五話 毛が逆立てば尻尾も直立する
母娘回。
夕焼けのお空が綺麗な風呂上がり、部屋の中で少し眠気が誘ってくるがやんわりお断りしてお夕飯を待つのが習慣になっていた。
ホカホカして心地いいものだが、お夕飯を逃してしまうのはもったいないので起きていることにしている。
しかし今日はそれ以外に起きる理由があるのだ。
そう、初瀬さんに魔法を教えてもらうのである。
二人揃って気になることができてしまったが、まずそのためには俺が魔法を覚えないことには始まらない。
そのために魔法のマの字もわからない俺が魔法にある程度触れないといけないわけだが、残念ながら俺が訓練しているのはまだ短剣だけだ。
まあ、まだこの世界に来て七日目であるし、二つ同時には難しいと教官さんたちが考えたのだろう。もしくは暫定黒幕さんが、俺に魔法を覚えさせたくないか。
ちなみにスキル『短剣』のレベルは2だ。感覚的にはVRMMOのアシストに近く、レベルが上がるごとに意識せずに正確な動きが洗練されている自分がいるのがよくわかる。
とにかく、手っ取り早く魔法を覚えてその先、本来の目的へ至るとしよう。
自分のベットに座り、机を挟んで隣にある初瀬さんのベットの方を向いてシャキッと姿勢を直した。
すると、初瀬さんのベットに座る初瀬さんも面白くなったのかキリッと表情を変えて、これから授業を始める、と言った。
楽しい。
「魔法を使うなら、前提に二つスキルが必要」
ぴっ、と初瀬さんが人差し指と中指を立てた。
「悠羽は、知ってる?」
「いえ、全く」
「うん、知ってた。じゃあまずそこから……一つ目は『魔力操作』というスキル」
少し楽しそうな顔をした初瀬さんは立てた指を降ろして言った。
「文字通り、魔力を操作する。操るためのスキル……と、思われてるけど違う」
「……?」
「正確には、魔力の操作を補助することが効果。常時発動の効果をオフにしても、操ろうと思えば操れる、私は少ししか出来ないけど……というか、少しでも動かせることが習得の条件」
「つまり、その……『魔力操作』も『短剣』のスキルみたいに行動を補助するスキル……フルダイブVRのアシスト機能みたいなものということですか?」
すると初瀬さんは首を横に降って、違うかもしれないと言う。
「わからない、私は昨日、『情報処理』というスキルを手に入れた。これみたいに、思考を補助するスキルかもしれない」
「……あー、その心は?」
「魔力の操作は、心で行っているから。でも、体を動かすのもそう、だからどっちかわからない」
「なるほど……まずそれと……もう一つ習得しないといけないんでしたっけ」
区分するとしたらどちらなのか、いまいち難しいものである。
こればかりは実際に自在に操作できるようになってみないとわからないのかもしれない。
「そう、もう一つのスキルは『魔力知覚』」
「魔力を操作するためにはまず感じ取らないといけない、とか?」
「そう、人に魔力を知覚する器官があるのかないのかわからないけど、とにかく魔力があることがわからなければ、操作するために捕まえられない」
「じゃあ、先に『魔力知覚』を取るべきですかね」
「うん、そう」
「えーっと、初瀬さんはどうやって習得したんですか?」
こてんと、首を傾げて聞いてみる。
すると初瀬さんはどうしたものかといったような表情で黙ってしまった。
ついでに、拳を顎にあてて考える人のようなポーズになっている。ダンテだな、この門をくぐる者は一切の希望を捨てよってね、このノリだと魔道の道に入ったら抜け出せないのだ……みたいな。
昔やってたVRMMOで見たダンテの地獄門を模したオブジェはなんかこう……見るだけで無性に怖くなったのを覚えている。見たものに恐怖の感情を促すようにプログラムされていたのかもしれない。
かち、こち、と時計の秒針が主張するせいで、やけに時間の流れが奇妙に感じる。早くなったのか遅くなったのかわからない、モヤモヤした感覚だ。
その曇った感覚を吹き飛ばすように、初瀬さんが口を開いた。
「もってない」
「……? それってどういう?」
「私は、『魔力知覚』を持ってないからどうやって習得させればいいかわからない」
「……??」
言葉の意味が理解出来ず、少し止まってしまった。
もったいぶってわからないとは一体どういう。
「……ちょ、ちょっと待ってください、初瀬さん! 魔法を使うためには『魔力知覚』と『魔力操作』が必要って言ったのは初瀬さんですよ? 初瀬さん、魔法使ってたじゃないですか!」
「使った……でも、何事にも例外はある。それをすっかり忘れてた、あまり意識しないから」
「えーっと、どういう?」
「私のギフトは『知覚拡張』……レベルアップする珍しいギフト」
「まさか……」
「『知覚拡張Lv.1』の効果の名前は『力を見通す』。魔力を感じ取るわけじゃなくて、視覚に映す効果……言い換えると魔力視? だから『魔力知覚』を習得はできると思うけど、教官が『魔力知覚』は後回しにした」
正直、初瀬さんのギフトは条件付きの読心とかかと思っていた。
だってこの人、あらゆる行動で先回りしてくるんだもの。
今日の風呂なんて、訓練が少し早く終わったからこっそり行こうとしたらその瞬間ズサーと俺の前に立ちはだかってこう宣言したのだ。私も風呂に行く、と。
そのあと、どうしてこっそり行こうとしたのにわかったんですかと聞いたら、間髪入れず我が娘の行動は容易く読めるとドヤ顔をされてしまった。
件の母娘呼び、だいぶ気に入っているようである。
どこに向かおうとしているのか、キャラが母親ルートに走り始めた初瀬さんが少し心配だ。
「むぅ……あっ悠羽」
何かを思いついたのか、立ち上がった初瀬さんがこちらへ向かってきた。
「……どうしたんですか?」
「手、出して」
言われるままに左手を差し出すと、初瀬さんは右手で受け取って少し肌触りを確かめるように俺の手を撫でた後にすべすべ、と感想を言った。
急募、どう反応すればいいんですか。
少なくとも、初瀬さんもすべすべですよと考えるのはいかがなものかと思う。
「魔力を流し込むから、感じて?」
「えっ無茶言いますね」
「多分、悠羽ならできる、頑張れ」
「えぇ……ひゃぁっ!?」
初瀬さんの手のひらからナニカが俺の左手へ侵食するように、内部と外部から撫で上げるように流れ込んできた。
毛が逆立つ、鳥肌が走る、体がチリチリする、視界がパチパチ弾けた。
擽ったい?
いや、これは快楽だ。
外部の力を注がれ拒否しようとするも、それでも雪崩込む勢いに諦めて、慣れることで受け入れようとする反応に付随した狂った快感だ。
生命の機能の役割を果たそうとする時に感じる快楽ではなく、今この瞬間、新しく無理やりに作られようとする外部を受け入れる機能が見せた魅せるように方向性を狂わせた冒涜的な興奮だ。
「ひぅ……っ! みゃぁ……ぅ、はちゅ、はつしぇしゃん……っ! すとっぷ、やめっ……てぇっ! くだしゃ……。まりょく……ながしこまにゃいでぇ……」
「……っ!? ど、どうしたの、大丈夫?」
俺のおかしな声を聞いて、即座に魔力の供給を止めた初瀬さんをよそに、俺の頭の中で一つの軽快な音と一つの文章が読み上げられた。
《条件達成によりスキル『魔力知覚』を獲得しました》
荒い息と、高揚した肉体の中で俺はそれを認識する。
明らかに変だ、この汗も、体の熱も風呂上がりのそれではない。
「た、他人への、魔力供給……ひ、はぁ……やめたほうが……う、いいですね……」
「本当に大丈夫?」
「ええ……大丈夫、です。この感覚もおそらく一時的なものでしょうし……ひぅ……」
心配した初瀬さんが俺の背中を撫でていると、鋭敏になった感覚が初瀬さんの手の存在をしっかりと伝えてくる。
しかし、次第にその感覚も収まっていき、奇妙な快楽も引いてきた。
妙な温かさは残っているが、このぽかぽかはおそらく初瀬さんが俺に流し込んだ魔力だ。
他人の匂いと同じようなものだろうか、何も意識しなくても初瀬さんの魔力の存在感は感じ取れるが、俺の魔力は『魔力知覚』を使わないとあることすらわからない。
「……お騒がせしました。もう大丈夫です」
「……本当の本当?」
「ええ」
「そう……でも後で何かあったら言って」
「わかりました……ひとまず、『魔力知覚』を習得することは成功しましたよ」
『魔力知覚』を発動させると、自分の内側にある魔力という力をしっかり感じ取る。
なんと形容すべきか……可聴域外の音が聞こえるでもX線が見えるような可聴域や可視光線の範囲が広がったわけでなく、文字通り新たな感覚器官と新たに認識できるもの獲得をしたがためにこの感覚を知らない人間に説明しがたい。
俺が経験した中で一番近いのは、フルダイブVRでピット器官や触角を手に入れたときの物に近いか。これも違うには違うが一番近い。
普段知覚するものの情報認識方法のまま範囲が広がるものや、普段知覚するものや、それの域外にあるものを別のアプローチで知覚するのでもない、まったく新しいものであるがために日本語という言語での説明の限界を超えていた。
「手に入ったの? なら、よかった……よかった?」
「ええ、よかったですよ。アクシデントはありましたけど、目標は達成……結果オーライです!」
「そう? ……じゃあ、次……」
「えーと、『魔力操作』ですね?」
「うん『魔力操作』は感じ取れる魔力を動かすことだけ考えて、ひたすらそれだけ」
「それだけですか?」
「うん、それだけ」
特殊な呼吸法で動かすとかそういう世界観ではないようだ。
それならそれで魔力を動かす感覚とやらを掴めればいいようなので楽でいい。
なに、フルダイブVRにも流動体の思考操作はあった、それが現実になるだけだ、きっとどうにかなる。今日中に終わるはずだ。
「ちなみに、私はすぐ動かせるようになったけど……他のみんなは丸二日かかってた」
「え゛」
きっとどうにかなる……はずである。
◇
どうにかなった。
お夕飯までにどうにかなってしまったのである。
俺に才があったのか、過去の行いが助けになったのか、初瀬さんの魔力注入が効いたのかさもわからぬが、なんにせよ魔力操作という感覚を見事つかんで『魔力操作』のスキルを手に入れてしまった。
初瀬さんはすごいっと頭を撫でて褒めてくれた。
うーん完全な幼児扱い。
せっかく、明日はこの世に来て八日目、つまり四日に一度の休日──正確には自由行動──の日であったのだから、めいっぱいに時間を使って覚えてしまおうと考えていたのだが予定が空いてしまった。
とはいえ、予定を前倒しするだけである。
洗脳の一単語を見たその瞬間からハードスケジュールなのである。その割にはのんびりしてる……ははっナニイッテルノカ、ワカラナーイ。
ちょうど、夕方の本にかけた一件を赤井さんが持ち出したおかげで夕飯を食べていたメンバー全員がみんなで文字を習おうと賛同、誰に教えてもらうべきなのかと考えていたけどタイミングがいい。
その会話を聞いていた燕尾服の老人さんが明日朝食の後に食堂で講習会を開いてくれるとか、ありがたい限りだ。
知らないところでトントン拍子で進むのは大歓迎である。
俺に楽をさせておくれ。
「悠羽、悠羽」
「んーなんですか初瀬さん」
現在は夕飯を終えて、見えるところからは地平線に太陽が真っ二つに割られているように見えるだろう時間。
じきに真っ暗になるが、まだ寝るのもなんともなーというお時間だ。
この頃は、風呂に入っている人や食堂やそれぞれの部屋で雑談している人が多い。
俺はいつもこの時間になる度に思うことがある。ゲームの公式サイトのお知らせ確認したいなーと。
……いや、ね?
だってこの時間帯の習慣だったものだから……正確には一旦ログアウトをして仮想から現実へ戻って夕飯を終えたあと、再ログイン前に確認することが日課だったのだ。
ついつい部屋に戻ったあとスマホを探してしまう。
ないなーと思ったあとに仕方ないからノーパソを出そうとして気づく、ここ異世界じゃねえかよ、と。
依存症……ではない。週間である。別に禁断症状など出てないからな、うん。
「寝るまで少し時間がある」
「そうですね……魔法を覚える時間がありますね」
「うん、覚えちゃおう?」
その事実に気づいたあとの時間は大したものがないステータスを眺めて、俺の忌々しいギフトを読み、説明文の粗を探して元に戻れないかとにらめっこするのだ。
しかし、今日は魔法を覚えるという予定が繰り上がってくる。
「ちなみに、なんで今俺に時間があるってわかったんですか?」
「……いつもずっとベットに寝転がってるから、暇なのかなって」
「その通りですよ……そうですよ、お話する存在もいやしないボッチくんですよ」
「ボッチちゃん、の方があってると思う」
「ええ、もちろん、哀れにもギフトとやらのせいでケット・シーにさせられた俺ですもの、猫ちゃんになってしまった俺はちゃん付けの方が合ってますよね、ええ」
「……えいっ」
俺が拗ねていると、初瀬さんが俺の頬をつっついた。
すると口からぷしゅーっと空気が抜ける。
「ほっぺ、膨らんでた。にゃんこは拗ねてても可愛い、さすが私の娘」
「えぇ……」
娘の一文字を気に入りすぎではなかろうか。
ママ属性が日に日に悪化しているが不都合は……風呂に一緒に入ってくることくらいか。
……いや、くらい、じゃない。
大した不都合である、おかげで目を瞑って風呂場で過ごす危険な行為を毎日することになってしまっている。
健全な俺は視覚を塞ぐことで理性を保っているのだ……え? 触覚? ……ハッハッハ。
「魔法のお勉強からする」
「ええ、あ、はい……」
「まず、魔法を使う時は魔法系のスキルを使用する必要がある。スキルを使うと体の外に出した魔力に色が着く、そしたらスキルで頭に叩き込まれた通りの魔法陣を体の外に魔力で描けば魔法が発動する」
「……色というのは? スキルを発動せずに外部に流したら……ってこれは今の俺でも試せますね……うーん? よくわからないですね」
俺の『魔力知覚』では目の前にあるはずの魔力の線はもちろん視界に映るワケもなく、『魔力知覚』で手に入る情報の魔力も何の変哲もない魔力だ。
「私もわからない、私以外は視界でも魔力知覚でも色がついてる感じがするって言う。私は魔力に色がついたのが人よりはっきり視える。多分、悠羽は『魔力知覚』で色が着いた状態を知らないから理解ができない、と思う。ちなみに、ソレ、私には色がないように見えてる。
色についても、悠羽が魔法を覚えたら考えてみる?」
「ですね」
薄々わかっていたが、スキルを使ったらあら簡単そのまま魔法が使えるっ! とかではないようだ。
今、俺が『魔力操作』で外界に幾何学模様を描こうとしてもできる気がしない、なぜそれで魔法が使えるとかいう理屈より先に難易度に苦戦しそうだ。
「次に魔法の覚え方」
「えーっと、初瀬さんは魔法を渡された魔法の本……便宜上、魔導書と呼びましょうか……魔導書を読んで覚えたんですよね?」
「そう、だけどこれに関して、教え方はあてがある」
「えーっと……どういう?」
「……こう?」
初瀬さんから赤い線が伸びる。
視界に映り込む糸が魔力によるものだと理解できるのは俺が『魔力知覚』を保有しているからか。
……『魔力知覚』でしか知覚できない魔力が視界に映り込む現象、今ならハッキリわかる、異常だ。
なぜ外界に放出された魔力のうち魔法陣を描こうとしているものだけ視界に反映されるのか……ああ、ダメだ考え始めるのは悪い癖だ。昔、理解しすぎてゲーム内精神力ゲージが減少した出来事を忘れたのか。
そうしてる間にも、初瀬さんが描く幾何学模様は細かくなっていく。
これ全て意識して維持していると考えると、この人の脳味噌どうなってるんだと思ってしまう。
「完成……悠羽、コレ見て」
維持に相当意識を持っていかれているようで、口数が減った初瀬さんの言う通り空中に投影された魔法陣を観察する。
所々に妙な紋章というべきかが施された幾何学模様の数重の円。
橙一色の魔法陣はどこか熱く見えてくる。
湧くのは火というイメージ、これを見て何が出来るのかわからないが……。
《不正アクセスを確認》
「……ふ、不正アクセス?」
《過去ログを参照……同一事例を複数発見》
《創造者の用意した『裏技』と推定》
《アクセスの許可》
《条件達成によりスキル『火魔法』を獲得しました》
「いや、いやいやいや待て」
「ん、悠羽、手に入った?」
「手に入ったも何も……また考えるべきことが……あーいや、これはメタ読みすると根幹に関わりそうだから後回しでいいか?」
「……悠羽?」
嫌だなぁ……不正アクセスだよ? 不正アクセス、不正。
つまり正規手段じゃないてコト。
何が起こったか推測するしかないが、今回の場合はステータスの造り手が想定していないスキルの悪用……ちがう、創造者の『裏技』とかいうなら想定していたというの?
本当にこれ受け入れて大丈夫なやつ?
BANされないだろうか、現実からBANはマズイでしょ。
裏技の自力発見だというのなら初瀬さんを今から祝いたいが……。
「初瀬さん、今どんな方法で俺に『火魔法』を覚えさせたのですか?」
「……どんな方法……? あの本、魔導書だっけ? の火魔法のページに書かれてた魔法陣。すごく複雑、私が今使える魔法の中にあんなに複雑な魔法陣はないから、『火魔法』のスキルで適当な魔法を選んだ、そしたら色が着く、それであの魔法陣を描いた」
「その魔法陣が何か重要な役目をになっていたと?」
「きっと、多分。あの魔導書に書かれていた魔法陣、私の使える『火魔法』の魔法陣と他のページに書かれてた別の魔法の複雑な魔法陣、全部に共通するところがあったから、もしかしてって」
「ちなみにそのあてが外れたら?」
「万策尽きた。悠羽があの辞書みたいなの借りてきたみたいに、魔導書を借りてくるしかない」
わお、思った以上に何も考えておられなかった。
あの俺に見せた異常に複雑な魔法陣を丸暗記できてたほど頭がいいのに、どうしてこうも無策なのか。
頭がいいの、悪いのどっちだというの、色々舞い込んできて俺の小さな頭はこんがらがりそうだよ。
もう全部後回しでいいか、正直いってめんどっちい。
妙な快楽に揉まれたり、自力で魔力を動かしたり、その他諸々考えることが増えすぎた。
だんだん全てが面倒になってきたので明日に回していいだろう。
大丈夫、明日の俺が全部やってくれるさ。
やることがいっぱい? 知らねぇなぁ!
あとはもう、『火魔法』で遊んで寝る!
赤ん坊みたいにばぶーって駄々こねて遊んで寝るのだ。
魔法っていう最高に物珍しい遊び道具で遊んで騒ぐぞーいえーい!
「私以外のみんな、魔法を覚えたその日はだいたいそんなテンションだった。次の日ははしゃぎすぎて疲れて……もう、聞いてない?」
「初瀬さん! 初瀬さん! 初瀬さんが使ってたあの小さな火の魔法ってコレなんですね! 『火魔法Lv.1』トーチ!」
「うん、そうだね」
「これ見てください……スキルに指定された範囲より大きく赤い円を描くと出力上昇しますよ!」
「へぇ、それは初めて知った」
「なんでですかね、単純に込められた魔力量が多いから?
というかなんでスキルで色付けした魔法陣を描くための魔力は視認できるんですかね?」
「それを考える、そう言ったのは悠羽」
「みゃー楽しー! 何が楽しいってフルダイブVRで見る仮想現実だからこそ存在する魔法じゃなくて現実空間で意のままに手繰れる神秘だからワクワクしますねコレ!」
「わからなくは……ない。けど落ち着いて悠羽、もう暗い、このテンションのまま騒いでたら寝れなくなる」
「大丈夫ですよ疲れて寝ますって」
「疲れるまで火遊びするつもり?」
「ええ!」
「汗かいて、またお風呂入りたくなるよ。だけど夜遅く一人でのんびり入りたい人が大浴場に行く、誰に鉢合わせるかはランダム」
「……細かいことを気には……」
「そう? じゃあ汗かいたら、私がお風呂に連れてってあげる。悠羽が嫌がる尻尾も念入りに洗う」
「あのーそれだけはご勘弁を……」
「じゃあソレ、やめて落ち着こう」
「はい……」
落ち着いたら落ち着いたで難しいこともう何も考えたくないと思っていた頭がまた疑問を浮かべてしまう。
あの大浴場、昼夜いかなる時でも湯に浸かれるのだが、どういう仕組みをしているのだろうか、とか。
知識欲とは、時に三大欲求をも超えて現れるのだ。
「最近、悠羽のキャラつかめないけど、今日は特におかしい ……疲労? とにかく寝て、続きはまた明日」
「えぇ……」
「ほら、外を見て。もう暗い、だいぶ暗い……つまり夜」
「え、えぇ」
「人間は夜に寝るもの」
「俺はケット・シーなのできっと夜行性……」
「夜に眠くなるでしょ?」
「うー……はい」
「じゃあ寝る、体が眠いって言ってるなら休む。
ここは異世界、学校はない。明日提出の課題のために徹夜なんてしなくていい」
正論である。
我らゲーマーが単調作業のレベル上げのために無視する常識を説かれてしまった。
これだから昼夜逆転するのだと頭がわかっていても目先のやり込みを求めてしまう性というものは、どうやら異常な眠気にも耐えて作業をすることは常人には理解し難いものであるらしい云々……。
まあ、なんだ。
「言い訳やめて寝まーす」
「よろしい」
「あっ」
「どうしたの?」
「俺たち、もし地球に戻れたら出席日数とかどうなるんですかね」
「寝る」
「いや、でも……」
「寝よう」
「さきっぽだけ、ちょびっと考えるだけですから!」
「寝ようとして考察、の流れは無限に繰り返される。寝て……寝ろ」
「はい……大人しく寝ます……」
母娘回……とかいいながら9000文字近く魔法について書いて終わってしまう纏められないダメ人間のワタクシ。
ちなみに悠羽ちゃんはぬたぬたした触手に(ゲーム内で)なったこともあります。