八話目 体育祭の放送委員は暴走する
今週もう一回、日曜日に投稿することを目標にしています。
「さて、この世界に来て九日目から始まった模擬戦だが、今日、この日! 十二日目!!
訓練が休みの日に限って最高潮の盛り上がりを見せていた!」
名前は覚えていないが、みんなから少し離れた場所で楽しそうにマイクに見立てた木の棒を持った男子生徒が叫ぶ。
「誰が言い出したか『ドキ! 魔法ナシのトーナメント!! ポロリもあるよ』なるトーナメント式の腕自慢大会!
ついに始まってしまいましたねぇ……申し遅れました、ワタクシ、噺田 朗歌が実況を……」
「私、熊宮幸が解説を行います」
「いやー熊宮さん、アナタが解説の席に着くと聞いて驚きましたよ。てっきりエントリーするものとばかり……」
「私もそのつもりだったんだけどな……止められてしまって……」
「おや、熊宮さんが止められる理由はなんとなくわかりますが、一体誰に?」
「みんなに……」
少ししょぼんとした熊宮さんを慰める掛け合いが実況席では行われている。
さて、このトーナメント戦について軽く説明しよう。
誰が始めようと言ったかは今となってはわからないが、発端は実力自慢大会の話が持ち上がってきたところからだ。
最初は男子数名で行う予定だったらしいがどんどん周囲を巻き込み始め、気づけば任意参加であるもののほとんどのクラスメイトが参加する大規模大会になってしまった。
優勝者は教官とのエキシビジョンマッチの権利だ。
……あの教官、本当に洗脳されているのかわからないくらい楽しそうに景品として名乗り出てきたからな。
元々の性格がああだったのかもしれない。
とまあ、そんなこんなで俺ももちろん参加表明を出している。
こんな楽しそうなイベント逃す訳には行かないだろう。
それに、参加すればある程度人との会話の機会も増える。
学校では陰キャを気取っていた……陰キャを気取るってなんだ……? まあいいや、陰キャの中の陰キャ、全力で目立たない行動をしていたおかげかほぼ認知されていなかったが、別に会話ができないわけじゃない。
現に、初瀬さんと上月さんや香道さんとかとよく話す仲だからな。オンラインゲームの中だけのネット弁慶じゃないのだ。
断じて違うのである。
と、準決勝の相手を前面から転ばせて片足で踏みつけ勝ってしまった。
「がぁっ……くっクソ……こんなところで終わるのか、妹は……故郷に残してきた妹はどうなるん、ボヘェ! ……き、貴様には情も誇りもないのか!」
踏み潰した名も知らぬクラスメイトさんが全力の演技を始めたので踏んずけた足に体重をかけた。
「はっ……情だ誇りだぁ? 敗者が語れるモンじゃぁねぇな、若造。ものの道理ってぇヤツを知らねぇからこうなる……こういうのをなぁ自業自得ってんだ」
「……む、無念……」
気分はわかるし俺も何度かそういうのやったことあるからこそ、見てる側は無慈悲にトドメを刺す悪役をやってみたくなっちゃうのです。
即興だからか完成度が低かったし、この体であのセリフを言うならもっと凄みがいるな……自己評価は30点くらいか……もっとロールプレイ極めないと。
盛り上がる会場、見渡すと初瀬さんが全力で手を振っていた。多分あの人はここにビデオカメラがあったのなら迷わず回している。
運動会じゃねぇんだぞ、と思わなくもないが気にしないでおこう。
とりあえずピースサインだけ送っておいた。
ちなみに準決勝の片側のもう一つは上月さんと香道さんである。
同時に行われているのだが、すぐ隣の円で戦っているようで、たまにそっちから熱い人間ドラマが聞こえてきたり風の余波が飛んできた。
多分あの風はSRT1010で剣をぶん回した結果だと思う。くそがよォ……剛腕がよぉ……俺のギフトと大違いじゃねぇかクソ……。
「決まってしまいました!! 誰もが香道の勝利を願った準決勝……しかし上月が勝ってしまった!
……浦谷VS上月……すでに結果が見えている気もしますが熊宮さん、この勝負どう思われますか?」
「どう思われますか……なんとも範囲が広いのが気になるが、そうだなぁ……昨日上月が浦谷に負けたことなら……あの負け方だ、学びはするだろう。油断も少なくなってそしてあの能力値の差だ。ついでに浦谷はもしかしたら……昨日勝ったことで油断しているかもしれない」
「ではこの勝負……わからないということですか!」
「うーん……と、思いたいんだがなぁ。たまに浦谷のやつ、見覚えがある戦い方するんだよ」
そうこうして始まった決勝戦、昨日の今日であの不意打ちに対策をしたとは思いたくないがしている前提でやってしまおう。
上月さんは昨日とは違って後手に回るようで、油断なくこちらを見据えて剣を構えている。
どう手を出すべきか。
向こうからやってこない以上カウンターは無理、致命と判断される攻撃が勝敗の基準だからとっとと首に短剣を引っつけてしまうか。
そこで周囲に観客がいることを思い出し……そして思いつく。
そうだ、変則的なことをやって遊んでみよう。
そう思った俺は、あえて昨日のように倒れ込むように前進する。
身構えた上月さんを見て、俺は。
「あだっ……」
「……えっ?」
顔面から転んでみせた。
そして右足で地面を蹴って左に転がりながら起き上がり上月さんがいるであろう場所を切って……。
「……!?」
手応えがない。
そこには既に彼はいなかった。
「はははっやっぱり、考えた通りだ。浦谷がどんな行動をとっても後ろに下がろうって考えてなかったらもう負けてたよ」
策なしなら転んだ時点で油断して斬りかかってたね、そう言いながらも彼は起き上がった瞬間の俺を横凪の剣で狙ってきていた。
ふぁ──まっずい! クソみたいに自業自得ですねぇコレ!!
誰だよ観客の前だからエンターテイメントポンコツ悠羽ちゃん混ぜてやろうとか舐め腐ったこと考えたヤツはよぉ!
「……っ!」
前かがみに倒れるように回避して短剣を持っていない左手で地面を押して跳ねるように起き上がりながら上月さんの首へ突き上げる。
だが既に回避することを考えていたのか、フルスイングの遠心力を利用してそのまま後ろへ下がっていた。
ひゃーさすがDEX110……器用すぎるぜオイッ!
だけどその回避はもう知っている。
突き上げのまま振り下ろしながら進み、胸を斬るような軌道を描かせる。
やったかっ!?
パシンッと軽快な音が響く。
勢いのあるものを掴むような音、上月さんが俺の短剣を持った右腕を掴む音。
動きを読んでいたのか。
とにかくSTR1010でガッチリと掴まれた腕は離せそうにない。
「浦谷……お前がやられたくないことを考えたんだ。そしたら案外簡単に出てきたよ……筋力の差だ。取っ組み合いとか長期戦をお前は避けたくてたまらなかった違うか?」
オウ……完璧に理解していらっしゃる。
実際そんなに余裕なかったしね。
そんな時にふざけてかかったアホは俺ですね、この俺のおちゃらけた思考ですねぇ!
本当にクソ、この脳味噌だれか取っ替えてくれないかな。
クソクソ、どうすれば勝てる?
負けるのはヤダ、こんな情けない負け方ゴメンである。
これ負けたら首括る、今誓った、多分誓いは破られる。
勝ち筋を考えて、考えて、息を吸って。
「ええ、その通りですよ」
俺は……笑った。
「いや……その通りでした」
「……?」
「……フンッ!」
俺は掛け声とともに掴まれていない空いた拳を、俺の右腕を掴む上月さんの左手に突いた。
ただの突きではない。
相手の骨を狙った一撃、力を手首の側面に集中させることだけを考えたこの状態からの最高火力で殴りつける。
「がっ……ぁ?」
硬い骨より、肉があるところの方が案外防御力が高いものだ。だって筋肉があるからね、衝撃が和らぐのだ。
だからこそ、骨を狙った俺の攻撃はよく上月さんに染みたようで何より。
激痛からか俺の腕を離した上月さんを前に、さらに一歩踏み出す。
そして痛む場所をもう片方の手で抑え、もはや剣を持っていないフラついた彼は不安定で、いとも容易く転ばせられる。
「うわっ……!」
そして短剣を首に突きつけた。
その瞬間、俺は息を吐き出す。
すると、いつの間にか聞こえなくなっていたクラスメイト達の声が聞こえるようになってきた。
治癒魔法係が上月さん目掛けて走ってくる。
「………………決まった、勝敗が決まりました! 浦谷、浦谷悠羽の勝利です!!
途中、敗北の色が見えましたが……見事、逆転しましたね……」
「…………。ああ、そうだな……予想通り油断しきって魅せるような……煽りみたいな行動を取ろうとしていたみたいだ」
「なんと、煽ろうとして負けかけるとはなんとも格好悪い……その後負けそうだから本気出すとはそれで本当に胸を張れるのか浦谷選手、いや、張れるはずがない。だって張る胸がないのだから!」
実況席がうるさいが、俺の心は女ではないので貧乳に関して突っ込みも言及も処罰もない。
男としての俺は胸のサイズはどれも素晴らしいと思っていたものだから優劣、貴賤はないのである。
ホントだよ?
「さてこれからヒーローインタビュー……をする予定だったのですが……生憎、その暇はなさそうです!
なんと教官……隊長殿が、先程の浦谷の本気を見て興奮したのか今にも斬りかかりそうな状態で震えています! マズイ人物な目をしてますよ……瞳孔ガン開きで浦谷を凝視しています」
教官の方を見て見ると、しっかり目が合った。
瞳孔が本当に開きかかって、口元が吊り上がった様子の彼はウズウズしていた。
洗脳の影など今この瞬間は無に等しい。
ひぇ……なんだあの狂人は。
とても俺たちに教育を施す側の人間に見えない。
だけどこの人、普段は教えるの滅茶苦茶上手なんだぜ?
あの戦闘狂の目を見ているとここで俺が戦わなきゃ相当欲求不満が続いてしまうだろうなと確信する。
放っておいたら他の人に被害が出かねない、そんな考えがよぎってしまう。
クソッ……何が優勝者の景品だよ、完全に荒御魂を鎮める生贄になる義務と遜色ないじゃないか。
ただの白羽の矢だ。
いや、遜色ないも何も、まるまるそのままか。
荒御魂を鎮める覚悟を決めた俺は、手をクイクイと曲げてかかってこいという仕草をした。
──絶望的な戦いが今、始まる!
Q.これだけ?
A.これだけ。
Q.終わり?
A.終わり。
Q.教官との激闘は?
A.無い。