№V001 いつかの風呂場
三話らへんのお話です。
気分が乗って書いたただの番外編ですので、読まなくても本編に影響はありません。
注意:主人公の言動がイケナイことになりかけています。
注意2:私は深夜テンションで風呂ネタを書きました。
率直に、ありたいていにいってしまえば、これはある世界のある大陸、そのまたある王城の大浴場で起きた可哀想な犠牲者のお話である。
可哀想な犠牲者は、10歳ほどの黒髪の少女だ。
しかし彼女には人間とは違うところがある、なんと可愛らしい黒猫の耳に尻尾が生えているのだ。
それは猫耳カチューシャなどといった贋作ではない、彼女はケット・シーという人型の種族なのだ。
そして元人間でもある、しかも男、彼女は別に確定した性別と種族を持たない不思議生命体などではなく今少女がいるこの世界に転移させられるとともに『猫獣人幼女』なるギフトを天上の存在より賜っていた。
その少女の名は浦谷悠羽という。
まあ、そんな情報は必要ない。
今必要なのは、彼女が『元男のケモ耳少女』であることだけ。
そんな少女が迎えた危機とはなにか。
哀れな被害者と成り果てた要因はなにか。
始まりに戻ろう。
これはある世界のある大陸、そのまたある王城の大浴場で起きた可哀想な犠牲者のお話である。
◆
はーーーー! 運動した後に、かいた汗をしっかり流せる。
これのなんと至福なことか。
これのなんと贅沢なことか!!
赤井さんの案にのって初瀬さんがその気になる前に全力ダッシュで大浴場へ駆け込んだ俺は大浴場の名にふさわしく大きな湯船の湯を木製のたらいで救って頭から被った。
ばしゃーっと今の小柄な身に余る水の量が全身を濡らして、汗が流れ落ちる。
シャワーはなかった。
しかし石鹸はある。
石鹸を使うためにタオルでもないかと探そうかと思ったが、良く考えれば今のこの肌は体洗い用のタオルで擦っただけで傷がつきそうだ。
そうじゃなくても絶対に痛い。
柔らかくてもちもちのすべすべお肌なのだ。
どうせタオルを取りに行くのは億劫なのだ。
この心地いい空間からしばらく出たくない。
他の人が来る前には上がるが、普段フルダイブVRにかまけた運動嫌いがまともに動いたというのだ。
人が来るまでここを占領してもバチは当たるまい。
石鹸を濡れた手にあてて擦る。
そして長い髪を洗うところから始めようと……始め……たかった。
扉の先から足音が聞こえる。
それを俺の敏感なにゃんこのお耳は、二重扉の向こう側、女風呂の脱衣所の音もしっかりはっきりと聞き取ってしまった。
完璧に、人間である。
そしてここは女湯だ、つまり脱衣所にいるのは女性しかありえない。
嗚呼あまりにも早すぎないだろうか。
俺に救いの時間はないのか。
心が男の俺としては、彼女たちがやってきたというなら譲って風呂から上がるべきなのだ。
向こうが俺がいることを良しとしたとしても、俺自身の心が耐えられない。
俺は別に煩悩を消して悟りを開いた仏さんなどではない、むしろ真逆、思春期真っ只中の男子高校生の心に今の体は幼女という免罪符まで揃ってしまっている。
今風呂から出なければすぐさま脱衣所に出てしまわねばと、今すぐ向かえばもうそこの人間は服を脱いでいるかもしれないというのに空回りした思考はすぐさまたらいに入った水で石鹸を流そうとした。
だが。
手遅れだった。
扉が開く。
そして別の意味で手遅れだったことに気づく。
お見えになられたのは薄茶の髪のお方だ。
俺の中身など知りながら、どうでもいいように堂々と隠すことなく肢体を晒して大浴場へ侵入してきた。
「悠羽……洗いに来た」
初瀬さん……初瀬彩奈さんのご登場である。
そういえば、真っ先に来るならこの人だったなーと。
小さくも大きくもない胸に、下も隠すことなくこちらへ直線に向かってくる。
一瞬、現実逃避のようなそうでないナニカの思考をした俺だが、すぐに冷静な思考を取り戻してそっぽを向いた。
同時に顔があかーく染まるのを感じる。
ぷしゅーっと蒸気が出てきそうなくらい熱い。
「はう、あ……え、はっ初瀬さん?」
「宣言通り、洗いに来た……昨日も、悠羽が着替えてるときに思ったけど、恥ずかしくて隠すなら、下だけじゃなくて上も隠した方がいい」
「……上?」
「うん、上、胸」
「む、むね?」
咄嗟に股に手をあてて隠すような動作をしていた俺だが、軽く注意を受けてしまった。
隠さなきゃいけない状況を作った原因に言われるとは、解せない。
「……悠羽はまだ成長が見られない、だけど隠すべき。だけど、私はどうせ悠羽の体洗うし、私に隠さなくていいと思う」
話しながらも俺の後ろに回ってきた初瀬さんが上から覗いた俺の胸を評価して、そういった。
まあ、かなりまな板なのは認める。
だけど俺の体を初瀬さんが洗う発言はどうかと思います。
胸部に峰がないことと、髪の色だけが、元の男の肉体との唯二の共通点である。
人型とかそういう枠組みだと色々共通点は増えてくる気もするが、深く気にしてはいけない。
とにかく、胸は異性に見られたら恥ずかしいところなのだと主張されてしまっては俺としてはどうすべきなのだろうか。
異性にしっかり見られた上でそれを言われてしまった俺は。
というか、俺の異性とは男性なのか女性なのかが全くもって不明である。
「悠羽、洗うよ?」
俺の体は少女であるから肉体的な異性は男性だが、心は男であ……っ!
「ぴゃっ!?」
突如、ぴりぴりーっと耳にむず痒さが走った。
「……どうしたの悠羽、突然驚いて」
「と、突然触らないでください……」
「私、洗うって言った……聞いてなかった? じゃあ、洗うよ?」
「えっあの、心の準備と申しますか……もう遅かったですね」
わしゃわしゃと髪を初瀬さんが泡を立てて洗う。
問答無用というやつである。
でも、意外と人に髪を洗われるというのは心地いいもので極楽である、ここが浄土か……。
これなら、嫌だ嫌だと言ってたくせに体は素直だなぁと言われても頷くしかあるまい。
心地いいんだもの、安心感が半端ないよ初瀬ママ。
「次は前髪、こっち向いて」
「うぅ……はい……」
目に石鹸が入ると痛いからとかそういう理由ではなく、とにかくアレが見えないようにぎゅっと目を瞑って初瀬さんの方を向いて座り直した。
彼女も長い髪を持つからか長髪の扱いに手馴れているようでみるみるうちに髪の毛が洗われていく。
俺もいつかこうなってしまうのか、こうなってしまう前に元の体に戻れるのか……戻りたいものである。
そうこうしているうちに髪を洗い終えた初瀬さんが、お湯が勿体ないから体と一緒に髪も流そうと言ってくる。
「ありがとうございます……」
「ん、まだ早い」
恥ずかしかったとはいえ、長めの髪を洗ってもらったのだ。俺一人でやったら相当時間がかかっただろうことが容易にわかる。それをやってもらったとあれば礼は尽くさなければと思ったが、思わぬ返答が返ってきてしまった。
はて、まだ早いとはなんのことだろう。ここにリンスはないしやり忘れていることに覚えがない。
聞いてみるのが手っ取り早いだろう。
「……何がですか?」
「まだ体、洗い終わってない」
「………………? ……から、だ?」
「うん」
「から、からだ……体? あぅ、あ、えっあの、あの……」
落ち着け。
まずは落ち着くのだ悠羽よ。呂律が回らなくなってきているぞ。
非常に俺の心臓に悪い自体になってきた。ただでさえちびっこいからか脈が早いってのに、それ以上に早鐘打ってやがる。
早死するぞこれ……。
そんな俺の緊張に気づいてか気づいていないのか、鼻歌を歌いながら俺の体に手を寄せる初瀬さん。
その手が魔の手にしか思えなくて、思わず身構える。
その手が、俺の首元に触れた。
「ひぁっ」
普段は、人に首を触れられたとしてもそう気にする事はない、くすぐられたらくすぐったいがそれは特殊な時だ。
だが今は、違う。羞恥と情欲と緊張とその他諸々で脳内が混沌としている俺は、俺の柔肌全ての感覚が最高潮なのである。
かつてないほど、肌に触れられる感覚を感じ取り脳へ伝える。
まぁ、なんだ……簡潔に、わかりやすいようにいってしまうと健全な男子高校生にやっちゃまずいやつである。
首を洗われるだけで終わるはずもない。
首が終わればどんどん下へ行く。
肩に、腕、指先まで初瀬さんの触れる感覚がしっかりと脳へ過剰伝達してくる。こういう時に活性化しなくてもいいものを。
「みゃっ……しっぽ、しっぽらけは……ご、ごかんべんを。あ、いや、『どうして?』じゃなくて、あのそこはマズイんですよ……え、いやいや怪我してませんしそんなの隠してませ……ん!? や、ひゃぅ……っ!?」
しっぽや胸を洗われた時はそれはもう大惨事である。
ちっとも仕組みはわからぬが、この肉体を得てから敏感になってしまった二大ポイントである。
よく我慢したよ俺。
少女の体なのだから、あまりないとはいえ胸がそうなのはわかるのだが、何もしっぽまでそういう部位にしなくてもいいだろうに。
俺はもうこの時点で、このギフトを作った存在は愉悦に走ってる愉快犯だと断定した。間違えない、というか今回のコトが何よりの証拠なのだ。
きっと俺が悶える様を見て今もどこかで爆笑をしていることだろう。
……許せねぇよなぁ。
そんな風に現実から目を背けた回数はもはや覚えてない。
だが、それはもうここまでのようだ。
何がもうここまでなのかって、俺が、である。
次、どこを初瀬さんが洗うと思うか。
アンサーは股である。
嗚呼、さようなら自分。
そんなところ擦って洗われたら社会的に終わってしまうよ。
なまじ死に方が社会的なものである分、今後初瀬さんの前で羞恥という生き地獄を晒す羽目になりかねん。
「ひぃ……はぁ……ひっ、は、はちゅ、しぇ……しゃん?」
「ん、どうしたの悠羽」
「い、い……っ! かぎぇ、ん……おりぇの、ひろうにぃ……きじゅいて、くれましぇん、か?」
「……そういえば」
おい、この人、マジで言ってるのか。
ここまで来たら鈍感とかそういうアレではなく、無知の域だぞ。
思わず初瀬さんの方を振り向いた俺は、初瀬さんの楽しそうな慈しむような顔を見て察した。
この人、ちびっこを洗う状況が相当嬉しかったのか、母親属性が暴走して状況が見えてねぇぞ、と。
ここまでくるとドン引きである。
「……そういえばぁ……じゃにゃくて、で、ひゅね、はひっ、ひぃ……人間には、羞恥心の他にも、ふぅ……色々……欲がありまして、ね? 何を……言いたいかというと、俺の、状態、R18寸前、なんですけど!」
「つまり?」
「……それ、言わせる気ですか? 鬼ぃ、悪鬼ぃ……保健体育で、性教育の授業くらいしますよね!?
下半身くらい、いや股くらい自分で洗いますから、ご容赦をっ!!」
大浴場じゃなくて俺の状態は大欲情だ。
成人向け待ったナシの状態にされてしまいかねない。
日頃の行いが良い俺がどうしてこんな目に遭わなければならないのか。
この際、恥も外見も捨てて言おう。
だれかたすけて。
◆
かくして、『元男のケモ耳少女』は隅々まで洗われてしまいましたとさ。
以上がコトの一部だ。
哀れな犠牲者さんが助かったか助かってないかは、結果としてその後に脚を洗われたり、タオルで体を拭かれたりとされはしたが、ギリギリ生存したとだけ伝えておこう。
余談だが、タオルの方はくすぐり地獄だったとのことだ。
しかし彼女の視点以外では果たしてこれを生存と呼べるのか、微妙なところである。
胡乱で、溶けかけた涙目を見て何も無かったのだと思う人間はそう居ないだろう。
面白く、愉快なものだ。