三十一話 人間らしいのアイツのみでは?
金枝篇ほちいンゴねぇ……。
いつも通り誤字チェックしてない糞の極みです。
王城の門番といえばどのようなものを想像するだろうか。
門番同士がくっちゃべって有事の時にのみあわてて槍を構えるようなもの?
それとも、寡黙かつ威厳たっぷりに門の両隅に立ち、有事の際には淡々と働くようなもの?
どちらも門番は門番だ。
ただ、前者の方がちょっと死にやすそうな雰囲気なだけで。
さて、この門は後者だった。
今は後者だった。
今まではともかく今日この日、この瞬間だけは門番は侵入者を許すようなマヌケでもやられ役にもならない、直立し石突を突いて背に守るものを抱えた守護者であった。
しかし、後者とも少し違うところがある。
それは門の奥、城壁の内側にも多くの兵士が肩を並べて待機しているのだ。
「いざ前にすると……なんというか……」
「RPGの……前を通ると、動き出す石像」
「……そういう話じゃなくて、まあ俺たちが近づかない限り向こうが動かないのは感謝してるけど」
「……」
彼らが王城へ行くためには王城の四方の門のどれかをくぐる必要がある。
そしてここがこうなのだ。
他の門も同じような状態だろうし、確かめに行く時間に事態が動いてしまっては困る。
足止めをしている残り三人を待つことも、もし、万が一、来れなくなった場合、それはただの時間の浪費になる。
だからここにいる停止した兵士を退けて進まないといけないワケなのだが、上月はどう力を振るうべきかを考えていた。
上月のギフト、『勇者の器』というスキルは所持者にSTR1000とDEX100という多大な恩恵を与える。レベルがひとつ上がる事に割り振りできるポイントが5もらえると考えると10の位の時などのポイントを含めず換算すると約200レベルに達してようやく得られる力だ。
ギフトは限られたリソースをそれぞれに均等に割り振り、そのリソースの中で最もギフトを得るものを強くするギフトを数々のゲームじみた法則の根幹ないしはこの法則の創造主が与えるものである。
上月は突出するところが極端に少ない、そのため少ないリソースでこれを与えれば将来的に強くなる、というものさえパッとしなかった。
このままでは中途半端なギフトを与えるしかなかった。
だから直接的な力が与えられた。将来性ではなく即物的な、未来を見据えず今を凝視するようなギフトをここからは努力次第である頑張りたまえ若人よとほっぽり投げたのだ。
ゆえに彼はまだ力を扱いきれていない。
DEXはそのほとんどをSTRの制御のために尽くされている。
だから制御を外して思いっきり振るうだけで人を容易くひしゃげさせてしまうのだ。列車に跳ねられた人間のように、相手を吹き飛ばせてしまう。
そして振るった腕も同時に。
彼の稽古をしてきた相手が死ななかったのは、彼の相手がみんな質が良かっただけだ。
浦谷悠羽、熊宮幸、隊長さん……あとは防御系のギフトの人間が相手になるように件の大会の時は熊宮が順番を操作していたり。
そして稽古をつけたものたちの尽力で手加減はある程度覚えてきていた。
扱いきれないなりに努力はしていた。
だが、それとこれとは別だ。
ケイオススピリットと大きな骸骨、あの二体との戦いを経て、上月は今までの口頭ではなく実感として理解してしまったのだ。
“1歩間違えただけで人が死ぬ力”を有しているということを。
魔物を倒すことに躊躇いは少ない。
何せ彼らの世代はフルダイブVRが流行している。
魔物を切り伏せることは日常茶飯事なのだ。
それは慣れている。
しかし人は別だ。
プレイヤーキルを躊躇う人は多いし、プレイヤーキラーや銃撃戦好きも実際と大きく違うことはしっかりと理解している。
だからこそ一人目の時の罪悪感をもう一度感じたいなどと思う物好きはそう多くない。
だから彼は剣を振るって兵士を蹴散らせない。
その力があっても恐怖でそれができない。
道中剣を持っていたのだって彼にとって護身以上の意味は考えたくもなかった。
上月は初瀬を見る。
同じく、人を殺せる力を持っている幼馴染の少女を、先程の初瀬の魔法で気絶して道に転がる人間を思い出しながら。
無口キャラみたいに言葉が途切れる癖に、話したいことは沢山あって、そしてたまに饒舌になる。
そんな表面的なものだけじゃない、性格も癖も何もかもを知っている。
生まれて来てからずっと一緒でこの世でもっと親しいハズの者が、今この瞬間だけは少し遠く見えた。
平然と人間を鉄砲水で吹き飛ばしたり、拳で気絶させる仲間たちと重なって見えた。
「……颯希、見てるだけでいい……目を、逸らしててもいい」
「いや、俺がやる」
首をブンブンと横に振るう上月は、しかしどうすればいいのかというビジョンが浮かばなかった。
自分がどう何をやれば自分のやりたいことが達成できるのかが全くわからなかった。
「颯希はもっと、別の場所で役立てる」
「……」
幼なじみにそう言わせる自分が情けない。
ただ悪いことを他人にやらせているようで居心地が悪い。
そんなことを言わせてしまうのが嫌で仕方ない。
「あっ」
ふと気づいた。
最低だけど。
なら、ソレを理由に。
好きな人に汚いことをさせたくないから仕方なく、と。
いやーな責任の押しつけを理由に。
何かが切れた。
躊躇いの反対側、腹を括る綱、英雄への一歩にして最初のゴールテープ。
なにより最低な言い訳。
後で初瀬に謝らないといけないなと思いながら。
「初瀬、見ててくれ」
上月は剣を反して、両刃なことを思い出し、代わりに剣の腹を兵士に向けた。
「ぶっ飛ばす。さっきみたいに生死の確認はしない、鉄鎧に刃なしで切りかかるぞ……死ななかったらいいな」
そんな乱雑な言葉とともに上月は踊りかかった。
STRが加算された脚力は、AGI以上の速度を出す。
実はこのステータスというものには隠しステータスとして速度という数値があり、全ステータスから換算された理論上可能な速度が弾き出されているが、それを知るのは神々とその使者くらいなものである。
何を言いたいのかと聞かれれば、躊躇いを振り切った上月の速度は正しく瞬足であった。
少年漫画のように踏み込んだ地面にはヒビが入り割れ砕け、兵士が上月を知覚した時には既にハエたたきのように扱われた両刃の剣が振るわれていた。
彼の性格の表れか、兵士は腹を横に弾かれたまま横にいる仲間ごと吹き飛ばされる。
ガッ、ゴッ、ゴゥと鈍い効果音が付きそうな動きだ。
しかし効果音を付けるのなら、そこにバキッも増やさなければならない。
「あっ」
上月の剣が折れた。
当たり前である。
彼の莫大なSTRに合わせて通常のものより少しは頑丈に作られていると聞いたその剣だが、焼け石に水というヤツだ。
「あー……どうしよ」
まだ1番前の層をぶっ飛ばしただけなのに。
認識して判断する、その過程を終えた洗脳兵たちがぞろぞろと上月に剣を構えてにじり寄ってくる。
無論、無手など学んでいない上月はとても鉄鎧に殴り掛かる気になれなかった。
だけど彼には優秀なお仲間がいるのだ。
「颯希、使って」
背後から聞こえた声に咄嗟に反応した手に何か重く長い棒の感触。
こうなるなと察した初瀬は、『土魔法』で即興の武器を作ったのだ。
「初瀬、さんきゅーって、コレなんだ!?」
岩でできたそれ。
「棍棒」
刃はない方がいいと思って。
その言葉が言わずとも伝わってくる様子の初瀬に、さっきまでの“遠さ”は感じなかった。
向こうが近くなったのではなく、上月が一時的に近寄ったのだ。
「最高だよ初瀬」
「それは、良かった。でも、クサイ」
「……は?」
「幸とかが言うなら、似合ってる……ケド。颯希はもうちょっと、子供っぽいセリフがいい」
それはどうしようもない欲望の発露だった。
俺のコトどう思ってるの!? そうツッコミを入れる暇を潰した兵士どもに八つ当たりをするように、上月は棒を振るうしかなかない。
また折れた。
そしたらまた棍棒の補給が来た。
◆
こちらでもまた絶叫とともに、鉄鎧の兵士が弾き飛ばされた。
同時に水が炸裂して倒れ伏した人間の酸素を奪い去る。
現実には有り得ざる無双、ソレを行った張本人が言う一騎当千、その片鱗に親しい行い。
一騎で千をなぎ倒す訳ではないが、二騎で叩き伏せた数は100は越すだろう。
「抜かったな……っ! ……邪魔だっ!!」
ソレを為す熊宮の顔は苦い。
苦い苦い顔で先を見た。
大丈夫だと任せきって、あの戦法が想定外に弱いことを頭から弾いていたのが失態だったと拳を振り下ろす。
攫われた、彼女らの仲間が攫われた、浦谷悠羽が連れ去られた。
あまりに間抜けに数メートルの距離で。
どういう訳か、熊宮幸に普段はない油断でこの事態が起こってしまった。浦谷なら大丈夫とバカみたいな感情で、共に戦ったコトもまだ少ないというのに酷く安心してしまった。
熊宮もこれは奇妙だ不思議だと首を捻りたいが今はそんな暇はない。
あの浦谷を連れ去った日本人っぽい男を追わなければならないのだ。
「なんですかあの人、あの赤い人!!」
「赤……? ちっ……またか、また魔法狙撃だ、水内、備えろっ!」
「ひゃあ!?」
初瀬たちも襲われたあの氷の矢……否、氷柱。どこかに潜んだ洗脳された魔法使いからの贈り物。
屋根上から複数方位の集中砲火で熊宮と水内を幾度となく襲った最大の障害。
人とは思えぬ挙動で躱す熊宮だが、これが来ている最中はあまりに数が多くて攻撃の手を一旦辞めずにはいられない。
「まだ鍛錬が足りないなっ!! せっかくこんな世界なんだ、手ぶらで山篭りでもしてみるか!」
「熊宮さん、狙撃位置の特定完了しました!」
「残存魔力は?」
「距離的に二、三人が限界です」
「わかった、場所だけ教えてくれそれだけで助かる。ただでさえ例の鉄砲水で消耗しているんだ、ここからは魔法も温存だ。
しっかり、掴まっておいてくれよ?」
「わかりまし、たぁ!? ひゃぁ!?」
何歩踏んだかもわからない、一歩も踏みこんでいないような感覚のうちに水内の視界は路地を映していた。
「ど、う……え、えぇ……熊宮さんのギフト『テレポート』でしたっけ!?」
「『武の愛し子』だよ」
「んんん……?? きっ気にしたら負けなんですか!?
は──……もういいや、こっちは大通りじゃないんですけどいいんですか!? 浦谷さんを追わなくて!」
「いいんだ! 大通りなんて通ってたら進めやしない、多少遠回りでもこちらのが早い……はぁ……こうなるなら魔法系スキルも覚えておけば良かった」
ちょっとしたため息とともに熊宮は路地を抜けた先で待っていた洗脳された市民を、壁を蹴って飛び越える。
「ゲームとか物語とかに出てくる身体強化なんてものにも興味がある……」
「たぶん魔力を通しただけで身体能力強化……なんてできないと思いますよ」
「そうなのか?」
「魔力はそのままじゃ大雑把な現象を引き起こす程度しかできない……と思います。熊宮さんは──」
むっ、と割り込んだ熊宮が一言。
「いい加減幸でいいぞ、浦谷は言ってくれなかったが……」
「じゃあ幸さん、私も花恋って呼んでくださいね?」
「……わかった」
「私よりよっぽど詳しいと思いますが、体の構造は複雑です」
「ああ、そうだな」
彼女の武術は、どこが急所か、どこが欠点か、どこが弱点か、熊宮は人のことをよく理解しているからこそ楽々と人間を転がせるのだ。
「複雑です、では魔力を全身に通したとします……それで一体何ができるか……ということです。魔力を流した程度で別に神経の伝達速度が上がるわけでもなく、筋肉が活性化する訳でもなく、強度が上がるわけでもなく……。もしかしたら力を送り込むと腕が痛むだけってこともありえますね」
「なるほど、複雑なことをしたければ、神経回路に干渉なんてことをしたければ魔法という発生する現象のプログラムを作れということだな?」
「……少し違いますけど、詳しい内容は魔力についての研究と理解がないとわからないと思います。たぶん大雑把にはそんな感じです」
「花恋はわかっているのか? その、魔力について」
「何も。多分、幸さんよりは詳しいですケド……初瀬さんに比べたらはるかに何も知りませんよ」
そうなると少し疑問が残った。
「どうして花恋は……その、詳しい内容がわかるんだ」
「…………そう、ですね」
うーと唸って悩んでしばらくよく考えたあと、水内は自分を背負う熊宮の耳に囁いた。
人を惑わす妖怪のような声で、コソコソと。
「──、─────────」
「…………ははっそれはまた……今度まとめて聞きたいことが増えた。
信じ難いが……けどそれが本当なら、心強いな」




