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どうしたらベレンガリアと仲良くなれるのだろう?
リーシェみたいに常に笑ってみるとか?
ルオーは浴室の鏡の前でにっこりと笑ってみせた。口角をあげて、目尻を下げて、首まで傾げてみせたりして。
けれどすぐに真顔に戻して、ふん、と鼻を鳴らした。
「気持ち悪い」
こんなの、僕じゃない。
強面である自覚はある。いや、強面というより愛想がないのだ。承和色の髪は性格を表すかのように真っ直ぐで癖がなく、眉毛も唇も真っ直ぐ。一重の瞼の下には黒に近い紺青の瞳が小さく嵌っていて、単に眺めているだけなのに睨んでいると誤解されることも少なくない。
背も高く、体も鍛えているから威圧感を与えないようにせめて口調だけはと砕けたものにしているけれど、どうもベレンガリアには効果がないらしい。
食事もベッドも一緒。
けれど、距離は離れたまま。
休日にどこか旅行にでも誘おうか。いや、いきなり旅行は緊張させてしまうか。ここは観劇や音楽鑑賞にでも誘って──いやいや地獄耳なのに騒がしいところに誘ってどうする。耳が痛くなるだけではないか。
ならば、どこか静かな所──。
「ルオー様。そろそろ出勤のお時間でございます」
執事のヴィクターに促され、隊服を羽織る。
黒の上下に黒のブーツ。黒の手袋。暑苦しくて仕方がないが、袖を通すとなかなか身が引き締まる思いにさせてくれる。
玄関には既にベレンガリアが待っていてくれた。
鮮やかなグリーンのワンピースだ。
あーーーー可愛い。
可憐。美しい。いつ見ても、ベレンガリアは綺麗だ。
今すぐ駆け出して抱き締めてしまいたいほど。
「今日も定時に戻るよ」
「承知しました」
「じゃあ──あ。」
行こうとして足を止めると、ベレンガリアの眉が動いた。
「どこに行きたい?」
と、ルオー。ややあってから、ベレンガリアが問い返してくる。
「はい?」
唐突に過ぎたか。
ルオーは足りなさすぎた言葉を補足した。
「休日にどこかに行こうよ。静かなところ。海なんてどう?」
船に乗って沖合に出れば、少しはベレンガリアに聞こえる雑音も減るのではないだろうか。聞こえてくるのは、きっと心地よい波と風の音だけになる。
ベレンガリアも、それなら、と言わんばかりに表情をぱっと明るくした──のに、すぐに暗い顔になって伏せてしまった。
「ご多忙の中での、ルオー様のせっかくの貴重なお休みですから、ゆっくり身体を休めてください」
断られた。
僕とは出掛けたくないってこと?
リーシェとなら夜遅くまでずっと散歩するのに?
へぇーーーーー????
ふぅーーーーん????
「あ、そ」
ルオーは踵を返して外に出た。
◇◆◇◆◇◆
閉ざされた玄関扉の前で、ベレンガリアは動けずにいた。きっとすぐにリーシェが来るのに、もう立ち去っているルオーの背中を記憶の中で追っている。
行きたいと、言いたかった。
まだ海には出たことがない。
陸からうんと離れれば、この耳元でがなり立てる騒音から逃げられるのかもしれない。ルオーと、ふたりで純粋に休日を楽しめるのかもしれない。
──気持ち悪い。
けれど、ベレンガリアは確かに先ほど地獄耳で聞こえてしまったのだ。ルオーが間違いなく『気持ち悪い』と言った。
体調が悪いのかもしれない。
やはり昨日の暑さで体調を崩したのかも。
今にも吐きそうだったりして?
けれど副隊長である責務のために出勤なさろうとしている。それを制止できるほど、ベレンガリアは騎士団についての知識がなかった。彼が休んだら、部隊が回らないのかもしれないと思うと、蚊帳の外にいる自分が口を出すのはあまりにもおこがましい。
だから、せめて休日は自分自身のために使って欲しかった。
普段は仕事を終えたあとでも護衛のためにプライベートもなくベレンガリアを護ってくれている。そのうえ休日まで搾取するのはどうしても出来なかった。
本当なら、ふたりで過ごしたいのに。
「ベレンガリア様」
振り向くと執事のヴィクターが苦笑していた。その苦笑の意味はわからずに、ベレンガリアは言う。
「ルオー様は疲れているのかもしれません。今夜はリーシェと食事を済ませてくるので、ルオー様は早めにお休みになられるようお伝え下さい」
「え、ルオー様が、疲れてらっしゃる?」
はて、と顎を摘むヴィクターを置いて玄関を開けた。リーシェの足音が聞こえたのだ。
案の定、手を振るリーシェに昨夜のことを怒ってやろうと足早に向かう。
心はルオーと海を眺めていた。