16
目覚める前から音が沸き上がってくる。
駆け寄ってくるというような生易しいものではなく、それは猛烈な衝撃に近かった。だからベレンガリアは、はっと息を呑むようにして瞼を開けた。
大きな音の渦の中心で瞳をごろごろと動かして現状を把握する。
そこは庭だった。
地面には柔らかな緑地が広がっていて、大木による木陰が風を心地よくしてくれている。
ベレンガリアは横たわっているようだった。
騒がしい。
耳は相変わらず騒がしさで震えているが、ふと見ると傍らには先程の青年が腰を下ろしていた。横にバケツを携えて、濡らした布をベレンガリアの額に乗せてくれていたらしい。
さっと起き上がると、まだ目眩の残穢があった。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
ルオーを探してしまう。ルオーの音がしないからわかりきっているのに、もしかして──と期待してしまう自分と、迷惑をかけずに済んだという安堵が混ざり合っていた。
「あなたは、ここに住んでいるんですか?」
こくり、と青年。
バケツの水に布をぽちゃんと浸して、布が沈んでいくのを静かに眺めている横顔は痩せている。孤児院の支援金が少ないというのは本当らしい。この歳の男性が肥えるほどの食材は用意できないようだ。
背後にある孤児院からは判別が難しいほど音が響いていて、その中にゆっくりと歩くいくつもの足音がある。それらがルオーなのだろう。
(ここで働けないかしら)
いつもルオーかリーシェに守られて、足を引っ張るだけの存在にはうんざりだった。働き、誰かの役に立ちたい。
周囲にいる騎士達は、ベレンガリアがどうやらルオーの関係者らしいけれどどこの誰だがわからないし、持ち場から離れられないし、仕方なく青年に世話をさせているというような小さな会話をしている。
そんなお荷物な自分に辟易してしまう。
「助けてくださってありがとうございました。わたしは、ベレンガリアといいます。お名前はなんとおっしゃるんですか?」
青年はそっとベレンガリアの手を持ち、掌に指で文字をなぞった。
かさついていて、冷たく、細く、長い指だった。
「エドウィンというんですか?」
こくり、と青年。
彼は笑わないけれど、纏ったその静かな雰囲気はベレンガリアにとって心地よかった。
「なにか御礼の品を持ってきます」
洋服がいいだろうか。
着ている服は所々ほつれ、修繕に修繕を重ねている。そのうえ、長い脚には合わない丈だった。
エドウィンはそんなものはいらないと首と手を振っているが、ベレンガリアは聞かなかった。
立ち上がると、座ったままのエドウィンはベレンガリアの手を弱く引いた。まだ座ってろとでも言いたげな視線だった。
「お気遣いありがとうございます。けど、大丈夫です。お迎えがきたようです」
エドウィンは不思議そうに眉をひそめた。
それから少しして、馬の足音が孤児院の中にまで入ってきた。リーシェが飛び込んできたのだ。ふたりの目前で止まった馬からリーシェが飛び降りる。
肩で息をしていた。珍しく、焦ったようだった。
「行きましょう」
礼儀正しくリーシェに言い、エドウィンに別れのお辞儀をする。エドウィンはそんなふたりを見つめて、ぺこりと頭を下げた。
馬を引くリーシェとベレンガリアは歩き出す。
「どういうことなのか説明してー」
「もちろん。リーシェもね」
ベレンガリアはどうしてリーシェが来たのか、わからなかった。




