七話目 努力しても追いつけないそれが天才
更新ペースをあげたいなとぼんやり思った結果のいつもの半分くらいの文字数投稿。
振り下ろされた剣を、右の短刀の刃を傾けて受け流して即座に右肩から倒れるように動いた。
そのまま相手の右横を通るように地面を蹴って駆け抜ける。
先程受け流しに使った短刀を、体の動きにあわせて振り下げた。
「……っ!」
通り抜けざまに脇腹を斬られた相手は狼狽して、状況を理解したのか両手をあげた。
それを見て、俺は付いた物を払うように短刀を鞘に収める。
「一本、ですね!」
俺は相手──上月さんに振り向いて宣言した。
見ると、上月さんはしきりに脇腹を気にしているが傷はない。
そりゃそうだろう、模擬戦用に刃を潰した得物を使っているのだから。
「いつの間に斬ったんだ? なんで俺、倒れてないの……どういうコト?」
「いや、斬ってませんよ?」
「……ホントに、斬ってない?」
「自分の視覚と事前情報を信用してくださいよ……刃を潰していて力も入れていなくて撫でただけ、軽鎧の隙間を狙ったといえど仮に刃があっても皮一、二枚程度の力しかこめてませんよ」
「えぇ……その剣いっぱいいっぱいに脇腹を斬られる錯覚が……」
「斬ってませんって! いいですか、上月さん貴方は幻覚なんて見ていません、その曇りない眼を信用してあげてください!」
その後も何かがおかしいように首を傾げる上月さんを見ていると、こっちまでやり過ぎたかなと思うようになってくる。
やり過ぎたかなと思うということは、つまり俺が何かやったのだ。
さて、今の状況を説明しよう。
といっても、この間から模擬戦が行われるようになったというだけだが。
そこで俺はゲームのPSを今のこの体に慣らす最後の仕上げを始めた。
その仕上げの最後の最後、試し斬りの餌食に選ばれたのが上月さんだったというわけだ。
PSのみでSTR1010、DEX110に軽く対抗できるかというお遊びである。それを言ったらきっと拗ねられてしまうので誰にも話していない俺だけの秘密でもある。
……つーかSTR値、グラボみたいな数字してんな。
上月さんは妙な錯覚を覚えたようだが、殺気なんてそんなスピリチュアルなものではない。
もっと単純なこと。
お遊びの内容は簡単、不意打ちだ。
多分あてられた剣の感覚だけが残ったから妙な錯覚を起こしてるんだと思う……たぶん。
そんなことかと聞かれたらそんな事じゃないもんと必死に不意打ちの利点を説くぞ。
不意打ちのどこが重要かって、それは俺の幼女の肉体にある。
幼女の肉体の何が利点かっていわれると色々と出てくる。
小柄とか、声が高いとか、身を潜めやすいとか、etc……その沢山ある利点の中で今回活用するのがコレ!
その名も『幼さ』である!
幼い子供、それだけで生き物は油断するのだ。
考えても見てほしい、貴方はモヒカンの盗賊だったとしよう。
いつものように街道で馬車をヒャッハーと襲っていると、なんと馬車の荷台には十かそこらの子供がいるではないか、それも上玉だ!
嬉しい、貴方はとても喜んだ。
幼い上玉だ、売るところに売ればそういう趣味の人間にそれなりに高い値で買ってもらえるだろう。更には商品価値を下げるかもしれないが味見をすることもできるのだ。
歓喜に包まれた貴方と仲間たち、そんな状況でその子供が簡素なナイフを持っていて誰が警戒するだろうか。
もしその子供が腕利きの暗殺者だったとしても気づけまい。
そういうことである。
そこに俺のロールプレイで怯え声と涙目などの怯える仕草を追加すればほら完璧、盗賊さんは絶対有利だと思い込んで油断しきってくれるのだ。
あとは煮るなり焼くなり好きにすればいい。
それこそ先程上月さんに仕掛けたような受け流しから攻撃の行動までを繋げて予備動作を隠した一撃とか、いっそ転ぶフリをしてナイフを突き刺していいのだ。
もちろん、これが役立てない状況もある、その時はその時、別の不意打ちを使えば楽に狩りができるという寸法だ。
どうしてそんな技術を習得していたのかって。
……聞かないでください、あの時はゲームで調子にのっていたんです。
こう……厨二病の最盛期といいましょうか。
とまあ、そんなこんなで思ったよりあっさり勝利をもぎ取ってしまった。
クックックッ、まだ素人には負けんよ……。
それに荒いとはいえ下地があるからか、他人より俺の『短剣』スキルのレベルアップ速度は早い。
頼らないようにパッシブ効果をオフにしてはいるが、それほどに俺の技量は上なのだ。
……いつ追い抜かされるかわからないんですけどね。
というか既に一人。
俺以外に……俺以上に、異常に強い人が一人いるんですけどね。
チラッとその人の方を見るとすぐに視線に気づいたのかその人もこっちを見て手を振ってくる。
俺も手を振り返してみると「今度、模擬戦しようよ!」と地獄のお誘いがあった。
見ると周囲には、この世界に来てギフトを得て少し調子にノリだした人達が、心を折られたようにしゃがみこんでいた。
バキボキに人の心を折ってなお、楽しげに手加減した正拳突きを繰り出すその少女の正体は熊宮さんである。
『武の愛し子』というスキルを保有している熊宮さんだが、どうもその強さはギフト由来ではないようだ。
俺のお耳が捉えた噂達によると、地球では剛柔を極めた向かうところ敵無しの喧嘩屋だったとか、鉄パイプ持った複数人の不良相手に素手で無双したとか、武器自由男女混合の裏世界の競技場を無傷で優勝したとか。
困るのは、どれが本物でも納得出来てしまう強さというやつを兼ね備えていることをしっかり理解出来てしまうからだ。
たまに、フルダイブVRのランカーに名を連ねることもあった俺は、模擬戦が始まった……一昨日だっただろうか、まっさきに相手になりまっさきに出鼻を挫かれた。
とうの熊宮さんは。
「惜しかったな……その戦法、体の運び、私に通じないってわかってただろう、でもそれをするしかなかった……だって今の手札の唯一の勝算だから。惜しい、惜しいよ、君が私と戦う時に最適だと思う肉体であったのなら、君の舞台だったならわからなかっただろう」
とか何とか。
肉体の意味が容姿ではなくこの容姿である程度の筋力があればという意味だと悟ってしまい、更に落ち込んだ。
だってその時ちょうど、この体でも大人並みの筋力があればあと少しは耐えられたとか思ってたのだもの。ちなみに負けること前提である。
それを見抜かれた挙句に、人の得意がコレではないことすら見抜かれてしまった。
物の見事な完敗である。
いつか追い抜かしてやる……と心に決めているが、俺も強くなるということは彼女も強くなる。それも鍛え方が上手い分もっと早く強くなっていく。
武術だけでは絶対に追いつけないだろう。
だが、魔法から他人、敵までなにもかもを併せた合戦のような白兵戦は彼女の舞台ではないのだ。俺の好きな戦いへ、相手の舞台から逃げて戦ったら戦う前から負けな気がしてならない。
そういうものなのである。
◇
「……悠羽! 悠羽!」
「どうしたんですか初瀬さん、何かありましたか? って血、指、指に怪我ぁ……っ!?」
夕飯前、模擬戦を終えて風呂へ一人で入って出てきた俺は珍しく見えない浴槽の乱入者の姿に困惑していたが、部屋に戻るとそれはもう何かあったのだと言わずとも告げてくる満面の笑み、瞳を輝かせた彼女がいたものだから何事かと驚いてしまった。
その驚愕につられて、初瀬さんの人差し指から垂れる血潮にも反応してしまう。
珍しく付いてこない同居人が、帰ったら部屋で指から血を流しながら笑顔で出迎えてくれたのだ。驚きもするし慌てるし妙な癖に目覚めたのではと心配になる。
「ど、どどどどうしたんですか!? 初瀬さん、まずは深呼吸、おち、落ち着いてゆっくり……」
「悠羽こそ、深呼吸」
「すーっ……はー……」
「落ち着いた? 血も……ほら、すぐ塞がる」
そう言って魔法で傷を治した初瀬さんにツッコミを入れられ見事正気を取り戻した。
兎にも角にも、初瀬さんのお話を聞く前に部屋に入ってしまおう。
部屋に入ると初瀬さんのベッド脇の机に見慣れない紙があることに気づいた。
「あれは?」
そう指を指して聞いてみると。
「羊皮紙、私が言いたいのはそれに描かれているモノ」
と返ってきた。
ふーん、羊皮紙、羊皮紙ねぇ……。
地球でよく見る紙と比べるとどこか違うように見える……気がする。というか俺が地下図書館から借りパクしたままの分厚い本──中身は辞書じゃなくて神話だった──と同じ紙を使っているように見える……と思う。
正直知らん、見分けをつけられるような人間……猫ではないのだ。
人生で一度でもいいから「違いがわかる」ってカッコつけてみたい。
なんにしても、紙に描かれたモノが本題らしい。
そう思って紙を手に取ってみた。
円、赤い円だ。
小さく描かれた円それだけがある何の変哲もない紙……強いていえばこの赤の塗料はどこから来たのかが気になるくらいだろうか。
何せ、机に筆記具は羽根ペンしかないのだから。
「……これ、見覚えあるでしょ」
「見覚え? 赤い丸……赤い丸に見覚えなんて……」
「本当に、ない?」
「えぇ……そんなに言うなら俺も見ているはずなんですよね?」
「うん、絶対に見てる」
「うーん……? あっあー……『火魔法』の」
「そう、『火魔法Lv.1』のトーチの魔法陣」
「それをわざわざ紙に描いて……まさか、それに魔力を流すだけで火が出たり!?」
ありえるかもしれないと、もしありえるのなら魔法の幅が大きく広がると詰め寄ると、ふふんっと胸を張った初瀬さんが得意げな顔をした。
「そのまさか、すごいでしょ?」
「ええ、本当にすごいですよ! ……これで初瀬さんの魔法の幅が広まりますよ!」
本当にすごい、地面に魔法陣を描いて魔法が使えないだけで諦めた俺とは大違い、初瀬さんは諦めずに魔法が使える魔法陣をスキル以外で描いてしまったのだ。
この世界にもしかしたらスキルの魔法を研究する学者がいるかもしれない。初瀬さんが見つけたコレが既に周知の事実なのかもしれない、しかし忘れてはならないことがある。
初瀬さんは自力で見つけたのだ、この世界に来てたったの十一日で。
すごいに決まっている。
「実は、まだある」
「他にも何かあるんですか!?」
「うん……んっ」
頷いた初瀬さんは魔法で治したばかりの人差し指の先っぽを噛みちぎった。
ブチッ……と音がして、溢れた血液を『土魔法』で作った皿に零した。
点と点が繋がる答え合わせのような感覚……なんとなく、察してしまった。
「……? 初瀬さん? あの、もしかして、あの円の赤も怪我の原因も……」
「うん……そう」
「は、初瀬さん? ……いくら染料がないからといっても、それは最終手段っていうヤツでは」
「既に最終手段、最後の切り札を切ったら成功した」
「ちなみに第二第三の手段は……」
「インク、水、炭」
「失敗した要因とか……これっぽいなーって思ったこと、ありますか?」
うーんと悩みながら初瀬さんは指を治して羽根ペンを取った。
羽根ペンの先っぽを血に浸して持ち上げる。
そして筆の迷いなく羽根ペンは動き、血で描かれた『火魔法』の魔法陣に記号を追加していく。
正直、自傷は止めさせたいが、俺も同じことを思いついたら迷わずやるだろうから止められない。
「……抵抗? 流す力を上げれば魔法を使えないことはない感じ……身近にある液体で一番血が魔力を通しやすかった」
「へぇ……黒いインクで無理やり魔法を使ったらどうなるんですかね……後で試してみますか」
「……わからない、それになんで魔法陣に魔力を通したら魔法が使えるのかもわからない」
「調べるなり検証するなりなんなりが必要ですね……」
「できた」
出来上がった魔法陣を俺に見せてくる。
それは血で赤く、円の中に円環するように四滴の水玉が廻る記号が描かれていた。
「……これ、『水魔法Lv.2』の魔法陣でしたっけ?」
「うん、本来は青い、けど今回は赤い」
「……えぇ、正常に起動するんですか? 相克とかいって失敗and爆発したりしません?」
「──うん、正解」
部屋にポンッと軽快な音が鳴り、熱風が吹いた。
初瀬さんの持つ羊皮紙が音の発生源のようで、紙に描かれた魔法陣からしゅぅ……と湯気のようなものが消えていくのが見えた。
「えーっと?」
「多分、赤で水を作ろうとした代償。どっちの魔法陣も弱かったから、小さな爆発に温かい水蒸気が混ざってたと、思う……。調整して、強くすれば水蒸気爆発もお湯沸かしポットも、夢じゃない」
「え、えぇ……」
「悠羽、最初の……紙に書かれた火の魔法陣を見た時から、地雷にできるとか考えてた?」
こっちの方が威力がある、と言った初瀬さんは私の大発見終わり、と締めくくって羊皮紙を片付け始めた。
苦笑いしかできない。
なんとなく初瀬さんが『魔力増強』とか『〇〇魔法』みたいな直接的に強化するギフトではなく、魔法から一歩引いた『知覚拡張』を貰った理由がわかってしまった気がした。
きっと、初瀬彩奈という人物は、オカルトの薄い現代の地球に産まれながら魔法の才能を持っていたのだ。
だからこそ、間接的に初瀬さんに足りていない魔法に関する知識を与えるために『知覚拡張Lv.1』で魔力視を持たせたのだ。
なぜそんなやり方をするのか、それはそちらの方が成長の見込みがあるから。そんな気がしてならない。
じゃあ、レベル2以降はなんだろうか、霊能力? 別の力を見る目? それとも……。
熊宮さんが武術の天才なら初瀬さんは魔法の天才なのかもしれない。
そんな相対する二人がこのクラスにいたのが偶然か、それとも二人がたまたま居たクラスを召喚したのが偶然なのか。
それとも必然なのか。
ステータスを作った存在は、どうやら相当に楽しそうなヤツだなと思った。




