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 その夜、ルオーは初めてベレンガリアを抱き締めたまま眠った。

 眠ったまま、まだ喉を引くつかせるベレンガリアは眠りが浅いからなのか、時折、目を覚ましてルオーの腕から逃れようと身を捩るけれど、逃すまいとルオーはしっかりと力を込めた。

 そうすると、ベレンガリアはどうやら諦めたようだった。


 リーシェを護衛から外さないと。

 そうでないと、リーシェにベレンガリアを取られてしまう。いや、既にベレンガリアの心はリーシェにあるのかもしれない。ならば、邪魔なのは自分なのだから、ふたりを自由にさせたほうがいい。どちらにせよ、ベレンガリアの気持ちを確かめなければならない。


 自分の声が届かないとすると、どうやってベレンガリアの意思を確認するか。


 そこが問題だ。


 けれど、リーシェと共に生きて行くと言われたら──。


 自分はきっと受け入れるだろう。受け入れたあとで、壊れてしまうだろう。ベレンガリアが幸せならそれでいいと言えるほど、自分の器は広くない。悪行を成した罪人を虫とも思わず数多の殺戮に走るか、廃人になるか。

 とにかく、ふたりで生きていたいのだ。


 しかしベレンガリアを檻に閉じ込めておくことも、またできない。



 文字はどうだろう。

 声が届かなくても、文字なら?


 ルオーは思い至ってすぐに行動した。ガラスペンにインクをつけ、思いの丈を紙の隅から隅まで書き記す。婚約したのは本心から愛していること、これからもずっと傍にいてほしいこと、それでもベレンガリアの意思を尊重したいこと、どんな音でも聞こえてしまう君でも変わらずに好きであることをとにかく伝えた。


「ルオー様……?」


 ふと呼ばれて振り向くと、月光のせいなのか、体調のせいなのか、青白い顔のベレンガリアがベッドの上で体を起こしたところだった。まだ具合が悪いらしい。ルオーは慌ててベッドの縁に腰掛け、書いている途中の紙を見せた。


「起こしてごめんよ。これが僕のベレンガリアへの気持ちだ」


 伏せがちなベレンガリアの表情は美しくも乱れた髪によって隠され、折れてしまいそうなほど細い指先で紙を受け取り、半分ほどしか開いていない眼で紙を眺める。指が紙の表面をざらりと撫でた。

 月の光が、ぼんやりと手紙を夜闇に浮かび上がらせる。心許ないが、充分に文字を認識できる明るさだった。



「そうですか……。これが、ルオー様のお気持ち……」


 ベレンガリアの肩ががっくりと落ちた。

 嬉々としていたルオーは眉を下げて紙とベレンガリアを見比べる。こんなに愛してくれていたんですねと、歓喜してくれるかもしれないと期待していたのだ。なのに、真逆の反応に戸惑ってしまう。それとも、いささか愛が重すぎたか。


「ベル? どうかした? 迷惑だった? どの部分?」

「部分……?」

「うん。どこ?」

「部分って、なんでしょうか」

「部分って、だから、この文章のなかの、どの部分が迷惑だったのかってこと」


 ベレンガリアはゆっくりとルオーを見て、また瞳を紙へと向ける。ベレンガリアは紙を持っていた手を自分の膝の上に置いた。もはや、持ち上げていられないといった脱力だった。



「ここには、なにも書かれていません」



 ベレンガリアは言って、音も立てずに涙を流した。ぽたぽたと涙が垂れて、ルオーの想いがにじんでいく。インクがじわりと揺れて、紙面を汚した。


「え? な、なにも? だって、こんなに──」


 想いが黒く敷き詰められた紙は、どうやら言葉を届けるには至らなかったらしい。今度はルオーが脱力した。

 想いが届かない。伝わらない。伝えられない。

 どうすればいいのだ。

 このままでは、ベレンガリアが離れていってしまう。


「ごめんなさい、ごめんなさいルオー様、私、どこか悪くなってしまったのかもしれません。医者を、医者を呼んでください。きっと気が触れてしまったんです」


 そういって頭を抱え込んでしまうベレンガリアを急いで抱き締めた。違う。そんなふうに、(とど)めを刺したかったんじゃない。打ちひしがれてしまうほど、傷付けたかったわけじゃない。


「違うよ、違う。ごめんね。僕が、これなら伝わるかもしれないって焦っただけなんだ、ごめんね、ごめんね」

「ごめんなさい、ルオー様、ごめんなさい」

「いいんだよ、耳を押さえてあげる」

「なにもわからない、どうしてこうなったのか……」

「いいんだ、ゆっくり眠って。ベルが目を覚ますまで、手を離さないよ。安心して」


 ルオーはベレンガリアの頬を挟み込むようにして耳を塞いでやった。ルオーの掌とベレンガリアの頬の間に、ベレンガリアの双貌から流れた涙が滲む。ぬらつく掌を離すまいと、そのまま枕に体を横たえさせた。


 眠って。


 そう祈りながら。

 ルオーも、混乱しながら。

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