両想いと別れ
この一か月の間、クオンはずっと私に会いに来てくれた。
どうやらクオンも寂しいらしく、ずっと私と話をしてくれた。もう私はクオンに夢中だ。クオンさえ居てくれれば普通じゃなくてもいい、と思うほどに。
普通じゃなくて不安なのは、人魚の体のことだけで、人間のクオンとの子が産めるのかわからないということだけだ。
私はそんな事を考えながらも、顔を赤らめた。そしてふと思う。そろそろクオンの来る時間だと。
「ティリス入ってもいい?」
いつも通りの時間帯にクオンは私の部屋にやって来た。
「いいよ!」
私は敬語を使わずに返事をする。もうこの一か月でクオンとため口で話すくらい仲良くなったものだ。
「おはようクオン! 今日も来てくれたんだ」
「おはよう! まあ最近は暇だし、ティリスと話すの楽しいからね」
クオンと話していると、どうしても顔が赤くなってしまう。ドキドキする。そして、とても幸せだ。
「ねぇ、クオンは私から離れないでくれる?」
私の言葉にクオンは驚いたような顔を見せたが、すぐに返事をした。
「うん、逆に俺で良ければいつでもそばにいるよ」
その言葉は、私の生まれてきた人生の中で一番嬉しい言葉になった。
「じゃあ約束ずっと一緒にいてね」
「ああ、俺は君から離れないよ」
ああ、幸せだ。と私は思った。
もう私は、普通に嫉妬しない、何故ならありのままの私をクオンは認めてくれるからだ。
それからもいつも通りに楽しく話す。しかし今日はいつもと違かった。
急にドアが開き、ノックもせずに誰か入ってきた。
「よう! ティリス、久しぶりだな」
そこには貴族風の茶髪の青年がいた。この国の宗教である聖教会の大司教の一人息子、ロックだ。
私の気分は一気に下がった。
そして、ロックは私と一緒にいるクオンを見つけると話しを始めた。
「そこの奴隷は誰なんだ?」
ロックがクオンの事を侮蔑の表情で見る。こいつは差別ばかりする男だ。とりあえず私はクオンの事を紹介する事にした。
「こちらは私の友人のクオンです」
「ふん、何故奴隷などを連れているんだ?しかも加護無しの無能じゃないか」
馬鹿にしたようにそう言った。
「ロック様、奴隷などと蔑まないでください。クオンは私の大事な人です」
「大事な人だと? 貴様は俺が飼ってやると言ってるんだ! 他の男に興味を持つな!」
ロックは私に言い寄ってくるゴミ男の一人だ。
しかも、こいつの言動のせいでクオンが不思議そうな顔をしている。早く弁解をしなければと私は口を開く。
「いえ、私は貴方のペットにも妾にもなりません」
クオンは明らかに怒った表情をするが、クオンの今の身分は奴隷で、貴族に文句を言うと不敬罪で処刑されてしまうので口を挟めない。
「その奴隷の方が俺よりいいというのか?」
「当たり前じゃないですか」
私が当然のように即答すると、ロックは錯乱したように取り乱した。
「あり得ないだろ、俺は大司教の嫡男にして、たった3年で希少級魔法師になって冒険者ランクもC級の男だぞ!」
希少級魔法師と冒険者ランクC級とは一般的に一流と言われるレベルなのでロックくらいの歳なら凄いことなのだろう。しかし、私はそんなことは気にしてはいない。世間一般的に認められているからどうだと言うのだ……
「そんなことは関係ありません、クオンは貴方と違って私のことを人として見てくれているのです」
私の言葉を聞くと、ロックは覚束ない足取りのまま、ドアへ向かう。
「覚えてろよ! 絶対に後悔させてやる」
ロックはそういうと部屋を出て行った。
クオンに迷惑をかけたので謝ることにした。
「ごめんなさい。迷惑かけてしまって」
「いいんだよ、別に気にしてないから」
「ロック様は私のことを妾にしたいらしく、ずっと言い寄って来ているんです。無理だとはお伝えしているのですが」
「ティリスは美人だから仕方ないよ」
美人だと言われて私は頭が沸騰しそうだった。でもそれならクオンもイケメンだろう。
「ありがとうございます、クオンもカッコいいですよ」
「お世辞でも嬉しいよ」
クオンはお世辞だと思っているが、それは違う。これは私の本心だ。
「お世辞じゃありません」
そう言って私が頬を膨らませると、クオンは面白がって笑った。
「はは、なんだよその顔、ティリスはどんな顔しても可愛いな」
またドキッと、した。
クオンは私の事をずっと褒めるから心臓が持たない。
「そんなことありません」
クオンと私はお互いに褒め合って笑い合った。
クオンさえいればいい、
しかし人生は、そううまくいくものではないものだ。
――――
それからもいつものようにクオンと一緒に話しをしていた。すると急にドアが開けられ、部屋に父である国王と衛兵数人が入ってきた。
「奴隷クオン、貴様に死刑を言い渡す」
いきなりのことに私の頭は真っ白になった。だが、私の無駄にいい頭脳は活動を始めた。
「お父様、待ってください! 何故クオンが死刑になるのですか!」
私は何故、クオンが死刑にならなければいけないのかと、怒りの感情でいっぱいだった。
「どうやら、大司教様の息子に暴言を吐いたらしいからな、地球とやらの知識はだいぶ聞くことができたので、ついでに死刑にしようということでな」
あのクソ野郎が親に泣きついたことを理解した。そして、流石にそれはおかしいと思ったのか、クオンが反論する。
「待ってください! 俺は暴言なんて吐いていませんし、それに保護を約束してくれたじゃないですか!」
クオンの言うことは正しい。事実、クオンは何もしていない。だがこの国では国王が絶対なのだ。
「ふむ、それは司教が約束したことだ、余には関係がない。それにこの国では王の言うことが絶対なのだ。私が決めたことだ、過程はどうであれ決定事項だ」
父はそういうと、クオンを捕まえろと衛兵に指示を出す。
なんとかクオンを助けなければ……私はどうなってもいいから……私はそう思い、言葉を出す。
「お父様、お願いします、私はなんでもします。どうなってもいいので死刑だけは許して下さい」
父は考える素振りを見せる。
「ふむ、いいだろう。こいつをあそこに送れ」
あそことは、多分、聖教会の所だろう。その前に少し言う事がある。
「待って、少しだけ話をさせてください」
私はクオンにに近づく。
「クオン、生きて、生きてさえいればまた会えるはずだから。短い間だったけど貴方と過ごした日々は私の人生で一番楽しかった。ありがとう」
私はクオンに心配をかけないように、泣きそうになりながらも、作り笑いをしてそう言った。
クオンも泣きそうになりながら言う。
「でも俺が生きていても、君はこれからどうなるんだよ! 君には不幸になって欲しくない」
「酷い目になんて合わないから、大丈夫。それに私はクオンが生きていればそれだけで幸せだよ」
クオンが心配してくれるが、私は大丈夫だ。
あなたが生きていてくれれば不幸じゃないよ……
「ごめん。約束守れそうにないね。そして助けてくれてありがとう……待っていてくれ! 君に絶対に会いに行くから、そしたら俺と――」「衛兵、もういいこの奴隷を連れていけ」
クオンが最後の一言を言い切ろうとしたところで、父は言葉を遮った。
そしてクオンは衛兵にどこかに連れていかれた。すると父が、部屋で呆然として何も考えられない私に声をかけてくる。
「あの奴隷は生かして、王城から追放する……ただし、ここでの記憶は聖教会の力で消してもらうがな」
その言葉で私は逆に正気に戻る。こいつは何を言っているのだろうと、
「どういう事ですか?」
「その意味通り、王城での生活を全て忘れさせる。反乱の意思を持たれても面倒くさいのでな」
父の言葉を理解し、私は狂う。
この幸せな日々を理不尽に奪われた。ただクオンがいれればよかった。普通じゃないとしても、自由が無いとしても。
そして、父が言うにはクオンは私との出会いも、会話も、約束も全て忘れているのだろう。
なんで、私だけ幸せになれないの? ねぇクオンを返して、幸せな日々を返して、もう人間に嫉妬なんてしないから、全てを返して。
――その時、私は狂い壊れた。
『私の力を貸してあげようか?』
――私は禁断の力に手を出した。