六話 魔王から逃げられないのは本当のコト
短くて投稿早い方が読みやすいのかなと考えてみたり(考えただけ)
「うおー! まーさかお城の地下に隠し空間があるとは思わなんだ!」
わーい地下図書館の床を調べたら一部が開いてハシゴが現れるとは思わなかったぞー!
あまりにあるあるな隠し扉に今まで気づけていなかった事実に落ち込んだ俺はテンションを全力で空回りさせて心を保護していた。
『火魔法』を覚えたテンションのままであるというのも否定しないが。
「ここは一体全体なんの空間なんだー? たのしみだにゃーあははー」
ちなみに時刻は地球時間の午前二時頃、その時間まで仮眠をとって初瀬さんを誤魔化した俺はまた悪い子になっていた。
不良なのである。
悪い子だからハシゴは迷わず降りきってやったぜ。
まあなんだ、日が地平線から顔を出す前に戻ればなんとかなる、地下だから見えないけど。
こんな早くから起きて朝ごはん後の文字講習会は集中できるのかと少し不安だけどまあどうにかなる。気合いだー気合いでどうにかするのだー!
「ひゃっはー!」
狂ってる。
自覚しているが歯車が弾け飛びそうなほどテンション爆アゲだ。
指先に灯した少し大きめの火が石で作られた壁や天井や床を照らすその様はなんとも不気味なものだが、怯えのおの字がないほどテンションを狂わせている。
「頭のネジがいっぽーん、ネジがにほーん、さんほーん、よんほん! ごほん、ろっぽんななほんはっぽん……きゅうほん、あれ一本足りない! みたいなかんじー……! えへへっ!」
傍から見ればやべーやつだと自覚しているが、致し方ないのである。
その調子で石畳の床をスキップで進んでいるとひとつ扉が見えてきた。少し頑丈そうな鉄扉だが、所々にサビが見える。
「……鍵は必要かな? ピッキングすべき? しちゃう? ピッキング無双始まっちゃう?
……チッ開いてんじゃねーかクソー」
まず初めに鉄扉のドアノブに手をかけて押しても引いてもスライドさせても開かないものだから鍵穴を探し回り、周囲のギミックでレバー式の線まで考えたあたりで鉄扉をもう一度強く押してみると開いてしまった。
つまりただ扉が重かっただけである。鉄扉って重いから罪だよね。
俺が国のトップになったら鉄扉を廃してるかもしれないくらい鉄扉にムカついた俺は、一回扉を閉めてヤクザキックをかまして扉を開けようとした。
開かなかった。
普通に痛かった。
そりゃ鉄扉だから硬いわけだ。ドアノブをひねっていない状態でヤクザキックしても意味があるはずがない。意味あるならそれは鉄をぶち破れる蹴りか、相当弱い扉に対してだけである。
「今日のところは見逃してやるよバカ鉄扉!」
鉄扉へのヘイトがだんだん溜まってきたが、貴重な時間をこいつで潰すのはもったいないので見逃してあげることにした。
いやー優しいわー寛大だわー。
ドアノブをひねって体重をかけて力いっぱい押すと扉は開いた。
ギィ……と鳴って開いた扉の先はやはり暗い石造りの廊下だ。
しかし今までとは違うことがひとつ。
廊下の左右には鉄格子があった。
一目でわかる、牢屋だ。
「城の地下の牢、随分古いしこんな場所だからもう使われてないのかな? ……怪談の臭いがプンプンしま……えっ」
その牢屋には人がいた。
こんな場所に人がいた。
金髪の少女だ、生きている。
着ているのか纏っているのかわからないボロ布からわかる限りは痩せている様子もなく、誰かが食事を運んできているのだろうか。
そして何より。
その瞳は俺を見てドン引きしていた。
暗いのにこればかりはすぐわかった。
こんな場所に閉じ込められてもなお、助けを求めるより俺にドン引きする理由は簡単。
「あのー……俺の奇行見ていらした?」
「……ついでにその扉、結構音を通すんですよ。ですので……『お城の地下に隠し空間があるとは』からずっと……」
「あっ……ウソ、ほぼ全部? …………殺してください」
死にたい。
「……えぇ……ころ、殺?」
初対面の人に処刑してくれと頼まれた少女はこいつと関わりたくねぇといった顔をしている。
そらそうだ、立場が逆だったら俺でも関わりたくないもん。多分返事も返してないわ。
「あの、この国の極刑はそう起こらないものでして。放火とかでもないと……」
「……なんか、すいません」
「いえ、大丈夫……ですよ?」
「あぅ……そう、ですか」
「だ、大丈夫ですよ! きっと扉にあたる人の一人や二人探せばいますって、ね?」
「無理やり慰めなくていいんですよ……? 俺の頭がおかしかっただけですし……」
言葉が止んだ。
薄暗い空間に沈黙が訪れる。
気まずい。
とても気まずい。
穴があったら入りたいし、なんならそのまま生き埋めにして欲しい。
過去の俺を殺したい。
「あの……あー、えっと。じ、自己紹介しませんか? ほら、ね?」
「いいんですよ? 気まずい空気を変えるために話題そらそうとしたけど初対面だから話すことがなかったしできることが自己紹介くらいって言っちゃっても。
それに、ここ出たら俺、首括りますのでそんな人間にわざわざ名乗らなくても『気まずいから去れ、死ね』って言ってくれても」
「お、おおお落ち込まないでください……悪化……事態が悪くなるばかり……」
「あはははは……短い間でしたがありがとうございます……ここで死なれたら迷惑ですよね? 死期を悟った猫らしく、人目につかないところで……」
「待って、待ってください。この私、デア王国王女ルピナシア=ファイバルが命じます。貴方は自殺してはなりません、というか我らが聖典、第四典アバルデンの葉には自殺は酷く重い罪だと書かれていますよ?」
「知りませんよ……異世界からやってきた人間にそんなの説かれて……も?
いや、まて今なんて……王女……?」
「……異世界? まさか、また呼び出したというの!?」
情報が、情報の津波がすごい。
整理だ、まず整えよう、そうしないとこの口が何言い出すかわからねぇ。
まず牢の中にいる金髪の少女はこのデア王国の王女サマ、つまりプリンセスで王の娘で、俺この人にどんな態度とってた? 打首獄門されても文句言えないかもしれない。もしかして鞭打ち? それとも晒し首? 俺ここで果てるの?
ついでに異世界に反応してまた呼び出したとはなんだまたとは。このお方が記憶にあるほど最近異世界召喚が行われてたりするのかな。やだよ面倒な案件また現れたよ。自ら触れに行ってるとはいえ地盤の緩んだ土地みたいにコロコロ隠したものが剥がれていくとこっちが下敷きになりそうだ。
ああ、クソ、それにしても囚われの王女か、どんな態度を取るべきだ。
今は別に悪人ロールプレイ中でもない、従者でも騎士でも、姫を助けに参った王子様でもない。
一番あたりさわりのない、スタンダードな行動は?
俺はとりあえず跪いた。
「卿がそのような高貴なお方とは知らずにとんだ御無礼を」
「い、いきなり頭を下げられましても……頭をあげてください。先程は止めるために名乗りましたが、私は今ここに幽閉されている身、身分などないも同然です……」
「あっああっ!平民である私より先に名乗らせてしまい申し訳ございません!」
わからねぇ。
この世界の礼儀どころか王族に対してどんな態度を取ればいいんだっけ。
しまった、なかなかゲーム中でも謁見など機会がないから記憶から抜け落ちてしまったぞ。
どうすればいい、一人称は? それに名乗ってもいいのか? どういう対応が最適だ。
くそ、何もわからない。
というか今、俺サラッと相手の言葉を遮って謝らなかった?
斬首じゃね?
俺死ぬ?
やっぱり死ぬのかな。
「いや、いいんですよ。異世界から来た方なのでしょう? 知らないのは当然で……あ、ああ、あの、お名前は?」
「私は浦谷悠羽と申します」
「え、えーと……ここは危険ですよ? どうしていらしたのですか?」
「王城を見学している際、たまたま……」
「ここ、隠し空間の地下のさらに隠し空間ですよ?」
「……えーとその……」
ああ、なんでこの時間に起きているのかとか聞きたい、聞けない! こんなに無礼を働いて聞けるわけがない。
「と、とにかく落ち着いてください。そんなに騒いでたら、もしかしたら私を幽閉したあの人が来ちゃいます!」
「……その、ここに閉じ込めた人というのは」
「黒髪の男です。……こう、眼鏡をかけていて」
「あの、胡散臭そうな?」
「ええ、胡散臭そうで腹黒そうな黒髪眼鏡男です……見かけたことがおありですか?」
「ええ、いや……まあ、その人かはわかりませんがいかにも黒幕然とした人には」
「……その人であっているかはわかりませんが、彼の名はタイキ=ヤフキ……あなたの元の世界の呼び方だとヤフキタイキですかね……前回の被召喚者の一人にして、数日でみんなを洗脳してしまった極悪人です」
◇
謎が増えていく……。
なんだよーなんでそんな面倒なことになってくるのさ。
あのメガネくんだよね、俺に夜間の王城見学許可を出した暫定黒幕メガネくん。
極悪人、極悪人だってよ?
じゃあもう黒幕確定メガネくんじゃん。
あの王女様にそう言わしめるお人がなんで俺に王城探索の権利をくれるんだよ。
なんの罠?
だんだんと俺、誘導されてないかな。実は既に洗脳されてて自発的だと思った行動全部誘導されてたとか。
ありえるから怖い。
そうやって自分の心を疑わさせて精神を殺すっていう手段説もある。遠回しなことをする意味がわからないがなんでもありである。
相手が何をできるのかがわからない、それが一番恐ろしいものだ。
くわばらくわばら……。
そんなことを考えているとゆさゆさと揺らされた。
「悠羽、起きて」
最近は聞きなれた声、初瀬さんのものだ。
そう、ここは俺の寝泊まりしている部屋である。
王女様のお話を聞いて、いつかお助けしますからっと月並みのセリフを吐いた俺は部屋に戻って寝ていた。
というより、気づいたら寝ていた。
快楽を味わったらもう逃れられないんだよ、睡眠という快楽をね。
と、そんな調子で見事睡眠をキメたワケだ。
そしてそんな時の様式美といえばこの言葉だろう。
「お母さん……あと五分……」
ちなみにお母さんと言ったのは間違えではなくわざとである。
初瀬さんは俺を娘みたいに見ている節があるからな、お母さんといえばきっと甘やかして二度寝させてくれるだろうという悪魔の作戦である。
ああ、ベルフェゴールよ、怠惰の悪魔よ、惰眠を貪らせておくれ……。
「お、お母さん? ……うん、私は悠羽のお母さんだよ? だから起きて、布団剥いじゃうよ?」
……思わぬスイッチを入れてしまった。
耳元でお母さんだよーと睡眠学習という名の刷り込みをかけてくる狂人を前に、これからどう関わっていけばいいのかと頭抱えそうになってきた。
「起きない……そうだ、食堂までだっこしてけばいい」
やはり私はこの人が気狂いであると思うのだが、どう思う。
ただ、起きておきながら、なかなかない女子からのだっこという事態に寝たフリを続けようとしてしまう自分がいる。ここから先は底なし沼だ、だっこされたら戻ってこれなくなるぞと理性が囁くが本能がバブみを求めているのだ。
人間の欲望とはかくも恐ろしいものなのか。
意気揚々と布団を剥がした初瀬さんは、まず俺の首の後ろに腕を通した。
そして今度はもう片方の腕を股を通して……っておい待て、首がすわっていない赤ん坊みたいな持ち方をしようとしていないか? そのうちおしめ交換しましょうねとか言ってきそうで怖い。
首の後ろに回した腕を、よっこらせっと上へ持ち上げられていく。
そしてひょいっと腕に回した腕を放した。
「……!?」
ぐんっと重力に従って落ちていく俺の頭は、ぼふっと枕に受け止められる。
びっくりして思わず両手が前に出てしまった。
「……モロー反射?」
「違いますよ!? ……たぶん」
あまりの言い草にクワッと目を見開いて突っ込んでしまったが、だんだん自信がなくなってきて言葉尻が弱くなってしまう。
モロー反射じゃないもん、肉体は少なくとも生後10年すぎてるもん。
「やっぱり起きてた」
「げ、ハメましたね……?」
「うん、でも気になるのは、起きたままお母さんって……」
「あーあーっ!! だんだん元気いっぱいになってきたなー!」
「……」
「ほ、ほら初瀬さん! 早く行かないと朝食、遅れちゃいますよ?」
「悠羽、パジャマから着替えてない」
「…………あー俺、しっかり着替えてたんだ」
「……? 昨日の夜着替えてた」
「あ、いえいえ、なんでもないんです。……あの、初瀬さん? 着替えてる間、後ろを向いていて頂けますかね?」
「悠羽」
「はい? なんですか?」
「私は悠羽のお母さん……母が子の着替えを見るのの何が悪い」
「なんでこういう時だけ饒舌なんですかね……」
「とにかく、着替えて行こう?」
はーいわかりましたお母さん。
◇
燕尾服爺さんの文字教室!
わーいどんどんパチパチー。
そんなノリで始まったワケではないが、朝ごはん後の講習会は予定通り始まった。
そして難航を極めた。
この世界で最も信仰されていると言われるスプリミテ教なる多神教があるらしい、その圏内で多く使われる、つまり全世界でもっとも多く話者のいる言語、パガノ語という言語の文字を習うことになるのだが、まあこれがなんとも難しい。
音節文字っぽいというのはわかったが、とにかく面倒くさい。
投げ出したい。
しかし識字率が低いこの世界では文字の読み書きだけで大きなアドバンテージだ。
それにこの国は、本の国と呼ばれるだけあり世界平均より識字率は高く、この国に長くいるのならできなきゃまずいということもある。
……覚えなければ……ッ!
そう意気込んで必死に覚えること数時間、気づいたらお昼時になっていました。
昼飯までのタイムリミットが近づいてくる。
頭に叩き込まれた言語に文字を当てはめるだけを実践した数人に教えてもらう人達、自然とグループが出来上がって少人数の塾みたいになりだした。
当然のように教えてもらう組の俺は、いつの間にやら出来上がっていた五人グループの中に含まれている。
というかそのうち二人とはおそらく会話もしたことないのだが、どうしてこのような事態に。
そう思って教師側の初瀬さんと熊宮さんの様子を見ていたらだんだんと関係性がわかってきた。
教えてもらう側の俺は初瀬さんと同室、『勇者の器』を持っている上月颯希さんは初瀬さんの幼なじみ、香道相化さんは上月さんのお友達と……あれ、熊宮さんはどうしてここにいるのかわからない。
Whyと初瀬さんに聞くと、文武両道……とまでは行かないが比較的成績上位者の熊宮さんは全体的に見るとけっこう早く文字と単語を覚えたらしい。初めのうちから教える側として色々なところに回っていたがグループができてから全体を見たら一番理解の進んでいないところがココだったと。
遠回しにこの三人が一番頭悪いですって宣言されましたね。
講習会の発端になったやつが一番なにもわかっていなくてどうするのだと上月さんに言われてしまった。
全くもってそうである。
そうなのだけれども、それ以上に解せないことが。
「いやいや、待ってください。俺、上月さんと関わりないですよね? なんで知ってるんですか」
「んー? ああ、彩奈が世話話でな、その解読の話とか色々……うん、色々……」
「……色々?」
「ああ、うん。……その、苦労してるな」
「あっ……あー、そういう」
「そう、母親属性の……」
「前からああなんですか?」
「いやー違う、な。……向こうではここまでじゃなかったよ精々、ちびっ子を甘やかしたくなる程度だったな」
「そうなんですか」
「ああ、そうなんだよ。だからアイツがここまで執着する理由がわからない……なんか知らねぇ?」
「俺もサッパリなのですよ……」
「……そうか」
しゅん、と落ち込んだ様子の上月さん、どうしてしまったのだろうか。
すると、カリカリと全員に配られた黒板の板のようなものにチョークで消しては書いてと覚えようとしていた香道さんが、初瀬さんが熊宮さんとどういう教え方が一番効率がいいかの相談でよそを向いているのを確認した上で、コソコソとこう言ってきた。
「コイツな、初瀬が大好きなんだよ。だからお前に取られたみたいで不安だから振り向かせようと必死なのさ」
「ちょっ香道!? そ、そういうんじゃなくてな!」
「へぇ……へー」
上月さんが顔を赤くして必死に誤魔化し始めた。
面白いことを聞いてしまった。
「大丈夫ですよー上月さん、別に取ったりしませんから。応援してますよ? だいたい俺、いま女の子ですし、初瀬さんはノーマルですよ。なんなら今度、恋バナと称して初瀬さんの好きなタイプ聞き出して来ましょうか?」
「浦谷、お前まで!?」
俺の顔がニヨニヨと緩んでいくのがわかる。
他人が慌てるのって面白いよネ。
実に愉快。
羞恥心ゆえか、机に突っ伏した上月さんをよそに、なははっと俺と香道さんが爆笑していると声が聞こえた。
「悠羽、颯希、相化?」
「なあ、君たち……私たちが苦心して教えてやろうというのに仲良く談笑とはいいご身分だね」
ニッコリと重圧感のある笑顔で初瀬さんと熊宮さんがこちらを向いていた。
「あーえっとそのー、いい笑顔ですね?」
「コイツです上月が浦谷に話しかけたのが発端です」
「俺、俺は発端じゃないんですよ初瀬さん。全部上月さんに誘導された罠なんです」
「なっ……卑怯だぞ!?」
一切の躊躇いなく、俺の指と香道さんの指が上月さんへ向く。
1人だけ責任転嫁をしないでくれてありがとう、お陰で上月さん、お前に指を指しやすかったよ。
「悠羽、相化?」
「はっはぃ……」
「ひぇっ」
するとニコニコ笑顔の矛先が俺と香道さんのみになった。
おかしい、ヘイトを向けたのは上月さんの方なのに。
「う、浦谷。お前が大声で笑うから気づかれたじゃねぇか!」
「香道さんでしょう大爆笑してたのは、俺は外見通り慎ましやかにお口に手を当てて笑っていたんですよ?」
「嘘つけ、お前が大口開けて少年漫画の主人公みたいに笑ってたのはしっかり見たぞ?」
「でも、見えず劣らず香道さんも大声で笑ってましたよね!」
ヘドロのような泥沼合戦に罵りあいの責任転嫁、玉に石を詰めた言葉の雪合戦の開幕だ。
お互い、説教など受けたくない心が丸見えの醜い争い、煽りあい。
互いの失言を引き出すために自己犠牲を厭わない人間の汚さが浮き出てくるこの勝負の勝者は誰になるのか!
その瞬間、すぐ近くからパァン……ッ! と大音量が聞こえた。
俺も香道さんも何事だと音源を見ると、右手の平に左の突きをぶつけた熊宮さんの姿が。
「あーっと……その」
「ひっ……えーと」
さっと香道さんと交わすアイコンタクト、今日初めて会話した非常に薄い仲であれど、相手の目を見て正確に意志を疎通した。
すなわち、一人を囮に逃げるぞと。
囮とは、状況をイマイチ理解しきれていない上月さんのことだ。
ガタッと同時に椅子から立ち上がった──俺は背が低いので立ち上がるというよりは降りるだが──俺たちは、一目散に食堂の出口へ走った。
「どこに潜伏する?」
「まずは撒くことが優先です!」
そんな会話を交わして食堂から出ようというその瞬間。
──既に、魔王は立っていた。
いつの間にか出入口に移動していた人間。
熊宮幸、『武の愛し子』とかいう厨二心を擽るスキルを持った少女は、依然として微笑んだままだ。
現実は誠に非情である。
再び俺と香道さんはアイコンタクトを交わした。
そして結論を叩き出した。
「すいませんでしたぁ……っ!」
「許してくださいっ!!」
そして、阿吽の呼吸で土下座をしたのだった。
シリアスは苦手だからコメディしようとしたらなんか薄くなる現象。