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「そういう経緯で倒れちゃったのかー。もー、びっくりするんだから辞めてよねー」
馬車ではなく、リーシェの馬にベレンガリアも同乗した。前にベレンガリア、後ろに手綱を握るリーシェが鞍に跨る。馬が歩くと穏やかな風が吹いて、火照った肌を冷ましていく。聞き慣れたリーシェの鼓動が近くにあるのも、ベレンガリアを落ち着かせた。
孤児院から離れていく。
喧騒もやはり離れていった。
「リーシェは? どうして駆け付けてくれたの?」
「連絡があったんだよーん。ルオー様から、ベレンガリア様が体調不良だってー」
なるほど。
ということは、馬車の周囲を警護していた騎士達はルオーにベレンガリアが倒れた報告はしたけども、ルオーはベレンガリアのもとに駆け付けることを選ばず、任務を優先したということか。
当然のことだった。
ベレンガリアの護衛も、騎士としての仕事も、ルオーにとってはどちらも正当なもの。
(元々は騎士なのだから。)
そう言い聞かせるくせに、選択肢を与えられたルオーに選ばれなかった事実が、僅かにベレンガリアの気持ちに影を落とす。
考えを違うほうへ向けた。
「それにしても、どうしてルオー様は任務に私を連れて行ってくださったのかな」
今までこんなことはなかった。騎士としての仕事があるときには必ずリーシェに自分を任せていたはずなのに。
(あのこと、だろうか)
あんなふうにルオーの言葉を聞き取れなくなって、泣きじゃくってしまったから心配させたのだろうか。ベレンガリアはふと嘆息ついて、自分という価値を自問する。
ただ遠くの音が聞こえるだけ。
ただ犯罪者の声を聞いただけ。
他は全くの凡人で、ルオーとリーシェの時間を食いつぶすばかり。
「ねえ、リーシェ」
「んー?」
背中のリーシェを振り返ることなく、呟いた。
それには少しの勇気が必要だった。
「働いてみたいの。どう思う?」
少しの間があってから、リーシェが応えた。
「俺とふたりでどこかで暮らすためにー?」
「そうじゃなくて、なにか、護られる以外に行動したくて」
「ふーん? 絶対にルオー様が許さないと思うけどー」
「……そう、だよね」
俯いてしまう。
護衛なのだから、自分の行く先にルオーも行かなければならない。その手間を考えれば、やはりルオーの反対は当然だった。
「でも、俺だったらいつでも一緒に行ってあげるよ」
こてん、とベレンガリアの肩にリーシェが額を置いた。驚いてリーシェを見やると、柔らかな髪が頬をくすぐった。リーシェの香りがした。
「俺ね、暇なの。ベレンガリア様と一緒にいないときは、ずっとひとり。なにをするわけでもない。てきとーにご飯食べて、てきとーに寝て、てきとーに洗濯して、てきとーに寝るだけ。呼ばれるのを待ってるだけ。ずっとひとりぼっち。
お揃いだね」
ベレンガリアの目が愕然としたのは、どうしてなのだろう。
自分を孤独だと揶揄されたことに憤慨したのか、リーシェの孤独を自分のせいだと感じたのか、リーシェも孤独に傷付いていると思ったのか。
全部だろうとリーシェはわかった。
わかってしまったからこそ、面白くてにやけてしまう。
(あー、楽しい。ベレンガリア様、とっても可愛くて、楽しい。)
俺達はお互いひとりぼっち。
ひとり同士がくっついたら、ふたりぼっち。
ふたりなら、退屈なんてしない。きっと毎日が楽しい。
「ご……ごめんね、リーシェ? いつも、私のせいで」
(やっぱり。)
リーシェはにやついた顔を見られないように、猫が主にそうするみたいにベレンガリアの頬に頬を擦り寄せた。
「いいんだよ。そんなこと気にしないで。俺が毎日護衛をしてあげるから、ルオー様に進言してごらんよ。働いてみたいって」
「……そう? 毎日なんて贅沢は望まないの。一日おきに、例えば1週間に3日とか、そんな程度で──」
「いいから。毎日行きたいって言ってよ。リーシェが来てくれるからって、ルオー様に言ってごらん」
そんなことを言われたら、彼はどんな顔をするんだろう。
リーシェはくつくつと腹を揺らして笑った。もしかしたら、隠していても何らかの音でベレンガリアはリーシェが笑っていることに気付いているのかもしれない。けれど、純粋無垢なベレンガリアには、その理由までは悟れないと知っていた。
「う、うん。言ってみる」
喧嘩すればいいのになぁ。
めちゃくちゃになるくらい、でかい喧嘩を。




