四話 撫でると言っても色々な撫で方がある
今回いつもより少し短いのでその代わりタイトルを長くしました()
上月颯希と名のついた少年は、それなりに重い役割を持たされたと考えている。
お前が使命であるなどと重く考え過ぎているだけと、彼の友人は語るがなかなか納得できなかった。
そういう性分なのである。
まあそれも仕方のないことかもしれない。
なにせ『勇者の器』なるギフトを貰ってしまったというのだ。
そのギフトの名前は重く、上月が無視できるものではなかった。
「俺に何しろっていうんだよ……」
某黒猫幼女とは別の意味で神への恨み言を吐く。まあ、もし某黒猫が上月の立場であったのなら、まあ俺ってば強いのでこのギフトも当たり前だヨネ! なんてポジティブに生きていくが、彼はそうではなかった。
「んだっけ、お前のギフト……STRにプラス千、DEXにプラス百だっけ? そんなギフト持っといて、ため息つくなんて何が不安なんだこの罰当たりめ」
オラオラ、と彼の横の席に座る友人が肘でつつくが反応は薄い。
「知るかよ……もっと持つべき人間はいるだろ、コレ」
「ん? そんなのいたか?」
「熊宮幸……アイツ、拳一つで鉄パイプ持った不良数人を圧倒できんだぜ? ソースは俺」
「へぇ、そんなにあいつ凄かったのか……冗談だろう?」
「なんでも剣も薙刀も使えるとか」
「そりゃなんてバケモンだ。もしかしたら神様とやらはバランス調整のために俺に渡したのかもしれねぇな」
そしたら俺は女子よりひ弱ってことになるんだけどなぁ、そうも思ってしまった上月はさておき、そういえばと食堂の席のひとつが気になった友人はそちらを見て言った。
「バランス調整だっていうなら、浦谷のやつがああなったのもなんかわけあるのかねぇ」
「さぁ? ここに来て数日、露呈していくのはアイツがただ癒しキャラってことだけだろ」
「数日ってまだ五日しかたってねぇけど」
「なにいってんだよ香道、五日もたってるだろ」
「……感覚の違いってやつが現れたな」
「なー」
上月と、上月の友達──香道相化はホンワカした雰囲気に飲まれて雑談を続ける。
そうして今日もまた、地球より早い夜がやってくる。
ネオンの光も、バイクのマフラーの音もない世界は人により夜を早く伝えるのだ。
◆
夜はまだ始まったばかりだぜ!
高らかに宣言した俺は分厚い本を天に掲げた。
俺が暫定黒幕メガネくんに王城見学の権利を渡されてその日に探索を初めて早三日、ついに王城探索の末に隠された地下図書館を見つけた俺はテンションが上がって小躍りした。
そしてあのメガネくんが俺がここを見つけたことを知っている可能性を思い浮かべてテンションを落とした。ジェットコースターの急降下である。
いいもん知るかよ俺はここで知識を手に入れるんだ!
もう情弱とは言わせんぞ!
「俺が最初に読む記念すべき一冊目はコレだぁ! ……これ……だ?」
掲げた本の表紙を見た俺は首を傾げた。
何だこの記号は……もしかして文字? じゃあこの規則性は文法で……あっ。もしかして……俺たちにインプットされた言語データに文字はない……? 発声言語だけ?
俺は硬直した。
メガネくんが馬鹿にした顔で笑う光景が目に浮かんで再起動した。
ちくしょうがよ。
やってやるよ、独学で読んでやるよ。
なに、やることはそれほど難しいものじゃないんだ、文法と単語は頭にあるからあとは単語と文字を結びつけるだけだ。
それだけだ、過去にゲーム特有の独自言語の解読班に加わった俺を舐めるなよ異世界言語、おめぇなんて二日でこの分厚い本読み切ってやるから後悔して泣いてごめんなさいしても許してやんねぇからなぁ!!
◇
「もう無理ぃ……ごめんなさい……許してぇ……本当は解読班じゃなくてそのお手伝いをしただけなんですぅ……」
解読開始一日目にして、解読作業の右も左もわからぬままに初めてしまった俺は心を折られていた。
異世界言語、正直舐めてました。
昨晩、部屋に持って帰ってきた本をベットの下に隠したのはいいのだが、解読二日目の今現在、隣の初瀬さんもぐっすり眠って夜になった今解読を再開しようにも叩き折られた心はやる気を起こさず、幼女ボディは「最近睡眠時間が短いから寝ろ」と語りかけてくる。
初瀬さんと俺のベットの間にある机の椅子に座ってもなんのやる気も出ないのだ。
イヤじゃ、わらわは徹底した眠気の我慢でようやく『ショートスリーパー』なるスキルを手に入れたのじゃぞ! これを伸ばさずしていら……れ、る……か?
俺はポンッと肩に優しく何かを置かれた感覚に固まった。
おかしい、俺の聴覚は猫ゆえに人間の何倍もあって背後から近づく足跡も漏らさない自身はある、布団をどける音すら聞き逃すような自体になるわけが……心当たりは、あわわわ……。
「悠羽?」
「ひぃっ!」
耳元でよく見知った女の人の声が聞こえる。
「ちゃんと寝なきゃって、言ったよ?」
「これには深いわけが……」
「言い訳は無用」
「ごめんなさい……許してください……」
普段と変わらないのに、どこか底冷えするような初瀬さんの声に俺の全身は震えていた。
泣きそう、ホントいつ起きていつ布団から出ていつ後ろに来たの? 俺の真横だぜ初瀬さんのベット、なんで俺が気づけねぇんだよ。
ナマハゲに脅かされた子供はこんな気分なのかと嫌な納得をした。
「もう夜、小さい子は寝る……わかる?」
「よ『る』、ね『る』、わか『る』ってなんかラップみた……あっああ、ごめんなさい初瀬さん、抱えて俺をベットに運ばないで、本が、本が落ちる!」
お姫様抱っこされた俺は慌てて手に持った本を落とさないようにあわあわとしていると、初瀬さんが本の存在に気づいた。
「本……? ほんとだ、本、暗くて気づかなかった。……分厚い……辞書? こんなに暗いのに読もうとしていたの?」
「え、ああ、はい」
「文字も見えないのに?」
「あーそれは……その、最近『猫の目』という暗視スキルを手に入れまして……」
「うん、スキルは条件達成か訓練することで手に入る。そのスキルなら……暗いとこで活動してたら簡単に手に入りそう。で、暗視が必要な暗さなんて夜くらい……」
「あー……えっと、その……ですね?」
「ねえ悠羽、悠羽は夜遊びする悪い子? それともしっかり寝るいい子?」
「土下座します許してください」
「ダメ、まず寝る。明日は……お説教」
「ぴぃ……」
俺のベットに横たえられ、掛け布団を被せられた俺は頭を撫でられた。
「低年齢によるステータスの低下、無理して酷使して過労死したら笑えない。悠羽の家族も悲しむ……わかった?」
「……すいません」
「しっかり寝て、用事は明るいうちに済ませる」
「善処します……おやすみなさい」
「……おやすみ」
観念して目を瞑った俺のベットの脇で、初瀬さんは膝を着いている。
自分も寝ればいいのにと思うが、俺が寝るまで見張らないとまた布団を抜け出すと思ったのか、まだ俺の頭を撫でて子守唄を歌っていた。
個人的に猫耳を潰すように撫でられるのが好きだ。
その好みをしっかり把握して──というか初めからそういう撫で方をしてきた初瀬さんが原因でこの撫でられ方を気に入ってしまったのかもしれない──撫でてくれる初瀬さんの優しい声はやけに心に染みて………………。
………………。
…………………………気づいたら朝になっていた。
ハッと気づいたら寝ていたのだから恐ろしいものだ。
ちゅんちゅんと窓の外で鳥のさえずりが聞こえるのが朝だとよく知らせてくれた。
ちなみにこの時間、結構早起きらしい。
さて起き上がって訓練場に散歩に行くかと思ったが、そこで胸に重みがあるのを感じた。
「……うん? なんだろ」
首を曲げて顔だけ起こしてみると、すぐそこにこちらを向いた初瀬さんの寝顔が。
「……みゃ!?」
すーすーと穏やかで静かな寝息を立てる顔は酷く整っていて、考えてみると昨日持ち上げられた時あんなに密着していたのに俺よく慌てなかったな、眠気とは恐ろしいものだ感覚を鈍らせてくる。
精緻に整った顔立ちは美人さんで、俺の小さな体の胸と顔までの距離では胸に顔を乗せて寝落ちした初瀬さんが少し動けばくっついてしまいそうなほど近くて……。
「……あああ、何考えてんだ俺冷静になれいっそ寝ろ顔の熱など忘れてしまえ」
傍から見たら赤くなっているだろう顔を枕に……埋められない!
なんということだ、仰向けから動けないおかげで顔を枕で隠せないではないか。
クソ、この行き場のない羞恥心はどうすればいい。
教えて、エロい人! ……じゃなくて偉い人!
◇
「……ごめん、上で寝ちゃった」
「べっべつに気にしてませんよ? ええ、全く気にしてません」
「悠羽顔真っ赤、怒ってる?」
「この鈍感系主人公め」
「……?」
人の羞恥心にも気づけないのか、こないだの鋭さはどこへ消えた。このやり取りこの前やった気がしなくもない。
そうやって少し初瀬さんを睨むも、ウォード錠の鍵を手で遊んでは上に軽く投げてキャッチしてを繰り返す初瀬さんは気づかない。
やっぱり鈍感系じゃないか。
他の人の部屋が並ぶ廊下を歩いて食堂へ向かっていた。
だいたいいつも初瀬さんが食堂に向かう時間帯であり、俺が部屋の前で初瀬さんを待っている時間帯である。
なぜ部屋の前で待っているかというと、散歩のあと直行で食堂に向かうと初瀬さんが心配するし、部屋に入ると絶賛お着替え中の初瀬さんに遭遇してしまうしで結果俺は自分が寝泊まりしている部屋の前で待つという形をとっているのだ。
初瀬さんはべつに部屋に入って構わないというが、俺の方の問題である。何度もいうが身体は幼女で心は男子高校生だ、思春期真っ盛りの気持ちを考えて欲しい。
ただわかることは傍観してるだけの男子からしちゃ羨ましい光景なのだろうなと。
知るかよこっちの立場に立ってみろ、風呂場で猫耳にしっぽに太ももにと色々洗われた立場になってみろよ、羞恥心で死んでないのが不思議なくらいだわ。
……いや待てよ。なぜ猫耳としっぽを触れられることに恥を感じているのだ。
しかしまあ、今朝の一件で昨晩の暗視や本を巡るお話は忘れられているようなので良しとしようではないか。
「でも、お説教は別」
「お説教ってなんのことでしたっけ」
間髪入れず俺はとぼけた。
はて、なんのことだろうか。
お説教……お説教、俺はそんな怒られるようなことアッタカナー。
そう、昨晩は何もなかったのだ。
初瀬さんが見たものは夢、そうに決まってる。
「逃げちゃダメだよ?」
「……しっかり覚えてました?」
そう言うと、鍵を手で弄ぶのをやめて初瀬さんは上を向いて顎に指を当て、うーんと唸って、そして何かを納得したようにこっちを見て答えた。
「一句一文字言動全て」
「……いや待ってくださいさすがに冗談ですよね」
「そういえば」
「もう次の話題行くの!? はやい、答えてギブミー!」
「……そういえば」
「……はい、なんでございましょう」
「悠羽は、今の体どう思ってるの?」
「今の体? ……あー」
どういう基準で話題を振ってるんだこの人、また鍵で遊んでるし。
それはそれとして、俺がどう思っているのかとは結構難しい質問である。
無論、元の肉体に戻りたいとは考えるが、それは何より姉が関係してくる。
姉にこの姿を見せたくない、姉がこの姿を受けいれてくれるかがわからない、この姿では地球に住めない。
そこから、戻りたいという感情が生まれてきている。
肉体年齢によるステータス低下だって戻りたいという前提から恨みはしたが、もしその感情がなければなにも思っていなかっただろう、むしろ初見縛りプレイとかいって獣人の人生を謳歌していたに違いない。
間違いなく。
たとえ、このあいだ気づいたように、この世界がしっかりした現実で死んだら死ぬと理解していても絶対に楽しめた。
その他のこの体への恨み言だってきっと反転して楽しさのスパイスになっていた。ゲームで縛りプレイをした時のように。
肉体を恨むようなことがなければもっと自由に動いていた、楽しんでいたのだろう。
さて、そんな今の体をどう表すか。
まあ、この一言だろうな。
「元に戻りたいですよ、いつだってその方法を探します」
「そう? その体になってから悠羽、地球にいたころより楽しそうだけど」
そしてもし姉のことを気にしなくていい時が来たなら、その時は全力で楽しむのだ。
そのためには、あの人が独りでもまともに生きられることを確認したらだろうけど。
…………?
…………いや待て、地球にいたころ、俺は初瀬さんと関わりなかったと思うんだけど、地球にいたころより楽しそう……とは、どういう……。
クラスメイトとほとんど関わりなかった気もするのだが、なぜ初瀬さんは地球の俺を覚えている?
認識されていたかも怪しいのに、接点なんてなかったはずなんだけどなぁ。
「食堂着いた、今日のご飯なにかな」
まあ、朝飯の前に気にするほどのことではないのは確かだ。
◇
「悠羽、あの本出して」
「えーっと、はい」
朝飯を食べ終えて、自室に戻ってきた俺はまず初瀬さんにベットの上で正座させられた。
そしてきちんと寝ろと説得させられたのだ、言及されなくて安心した。あの黒幕について話したら初瀬さんが洗脳されてしまう可能性がある。
既に初瀬さんが洗脳されていたら……その時はその時だ。
まあこれに関してはしょうがないことである。
肉体年齢が低いから無茶できないとはごもっとも、寝よう。
それはいいとして、枕の横に置いておいた分厚い辞書を取り出して初瀬さんに見せた。
ちなみに初瀬さんは俺のベットを椅子にして座っている。
「……何語?」
「俺の知る限りでは、地球にないものですね」
「この世界の言葉って言えばいい、遠回しに言わなくてもいい」
「遠回しに言いたいお年頃なんですよ」
「自分で言うこと?」
「初瀬さんもいつか、探偵みたいに勿体ぶったことを言いたくなりますよ」
「悠羽と私、同じ学年だと思う」
……そういうお年頃だから仕方ないのだ。
男の子にはそういうころがやってくるのである、きっとたぶん。
「悠羽は……この本、読めるの?」
「いいえ? 異界の言葉なんて頭に入れられた分だけですよ、文字なんてサッパリ、これっぽっちも読めません。初瀬さんは読めるのですか?」
「……読めない、だから聞いてる。微塵も読めないならどうして?」
「いやぁ……解読できるかなって奮闘してまして」
「解読できるの?」
小首を傾げて少し期待の眼差しを向けてきた初瀬さん。
しかし答えは残酷である。
「……いや、あのですね。やっぱり……初心者がやる物じゃないなーって」
「……そう」
しゅん、と落ち込んだ初瀬さんは、ふと何か引っかかったようで考え始めた。
「どうしたんですか?」
「いや……解読しなくても文字を読めるようになる方法がある気がする」
「えぇ……そんな方法があるんですか?」
そんな時である、コンコンと部屋の戸が叩かれて向こうから声が聞こえる。
どうやら来客らしい。
「赤井でーす、ふたりともいるー?」
「どうしたの? 鍵は開いてる、入ってきていい」
ガチャ、と戸が開いて現れたのは赤井さん、つまりギフト『追尾精霊』の保持者で俺に風呂に関する画期的なアイデアを与えてくださったお方である。
ただ、いま彼女が名乗るまで名を忘れていたことはヒミツである。
「おじゃましまーす……っておや? 母娘揃ってなに本と向き合ってるの? 娘のお勉強会?」
「……母娘?」
思わぬ単語に思わず聞き返してしまった。
「そうそう、私たちの間でねー悠羽クンに対する初瀬ちゃんの目が母親だよねーってなっててね。おふたりのことをあわせて母娘って呼んでるんだよ」
「私が、母親?」
「ちょ、なんで初瀬さん俺を撫でるんですか! ひみゃっ、待ってぇ擽ったいっ!」
全くの初耳だ。
初耳だし、俺はいいが初瀬さんがそう呼ばれて嫌なのではないだろうか。
そう思った矢先に耳をくりくりと撫でてきたものだからそれはねぇなと断定した。耳を潰すのはいいが、耳をこりこりくりくりと内外同時にさするのは非常に擽ったいのでぜひやめていただきたい。
「仲良いねぇ……で、本と向き合って何してたの? てか、どこから持ってきたの?」
「悠羽が持ってた」
「借りてきたんです。……それで、借りてきたはいいんですけど」
「読めない、だから悠羽が夜更かしして解読しようとしてたところを、止めて、寝かしつけたのがゆうべ。頭撫でて子守唄歌ったらすぐに寝た」
「ふぅん……まーじで母娘だね……想像以上で驚いてるよん」
「美子、文字を覚えるのにもっといい方法あった気がする。知らない?」
「赤井さん、知りませんか? 二人でちょうど悩んでたところでして……」
初瀬さんと二人で赤井さんに聞いてみる。
それにしても、赤井さんの名前は美子というのか、赤井美子……覚えた。多分。
とにかく、二人で赤井さんの目を見て言うと、その瞳をぱちくりと瞬きして何を言っているんだこいつらという表情に変わった。
「ねぇ……あのーおふたりさん? この宿舎の人に習うとかそういうことは……あーもしかしてあの人達の仕事の邪魔になるなーって思って除外してたりした?
はっはっは……そうだよね、ねぇ、その驚いた顔はなーに? 母娘揃って思いつかなかったの? すでに広く知られてることを一から研究しようとしたの? 文明、文明って知ってる!?」
「考えもしなかった」
「習う……思いつきませんでした」
本気で心配した顔で俺たちに迫ってきた赤井さんは、俺たちの答えを聞いて原始人を見たような顔を浮かべた。
「ネアンデルタール人……っ!?」
「む、失礼な、けど否定はできない」
「そこは否定すべきところだと、私は思っちゃうなぁ」
おい初瀬さん、あなたが肯定すると俺まで旧石器時代人になってしまうではないですか。
……と、冗談はさておき、俺はなんでこんな簡単なこと思いつかなかったんだろうね。
「うそん……噂の母娘は揃ってポンコツだった……?」
「噂の、悠羽だけじゃなくて私も?」
「ふたりとも、美人さんだからねぇ……そりゃーセットで広まるさね。上月クンが笑ってたよー、『初瀬が母親……解釈一致すぎる、なんでだ?』ってねー」
「……颯希が?」
「そう、初瀬ちゃんの幼なじみ、上月クンがね?」
「……? なんで強調したの?」
「ヤダ、この子微塵も恥ずかしがらない。これが王道主人公のクール系バブみ属性幼なじみの力……」
なんとも表情が豊かな人だ。
床に崩れ落ちた赤井さんはあわわ……と震えるフリをしている。
「……そういえば、赤井さんはなぜここに来たのですか?」
「ああ、忘れてたよ。そんなに大事な要件じゃなくてねー……こう、みんなで訓練場まで行かないかい、というお誘いなんだけども……」
そこで切った赤井さんが、ふむ、と唸って初瀬さんと俺を交互に見てから言った。
「その母娘関係に水を差す気にはなれないなぁ……どう、悠羽クン、初瀬さんに頭撫でてもらいながら寝たって聞いたけど、添い寝して貰ったの?」
「にゃ、え、そい……添い寝ぇ!? して貰ってませんよ!」
「そう、悠羽が拒否する」
「そうかー面白いなーこの擬似母娘……じゃあ先行ってるねん。ばいにゃらー」
ニヤニヤニコニコとした赤井さんは笑いながら去っていってしまった。
嵐のような人とはこのことか、この数分で異様に疲れてしまった。世の中すごい人がいたもんだ。
「ほとんど話してなかったね、悠羽」
「あまり話したことがない人ですし」
ロールプレイして、普通に会話できる人を演じればいけるがべつにそれをする必要もない。
そもそも新しいロールプレイの皮を貼っつけて、なんの不都合も生まれないのは俺を知らない人間がいる場所くらいだ。
地球の学校ではほぼ話さなく目立たない人間であっただろうし、こっちに来てからもクラスメイトは初瀬さんに心を開いた内気で物珍しい境遇の元少年現在幼女くらいにしか思ってないだろう。突然ぺらぺら話されても向こうが困惑するだけだ。
「……行きましょうか、訓練」
「そうだね」
「……? 訓練……訓練……あっ」
「どうしたの?」
「訓練といえば、初瀬さんが訓練の時に渡された魔法の本どうやって読んでたんですか!?」
「ああ、あれ……あれ? ……日本語で書かれてた」
「……日本語で? ココ、異世界ですよね。日本語が流通してる不思議設定でもなくて」
「コレの名前も『火魔法』って漢字で書かれてた。そういえば」
そう言って初瀬さんは指先サイズの赤い円を空中に描いてその先に火をつけた。そして手を動かして消化した。
ぽっと着く火、何その演出かっこいい。
弱そうな小さな火でも、こうまでかっこよく見せちゃうのズルい。
「また不思議なことが出来てしまいましたね」
「また? ……でも、不思議なのは確か、なんで日本語の本がここにある?」
「内容はどんなのでした?」
「火と水と土と風の魔法の説明が書かれてた……あとはよくわからない魔法陣? それぞれの説明の下に一個づつ描かれてたから、その魔法の魔法陣なんだと思う……違うかもしれない」
「……どういうことです?」
「私が読んだ魔法陣は、今私が火を出した魔法陣より複雑。
むしろ、さっきの魔法陣が簡素すぎる、赤い円だけの魔法陣に魔力を流してなんで火が着く」
「むぅ……どうしてですかね……」
魔力なんて俺にはまだ謎な概念を出されても困るが、そうなのだろう。
「とにかく、そんな本を呼んだら、さっきの四つの魔法を覚えた。あっ……そういえば、ステータスも日本語……また、不思議が増えたね」
「ええ、増えましたね」
「後で、悠羽に魔法を教える。そしたら、一緒に考えてみよう。あと、文字も習おう……やることいっぱい、でもまずは訓練」
「ですねぇ……そろそろ遅れちゃいますし行きましょうか」
耳は心地よくて、しっぽは変な気持ちになる。変な気持ちとは?察しろ(悠羽談)