十二話 やきにくをくわせろ
2ヶ月近く主役の座を奪われてる主人公いるとかマ?????
陽光に揺らされていた。
俺の白い肌に日光が突き刺さる。
眩しい。
うるさい。
二度寝をキメこんでやりたかったが、寝れそうにないので嫌々ながらもまぶたを開くことにした。
朝イチで喧嘩を売ってくるとは、お日様もいい覚悟だ。もしここが夢の中なら吹き飛ばしてやるのに。
命拾いしたな。
悪運が強いやつめ。
そもそも太陽とはなんだ太陽とは、仰々しい名前をしやがって。浦谷悠羽って名前のが強そうだろその時点で負けてるんだよ。
朝日も負け犬の遠吠えと考えたらだんだん哀れに思えてきた。
太陽……かわいそ。
俺は木材の格子で組まれた正方形の中から口を手で押えてにやにやしていた。
しばらくは太陽に対する嘲笑をこらえるので精一杯だったが、気分が落ち着いてくるとだんだん奇妙なことに気付かされる。
「おや、おやおやおや。俺が一番かなぁ?」
俺を引っ捕まえて運搬途中の盗賊がまだ寝ているのだ。
こいつらは普段はなにかの職人かと聞きたくなるほど早くに起きるのだ。具体的には朝日が地平線にかかるかかからないかといった頃だ。
俺はぐっすり寝たいのに、一緒に起こされる羽目になるのだ。
「1人だけいい面で寝てるのがムカつく」だの「これから売られるやつが一番余裕ぶっこいてるのイラつく」だのと、思いやりの欠片もない理由なものだから俺は超ムカついてるのである。
それはもう俺が菅原道真公ならこいつらに雷降らしまくって梅の木で串刺しにしているくらいに。
しかしどうだ。
今日は眩しくて起きたのだ。
それが意味するのは、こいつらに起こされなかったということ。
俺はこの盗賊どもより先に起床することに成功したのだ。
どうしてやるべきだろうか、やっぱ牢屋を転がして上に乗ってみようか、それとも耳元で大声出してやろうか。
大声を出すならどんなセリフにしよう。
無難に「おはようございます」だろうか。
変化球で「朝ごはんまだですか?」とか「学校遅れちゃいますよ」とかもありかもしれない。
こういう時クラッカーとか早朝にぶっぱなすバズーカとかがあればわざわざ叫ばずに済むのだが、ないものはないので諦めるしかないだろう。
あるいは、魔法が使えれば拡声魔法とか爆発魔法とかそんな感じのやつで再現できたかもしれないが、俺にはできない。
MP上限値がゼロな俺は魔法スキルを行使する力が皆無なのだ。せっかくレベル3まで伸ばした『魔力操作』のスキルもないも同然である。
ファンタジー世界に来て、俺だけ冒頭のちょびっとしか魔法を使えないとか運営さん修正するとこはここですよ。次のアプデ予定はいつなのかとか、バグ修正の詫びは何かあるのかとか考えている。
これはソシャゲじゃなくて現実だし貰っても困るので詫び石はいらないけど、やっぱ特定個人に対する特大デバフとかいうバグが降り掛かってるんだからね。転生物でも神様のミスでトラックに跳ねられた主人公が詫びで特殊能力貰ったりしてるじゃん?
今こそ詫び能力よこすときではなかろうか。
具体的には爆音と紙吹雪を出す道具を無限に出せる力とかすごく欲しい。
昨晩、俺の前で「いい加減魔物出すぎてムカつくからしっかりした街道通ることにしたけど全然出てこなくなるなんてなー。ゆっくり食える焼肉うめー!」とか「ほら食いてぇか。ん? この肉食いてぇか? ん?」とか煽ってきやがったくそ盗賊どもの心臓を飛びあがらせてやりたい。
酒臭いし、焼肉の匂いが染み付いてやがる。
匂いにつられた魔物に食われちまえばいいのにどうしてこういう時だけ現れてくれないんですかね。
……俺が一番に起きれた理由これだな。
間違いない。
こいつら酔いつぶれてやがる。
◆
酒と寝坊と説教の三拍子がもたらした災いは時間帯という名を持っていた。
現在オルテと他二人が滞在しているのは観光地、混み出すと人が滝のように湧いて、人混みが濁流のように流れる。
そんな土地だった。
三人が起き出したのは朝と言っても少し遅い時間。
既にお日様は天に上っていて、お昼もまだ少し遠い。
混雑のグラフは、山のてっぺんだ。
水内のような人間が飛び込むのには勇気が必要な量の人間が蛆のように道路を行き来していた。
いっそそれが蛆ならふみ潰せただろう。
人混みを目視するだけでふらついた水内を見かねて、人が少なくなるであろうお昼時に行こうかと計画を立て直した。
その時点で構築できる最前の策、観光地の時間帯の穴を突いた至高の計画。
……のはずだった。
観光地の人間という生物は、昼飯のために一箇所に留まり比較的道が空くはずだった。
水内とオルテはその道に、朝との変化を感じられなかった。
アンナは半分くらいになってると主張するが、根本的に人との関わり持つことが少ないオタク系女子水内と、ド田舎の村出身のオルテには違いなどわかりはしない。
浦谷ならば「ゲーム内で人混みに慣れている」と言って容易に飛び込んでしまうのだ。しかし水内は例えゲームでもそんなところに飛び込まない。
街の中心部と周縁部に向けて流れるふたつの大きな流れが大路には形成されていて、反対の流れに乗ってしまった時の悲惨さは想像に容易く、数歩後ずさりし家屋の壁に衝突して止まった。
失敗したとは思ったが、全員一方の流れに乗っていれば、流石にはぐれることはないだろう。
そのような油断が水内とオルテにはあったのだ。
結果、アンナの“はぐれないように全員仲良く手を繋ぐ”という提案が却下される。
それが最悪とも当然とも呼べる結果を導いた。
「くっそ、ふたりはどこ行っちまったんだ?」
噴水の縁にどかりと座り込んだオルテは大きくため息をついていた。
ダメ元で道を蠢く人間を見ていても、ふたりの影は見つからない。
左右に流れる人々をじっと見ていても、わかってくるのはここがどれほど観光都市として栄えているのかということばかりだ。
「しっかし、よくまあこんな西の端に来るもんだ」
王都付近でよく見る衣装、大陸の東北側に見られる衣装、冒険者の装備、全く見なれない装束たち。
大して興味がなかったオルテも、次第にココはいったい何で栄えているのか、どんなものがあるのだろうか、疑問と好奇心が湧き出てくる。
「アンナが言ってたアレ、だけじゃねぇよな」
アレ、とは街の中心部の小山のこと。
珍しいことに、小山から伸びた四方の道と同じように四つ教会が小山を囲って建てられているのだ。
スプリミテ教は多神教、つまりあの小山には何らかの神様が祀られているのかもしれない。
それとも神格の分霊か神獣がいるのかもしれない。
「聖国の大教会にゃ空龍サマが坐すっつーしな。一目見たくて集まってきてんのかねぇ」
一度、宿に戻ってみるか。そう思いついたオルテは立ち上がった。
そうしてもう一度、オルテのように座り込む人も多い噴水の広場を見渡す。
それでもふたりがいるわけではなく、目立って目に留まるのはチラチラとオルテを見ては可愛いなと仲間内でボソボソ話してる男どもくらいだ。
キッと睨みつけても、こっち見ただとか、いいや俺を見たのだとか。
聞こえてくる声が面倒になったオルテは睨むのをやめた。
やめた、というかドン引いた。
お前らのことは見ていませんよとばかりに別の方を見る。
お次は目を逸らしたという風に思われたくなくて別の場所を見る。
若干不自然な挙動になった気がして、また別のところを見る。
それを繰り返しているうちにもうこの広場にいたくないと思えてくる。
その時、オルテの視界に路地が映った。
天啓か、幸運か。
オルテにはその道からこちらへ赤い絨毯が引かれているようにさえ思えた。
もう何も考える必要はない。
オルテに移動を躊躇わせるものはない。
彼はその可憐な髪を揺らして路地に逃げ込んだ。
◆
流れ流されてどんぶらこ。
アンナとオルテの姿を見失ったと思えば、気づいた時にはすでに流罪に処された罪人のごとくどこか知らない場所を漂流していた。
人の波は津波のように恐ろしく、火事のように暑苦しい。
人混みとは災害を差す言葉であったのだと水内は悟りを得た気分になった。
これほどに情けない悟りは他にあるまい。
中心部に行くにつれ人間の量は増えていき、時間が経つごとに昼時をすぎて人数が増えてくる。
後ろから押されて前を押し出し、人波の歯車の一部となったある時、ぽいっと列そのものから押し出される。
「うぇ……」
ズレかけたメガネを直して、吐き気をこらえる。
「……ここはどこでしょう」
人の酔いがまだ抜けないまま付近の壁に手をついて、零した独り言を拾い上げる仲間とははぐれたことを思い出して、少し寂しくなる。
自力で状況を把握しなければならないのかと少し憂鬱だ。
しかし嫌がるだけでは何物にもならない。
ただの拒絶では進展はない。
仕方がない。
覚悟を決めた水内は不機嫌そうな顔を上げた。
そこは森だった。
「…………え」
そこは森林のようで。
そこは儀式場のようで。
そこは源泉のようだ。
水内が壁だと思って手をついて休んでいたのは巨木で、俯いて見ていたのは山の大地だったらしい。
……石畳の道も、漆喰の街もどこにもありはしなかった。
「これは……」
見上げた先には巨木に隠れて湯気の上がる泉がこちらを覗き込んでいる。
周囲に木の柱と石碑が配置されて、縄が張り巡らされている。
水内の侍る巨木にも太い縄が巻きついていた。
「……聖別された儀式場?」
水内は泉から目を離すことが出来ない。
どうしても、そこに釘付けになった。
あれはハレだ。
水内の本能がそう囁く。
あれは名のない“外”などではない。
意味を持たない混沌ではない。
あれは連日を切り取って聖なるものとした“結界”なのだ。
昼を押し出した黄昏だ。
そうだ。
あそこは異界だ。
境界だ。
昏いのだ。
あれは連日が生み出した痕で、常世がかけた小便なのだ。
泉で、誰かが歌っていた。
水を掻いて、振動を溶かしていた。
羽根は願いで。
魔性は詩で。
あれは女で。
あれは籠で。
あれは穢れで、あれは血液で、これは母で、あれは果実で、あれは久遠で、あれは天空で、あれは島で。
あれは、あれは、あれは。
あれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれはあれは。
──あれは……っ!!
視界の端に黒い影。
蛇が落ちてきた。
漆喰の街。
人混みの観光都市。
そこは元通りの場所だった。
水内の正気を押し流したあの森はどこにもない。
「……ひは……っ……ひ…………白昼夢?」
いつの間にかこぼしていたその言葉を、自ら首を振って否定する。
夢にしてはやけに現実的だった。
記憶は限りなく鮮明で、若干湿った樹の肌触りさえ覚えていた。
あの湿気がまだ体にまとわりついていた。
葉の囁きが未だ耳から剥がれなかった。
冷や汗が落ちる。
呼吸が不安定で、視界も揺れていた。
鼓動がはっきりと聞こえてきた。
鬱陶しいほどに耳鳴りがする。
水内もこれがどういうことか理解している。
もしくは覚えがある。
狂気、もしくはパニック。
一時的に発症した発狂だ。
あの奇妙な世界は、一瞬にして少女の正気を削ったのだ。
「…………」
吐き気を堪えながら、目を瞑る。
意図して呼吸を整えると、いくらか楽になった。
耳に響いていた音も止み、鼓動も段々となりを潜めてくる。
「……はぁー」
大きく息を吐いたあと、吸い込み、目を開く。
石。
人。
白。
自分自身の質量が尋常な世界の座標にとどまっていることに、酷く安心感を覚えた。
「……山」
磐石な基盤を確かめて、ようやくココを見渡すとすぐ近くに街の中心がある。
前方に小山が見えたのだ。
四つの教会に囲われた小さな山が。
「呼んでませんよね……」
山と水内に奇妙な関わりが生まれた錯覚が生まれる。
嫌な視線がまとわりついて、後ずさった。
惹き付けられるような感覚はない、魅了されているような気もしない。
むしろその逆、あの山こそがこちらに寄ってきている気がしたのだ。
「……心が弱ってるのでしょうか」
とりあえず、あそこを目指してみよう。
そういう考えに至った水内は、少し危うい足取りで歩を進めた。
今度こそ波に飲まれて場所を見失わないように、もう一度あれを見ることがないように……。
◆
道を把握していただけあり、アンナは小山を囲う四つの大きな教会のひとつに辿り着いた。
そこは西に位置する場所なのだが、さすがのアンナも方角までは把握出来ていない。
大きな教会に入る人間はおらず……いいや、小山の近くに観光客は寄っていないようにすら見える。
教会に入ることはなく、壁に寄りかかってこれからを考える彼女には注意しなければならない人混みがないことは大きな救いだった。
教会の窓から少し中を覗くと、そこは地球の概念でいう礼拝堂と呼ぶべき大部屋が見えた。
どこか静謐で清廉、透き通った空間には数人の人影がある。
数人のスプリミテ教徒が長椅子に座り、司祭とおぼしき男の説教を聞いているのだ。
司祭の口元を見ていたアンナはボソボソと真似をする。
彼女の古い記憶が刺激されて、父の声を聞いた気がした。
幼い頃の記憶が詳細な一文を構築した。
「“アバルデンは空龍を伴い、黄衣の黒蜥蜴の加護と聖槍構えて邪なる神を討ち取る。”かな。……第四典アバルンデンの葉、五章十節、英雄の邪神討伐……忘れたくても離れないものだね」
読まずとも、聞かされずとも、思い起こしたくなくとも、脳裏にこびりついた記憶は呼び起こされる。
「玉御髪に繋がる悲劇の六章構成……懐かし、くはないや。最近、カレンに話したしね」
大きなため息をついて窓から目を逸らした。
もっと俗な世界にありたい、彼女はそう願うのだ。
教会の壁に彫られた吟遊詩人を手で撫でて、少し遠くの人混みを眺めていると後ろから声がかかった。
「アンナさん!」
顔色が悪く、酷く疲弊した様子の水内が大きく片腕を振っていたのだ。
少しフラつきながら歩み寄ってくる。
アンナには想像がつかないほどに人混みが苦手なのだろう。
もう片手はなにか、子供に握られていて上に上がる様子はない。
片手を占拠するのは肌白い女の子だった。
迷子に遭遇したのかもしれない。
迷子と迷子が遭遇している絵面が少し面白かった。
「良かった……無事に会えたねー」
水内の疲れきった瞳を見つめていると、次第に安堵の色が浮かんできた。
「オリテさんはいませ……いない、ようですね」
「カレンの方もいなかったんだね。三人とも別々の場所に行っちゃったわけかー」
水内と合流したからあとはオルテを探すだけ。
そうはいってもこの広い街の、この人々の中からだ。
砂漠の中から1粒の砂を……とはいわないが、大変なことに変わりない。
さらに水内が連れてきた迷子の問題も加わる。
その子の安全を少しでも確保するべきだ。
それが迷子を拾った大人の責任というものだろう。
いいや、それならすぐそこの教会に迷子として預けてしまえばいいかもしれない。
そう思ってアンナは水内の後ろを覗く。
この数秒のうちにどこへ行ったのか、あの子はいなかった。
「あれ、カレン……さっきの子はどうしちゃったの?」
「……さっきの子?」
「えっ……さっき手を振ってた時、もう一個の手で連れてたじゃん」
そういうと、水内は酷く動揺した。
少し悪かった顔色をさらに悪くして、慌てた様子であたりを見渡した。
そして手をじっと見つめて……一言。
「…………私、ずっと一人でしたよ」
「幻覚、かなあ」
「え。いやいや……怖いですよ怖いですから。驚かさないでくださいよ……」
わたわたと手を振りながら後ずさっている。
真昼間から幽霊などそう見るものではない。なにか疲れで幻覚を見たのだろう。
アンナはそう結論づけた。
水内はこんなにもお化けが苦手なのだろうかと思うほどに怯えている。
もしくは人混みがよっぽど怖かったのか。
気を紛らわしてやるべきだろう。
踏み出して、水内の片手をパシリとつかんだ。
「ほら、行こう」
「うわ、ど、どこに」
「あそこの近く、もうちょっと近づこっか」
アンナはすぐそこの小山を指さした。
ちょっとしたガイドでもして気分を変えてやろうという作戦だ。
困惑しながらも手を引かれる水内に向けて説明を始めることにした。
きっとこのお話を気に入ってくれるだろう、そう期待を胸に。
「むかーしむかし、あるところに癒しの天使様と魔法使いがいたそうです」
ごじちぇっくしてないです(言い訳)




