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 リーシェは自分の予想に反して、ベレンガリアが働くことをルオーが承認したことを気に食わないでいた。

 あのまま喧嘩してしまえば決定的であったのに、ルオーも嗅覚が鋭いというか、勘がいいというか、運がいいというか。


 しかし、なるべくルオー自身が護衛に当たるというのは外れた。当たり前だ、護衛以外に業務がないリーシェと違って、ルオーは騎士団の仕事もこなさなくてはならない。どう考えても、日中の護衛はリーシェに回ってくる。


 その証拠に、ベレンガリアがエドウィンを訪れている今も、付き従っているのはリーシェだった。


「先日のお礼です。どうぞ、受け取ってください」


 差し出したのは何着かの洋服。どれも動きやすそうなものを選んだのは、ベレンガリアの気配りだった。どこかの頭の足らない金持ちなら、装飾品がじゃらじゃらの平民が貰っても役に立たないものを選んでいた。まあ、売れば金にはなるだろうけれど、果たしてそれは礼といえるのか。

 ならば初めから金を渡したほうが効率的である。


 ルオーから、一応エドウィンの素性について報告を受けた。

 結論、不詳。

 どこから来たのかわからない、どこで生まれたのかわからない、いつから声が出ないのかもわからない、名前が本名かも不明。


 つまり、要注意人物。


 エドウィンは洋服を受け取って会釈をした。

 表情の変化はなし。殺意もなし。


(殺しとこっかなぁ)


 リーシェはひやりとする視線をエドウィンに落としていた。そういえばベレンガリアからお礼としてなにかをプレゼントしてもらったことあったっけ?

 常に街で買ってあげ、買ってもらうを繰り返していたから互いにプレゼントをあげるという行為をしたことがなかったはずだった。

 なんで自分よりも先にこの男がベレンガリアからプレゼントされてるんだ?

 そんな苛立ちと、ベレンガリアを傷付けようとする可能性が少なからずゼロでないならば、先手を打ってしまっても構わないだろうという考えがリーシェを極端な選択肢へと傾かせつつあった。


(どうせ死んだって、誰にもなんとも思われないだろうしぃー?)


 どこで殺そうか、いつ殺そうか、どうやって殺そうか。

 ベレンガリアをルオーに引き継いだあと、この施設に戻ってきて殺せばいい。どうやって? 剣で突き刺しただけでは怪しすぎる。失踪を装って死体を隠してしまうとか?


 エドウィンがちらりとリーシェを見た。

 ベレンガリアがその視線に気づいてリーシェを紹介した。


「こちらはリーシェ。私の……えっと、友人……? です……」


 傍目からすれば貴族の令嬢なのだから、真相は平民であるとはいえ護衛といってもなんら不自然ではない。しかしベレンガリアは迷ったらしく、結局、尻すぼみになった。


「エドウィンさんはどういったお仕事をされるのです?」


 働きたい気持ちからの好奇心だったのだろう。

 あわよくば、同じ仕事をさせてくれと言いたいがための情報収集。エドウィンがベレンガリアの手を取って、掌に文字を指で書こうとしたので、リーシェはその手を払った。


 いつもより強く払った。


「……!? リーシェ──!」

「お友達に触らないでー? 俺の大切なお()()()()だからー」


 ベレンガリアが制するより先に言うと、エドウィンは叩かれた掌を見つめた。

 表情の変化はなし。

 ベレンガリアはリーシェの不機嫌さを察して、あわあわとエドウィンとリーシェを見比べる。


「ごめんなさい、リーシェは、その、いつも守ってくれるので……!」


 ベレンガリアが弁明をしようとすると、それよりも少し先にエドウィンが傍らに置いていた箒を手にとって枯葉を掃く仕草をしてみせた。

 さらに洗濯物を干す動作。椅子かテーブルを金槌で打って直す動作。屋根や壁になにかを塗って修繕する動作。


「な、なるほど、そういうお仕事をされているのですね。」


 エドウィンはうんと頷く。

 表情の変化はなし。


 気に入らない。


 リーシェはどことなく、自分と同じ匂いを感じ取った。

 顔に張り付けた偽の表情と、その裏にある本当の醜い姿。腹の中では粘着質な悪意が蠢いている。


 そんな同胞を見つけた気持ち。


「あの、どうでしょう。私も同じ仕事ができますでしょうか?」


 エドウィンは瞬きをした。

 意図がわからないといった沈黙だった。

 ベレンガリアが続けた。


「例えば屋根や壁の修繕はエドウィンさんにお願いして、私は掃除や洗濯を担うのはいかがです……? あの、お給金を横取りしたいわけではないのです。なにか、仕事をしたくて……そうボランティア! いわばボランティアのような感じで……そうすればエドウィンさんの力をもっと他に活かせますし……!」


 必死だな、とリーシェは思った。

 この子は根から真面目で、なにか働いていないと焦ってしまうタイプなのだ。お金さえあればいつまでも遊んでいられる貴族とは真逆の性格をしている。


(別に俺と一緒にいれば楽しませてあげるのに)


 リーシェはまた不機嫌になって、腕組みをした。

 その空気を察してベレンガリアが顔色をうかがってくる。ちらりと一瞥して目をそらすと、あからさまに慌てている。


(あぁー……かわいいー……)


 俺の機嫌をとろうと頑張っちゃって。

 そんなふうに必死になられると、リーシェも悪い気はしない。

 エドウィンがまた身振り手振りをした。

 どうやら管理者に承認を得なければ無理だと言っているようだ。


「それは大丈夫です! 既にご了承をいただいておりまして、無償なら働いてくれるのは大歓迎ということでした! ただ、いきなり私が現れてもエドウィンさんが不愉快になるかと思って、こうしてご相談に!」


 そのとおり。気の利くルオーは既に施設と話をつけていた。


(無理しちゃって)


 エドウィンは瞬き2回分の沈黙のあとで、頷いた。了承の意味だろう。ベレンガリアが歓喜して胸の前で小さく拍手した。


「ありがとうございます! 早速、明日から参りますので、ご指導をお願いします!」


 こくん、とエドウィン。

 ほれ終わったとばかりに、リーシェはベレンガリアの手を引いて踵を返した。首だけで振り返ると、エドウィンは既に掃き掃除を再開している。我々にはなんの未練もないみたいだ。


 気に入らない。

 奴はどこか壊れている。間違いなく。


「リーシェ! 挨拶もなしに、失礼じゃない!」

「んー?」

「またそうやってごまかして!」

「怒らないでよー」


(ころしておこう)


 久しぶりに殺意が湧いた。

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