人間は羨ましい
ああ、なんで私はみんなと違うんだろう
なんで、私は足がないんだろう
なんで、私は亜人として産まれたのだろう
なんで、私は親に認められないのだろう
なんで、私はみんなから嫌われるのだろう
――普通が羨ましい
私は、普通に嫉妬している
――――
私は、セイドリーテ王国の第三王女として産まれた。そして、産まれながらに普通では無かった。私の下半身には、人間にあるはずの足はなく、そこには魚の様なヒレがあった。そう、私は人間ではなく、人魚として産まれたのだ。お父様とお母様はどちらも人間なのに。
「なんで我がセイドリーテ家に人魚が産まれたのだ!」
「気持ち悪い子」
「でも、顔だけはいいな」
「そうね、人魚でさえなければ、きっと結婚相手は引く手数多だったでしょうね」
これは私が産まれた時のお父様とお母様の会話だ。私はその会話を覚えている。このことも明らかに普通の人間と比べれば特異である。だって普通ならば、赤ちゃんのうちから言葉を理解するという行為が出来るはずがない。
私は産まれてから、11年が経つ。
そして、産まれてからこの11年の間、ずっと周りから認められることはなかった。
私は言葉を誰にも教わらずに会得しただけでなく、勉強や身体の動かし方、魔術の使い方など、どんなことでも誰からも教えられずに会得することが出来た。
私は誰かに認められたかった。そのため、それらを自慢した。お兄様やお姉様がそれらが出来るようになった時、お父様やお母様が彼らを褒めていたのを覚えていたからだ。しかし、そこに私が待ち望んだ反応はなかった。両親は、私が誰からも教わらずにそれらが出来ることを不気味がったのだ。
私は落胆した。兄姉はそれらが出来れば誉められたのに。
そして、「なぜわたしだけ、何をしても、皆に認められないの?……なんで私は普通じゃないの?」と一人嘆いた。
私の心は傷ついた。唯一、心だけは普通の人間と何も変わらない、しっかりと幼い少女であった。そんなまだ感情も未熟なうちから、周りから普通じゃないと常に否定され続け、11年も生きていたらどうなる? そうだ、私は歪んでいた。この世の全てを恨んだ。そして普通を妬み。嫉妬した。
だが、そんな中でも何人かの人間は私を差別はせずに、普通に扱ってくれた。
「こんにちは、ティリス様。今日は何をお話ししましょうか?」
この人はバン・シュナイダー侯爵で、私の世話係で、私を人魚だからと差別しない数少ない人間だ。
「こんにちは、バン様。では純白の魔女の話をして下さい」
私がそう言うと、バンはニコリと笑った。
「ティリス様はその話が好きですね」
「はい! 亜人も人間もみんな幸せに生きられる世界を作るために奮闘する純白の魔女はとても素敵です」
「私も同感でございます。ですが世間一般的にはそうでもないのです」
純白の魔女の物語は、世間一般的には悪の物語とされている。亜人を庇っていた悪い魔女を討伐するという話だ。
だが、ティリスにとってその話は希望の物語であった。亜人が差別されない理想的な世界を作るという純白の魔女が。
「皆が純白の魔女やバン様のような考えを持っていたら私は普通になれたのですか?」
ティリスが暗い表情をしながら、バンに問う。
「……ティリス様は元々普通の子どもですよ、ちゃんと優しい心を持っています。少しだけ、皆よりも才能があって、少しだけ、普通の人間とは違うだけです」
「では、私は何故、皆に認められないのですか?」
ティリスは静かに涙を流しながら問う。その姿はまるで泡のように消えてしまいそうなほどに儚い姿をしていた。
「皆にに認められる必要はないではないですか……ただ大事な人にだけ認められていれば充分だと私は思いますよ」
その言葉を聞いて、私は確かにその通りだと思った。ただ大事な人に認められていれば充分じゃないかと。
「では、バン様は私の事を認めているのですか?」
「もちろんでございます。ティリス様は誰よりも優しく、誰よりも聡明な方だと思っていますよ。そして将来は王国一の美女になることも知ってます」
バンがそう言うと、ティリスはクスッと笑った。
「そんな事を言っていると、奥様に怒られますよ?」
「ハハ、違いないですね。ティリス様は王国で一番美しいですが、うちの嫁が世界で一番美しいですからね」
バンはそう言って惚気話を始める。私は恋愛の話は案外好きだった。
だが私を口説いてくる貴族の男たちは皆、私の美しさと人魚という物珍しさに釣られているだけであった。
実際、男たちの口説き文句は、「俺の妾になれ」だの「俺のペットになれ」と言った言葉ばかりで、誰も私を正妻にしようなどとは考えていない。私が亜人だからだろう。
「恋というものが羨ましいです」
「おや、ティリス様も恋をしたいのですか?」
私は頬を少し赤らめつつ頷いた。
「でも、私には無理です。きっと亜人が恋愛など不可能なのでしょう」
「大丈夫です! 私がいい人を紹介してあげましょう! 彼はきっと貴方を認めてくれるでしょう」
「本当ですか?」
私が問うと、バンは頷く。
「もちろんです! では早速連れて来ますよ!」
「あ、待ってください! まだ少し不安です」
私の言葉を聞かずにバンは部屋を出て行ってしまった。
「バン様は人の話を聞きませんね……でも恋愛か……少しだけ不安だけど、楽しみかもしれない」
私は小さく呟いて、頬を赤くした。
この物語は、偽りの英雄~彼女に振られて異世界転生~のヒロイン目線の話です。よかったら本編も読んでみてください。 https://ncode.syosetu.com/n7600ha/