三十三話 じたばたじたばた
半分眠りながら誤字チェックしたしなんならその最中数回寝たから普段より誤字多いかもしれない。
手をにぎにぎして調子を確かめるような仕草をした熊宮さんは、ぎっとしっかり拳を握った。
「噛ませ役みたいにはなりたくないんだ。わりと真面目にやるよ」
そう宣言して気づいた時には俺を俵を抱えるみたいに持つなんだったかさんのすぐ前まで肉薄していた。
接近に気づかせない歩法、ただ踏み込みを気取らせないだけでは到底不可能な程に完璧なそれはやはり俺程度では何度見ても微塵もわからない。
「あと、片手が塞がった相手に負けたら、父親にドヤされそうだから、ねっ!!」
左足を踏み込みながらの下段から上段に向けた順手の突き。
予備動作は前の動作の中に含まれ、点と点は繋がりあい、結実したそれは技となる。
それをなんだったかさんは生きているかのように蠢く風を使い防ぐ。
いつの間に発動したのか、魔法陣はどこにあったのか、それすらわからないなんだったかさんの魔法を前に熊宮さんは怯むことなく猛襲で返した。
魔法に阻まれる度に攻め方を変えて、並列で対策を組み立てていく様は、そうそうお見かけになれないものだ。
というか地球じゃ相当な機会かVR空間内じゃなきゃ見れないからな、少なくとも俺は地球においてそんなものを現実空間で見れる所を知らない。異世界と魔法があったんだから地球でも見れるんじゃね程度の予想である。地球に魔法ってあるんですかね?
まああってもレアだろうし、ということはこの世界ならではか……ならでは? この世界でも魔法のフレーバーテキストとシステム的な意味を推測して対応し続けながら反撃する人間はそうお目にかかれない気がする。
そんな化け物を相手になんだったかさんは勝つ気でいるらしい、とっとと負けてくれ。
でもそうだな。俺ならそう、熊宮さんに勝つなら。
「ここに来てから磨いたものじゃないんだろ、地球にこんな化け物がいたなんて恐ろしくて堪らないな。出し惜しみせず、対処の限度を超えるように畳み掛けた方が良さそうだ」
今なんだったかさんが呟いたような、こんな感じのコトをする。
俺が知る限りの熊宮さんの情報でも、これが一番有効な手だ。
まずいな、背後の破壊音を聞く限り、上月さんと初瀬さんはまだ戦闘中だ。
俺はどういう訳かこいつに捕まってから魔法が使えない。
俺は魔法に詳しくないからそういうシステム処理として解釈してそれ以外の手段はどうだ。
例えばこの場でじたばた暴れたりするとなんだったかさんの行動の邪魔になるにはなるけど、魔法による攻撃を基本とするなんだったかさん相手では大した抵抗にはならない。むしろ暴れると熊宮さんの邪魔になるかもしれないから……つまり、なんだ?
なーんにもできないっ!!!
せいぜいがこうやって考えるくらいだね。
もう寝てよろしいか? 昨日一昨日夜間戦闘続きでクソ眠いんだよ。徹夜はゲームの華だけど同時に諸刃の剣でもあるんだ。眠くなると集中力落ちるからね、下手に眠気が増すと夢見心地で自己暗示が解けにくくなる。
一度本当に面倒なことになったんだ、現実に笑って剣を振り下ろす精神性を持ち込む訳にはいかないからな。
寝よう。
…………うん、寝れんかった。
魔法職とはいえ動いてるなんだったかさんの不規則な揺れはなんというか、目を瞑ってると酔いそう。いっそなんだったかさんに胃から逆流した元食い物をぶっかけてやろうか。
俺がそんな嫌がらせを画策してる間に戦闘はその苛烈さを極めていた。
火の魔法は鳥となってそのクチバシと爪を向けて、水の魔法は蛇となってその牙を剥き、土の魔法はゴツイゴーレムのような形でその硬い拳を握る。
対する熊宮さんは猛攻によってさらに技が磨かれ研がれていく。熊宮幸という剣に刃を付けるヤスリこそがこの攻撃だったのかもしれない。地球には無い概念という新たな刺激こそが、魔法による命の危険こそが彼女という刃をさらに磨いているのかもしれない。
岩石から掘り出された化石のように、地球では味わえない危険がさらなる強さを表に出したのかもしれない。
なるほど、俺は納得した。
俺が彼らに抱いた最初の評価は間違っていなかった。
戦い、そして成長する。
さっき見たどこか吹っ切れた様子の上月さんと同様に熊宮さんもあの強さを持ちながらさらに上に辿りつこうとしている。
それは正しく主人公としての才だ。
正統派かつ優秀な少年漫画のヒーローの資格だ。
いいな、素晴らしいな、羨ましいな。
ああいう人たちを見るとテンションが上がる。
羨望と渇望が混ざった諦めの末の興奮。
イケナイな、これは不健全なものだ。
別の活力に回さなければマズイものだ。
さて、熊宮さんの傷も目立ってきた、そろそろ佳境だろう。
その成長があっても、熊宮さんは未知の力に押されて不利。
ならば主人公、どのようにして勝利する?
何をもって悪い魔法使いを打ち破る?
何をどうしてどのようにピンチをチャンスに変える?
「その生き物じみた魔法、それが君のギフトなんだろう黒幕くん。そしてそれはおそらく洗脳とは無関係だ、ならば別に共犯者がいるね? 少なくとも一人。
じゃあもう、君にこれ以上力は割けないんだ、後の敵に疲れて負けましたじゃ格好がつかない。
……やってくれ」
熊宮さんがそういうと、なんだったかさんの水の魔法が、水でできた蛇のうち複数体が停止した。
そして同時に風に化けた。
風のうねりとなって、しかしまだそれは蛇なのだと確信できるそれは、ナニカの誘惑に負けたようになんだったかさんを裏切り標的を変えた。
熊宮さんの意識もなんだったかさんの視線も風の蛇を映している。熊宮さんが感じ取れているということは、『魔力知覚』で読み取れている訳ではない。
どういう理屈か、見えているのかもしれない。
見える風、可視的な空気、異様な性質を纏った蛇はリル、リル、と唸るように背筋が凍るような声で鳴きながらその口を、牙を、毒牙をなんだったかさんへ差し向ける。
乗りかかるように、相手を下にするように。
そして、噛み付いた。
果たしてその鳴き声は本当に声なのか、空間に響くこれは本当に空気を震わせているものなのか。それを考えさせる暇もなく、熊宮も畳み掛ける。
「ナイスだ水内!」
そういえば、先頃に別れた時のように水内さんは熊宮さんの背に張り付いているわけではなかった。なるほど、あれをやったのは隠れていた水内さんだったらしい、異様な技能、謎が深まるばかりである。イメージ通り本当に魔女なのでは??
姿を見せていない水内さんに感謝の言葉を告げた熊宮さんは既になんだったかさんのすぐそこに肉薄していた。
「……すごいな、アレだけじゃなかったのか。水内だったか? 違和感を感じて遭難組に、殺しの対象に据えたアイツが正しかった。これは後で煽られるな」
「後など、ないぞっ!!」
熊宮さんの突きが、感心したように喋るなんだったかさんの体に強い衝撃を与えた。
中段の一撃。
鳩尾を狙った大打撃。
「ぐぅっ!」
なんだったかさんが衝撃に揺らめくと同時に俺は手放され宙を舞う。
「ナイス、熊宮さん!」
はははっこれで動けるぞ。
ここからは二対一、いや、どこかにいる水内さんを含めて三対一だ!
……ってあれ?
「何やってるんだ浦谷、釣り上げられたマグロの真似か? できれば早く起き上がってくれると嬉しいんだが……」
「いや、動けない、動けないんですけど! なんでぇ!?」
ビチビチじたばたうねうね。
なんか見えないなにかで手足を拘束されてる、いつの間に!?
「いやなに、さすがに一対多は骨が折れるからな、拘束させてもらった。ついでに数もあわせようか」
ハッとした熊宮さんが気づいたように廊下を見た。
丁字路のなんだったかさんが来た方でもない、熊宮さんが来た方でもないもう一方を。
いやまて、そこに廊下があったのか?
ここは丁字路だったか?
いままで、俺はそこに廊下があるのだと認識していたか?
ここは一直線の廊下だったはずだ。
そこに曲がり角などいままでありはしなかった、この世界に始めてきた時から。
じゃあ、未知の場所は、その先はなんだ?
見て直ぐにわかった、階段だ。下へ降りるための階段だ。
一階にその階段はない、二階から一階より下に入るための、おそらく魔法で隠されていたと思われる隠し階段だ。
コツコツと何者かがあがってくる。もちろん、それは地下から。
それはひょっこりと、ボロ布を纏って金糸のような髪を覗かせた。
「なにが“数もあわせようか”、ですか。準備は一人でやるって格好つけたのはアナタですよ? 最後までかっこいいままでいてください。
だいたい、この登場の仕方もすでに似たことをした人がいるでしょう、二番煎じは楽しくないですよ。
もっと素敵なものを用意しましょう?」
「……すまん」
「おやどうも王女様、お元気なようで何より」
「猫獣人の疫病神さん、あの時のように元気いっぱいなようで何よりです。アナタが捕まり、私が見物する……この前と立場が真反対ですね」
「あの時のあれは是非謁見と呼んで欲しいものですね。頑張って馴れない礼儀作法に倣ったつもりなんですけど。
あと、少し頼み事が、助けて欲しいんですけど……」
──して、地下牢に幽閉されているアナタがこのような場所に……どうして?
そんな疑問はあまりにわざとらしいだろうか。
いや正直、素直に王女様がここにいらっしゃるのかわからない。
わかるっちゃわかるけどそれはただの推測だから確定じゃないし。
推測のまま考えると数合わせと言ってなんだったかさんが呼んだのが彼女ならば、つまり黒幕一味ということだ……つまり、なんだ。
あの牢獄にスタンバってたのかな、俺が来ることを見越して。
なかなか面白い光景である。
いや待てよ、じゃあこの人なんで今もボロ布纏ってるんだ、そういう趣味?
そういう癖でも抱えてるの?
ある意味重傷じゃん。
怖いよ、生きてる世界がちげーよ。
まあいいや、今はそれどころではない。
そう、それどころではないのだ。
「あの、王女様……? どうして俺を引き摺っておられるのでしょうか」
「ん? ああ、断罪のためですよ。生きても死んでも、この国にいるだけで有害になるアナタをお似合いの場所に、ね?
タイキー、私がこの子を落とすまで、守ってくださいねー!」
「ああ、わかってる」
美少女に罵声を浴びせられる……我々の業界ではご褒美です。
そんなことをいう人の気持ちが少しわかった気がする、なんかこう、ですね。ここまで平然と女の子に罵倒されるとなんかこうゾクゾク来るものがありますね。
……コホン。
「……落とすってどこに、もしくは何に? 洗脳で恋に落とすつもりですか?」
「絶妙に気持ちの悪い言葉選びですね」
「お褒めに預かり光栄です」
ズルズル、ズルズルと引き摺られていく。
俺なんかさっきから受動的な行動ばっかだな。
それにしても熊宮さんが言ってたもうもう一人が王女様なのかな。じゃあ洗脳をしていたのはこの人で、あんな大勢を神格からの祝福ではなく、通常のスキルでやってこなしたってことだろうか。
疑問は尽きない。
「その言葉の通りですよ、落とす。物理的にアナタをこれから落とします」
「それは一体全体どこの穴に? 遠くにあって移動に時間がかかる場所なら上月さんと初瀬さんが追いついて今にも助けに来ますけど」
どういう魔法か拘束されて動けない足を引っ張られて俺は進んでいく、進んでるとは言い難いけどね。
ふむ、こっちはあれだな、王女様が登場したあの階段の方。
あれだね、王女様の言葉を借りるなら“断罪”、すなわち俺は今“連行”されてるわけだ。そして刑罰はどこかに落とすらしい……で、城の地下で俺が遭った危険なものと言えば。
とてつもなく嫌な予感がするんですけど。
「今にも助けに来るんですか? じゃあ、今すぐ落とせば、助けられませんよね」
「えっと、もう一度聞きます。俺を一体どこに落とそうとしているんですか?」
階段の淵にまで連れてこられた俺は、人生の不幸ランキングトップ10に入るような出来事が訪れるなと半ば確信しながら聞いた。
「城の地下空間……いいえ、それよりさらに下にある天然の洞窟へと繋がる限りなく垂直に近い縦穴。
地脈の孔があるその場所へ。
星の力の噴出口にアナタを突き落とします。
大丈夫、莫大な力を前に拘束の魔法は解かれて、空中で手足は動かせるようになるでしょう。
受身はとってくださいね、すぐ死なれてはこまります」
それでは頑張ってくださいね!
そんな嬉しくない激励の言葉と共に、俺は階段から蹴り落とされた。
風の蛇については大した設定もないので気にしないで……しかも明かせるの早くて次章、遅くて数章先だから……。




