閑話 好きでも怖いものは怖いんじゃボケ
二章の前に暫く番外編を混ぜます。
超素直に理由を申しますと二章のプロットが未完成だからです。
スライム。
それはひんやりしていて粘性と弾性のあるおもちゃ。やろうと思えば自宅でも作れ、それなりに楽しく遊べるもの。
……のことではなく。
それに類似した怪物のことを今は指している。
核のあるものないもの、色によって属性分けされているもの、体内でものを溶かして生きていたり、酸性だったりアルカリ性だったり……服のみを溶かすのは例外中の例外である。
沢山種類のあるスライムだが、俺……浦谷悠羽はそれを癖としている。
より具体的に言うならば、スライム娘が大好きだ。
この世あの世三千大千世界に遍く全てのスライム娘という著作物が大好きだ。
時が時なら溶かされたいとも思うほどに。
今俺がそうできないのが非常に残念でならない。
常にそうでなければ実在したスライム娘にであった瞬間抱きつけないではないか。
そう、実在したスライム娘。
地球上ではそんなもの見たことも聞いたこともないお話の中の存在。
しかし、しかしここは異世界だ!
未開の地すら残り、神秘と超自然に溢れた地球とは異なる世界だ。
地球でスライム娘に出会える確率がないとは言わないが、こちらの世界の方が彼女らに出会う確率は高い。
なにせ、既にスライムという怪物が存在しているのだから!
“スライム娘に会えるかもしれない”それだけで俺の心を奮い立たせるというのに……どうだ、ここは異世界だ。
それだけじゃない。
ほかの性癖も叶うかもしれない。
なんと素敵なのだ。
なんて夢のようなのだ。
姉さんがここにいないのが悔やまれる。
姉さんさえここにいれば、俺は地球なんてとこほっぽり出して好きに世界を奔走できたのに。
そんな興奮を胸に笑みを浮かべる俺でもさすがにドン引くことはある。
目の前の……なんだ。
怪物だ。
いやまさかそんなこともあるのか。
あってしまうのか。
同行者の水内さんと一緒にぽかんと立ち止まって、動く大岩をまるで災厄の子供のようなスライムを眺めていた。
「…………あのスライムが通った場所、枯れた花さえ残っていませんよ」
「私の身長の倍近くありますね……高さだけなら」
女子高校生2人分の高さに、大岩のような横幅のスライムが、軽く整備された人の道を横断していた。
あまりにでかいものだから、あのスライムがこちらに気づくより先に索敵することができて、今は少し離れたところから完全に通り過ぎるのを待っている。
あんなのに襲われたら一溜りもない。
一瞬で蒸発させるような火力も、瞬時に凍結させるような冷気もなく。なおかつ楽に討伐できそうな核もない。
あんなバケモノどうやったら殺しきれるのか全く分からないので2人して眺めてやり過ごしている。
あるいは……。
そう思って、水内さんを見た。
◆
数時間前のこと、旅に出るために挨拶に回ったりした後に宿舎の初瀬さんと俺が寝ていた部屋に戻って荷物をまとめていた時のことだ。
「花恋は……おかしい」
絶妙な無口キャラ的な喋り方をする普通にしゃべる人初瀬さんはたまにぶっ飛んだことを言う。
重要な説明部分がカットされたりするのだ。
それには慣れているので、とりあえず詳しい説明を促してみた。
「花恋が起こした、鉄砲水……覚えてる?」
「……ええ、まあ。あのめっちゃ強かったやつですよね」
「あれ……私はボダの指輪なしじゃ、できない」
「……?」
「魔力が足りない。私のレベルだと……あれだけの出力を支える、こう、術がない。だから無理やりやるには、魔力が枯渇する」
「なるほど? それを水内さんはやってのけたと言うことですか……だからおかしいのだと」
きっとそれは水内さんが初瀬さんとは違って水魔法のみを鍛えていたとしてもたどり着けないだろうという予想の上の言葉なのだろう。確かに、どのスキルもレベルが10を越してからレベルが上がるまで今までの数倍の時間と経験が必要になってきた。もしかしたらレベル10までがスキルのお試し期間、そこから先は極めるための道になっているのかもしれない。
「……あの、ギフトの可能性はどうなんですか? 水内さんのギフトがなんだったか俺は覚えてないんですけど……」
「…………? 思い出せない。花恋のギフト、なんだっけ?」
「実は記憶操作系……とか?」
「違う……と思う。…………ああ、そう、『気力回復』……すごく普通で覚えさせる気がないくらい……影が薄いギフト」
「だから忘れていたってのもおかしな話なんですけどね……」
鉄砲水に水が化けた風の蛇、水内さんが使う魔法はたまにおかしなことをすると思っていたら、それ以外も奇妙なことが多い。
そういえば、初瀬さんが魔法陣と色の関係に気づいたのも、“水魔法好きかつ、古典的なお話が好きな子”水内花恋が原因だったらしい。
疑って考え出したらキリがないとはいえ、キリがないほどに疑問が出てくるのは如何なものか。
「つついたら、蛇が出てくるかもしれない……だから、気をつけて」
「蛇……ですか」
「……?」
「ああいえ、単に蛇にトラウマがあるだけですのでお気になさらず……」
◆
聞いていいやつなのだろうか。
いやーなんかダメな気がするよな……でもこれで面倒事が起こったら起こったで面倒だよな。
どうしようかなぁ。
「浦谷さん……あの、後ろから狼が来てます。間違いなくこちらを見てます」
「……ん、えっあ。はい……どどど、どっちに逃げましょうか」
「右の方、あっち方面に、行きますよっ」
「はいっ」
アォォオオオンとどデカい遠吠えが聞こえる。
あとスライムの粘着音が散発的に聞こえだした。
俺たちを追いかけるような足音と、スライムで争うっているような……そんな感じ?
なんにせよこっちに複数匹……対処できなくはないけどあの巨大スライムが何をできるかわからない分、できるだけ離れてからにしておきたい。
「っていうかあの王女サマ、夕方にはつけるとか言ってましたよね!? もうそろそろ夜なのですが!!」
「魔物の出現まで計算に入れてなかっただけじゃないですか?」
「俺たち最初に通ってたの魔物がほぼ出てこない安全な街道だったはずなんですけど!?」
「運が悪かった。それだけのことなんだと思いますよ」
「運が悪いだけで死にかけるんですねこの世界!」
「地球より危険な世界ですから……」
後ろから狼の声が聞こえるぅ!
待てよ……人間と狼ってどっちのが足早かったっけ。
もしかして、もしかしなくても追いつかれる?
「……あー」
俺は腰に差した剣を抜いた。
もちろんロールプレイも忘れない、にっこり笑顔で行きましょう。
◇
「にひひ……評価Bプラスくらいですかね?」
俺は剣に着いた血を払いながら言った。
キンッと鞘に納刀される音が俺の脳によく響いて、俺の笑みは解けた。
遅れてやってきた恐怖に身震いをしながら水内さんに向き直る。
服に結構着いてしまった返り血、狼五体相手にこうも浴びることになろうとは。
だから評価Bプラス、Aには届かないのだよ。
「浦谷さん、早く逃げますよ。血の匂いにつられてなにか来る前、に……」
俺を見て喋っていた水内さんの言葉が唐突に止まり、少し視線がズレた。
どうやら俺の後ろを見ているらしい。
ふむ、なんだろう。
その視線の先に……つまり振り返ってみるとねちょねちょと迫ってくるものがあった。
巨大スライムさんである。
どこに知覚器官があるのか、しっかりと俺たちを子犬のように追いかけて来てくれたらしい。
かわいいね。
俺と水内さんは示し合わせたかのように駆け出した。
同時にスライムさんも触腕を伸ばして捕食くる。
かわいいね。
「ひぃぃいいいい!! なんですかあれ、なんですかあれ!?」
「狼を追いかけてきたんだと思います!」
「まだ序盤も序盤ですよ!? 馬鹿なんですかあのデカさ、俺もっと敵が順々に強くなってくファンタジーを求めてました!!」
「まったく同意見です!!」
そこまで足は早くないようで捕まりはしないが、威圧感と絶望感がすごい。
しかも延々と追跡してきてる。
「どうしましょうか……まだ追ってきてますよ」
「逃げ回るしかないんじゃないですかね!! ……ってなんですかアレ!?」
「崖ですよ? つまり行き止まりですね」
「ですよ? じゃないですよ!! どーするんですか俺たち、まだ死にたくないんですけど!!」
前方にそびえ立つデッカイ岩肌……大人10人分はありそうな高さの崖が前方に見える。
「右、左、どっちに逃げます!?」
えっと、あの山があっちに見えるから……。
「左っ!!」
「わかりました!」
せーので順路を変更しようとした途端、ぎゃぁ、ぎゃぁ、と野太い鳴き声が聞こえてきた。
俺たちは揃って崖上をみると、見えてきたのは黒く巨大な影。
巨大な怪鳥、恐ろしい茶色の鳥。それが一直線にこちらに飛んでくる。
「ひぇ……」
「なんで諦めきった顔をしてるんですか!?」
と思ったら、矮小な人間ごとき餌にするほどの価値も肉もないのか地面スレスレで方向をズラした。
なんだと思ってそちらに視線を釣られて見ると同時、怪鳥はスライムに激突した。
世紀の怪獣大戦争である。
スライムの粘液が辺りを溶かし、怪鳥の口から出た炎が焼き払う。
みるみるうちに周囲は地獄へと塗り変わっていく。
「いっ今のうちに逃げましょう!」
水内さんのその言葉で我に返って俺たちは逃げ出した。
この世界、危険すぎやしませんかね。




