三話 知性が!ない!!
某吸血鬼と神父とナチス残党がド派手に戦う漫画読むと会話パート捗ります。
多分かっこいい言い回しさせようと脳がフル回転するんだろうね。
だけどシリアスが書けるとは言ってない。
これがいい汗をかいたという経験だろうか。
教官に教わったように、カカシに短剣を突き付けその動作を確認することを繰り返し続けた。
夕方まで最適に短剣を手繰ってカカシを虐めた俺はかいた汗をいい物だと評価したのだった。
思えばゲーム三昧であった俺はいい汗というものは今まで経験したことのないものなのだ。
ホラゲーで心臓止まるかと思ったあとゲームを終了してVR機器を外すとすごい冷や汗をかいていた経験はあるのだがいってしまえばそんなものだ、なかなかない経験をした。
それなりの疲労感は伴うが。
今まで染み付いた癖というものはなかなか抜けないものだ、斥候担当の教官が逐一教えてくれる短剣の技術は洗練されていてその行動を行う意味はわかるのだが、今までゲーム内でHPを預けていたPSが根付いているとなると意識しない限り自然とその行動をとってしまう。
教官が筋がいいなとか覚えるのが早いと褒めてくれるが、こればかりは認められないのだ。
自分でいうのもなんだが、ある程度教官のやっている行動がどういう意味をもつかがわかるほど俺の剣の腕は上手い、だからこそ俺の筋がいいとは思えない。
理解して行動できる下地があることを知らないからこそ、教官は覚えるのが早いなどといってくれるが。
下地があるとわかったうえならきっと真逆の評価になるだろう。どうしてそこまでわかってるのにできないのかと。
それほどに今日の俺は酷かった。
どうしてこうも上手くできないのか。
一日二日で手に入る技術じゃないというのはわかっていたがなかなかどうして力になるとわかるものを手に入れる道に繋がる実感を得るのは心地いいものか。どうしてもっと早くからこうしなかったのだろう。
ゲーム仲間であった『サブ垢』の爺さんを脳筋だとバカにできない。器用性と筋力さえ伸ばせばあとは無類の強さを誇った狂人がかつてお前いい加減剣を習えがマジな言葉だったとは思わなんだよ。
ちなみに、サブ垢の爺さんのプレイヤーネームはサブ垢である。サブ垢のプレイヤーネームは本垢である。
ややこしい。
充実した訓練を送った俺であったが、それ以外の人間はみんな死屍累々としている。相当疲労が溜まったようだ。
歩ける人はいまだ自主練を繰り返す熊宮さんとあまり体を動かさない初瀬さん含めた魔法職の人達だけである。
いやー動きに爽快感を得られるっていいね。
おかげで疲労を誤魔化すいい自己暗示になった。
嬉しいから疲労を感じにくかったわけだ……といっても安心することがあった瞬間に一気に隠れた疲労が押し寄せるだろうけど。
例えば睡眠時とか部屋に戻った時とか。
いやー風呂に入りたい。
実に風呂に入りたい。
今入れば相当さっぱりしてイイ夢見られる気がする。善い夢なら正夢になってくれるかな。悪夢は御遠慮願おう、俺の夢への入口から門前払いである。
そうして、うーんと背伸びをしていた時。
「悠羽……風呂行こう? 洗ってあげる」
「うぇ!? は、初瀬さん驚かせないで……」
「……? 後ろから近づいただけだよ。足音に気を使ってないし、ただ近づいただけ。
……うーん、昨日の悠羽なら慌てた理由は『一緒にお風呂』が恥ずかしいからだと思う、どうして今は私が来たことに驚いてるの?」
「なに人のこと分析し始めてるんですかねぇ成績上位者さん!? 進路希望心理学だったりしました? ……というか恥を感じてるってそこまで理解出来たなら自重してくださいよ!」
「……もしかして、疲れてるのに無理してる?」
「話聞いてます!?」
そういうと初瀬さんは少し屈んでこちらに背を向けた。
「乗って、背負ってあげる」
「今度こそ『恥ずかしい』を理由に断りますよ!?」
「……そう。じゃあ先に大浴場に行ってて。今から部屋に戻って悠羽の着替え持ってくから」
「えーっと……その、それって女湯に入るということでは……」
「うん、そう。というか風呂に入る時点で共同のものだけ、ここは部屋一つ一つにあるような現代のホテルじゃない」
「そう、じゃないですよ! なにさも当たり前のように言ってるんですか、俺は男ですよ!? 可愛い見た目に騙されちゃダメです真実を思い出してください!」
「子供であることに変わりない。それに、体は女の子、それを忘れたらきっといつか酷い目に遭う」
「……ご忠告、とても耳にしみます……でも、俺が良くてもほかの皆は……」
心が男とはいえ肉体が女の子なのだ、女湯に入るという理屈はわかった。
しかし、それとは別の視点、つまりほかの女子クラスメイトという立場が残っているのだ。初瀬さんはともかくとして彼女たちの中にはそれが嫌な人間もいよう。
そう思った矢先、死屍累々とした山から呻き声が聞こえてきた。
「うー……私はー、悠羽ちゃんが入ってても、気にしない……みんなは……?」
「私はぁ……私が入ってない時なら……」
「……もーまんたいー」
「浦谷くんが目瞑って入るなら……」
「あー私も目瞑ってたらいいかなぁ」
「心が男って考えるとヤダだけど外見だけ見ると気にしないって心が誤作動起こす……バグりそ……」
「私も浦谷が風呂に入ることに関しては気にしないとだけ言っておこう。君からはそれほど他人の匂いがしないんだ」
と、似通った呻き声が山、とその脇でまだ自主練習を繰り返す熊宮さんから聞こえてきた。あと女子の声に負けて聞き取りずらいが、俺に対する男子の恨み言も混ざってた気がする。
見事に意見が割れてますね。
つーか最後の熊宮さんのはなんだ、ナンパか何かか?
「ほら、目を瞑ったらいいって」
「私が入ってない時ならって意見ありますよ! いつ入ってくるか予測出来ないでしょう!?」
「むぅ……必死だね……」
「あっああああ……当たり前ですよ! なんで異性の前で裸にならなきゃいけないんですか!」
「ん? 昨日パジャマに着替える時……」
「あぅ!? あーあー聞こえないー……はははっ猫の耳ってどうしてこうもよく音を集めるんでしょうね!」
聞きたくないこと都合の悪いことも耳を塞いで知らぬ存じぬ我知らぬ作戦が完璧じゃなくなってしまったよ。ショックで笑えてきた。
耳塞いでも無駄だろうって耳をペタンと伏せたというのに、しっかりと思い出したくない出来事が聞こえてくらぁ。
耳がよく聞こえるという効果がまさか利点ではなく欠点であったとは気づかなかった。
そういえば、ゲームでもたまに聞かなくていいことを聞いて発狂するからな、耳が良すぎてもそれなりの欠点はあるのだろう。元人間のケット・シーとしては聴覚を人間くらいのレベルに引き戻して欲しいものである。
「……まあ、仕方ない。諦める…………でも」
「……でも?」
「その汗、どこで流すの? 悠羽も、汗だくで寝たくないでしょ」
「それは……ほら、みんなが寝た頃に風呂に行けば……」
「ダメ、早く寝なきゃダメ」
「それ以外に方法ないと思うのですが……」
「あーるよー!」
突然第三者の声が聞こえた。
おや、と気になって見てみると先程「私が入ってない時ならいい」と言っていた人が立っていた。
この人のギフトは……ああ、『追尾精霊』か。
だが残念ながら名前は覚えていない。
ただ周囲にその“精霊”とやらの影がないにもかかわらずどうしてそんな名前が着いたのか、そんな好奇心でギフトと顔だけ記憶していた。
俺の汗を流せて、そして誰も入っていない環境がもし本当にあるというのなら渡りに船というやつである。
俺は思わずその提案に飛びついた。
「どんな、どんな方法ですか!」
「んふふ……簡単だよ。私たち剣士とかそいうみんなはね、疲弊しきってしばらくすぐにはお風呂にいけないんだよ。そして、座学が多くてあまり汗をかいていない魔法使いのみんなは今すぐお風呂に入りたいというわけではない……なんと! いまからスグ、空き時間ができているではないか!」
「今、いま行ってきます!」
「それ、私が最初に提案した……」
「『追尾精霊』の人、ありがとうございます! 初瀬さんも休んでて良いですからね! 着替えは自分で持っていくので!」
「どういたしましてーあと私は赤井だよーん」
急げや急げ、風呂に入れる時間は短いぞ!
『追尾精霊』の赤井さんの助言に従って俺は駆け出した。
宿舎の地図は完璧に頭に入っている、最短ルートを選択、記憶、チャートは組み終えた。これよりデア王国王城付属宿舎単独入浴RTAの開始である!
◇
デア王国王城付属宿舎単独入浴RTA、記録測定不能秒。
入浴中、予期せぬイベント発生により単独入浴の条件が果たせなくなったため敗北。
……と誤魔化すことで初瀬さんに隅々まで洗われた記憶を無意識の彼方に追いやる作戦を実行した。
まったく、どこで初瀬さん乱入イベント発生フラグを踏み抜いてしまったのか。
再走したくても、それが可能なのは明日の訓練後である。次回こそは成功させてやる、そう固く決意した。
さて、意識を『疲れを感じにくい』状態から『RTA走者』に切り替えた俺は、しかし湯に浸かるという安心感は初瀬さんがいようともバカにはできないもので素の状態に戻っていた。
しかし時刻は子の刻ほど、俺と初瀬さんの部屋の窓から外にでた場所にいた。ちなみに俺たちの部屋は一階だったから助かった。
それにしても疲れた体を無理やり起こして寝たフリをするのには苦労をしたものだ。
でも深夜テンションは馬鹿にならない、少し肌寒い空気が高揚感をもたらして意識が切り替わりやすい。
……ん?
「宿舎から脱走しようとしているのか」だって?
間違ってはいるが間違ってない。
俺は今から宿舎を抜け出すことは確かだが、明日俺がいないなんてことにはならない、戻ってくるからネ。
ありたいていにいうと、今からすることは王城侵入である。
より正確には、内外二つの城壁のうち内側の城壁の門の突破だ。
まだ記憶も新しい昨日のこと、召喚されて変わり果てた己に絶望しながらも宿舎に移動した時に俺は王城から出て城壁を一つ抜けた。訓練中は二つの壁に囲まれた中庭のような環境で練習した。
結果導き出された答えから最低二つは城を囲むような壁があり、そして城に一番近い壁を仮定内側の城壁、二番目に城に近い壁を仮定外側の壁と俺は呼ぶようにしたわけだ。
壁を抜けて何をするのかと聞かれればそのまま戻るとしかいいようがない。
なにせ、王城に入って調べたい事柄を調べるにも今日は疲弊しきっている。
昨晩部屋の窓から兵隊の一部の動きを見て、監視体制の予測をしたがそれが本当にあっているのかどうなのか、それを確かめるためのミッションなのである。
危なくなったら引き返せばいい。
「くくく、フルダイブVRで最難関と名高い要人暗殺ゲームをクリアした俺が捕まろうことなどそうあるまいて……」
捕まりました。
はい。
俺たちを見つけた兵士さん達がどうやって見つけたのかすらわかりませんでしたとも。
ええ、ああいや、言い訳を聞いて欲しいのだ。
俺はフルダイブVRの時はシステムアシスト……いやこの場合はモーションアシストと呼ぶべきか、歩法、剣術、拳術とまあVR機器からこう、電波を脳に発して動きを助ける機能を切る派の人間だった。一応、中にはアシスト系パッシブスキル──例えば『両手剣』というスキル──のオンオフができないものはあったが。
アシストをされずに扱う派であった俺は、扱いを全部覚えなければならない代わりにPSとして磨いた技術を別ゲーに持ち出せた。
そして仮想空間でリアルな全身を動かすフルダイブVRというもので磨いた技術は現実にも持ち出せるものだ。実際は筋力などの問題は出てくるが、それは一旦気にしないものとする。
とにかく、アシストを切る派な俺は、音を消す歩き方とかそういうものもしっかりと技術として体に染み込んでいるのだ。
そして俺は何より、アバターに慣れやすい。
ゲーム内でアシストを切る人間はよく見かけたが種類があった。アシストオフ組の中で強さはある程度強いヤツか雑魚に別れたのだ。
当たり前だ、技術もないのにアシスト切ったらただの雑魚になるに決まっている。
それがわかっているから上位勢もごく一部しかアシストを外さないのだ。
そして、そのアシストオフの上位勢はほぼほぼ絶対に守っていたことがある。単純明快なことだ、考えればわかる。
多くのゲームでアバターを統一すること、出来れば現実の肉体に近いほど好ましいことだ。
純粋なPSのみで勝負する俺たちはゲームごとにちっこくなったりでっかくなったりしていると一々体を慣らさなければならなかった。
顔面への正拳突きを得意にしていた巨漢アバターがいたとしよう、なんと次に使ったアバターが可愛らしいショタアバターだった! そうなってしまっては、元々のように拳を突き出しても顔面に当たらないのだ。小さくなってなお顔面を殴りたいなら、小さい体で最も力を乗せやすい動作、体制、重心を研究し直さなければいけない。もし過去に研究していたとしても、どの動作をそのアバターでするために慣らさなければならない。
どういうわけか、その期間が俺にはほぼなかった。
理由はいまいちわからない、もしかしたら初心者の頃から幼女にヒョロガリに筋肉老人にナイスバディにと色々使いすぎたのかもしれない。
とにかく、とにかくだ!
面倒な説明抜きにして、今の幼女ボディの感覚は把握済み。
細かい操作はまだ完璧ではないし気づいてないこともあるかもしれないが、日常を送り、ゲーム内の短剣を再現しきるほどにはこの体は慣れた。
短剣限定な理由は、片手剣を持っても筋力が足りず技術以前の問題となるからだ、そういう欠点は抜きにして今回の問われる技術は隠密なのだ。
ほかはどうかは知らないが、少なくとも我流でどうにかしてきた隠密動作は体が小さいほど有利だ。
天井のダクトに手が届かないとかそういう困ることはあれど、それを大した問題ではないと片付けられるほど利点があった。
現在、推定身長百二十センチメートル以下の俺は今回の城門突破に自信満々だったわけだ。
自信満々ドヤ顔幼女である。
見回りの動きも把握して、規則性も掴んで、火が照らず非常に見つけづらい影に潜んで探していたというのに……むぅ。
不自然なまでにすぐ見つかってしまった。
自信はあったのだが。
そんなことを考えている俺は今、脇に抱えられたまま運ばれている。
じたばたしても全然逃げれそうにないし、何より怖いのが先程から兵士さんが無言なのだ。
「兵士さん? 巡回さん? 騎士さん? まあ、俺にはどれかわかりませんが…………この際どこに連れていくかはどうでもいいので……なんで無言なんですか?」
「……」
「……」
不思議なことに、俺を抱える兵士さんも、脇で松明を持って当たりを照らす兵士さんも何を喋るわけでも、口を動かすでもない。
抱えられたまま、内側の城門をこえて城にどんどんと近づいて行くから、別に……こうアレ、あの……俺を組み敷いて強姦しようだなんて考えず、業務に従って城に連れていこうとしているのは何となくわかるのだ。
しかしこう、俺を捕捉した時から確保後、今に至るまで終始無言となると恐ろしいものがある。
「ねーえ、ドーウーシーテーしーずーかーなのですか?」
やっぱり答えない。
不思議である。
ふと、思いつき、じたばたと暴れてどさくさ紛れに周囲を見て、あるかもしれない『次』のために侵入ルートを考えるのをやめ、俺を抱える兵士さんの顔を見てみることにした。
単純に、俺がじたばたしてるのを見て笑いをこらえているようだったら恥ずかしいなと思ってしまったからである。
そういえば、どうして彼らは兜の前面が空いて顔が見えるようになっているのだろう。
少しじたばた暴れて体の向きを見やすいようにずらして見上げて……見上げた。
「…………ひっ」
ゾッと全身に鳥肌が立ち、毛が逆立つのを感じた。
……見るんじゃなかった。
見てはいけなかった。
知っちゃいけなかった。
俺の見た目に兵士の顔はただどこかを見つめていたのだ。
そう、どこかを、どこでもないここでもそこでもあそこでもない遥か彼方か自分の心かそれとも死者の国かとにかくここではないことは確かだ。
少したりとも生気がなかった。
瞳孔が開ききって焦点はあっていない。
眼球が困惑するように揺れて、しかし困惑していないのは目に見えてわかるという違和感に襲われる。
そして城の前に立つ兵士も、城の中ですれ違う誰もかもがその異変に気づいていない。
なぜか、当たり前だ。彼らもみんなそうだからだ。
みんなみんなおかしかったんだ。
なんで俺は気づいていなかったんだ?
いつからか、初めからか?
さすがに今日昨日からこうなったと考えるよりはもっと前からと考える方が妥当だろう。
なにせ、その裏付けに記憶の中のクラスメイト以外の人物みんなそういう目をしている。
教官さんも、燕尾服のご老人も、誰も、かも。
異世界からやってきたばかりの俺たちを抜いて、みんなみんなおかしかった。
それに今、気づいた。
頭にピロンと軽快な音が鳴った。
《条件達成によりスキル『洗脳耐性』を獲得しました》
頭に流れ込んできた通知に、苦笑いをこぼす。
そして俺は口笛を吹いて言った。
「ひゅぅ! シリアス始まっちゃう?」
そうしてハハハと笑った。
「恐怖で動けなくなるよりは、口に出しておちゃらけて誤魔化した方がいいだろう!」
それに、口に出して話せば状況の整理もしやすくなる。
現在その行動の欠点は、洗脳された兵士さんが俺の独り言を聞いて、黒幕にまるまる伝えないかどうか。
まあこのくらいは許容範囲だしぃ?
大した重要度も…………。
「って、重大問題じゃねぇか!!」
最重要の案件だよクソ。
許容範囲ブッチギリで飛び出してるわ!
人がせっかく元の体を取り戻して地球に戻る計画をたてているというのに!
面倒ごとはゴメンだが、こんな大掛かりなことに首突っ込むと……ってもう遅いだろうなぁ。
ああ嫌だ嫌だ、運が悪いとはこのことか。
俺の能動的な行動を発端に浮き出る運の悪さ、なんと悲劇的なものか。
そんなことを考えていると兵士さんが城のある部屋の前で止まった。
ここが王様の部屋じゃないことくらいわかりきっている。
だってみんな洗脳されていたんだもん、王様含めたみんな。
国の中枢は既にどっかの誰かのマリオネットだったわけだ。
兵士さんが扉をノックしたら内側から「入れ」と男の声が返ってきた。
聞き覚えがない声だ、だがすぐに正体は判明するだろう。
キィという音とともに引かれたドアが開く。
脇に抱えられている俺はすぐにその男を見ることが出来た。
「来たか、疫病神」
この世界に来てから、ほとんど黒髪というものを見たことがなかった。
日本人からして異世界人はみんな青とか赤とか十人十色であり、黒髪の集団の俺たちは浮いていたともいえる。
だからだろうか、その男の髪を見ると、日本人という印象が生まれた。
黒髪黒目日本人の顔立ちをしている無駄にイケメンなメガネ。
なんだぁ……?
コイツ。
イケメンメガネ優等生は腹黒だとこの世の物理法則で決まっているのでコイツ黒幕ってことでいいか?
それにしても、初対面の人間を、いやケット・シーを疫病神呼ばわりとは失礼な野郎である。
にゃんこだぞ、幸運を呼ぶ招き猫様だぞ崇めろよ。
俺はベーと舌を出して言った。
「疫病神だぁ? 国を乗っ取った共犯か主犯かしりゃしねぇがどっちがこの国にとって疫病だってんだよ、あぁん?」
とりあえず俺はメンチを切っておいた。
「ハッ、ガンを飛ばすなら自分の容姿をよく把握してからしろよ」
は?
コイツは今言ってはならないことを言ってしまった。
「おうよォ、あんちゃんよォ! だーれがこの姿にしたか忘れたとは言わせねぇぞ! ふぁっきゅー!!」
「誰って……神だな。俺はお前たちを呼んだだけだ」
「よーんーだーだーけーだー? 間接的に関わってんじゃねぇかよクソ死ね」
「まあいい……降ろせ」
そう兵士さんに命令した暫定黒幕の声に従って、兵士さんは俺を床に降ろした。
というか脇に抱えてた手をそのまま離されたせいで落下した。
「ゲフッ……おま、くそ、ふざけんなもっと丁重に扱えよ! 大人として子供は守ってやれよオイ!」
「自分で言ってたら、世話がないな。下がれ」
兵士さん達が戸を閉めて下がっていくのを敏感な耳が感じ取るから確認することはない。
俺の視線はずっと暫定黒幕に向いている。
「さて、疫病神……手っ取り早くいこうか。
まず、お前のお仲間に洗脳がどうとか騒いでも意味がないということから始めよう」
「は? そんな拘束もなしに悠長に話してていいのかよ」
「ロクに訓練積んでないレベル1ごときが逃げられるほどこの世界は甘くないぞ……まあいい、とにかくお前のクラスメイトに洗脳について話しても意味はない。
その場合話したやつを洗脳するからな。お前はそういうのに弱いだろう疫病神、なにせ、仲がいい人間が少ないのだから」
「……その場合、今ここで俺を洗脳するのが手っ取り早いと思うが」
「その『洗脳耐性』とかいうスキルは獲得条件が厳しい分、強力なんだよ」
忌々しいことにな、とボソッと漏らした彼はまた口を開いて次の話をしようとするものだから俺はそれを止めた。
「おいおい、こっちの質問終わってねぇぞ……どうしてコレを持っていることを知っている?なんで今すぐ洗脳できるのに、実行しないんだ?」
「どっちが優位にいるかわかったうえでそれを言うのか? こうして情報を渡されてる分だけ理不尽ではないと喜んで咽び泣くもんだ」
「勝手に呼び込まれて、城の人間はみんな洗脳されてるってさ、もう理不尽はお腹いっぱいなんだけど」
「良かったじゃないか、腹いっぱいなんだろう?
この世界はお前のもといた場所より食料は手に入りにくいらしいぞ」
「喉元食いちぎるぞ?
いくらステータスにVITなんて項目があっても柔らかい部位が柔らかいことに変わりはねぇんだ……俺が死ぬ代わりに黒幕が瀕死の重体ですって素敵だと思わないか?」
「それが本当にできると思うほどこの世界を楽観視してるなら楽しいままに死ねるぞ。
まあいいか、こうまで自信満々に高レベルを脅す低レベルなんてさすがに哀れに見えてきた……『鑑定』ってスキルがあるんだ、ステータスを見れる、簡単だろ」
「異世界物の代名詞、テンプレスキル『鑑定』さんじゃないですか……で、それを持ってる部下に俺のステータスを見てもらったとか、それともお前が持ってるとか?」
「どっちと捉えてもらってもいい、どうせ洗脳した人間は手足みたいなもんだ。
そういやお前らは……お前以外の異世界人は陰謀を知らない、洗脳せずとも命令すりゃ変わらず手足のように動く、便利だな」
クソ、コイツよく真顔で煽りおる……。
ペラペラ情報吐いておいて、そのくせ微妙に気になるところだけ情報チョイ出ししやがって……それ氷山の一角ですからと言わんばかりの余裕顔しやがって……いつか歪めてやる……。
「で、一個忘れてるぞ?なぜ今すぐ洗脳をかけない、条件付きで時間がかかるのか?」
「この場で言ってもいいが……なんだ、そこまで話す必要は俺にあるのか?『鑑定』は教えてやったけど、そこまで話す見返りは?……ハハッないよな」
木の椅子で足を組んで余裕綽々としている暫定黒幕の態度が激しく気に入らないワケだが、コイツがここまでペラペラ話すのは、バカだからか罠が仕掛けられているのか何もわからず何も出来ない。
……バカなわけはないか。
従う以外の道が残されているのかすらわからない、初対面のはずだが俺をわかっているような態度からするとなにかで俺を知っていることは確かなのだ。
洗脳した人間から情報収集しているとか……というかそれ以外考えられないが。
情報で負けている。
その情報のために王城に潜ろうとしたが、調子に乗って早まったか。
過去の自分はどうやら相当アホだったらしい。
まあ今の俺は天才なので余裕そうな演技だけは絶やしていませんがね。
……さも全てをわかっているかのような顔で質問を重ねていく異世界二日目……あれこれ暫定黒幕から見たらアホ丸出しじゃね?
そもそも二日目からなんの対策もなしに行動した時点で既に見下されているまである。
思ったよりアホすぎて俺に情報吐いても何にもならないと思ってる説が出てきたぞ。
実際、現段階じゃそうだし。
だから妙に会話がトントン拍子なのか。
あ、アホじゃねぇしー、アホとか言った方がアホなんだしー……ぐすん。
「一人で顔漫才をしているところ悪いが、俺の邪魔をしないなら譲歩くらいしてやるぞ?」
「……? ……譲歩してお前になんの利がある。つーか譲歩の意味わかってる?」
「さぁ、考えてみればいいんじゃないか?少なくとも、この世界の言葉を無理やり記憶に押し込められたばかりのお前らよりは、正確なニュアンスを知っているよ」
「……」
「譲歩、譲歩、そうだな……夜間に城の探索くらいする権利をやる。
兵士どもは夜お前を見ても気にもしないから堂々入ってきても問題はない」
「……? …………俺にメリットしかねぇんだ。なに企んでやがる」
「バカの一つ覚えか、同じようなこと繰り返しやがって。気になるなら調べることだ、そろそろ話すのも面倒になってきたところだ。好きに王城観光しに行きな」
「……くそ、ばーか。次会ったら覚悟しろよアホ」
べー、と舌を出してバカにしながら俺は部屋を出た。
捨て台詞とも言う。
「痛てぇ!」
扉を勢いよく閉めようとしたらしっぽ挟んだ!
くそ、なんだこれ、まさか暫定黒幕からの攻撃か?
ドアにしっぽ挟みやすくなる魔法でもこっそりかけやがったのか!?
もうだいたいアイツのせいでいいよなコレ、俺は馬鹿じゃないので普段は挟まない。
きっと多分アイツが俺のしっぽに攻撃を与えたのだ。
そうだ、そうに決まってる。
間違えない、きっとそうである。
むぅ……アイツは何をしたいのか。
俺にここに留まらせたいのか。
俺のしっぽ挟んでかまって欲しいのか。
本当に何をしたいのか、わからない。
あまりに俺に利がありすぎる。
何を見逃したかもわからない。
とりあえずしっぽの件は許さんが、万が一、いや億が一、俺がマヌケで自らしっぽを挟んだとしても責任は全部あいつに行くのだ。
良く考えれば、いや考えなくともこれは現実なのだ。
しっぽの激痛で目が覚めた。
ちなみにまだ床で悶え苦しんでいる。
痛い。
現実、つまり『ボスにとりあえず挑んで死んでみるか』が実践できない世界なのだ。
スタミナが減っていても休憩なしでボス戦突破できるものでもない。
必ず突破口や脱出のヒントが添えられた監禁部屋はない、むしろあるのは逃げ道を徹底的に消した空間だけ。
本当に、この世界を甘く見すぎていた。
現実を軽視して馬鹿な衝動に身を任せられるほど俺はまだ強くない。
あまりにアホの所業がすぎる、そりゃ暫定黒幕も脅威だとは思わないわな当たり前だ。
あーくそ、なんで思考が鈍ってんだ。
……どうすればいいんだ?
ヒント:能力値は幼女化により低下中=記憶はあれど十全に使いこなせていません。可哀想に。
まあ、彼ならいつしか慣れて記憶を万全に使えるようにはなるかもしれませんね。使えたらいいね。多分なると思うよ。