四話 大陸にも色々事情があるらしい
次の次くらいで悠羽に視点が戻る……かも?
あとまえがきあとがきスペースにテンプレート機能ができてますね。……しゅごい。
少女の視界に光が差し込んだ。
僅かに開いた蓋が朧気に掠れた外の世界を映し出す。
木材の茶色、木目……どうやら自分は板を見ているらしいと少女は思った。
「……ん、おお。お前ら、起きたみたいだぞ!」
開きかけた意識をこじ開けるように割り込んだ大声に発破をかけられて、次々と体の知覚機能が蘇ってきた。
不安定だった平衡感覚が戻り、板を見上げている……つまり天井を見て寝ている姿勢をらしいと気づく。
先程意識をこじあげたのが人の声で、なにか自分のことについて話しているらしい……そんな思考がすこしグルグルと渦巻いた。
少女……水内花恋はそんな具合に流れ込んできた情報と現状の津波をどうにかして状況理解に繋げようともがいて記憶を漁っていた。
状況と記憶を縫い合わせて結論を探す。
完全に組み上がって結論が生み出されなくても、ぽつぽつといくつかの疑問が生まれてくる。その疑問に答えられたり答えられなかったりとしているうちに、今もっとも重要な疑問のひとつにたどり着いた。
「……っ! 怪我は!?」
目を見開いて飛び起き叫んだ。
長らくしていなかった呼吸を過呼吸になりそうなほど繰り返すように。したかったことを立て続けに躊躇いなく行ってしまった。
突然叫んだものだから近くにいた数人がビクッと驚いていたのを水内は見た。
するとやりたいことを行えたのが呼び水になったのか脳に酸素が流れ込んだのかどうしたのか、過剰に思考が加速し始める。
今までのようにただ生まれた疑問を処理していくのではなく、優先順位を決めて生まれた疑問の中からただ今まさに必要なモノのみを抜き出して考えるようになった。
体に激痛がない。
ここが屋外でない。
理解がまだ追いつかない。
見覚えのない木造で、店のような内装の建物の中にいるのはなぜだろうか。そもそも自分はどこで寝ていたのだろうか。
水内は狐に化かされたような気分に浸されながらさらに疑問に回答する形で現状理解を果たそうとした。
しかしその思考は一旦止まることになる。
「よかった、起きたんだね! ……大丈夫? 痛みはない?」
赤髪の少女が話しかけてきたからだ。
「……あ?」
「自分の名前はわかる? ここがどこか……ってそれはわからないかも?」
心配を開いた口から垂れ流すように語りかけてきた赤髪が水内の顔をひょっこりと至近距離で覗き込んだのだ。
声とその背丈に覚えがある気がした。
「私、わかる? 大怪我をして道をふらついてたあなたを拾って組合まで連れてきたんだけど……」
それを聞いた水内は気絶する寸前のコトを思い出した。
朧気な意識の中で聞こえてきたあの声。
気絶する直前に見えたあの姿。
本当に目の前の赤髪は“誰かが助けるだろう”の誰かだったらしいと水内は思った。
「……ありがとう、ございます」
「いいのいいの、あんな大怪我してるあなたを助けない方が薄情者だよ!」
暗に遠巻きに見ていたり過ぎ去って行った村の人間を罵りながら少女の言葉はまだまだ続く。
「この組合で『治癒魔法』ができる冒険者に頼んであなたを治して貰ったんだ。痕とか残るかもしれないけど、安心して大丈夫だからね!!」
「はははっお前が治したわけじゃねぇのにそりゃひでーんじゃないかアンナ!! 俺はこの組合一の癒し手だぞ!」
赤髪に文句を言いたいらしい声が自慢げに水内の耳に届いた。
だがまた別の場所から言葉が被せられる。
「王都に近くてデカいだけが取り柄の村のただの冒険者組合の中で1番……でしょ。応急処置しただけだし。それよりアンタ、よそ見してていいの? これでチェックメイトよ?」
「……はっ!? あっ、あぁーーー!!!」
「三敗目ね、さあとっとと掛け金を払って三杯目を飲みなさい?」
「チックショー!!」
水内の寝かされていた場所……いくつかの椅子を並べてベット代わりにしていたらしいそこから少し離れたところでワイワイとしているようだ。チェスの盤のような板に駒をのせて近くに置いた硬貨をかけて遊んでいる男女の姿が見えた。負ける度に酒を飲まされるルールなのか、男はジョッキを呷っているところだった。負けるほどに思考能力が落ちて負けやすくなる悪循環の完成だ。
いや、水内がいるこの空間、この店そのものが騒がしく、意識して嗅がずとも酒精の香りが漂っていることがわかる。
水内の視界にも見える窓の外はまだ明るい。
こんな時間からどんちゃん騒ぎに賭け事、そんな治安の悪そうなこの場所は一体どこなのかと床に足を降ろしながら、素直に聞けばいいのだと思い至って水内はアンナというらしい赤髪の少女に尋ねてみることきした。
「ここは……えっと、どういう場所、ですか?」
「んー、ここは冒険者組合だよ! ……冒険者か旅人みたいな格好だから知ってると思ったけど……違う?」
「え、いや、えと。冒険者組合……ですか。ありがとうございます……こういう中身だったんですね」
「……まあ、来たことなくても不思議じゃないか。あっ、治したっていっても完治じゃなくて……えと、止血と……鎮痛と……なんだっけ。とにかく、応急処置をしたばかりだから、しばらく激しい運動禁止だよ!」
立ち上がろうとしている水内に警告するように両手の人差し指を交差してバツマークを作ると、ダメだよとアンナは繰り返した。
そう言われて斬られた右腕が気になった水内は目の前まで持ち上げて見てみると、包帯がグルグルとキツすぎず緩すぎず巻かれていて少し血が滲んでいる。改めて大きな怪我をしたんだなと気付かされていた。
同時に服が着ていたものと違うことにも気づいた。腕が見えるような服装をしていなかったからやっと気づけたのだといってもいい。水内の普段着より大きいが女物で、この場の誰かが貸してくれたのかもしれない。
元着ていた服は上から斬られたり、所々が焼け焦げていたりしたものだからこれから治療を受ける人間には不向きな格好だったのだろう。
意識してみると確かに若干の麻痺みたいな感覚と傷口特有の独特な違和感が伝わってきた。それも体の腕だけではなく他の場所からも。
運動の禁止、なるほどこれほどの怪我なら納得がいく処置だ。水内も本来ならそうしたかったし、そうでなくても休むつもりでいたはずだ。
でも今は休めない理由がある。
面倒なのか単純なのか、おなじ人攫いの一件で生まれてしまった問題だ。
「それは……どのくらいの期間でしょうか。……あの、友だちが攫われて、早く追わないと……」
交友が少ないとはいえ同郷は同郷だ。それに一晩魔物から逃げ回った仲である浦谷悠羽を見捨てるのは何となく心が痛むのだと思った水内にとってそれは、非常に大切な質問だった。
「……攫われた?」
アンナに話しかけたはずだったが、近くにいた男が突如語りかけてきた。
少し不思議そうに、驚いたように。
「え、えぇ……街中で……」
この男がどうしてそんな疑問を投げかけてきたのかもわからず、水内は反射的に返した。
「いや、街中だどうだとかは関係ないんだ。……人攫いそのものが妙なんだ」
よく見ると水内の周りで野次馬のように話を聞いていた軽く武装した人々……恐らく冒険者と思われる人達は一様に、その“攫われたこと”に疑問を持っているようだ。
街中でや、誰になど聞こえてこない。ただ“攫われた”ということに注目しているらしい。
どうやらアンナも同じように不思議そうな顔をして小首を傾げている。
「……?」
水内だけがわからない。
何となく仲間はずれのような、水内にのみ居心地が悪くなった空間では疑問と違和感を覚えさせる異様な空気が漂っていた。
結局質問の答えも返ってきておらず、その他大勢が同一の疑問を浮かべた一個の共通意識が芽生えた空間に割り込むことが出来ずオロオロオロオロどうしようどうしようと困ってしまうのは水内の性というものなのだろう。
ここに浦谷がいれば、内心でボッチの才能と名付けたのかもしれない。ブーメラン刺さってるぞ。
そんな困り顔の水内に今度は初老になるかならないかといった風体の男が近づいてきた。
面に大きな傷が入っているものの、それ以外は柔和な笑みを浮かべいたりと思わず親分などと呼んでしまいそうな風体の男だ。
「ごめんな嬢ちゃん。お友達が攫われちまったってのにこんな反応しか返せなくて。
しかしまあ、追おうったって宛はあるのかい?」
「……宛は……まあ、一応あります。探し出すならいつでもできますけど遠くに行かれると追いつきづらくて、だから早い方が……いいですね。
ところで、どうしてそんなに攫うっていうことにだけ敏感なんですか?」
探す宛とやらを一旦頭の隅に追いやった水内は、ここがこのボッチ回避かつ好奇心と知識欲を満たす絶好の機会であると判断した。
話しかけられなくても話しかけてくれるなら別なのだ。そちらのが幾分か聞きやすいというもの。
誘拐なんて日本でも起きている事だ。
言い方は悪いが文明が未熟で治安も悪いだろう異世界で誘拐が珍しいなんてことはあるだろうか。
ただでさえ神秘に満ちた世界なのだ。そっちに思考を割きたいというのに、目の前の人間に聞いて終わるはずのことを調査して調べて考察するほどの時間に引き伸ばす必要はあるまい。
「……知らないのか。いや、知らないみたいだな。
……お嬢ちゃん、ある程度の実力は持ってるんだろ?」
「……?」
「あれほどの怪我をして逃げてたんだ。そのお友達の誘拐の時に争ったってことかな……これは推測の時になかった情報だが。
ここに運ばれた時は服の所々が焦げてて全身ずぶ濡れ。魔法の応戦ってことかな……あと傷口も随分綺麗だったな。恐らく素人と素人の争いじゃないだろ……そこらの魔が差しただけの人攫いとかチャラついたクズに、んな能力は無い。
お嬢ちゃんが寝ている間に野次馬共の間でそんな結論が出たんだ……どうだ、あってるか?」
「……」
おおよそ検討ハズレなことはない。
そう思った水内は口出しせずにうんと頷いた。
「となると犯人候補で真っ先に浮かぶのは盗賊どもになる、けどそれはありえない」
「どうしてですか?」
「ゴートネーク盗賊団……この大陸の盗賊共の長って言えば早いか?
そんな組織がご法度にしたんだ。人攫いを。
それからというものの盗賊被害の人攫いがパタリとなくなってな。たまーに……ほんのごく稀に話を聞く程度なもんだ」
その話しというのもただの噂話程度なのだと男は付け足した。
「……それは……」
「ああ、運が悪かったな嬢ちゃんも、お友達も。そのたまにの噂話に当てはまっちまったらしい」
「……そうですか」
あれの不運が牙を剥いただけの事だったらしいなんて簡単な考えで、運が悪かったなんて単純なモノで納得がいくはずもない。
水内たちはこの世界にとって異人、世界の境界の外からきた旅人にして移住者なのだ。
それに浦谷悠羽にはアレが取り付いている。
詳しくは何も知らないが大陸に関わる大きな盗賊組織に、少なくとも冒険者組合という場所ではメジャーな情報と矛盾した状況。
もう先の面倒事が見えてきているようで嫌だった。
ただでさえ喚び出された先であんな騒動があったのだ。二度目などあって欲しくはないが杞憂であってももしもというものを考えて計画を立てるのは無駄ではないだろう。
まだ最後がわからないものだから、とりあえず有り得そうなものを列挙してみようと水内が思った矢先。
頭を強い力で掻き回された。
いや、追って撫でられたのだと理解する。
大きくてゴツゴツとした手だ。
「まあ今は休め。友達のことを忘れて寝ろとは言わないが、追うにしろなんにしろその怪我のまま出てっても同じ結果かそれ未満しか望めない。
綺麗な切り口だし止血もされた、ある程度治るまでそう時間はかからないだろ」
そう言って初老の男は頭から手を離し、どっかに歩いていってしまう。どこか……ではなくカウンターに向かって酒を買いに行っただけらしい。そういえばあの初老の男からは酒に交じって煙臭い臭いもしていたななんて、今更ながらに気づいた。
そんなことをぼんやりと思い浮かべた水内は地球で最後に大人に撫でられたその時を思い出して、ちょっと懐かしくなっていた。
男にとって水内の年頃がちょうど娘ほどの年齢だったのかもしれないななんて想像も膨らませてみる。
「そういえばあなた、名前はなんていうの?」
話は終わったかとばかりに赤髪の少女……アンナが顔を寄せた。
元気に満ち溢れた良い子だ。
む、と水内は少し迷った。
この世界の庶民に苗字があるのかないのかがわからないのだ。
少しくらいはあの第二王女から社会勉強しておけばよかったと反省しつつ、どのように誤魔化すかに思考を切り替えようとしていた。
しかし直ぐに名前だけ名乗れば間違いはないのだと結論に至って水内は口を開く。
「花恋です……よろしくお願いします」
「カレンね……これからよろしく!」
誤字は多分ないはずでござる。るんるん。




