」
「あ、それもお話ですよ」
「もう駄目だー! お終いだ!」
騎士団長の提案で希望を取り戻しかけた群臣達は、恭太郎の言葉で再度絶望に叩き落された。この光景を見た恭太郎は「愉快な連中だな」などと思ってしまった。
そして、群臣の中の一人が恐る恐る恭太郎に尋ねた。
「も、もしかして、二つの車輪を持つ乗り物に乗った戦士も?」
「それもですね」
「では、どの戦士なら世界を救ってくれるのだ!」
希望を叩き潰され続けてきた国王が焦れたように聞いた。
「申し上げにくいんですけど、私のいた世界に怪物と戦えるようなヒーローなんていませんよ」
「何という事だ……」
広間が沈黙に支配された。ただ一人恭太郎は、この世界の住人とは別の事を考えていた。
「あのー。私はいつ元の世界に帰れるんですか?」
「そのことなんですけど……」
恭太郎のもっともな心配事に対し、ロマーナは申し訳なさそうにしている。
「元の世界に戻す魔法はないのです」
「えっ? 戻せない? それなのに呼び出したの?」
つい口調が非難するようなものになってしまっている。
「だって、自分で戻れると思ったから……」
「なにゆえに?」
「ジャスティソードに神機粒子を限界まで込めて亜空間から帰還していたから、自分で帰れるだろうと思っていたんです」
確かにそのような設定であった。
もちろん、作り話である。
「自力で帰還可能というのが、今回の召喚対象の選定で重要な要素だったんですよ。まさか、こんなことになるとは思いませんでしたが」
「そりゃあそうでしょうね」
落ち込んだ様子のロマーナに対して、恭太郎の口調はどこか他人事のように淡々としていた。
「ま、済んだことだし別にいいですよ。生活を保証してくれれば」
「その位なら別に……あ、ちょっと待ってください! 陛下。提案があります」
恭太郎の提案に少し考え込んだ様子のロマーナであったが、何か思いついたらしく国王に向き直った。
「国宝の神器ジャスティメイルをこの方に託してみては?」
「ジャスティメイルを? しかしあれは……検閲官が言うのではあれば止むを得まい。試してみるが良い」
国王は不安そうな顔をして恭太郎の方を見た。それは、神聖な国宝を異邦人に触らせる事に対する反発だとか、そういうものとは思えない性質の表情である。
恭太郎は嫌な予感に包まれたのだった。