三十八話 『序章故に』
眠いっ!!!!!(渾身の叫び)
それを傍から見ていたものがいれば、なんと呼んだだろうか。
きっと、呼ぶ前に、形容する前にその場から逃げ出している。
そんな予感を胸に、踏み込みたくても踏み込めない決死の戦場を前にして王女は行く末を眺めていた。
天使が異形の翼を一振、二振する度に、空間の広さも強度も歪んでいくような錯覚を覚える。
果たしてあの天使には、この戦いが終わったあと、久々の再開を喜び手を繋いで笑えるような余力が残っているだろうか。
私の目的に初めて賛同してくれたあの優しく強く狂った姉とまたすぐ抱き合えるだろうか。
疫病神が甲高い声で吠える度に、髪は伸びて、本能のままに妖魔を形作る。
疫病神に憑かれたあの子も本来は欲しかった。
疫病神とアレらに憑かれてさえいなければ、あの子が猫獣人に……しかも幼い少女になるギフトを授けられたその真意、その人物を最も将来的に成長させ強くするというギフト全体的な効果で選ばれた意味が気になって仕方がなかった。
こういう時に役に立たないユニークスキルなど、称号程の価値すらないと王女は拳を固く握る。
お姉様と同じようにユニークスキル持ちになれたのだと喜び跳ねたあの頃の自分を殴りたくなる。
お前のそのユニークスキルは、『強欲』は、手に入れてからが本番だろうと、力が必要な時のために蓄えるためにこそお前のスキルはあるのだろうと。
『強欲』
あれが欲しいこれが欲しいと増大する欲望すら渇望し、新たな渇望を追い求める補助をする力。欲するものを手に入れる快楽を識る能力、そして得物をさらに活用する知性を手に入れる。──欲することの延長線上、次を求める力。
これがあって、なぜスキルを手にした程度で喜んだ。
既に次を考える知性を得ていたはずだ。
あとは知識と知恵を総動員して、今のような歯がゆく己が最も嫌いな手の平から物事が零れ、能くするものが手に入らないかもしれない、そんな事態を、今のような現実をなくすための努力をしなかった!
そのどちらも、最低でも天使が勝たねば永劫に手に入らない。
あの子はすぐには手に入らないだろうけど、それでも、天使が勝たねば、天使はまた眠ることになるだろうし、あの子は飲み込まれたまま少なくとも王女が生きている間に“戻ってくる”ことはないだろう。
王女は、自分とタイキの方へ誰かが近づいてくる音を聞いた。
今戦いに参加していない、否、参加出来ないあの、『勇者の器』の男……名をなんと言ったか。
十中八九、彼が来ているのだろう。
「いらっしゃい暇になってこっちに来たんですか?」
「いや、せめてお前らがおかしな動きをしないように見張りに」
初瀬も行っちまったしな……と、おいてけぼりにされた子供みたいに小声で漏らした声も、しっかり王女は聞いていた。
激しい力の激突が起こったのだろう、ドォンッという大きな音と、突風が吹き荒れた。
王女とは違い、激しく風に揺れる程の髪はない上月は、気になって仕方がなかったことがあると口を開いた。
王女は髪がバタバタと暴れて大変になってる最中、何とかその言葉を聞いた。
「俺たちはお前らが洗脳使って攻撃してきたから、敵だと判断して攻撃した。洗脳を知ったのも昨日のことだし、情報も、敵味方の精査もする暇もなかった訳だが……結局お前らの目的はなんだったんだ?」
洗脳なんて方法を使っていたとはいえ自分の常識的に正しい行いをしていて、それを頓挫させてしまったのなら申し訳ない、なんていう意図が見え隠れするところがなんも言えないが、もうこうなってしまってはこの負けを利用した次に移るしかないのだから話しても問題ないと王女は口を開く。
「とっても子供っぽい夢ですよ。ね、タイキ?」
「子供っぽいも何も、お前は子供だろ」
「じゃあそんな私に惚れたあなたはロリコンではないですか? おや、目を逸らしましたね」
「あー……お二人さん、そのイチャイチャは後にしてもらっても……? 曖昧な言葉だけ返されても余計気になるだけだし……というかそういう仲だったの!?」
思わずと言ったようにツッコミを入れる。
横では相変わらず疫病神vs天使とバグキャラプラス初瀬でバトっている。
「ええ、そういう仲ですよ。まず、私がお姉様の全てが欲しくて、お姉様を落として、次に召喚されたタイキもにも一目惚れしたから落としたんです。
もちろんお姉様もタイキも納得してくれてますよ? 最初は困惑してましたけど」
二人の愛を手に入れたんです。
そんなことを王女は宣った。
「うん? ……??
重婚、同性婚、一妻多夫? いや多夫じゃなくて一妻が夫と婦どっちとも……??」
ドウイウコトナノ。
上月はそっちの答えが欲しかったんじゃないというツッコミすら思い浮かばず、しばらく理解が出来ないまま首を傾げ続けた。
横で起きてる戦い並に形容しがたい関係を作り上げた狂人が目の前にいたのだ。
「こいつはそういうやつなんだ……」
諦めてくれ、とその浦谷悠羽が黒幕だのなんだの言ってた人物と思しき男。タイキ? とやらがそう言った。
その通りにそういうものと納得することにした。おそらくタイキもそう納得しているのだろう。
価値観が違いすぎる。
もはやタイキに対して百合の間に挟まった男とかそいう感想すら浮かばず、ただ不思議な三人組という認識になった上月はハッと思い出した。
というかじゃああの天使と思われるお姉様とこのタイキという人間同士の関係はどうなっているのだろう。友人かな? 家族かな? 兄弟みたいな気分なのかな? それともそこでも恋愛感情が?
もう考えたら負けな気がした。
ちなみに答え兄弟みたいな関係である。お姉様が姉でタイキが弟だ。
すると王女と天使は実の姉妹かつ婦婦(誤字にあらず)で、王女とタイキは夫婦で、そして天使とタイキは義理の兄弟と意味のわからない相関図が完成する。
「ちょっと、待ってくれ。これ以上この話題を深堀するのは俺の正気が持たなそうだし……てか俺の質問から大きく離れてるんだけど」
「……ああ、そうでした」
本当に忘れていたらしく、目をぱちぱちしてちょっと考えて、王女は話し出した。
「世界征服ですよ。どうです……子供っぽいでしょう?」
「……さっきの話の後だとまともなことに聞こえてくるのが嫌なんだが……じゃあ、様式美として……どうしてそんなことをしようとしたんだ?」
「欲しくなったから、あとはたまたま接触してきたある組織がちょっとした支援をくれましてね。……もちろん警戒しましたよ? でも彼らは私たちが世界征服しようとする過程が欲しいらしく……」
そんな欲しいものがあってお小遣いが入ったから手に入れようとしたみたいなノリで話さないで欲しい。上月は頭がこんがらがりそうだった。
「その、組織ってなんだ。あからさまな悪の組織みたいなノリのそれは……」
「うーん……まあ、今となっては関係ないことですしね。特にバラすなとか言われてませんし。
この世界最大の宗教、スプリミテ教の派生宗派みたいなものですよ、こう……裏技的な。純粋な信仰でもあり、純粋な信仰とも少し違う感じの。
あっ彼らの名前は知りません。それは残念ながら聞き出せませんでした……まだ私たち、ただの一国……一国とも少し違いますが、まあそんなものですので」
王女は思いっきり、“まだ”自分たちは国なのだと言ってみせた。まだなにかやらかす気まんまんである。
それはそれとして気になる一言、“ただの一国”ではないとは一体どういうことなのか。
少し悩むような仕草をすると、タイキが補足説明をした。
「この国、デア王国は本の国と言われているんだ。そして隣に……というかここは最西のコクマウ大陸どころかその大陸の地図の西の端なのだが、海を除いて囲うように武の国ウツジョブというものが存在しているんだ。
そしてデア王国は大昔から……神話によるとこのステータスという法則が産まれる前から異世界人召喚の儀式を守り続けていて、ウツジョブ国はこの国を守る、そんな役割がある。どちらも日本くらいかそれ以上に長い歴史を持つ国だ。日本は確か……縄文初期は一万六千年ほど前だったはずだからな。
その性質上、一年に一度両国の王が会してそこから一年の方針を決めるんだ。結果、二国の方針は同じ国みたいに似通っていて、実質的な二王政みたいな状態になっている。
欲深い我が姫様はな、それが気に入らないんだと」
「ですから、そのついでで世界征服してしまおうと思ったのですよ。ちょうど私が産まれる前に呼ばれた異世界召喚たちは自由奔放すぎて全員城から逃げだしたので、少し時間がかかって2度目の召喚が可能になったのが私が企み始めた頃でして。
その時に、私が一世一代の賭けをして奪った『知名の魅了』というギフトと、タイキを手に入れたのですよ! まさか惚れた相手が、私たちに足りないものを持っているとは思いませんでしたケド」
えへへ……とタイキに抱きついた王女は叫んだ。
タイキも王女のそれに嫌な感情を見せることもなく、変に照れることもなく、抱き返していた。熟年の夫婦オーラが漂っている。
上月は置いてけぼりな感覚を味わったが、初瀬と上月も互いの気持ちに気づいてないだけで似たようなものである。
「じゃあなんだ、その時の異世界人……地球人たちは……」
「全員洗脳しました、タイキ以外。
でも、世界征服には力が足りないので、あの組織の支援を使って3度目の召喚とか諸々の準備を二年で済ませて……というのが今回、あなたたちですね。
とんでもないモノが来ましたけど」
「……あれ?」
なにか、どこか違和感を覚えた上月だが、どこがおかしいのかよくわからなかった。
いやな感覚が残ってしまった上月は、それを振り払うように言う。
「とんでもないモノって、アレか?」
上月の指は疫病神を指していた。
「ええ、“まさかまさか”というものです。完全に予想外でしたね……予想しようがありませんが。
あらま、もうそろそろ戦いも終わりそうですね」
「……まだ聞きたいことがあるんだが」
「あらかた天使がお姉様であることでしょう?
簡単です、お姉様が天使に“成る”ことが私たちにとって必要条件だったので、私たち全員で相談して、人間としてのお姉様を私は殺しました。そして“命の原石”に魂と精神と肉体情報を入れて以下省略です。まあ、まさか天使としての再誕までの間に神格の眷属になっているとは思いませんでしたけど……もういいですか?
お姉様が疲弊しきっているので戦いが終わって直ぐに助けられるように準備を整えたいのですが」
「お、おう……」
うずうずとしている王女を見て、とても止められるような状態じゃないなと思った上月はもう質問はないと返した。
それと同時にたったっと優雅さを忘れない足取りで、しかし素早くその場を離れてどこかへ王女は行ってしまった。
「あいつもいい暇つぶしになったと思うぞ」
するとタイキが口を開いた。
向こうからは話しかけてこないものかと思っていた上月は驚いた。
「上月颯希って言ったか? ……お前も日本人なんだろ、どうだ、この世界は」
「どうだって……既に何度か「あっこれ死んだ」って思うような経験したから、なんとも……」
「だろうな」
「その半分くらいはたぶんお前たちが間接的に関わってるんだけど」
「……なあ、気になっていたことがあるんだ」
「うん?」
「俺たちがこっちに召喚された時、つまり五年前、そっちでは騒ぎになったか?」
「……」
それだ。
上月は違和感の正体を見つけた。
設定に重大なミスがあったのでちょっと修正……許して……。と思ったらミスじゃなかったので元に戻した。




