二十一話 そもそもアレの存在は人生の分岐路になったほどのものでしてええ運命と呼んでも嘘にならないと愚考しますね
お話が進まなかったのはネコミミ主人公のせいであり決して私が一昨日書き始めたからとかそんなんでは……ない、とも、言いきれませんけど……あの……その、ごめんなさい。
「そうなん……そうなん……あの、遭難って遭難の遭に遭難の難って書くやつなんですよね。出来れば違ってて欲しいんですけど」
「悠羽……それだと、どのソウナンも当てはまる」
「他の遭難……うん? 遭難以外のソウナンって他にあるの地名くらいじゃね?」
ソウナンってつく地名あるのか。
初耳な知識よりも、それを知っていた上月さんに驚いた。
「まあでも遭難は遭難だよ。難に遭遇する方のな……わかったか浦谷、私たちは深い森の中で遭難したんだ」
無理やりに締めくくった熊宮さんの顔にニヤニヤ顔が戻った。
「で、別の話題で恥をごまかせた気分は?」
「思い出させてくれなければ最高の気分でしたね」
「で、まだ初瀬から降りないのか?」
「熊宮さんがあの話題を始めなければ数秒前に降りることになってたと思いますけど!」
「おーりーろ、おーりーろ」
「上月さんは嫉妬心を隠さなくなりましたね!」
ケイオススピリットの一件でなにかスイッチが切り替わったのだろうか。ジト目で上月さんが降りろコールをしてくる。
具体的には微妙な緊張が漂うなか頼りになる初瀬さんが現れたせいで甘える本能に目覚めたとか。
もしくは元はそうでこっちの世界に来てから緊張スイッチがオンになりっぱなしだっただけかもしれない。
まさか、俺がおんぶされ続けることで上月さんの嫉妬心を顕在化してしまったのか?
一刻も早く初瀬さんに降ろしてもらわないと危険なのでは!?
睨まれてもないのにセルフで危険を感じ取った俺は、必要のない身震いをした。
「初瀬さん! お、おお降ろして、ください!」
「……? もう大丈夫なの?」
「あーえっと、その。ほら、あそこに疲れてそうな上月さんがいますよね! きっと初瀬さんにおんぶされるのを心待ちにしてますよ!! 俺は一回寝て疲れが取れてますから……ね、ね!?」
「……そう?」
無事に初瀬さんに降ろして貰えた俺は、背中に乗るように迫られる上月さんを見て俺は静かに拳を握って親指を立てた。
幸運を祈るよ。
「ところで熊宮さん、俺は何があったのかわからないので遭難の原因と……えと、あと、あのお方誰です?」
初瀬さんの母性の被害者をよそに、俺は遭難メンバーのうち見慣れない人を見た。
デカメガネに大きな三つ編み……あれだ、創作とかだとクラスの地味キャラとかモブキャラとかそんな感じの女の子だ。一定のファンがついたり、こういう子メインの漫画とかありそう。でも個人的にメガネを外したら美少女……って展開の子の場合、高確率でメガネつけてる方が好みなんだよな。まさか俺ってメガネ好き?
それにしても科学部とかで白衣着ながらフラスコ握ってそうだし、オカルト研究部で四六時中本読んでそう。そんなイメージが付きまとう。
学問的に正反対な気がするイメージが出てきたのは多分、魔女のとんがり帽を被りながらポーションとか作ってそうなイメージが真っ先に浮かんだから。
我ながら酷い偏見である。
仮定メガネっ娘と名付けよう。
先程から無言を貫いていたメガネっ娘さんと俺とを交互に見た熊宮さん。
ちょっと悩んでから、「あー」と一人で納得したような声をあげた。
「なるほど、二人の性格上互いに話しかけないし、話す機会もないな」
なるほど。
ちなみに俺は絶賛小心者発動中である。
なにかって、初瀬さんとか上月さんとか向こうからグイグイ話しかけてくる人達ばっかだったからこの世界に来てある程度交友関係が広がったわけで、俺は元々教室の隅で誰にも気づかれない練習とか、心が無な人間のロールプレイとか一人でやってたボッチクソガキ陰キャ厨二病である。なんなら誰にも気づかれない練習がVRで磨いたガチPSだったものだから余計不味い、存在忘れられてたまに前からプリント回ってこなかったもの……知っててなぜやめなかったってそりゃ自分の行動関係なく影が薄くて素でだれも気づいて貰えないなんてことになったら怖いからに決まってんだろ。まあ実際はきちんと効果あったけど。
……いいんですー俺の居場所はネットの中だけですー。
メガネっ娘さんがこちらに話しかけてこない限りどう切り出せばいいか悩みどころだし、向こうも全く同じことで悩んでますって顔してる。
多分そろそろ話しかける必要がないことに気づいて興味の無くなった顔をするね。
俺ってば詳しいんだ。
「はいはい、二人して興味関心が薄れてく顔してないで、いい機会だし交友関係を広めないか? ほら浦谷自己紹介!」
「え? ……あ、はい。浦谷悠羽です」
「それだけか? 好きなこととか趣味とか嫌いな食べ物とかは?」
「あ、えと、好きなのはVRMMOでした」
「よろしい、次は水内」
こうやってグイグイ仕切って話しかけてくれる人がいるとありがたいよね、とは思ったことはあるけど目の前で実践されるとは思わなんだ。
「……え、えーと。水内花恋です……好きなことは……読書です」
「君たちは向こうから話しかけられない限り異常なほど会話のレパートリーが少ないな」
失礼な。
好みの話題についてはいくらでも話せるわ。
俺とメガネっ娘改め水内さんは、そんななにか訴えかけるような視線を熊宮さんに送った。
完璧に同族である。
性質が一致する要素を見つけるまで仲良くなれなさそうだなと思ったのでそれ以降話しかけることも話しかけられることもなかった。
ちなみにこういう陰キャって異常性癖なんだ、俺知ってる。
俺のネッ友みんな一回りか二回りもしくは常識を壊す勢いで性癖が歪んでるもの。
水内さんもきっとあれだぞ、一人でBでLなもののなかでも露出とか虫とかそういうハードなものを読みふけってるんだぞきっとそうだ絶対そうだ。
その分俺は真っ当な人間である。
サブカルに浸かった人間のなかでもある意味レアキャラな自信があるぞ。
出現率くそ低いレアモンスターの微レアドロップくらいな自身はある。
それはそれとして……あれは、もしや、まさか!
「…………っ!? 悠羽、どこ行くの!」
突然よそに駆け出した俺を見て初瀬さんが叫んだ。
けど、んな事どうでもいいのだ。
俺は見てしまったのである。
草をかき分けて木を避けて……少し開いたその土地に目当ての子たちが存在していたのだ!!
ぬるぬるして透明感があってぷるぷるした丸みを帯びた……そう!
「す、ら、い、む、だー!!」
俺の歓喜の叫びが木霊する。
ああ、スライム、ヒンヤリしてそうな素敵ボディの可愛らしい生き物……さて、希望は芽生えた……目当てのアレが存在する可能性が増えた!!
「……す、スライム?」
慌てて駆け寄ってきたらしい遭難組は俺のテンションの上がりように困惑していた。
「うへ、うへへへへ」
「……え、えーと。浦谷……どうしたんだ?」
彼らの中で視線を向けあって何故か代表に選ばれたらしい上月さんが聞いてくる。
決める必要などないというのに、どちらにせよ全員が俺の歓喜を聞くことになるのだから。
「スライムです! スライムですよ……みなさん!!」
「……つまり……?」
「スライム……ああそうです不定形生物。粘液で作られたファンタジーの定番生物!!
みんな現実で見てみたいと思わないのですか?
思ったことはないのですか!?
そしてなにより……」
「……な、なにより?」
気圧されるように一歩下がったみんなに俺は二歩踏み込む。
「そう……なにより! スライム娘の存在がいよいよ実現性を帯びてきたということです!」
ああ吉報にして絶景、俺が愛してやまない存在を知らせる神託……スライムの跳ねる音は正しく福音!
俺の口の端が大きく吊り上がるのを感じる。
演技の合図の大袈裟な作り笑いなんかじゃない、心からの満面の笑み。
きっと今の俺の笑顔は素敵なものになっているだろう。
「……」
困惑顔でキョトンとした皆様をよそに俺は大きく振りかぶって拳を握った。
「ああ、スライム、スライムっ娘……この森には、この世には、俺が夢見た宝が存在しているのです。少なくともその可能性は、今この瞳でスライムを見たことで大きく膨れ上がった!」
「……どこか頭を打ったのか? 大丈夫か……浦谷、さっき視線でからかったのが原因なら謝るし……もっと休んでてもいいから……」
「おや熊宮さん、この俺のどこが、絶好調の有頂天な俺のどこが休まなければならない人間に見えるのですか?」
「い、いや……その。な?」
わかるだろ、という視線を向けられた。
あいにく人間には読心能力がデフォルトでついてるわけじゃないのでわかるわけない。それで文句あるなら神話で人を作ったとかいう神にご意見送ってくれ。
「熊宮さん、目を覚ましてください……神なんてのは人に便利な能力与えるほど、人が縋れるものじゃありませんよ?」
「どっからその話に飛躍した!?」
上月さんが声を荒らげて目を見開いた。
「むしろ人に存在するだけで癒しを与えるスライム娘こそ崇め縋るに相応しいのではないでしょうか!」
「話題が……戻ってきた!?」
初瀬さんからも驚いた声が返ってきた。
その様子を見てある事実を理解した俺は全てわかったと一旦優しく息を吐いた。
そして、俺は遥か上空を殴るように拳を振り上げる。
「ふむ、その顔……スライム娘の良さがわかっていないお顔ですね。
わかりました、それでは僭越ながら俺がお教えしましょうスライム娘を!
文字でも言葉でも伝えられない心で感じ取るこの感情を、少しでも、微弱でも、皆様に語らさせて頂きましょう!!」
「……いや、いいです」
最後に水内さんがジト目で呟く。
足元まで迫ってきたスライムが、ポヨンと跳ねる音がやけに印象に残った。
◆
「胸がでか……豊満だとか、貧相だとか……俺はスライム娘に対しては些事なんだと思っているんです。俺は彼女たちスライム娘というモン娘のほぼ全てを許容する度胸があります。
胸がでかいお姉さん風? ぺったんこ絶壁のちびっこ? スライムにコアがある、ない? 透明度が低い高い? 服を着る着ない!? それにスライム娘の尊さが、可愛さがどうして左右されましょう!! ええ、そう、そうですとも、左右されるはずがありません!!
スライム娘という概念は絶対的、ゆえに揺るぎなき愛らしさは不変であります。
俺はスライム娘のロリ、お姉さん、活発な子、静かな子、無邪気な子、無垢な子、その相対性理論では想像もつかない絶対性を持った胸に刺さるこの尊さこそを愛しております!
無論、彼女らの中でも特に好きといった特徴はあります……しかし特に好きという感情と全て好きという感情は両立し得る!!
俺が、俺のこの感情が、心が、欲望こそがそれを体現し、証明しているのです!
え? ……じゃあその特別好きな特徴はなにか?
よくぞ聞いてくれました。
ええ、今こそお伝え致しましょう、俺の最も好みな特徴……それは、“無垢”です!!
モンスターゆえの……いえ、スライムがスライムであるからこそ生まれる無垢さ。
それこそ俺が最も好みの特徴であり、そしてこの沼に片足を突っ込む原因……いえ、運命の一歩となった属性でございます。
忘れもしませんあの初めてスライム娘のイラストを見た日のことを!!
あれは12歳の10月29日……少し肌寒い日のことでした。
あの日に起こった運命の出会い……俺の人生を左右するとも呼べる二大性癖の片翼と出会った聖なる記念日のことでございます。
あぁ……あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。小学校から帰ってきてノートパソコンと向かい合ったあの日のことを……。
っと、いけませんね。スライム娘のことを語るのこそが最優先であり俺のようなクソの歴史で穢してはなりません。
さて、スライム娘の無垢の良さ、それに理由でしたか……」
「もう、もういい、もういいから……ね、一旦止まろう? お願いだから、いつもの悠羽に戻って!」
「……ふぇ?」
初瀬の悲痛の叫びが浦谷の耳朶を打った。
その場にいた全員は一人残らずそう確信した。
何せ、先程までトランス状態だと言わんばかりの恍惚に浸っていた浦谷の気持ち悪いほどの笑みは、いつもの大きな瞳がぱちくりとした可愛らしい猫顔に戻っていたのだから。
間抜けな声を上げきょとんとした様子の彼女はとても性癖を熱心に語っていた狂信者とも呼べる狂人とは思えない。
曰くのスライム娘の可能性……土地柄ゆえか黄色と青のスライムが彼女の足元に集結していることに、彼ら遭難したメンバーは果たして気づいているのだろうか。ぴょこ、ぴょこ、ぽよ、ぽよ……にゅるにゅると、一部の個体は既に浦谷の足をゆっくり登り始めているのである。
しかし浦谷の衝撃発言で誰一人そちらに意識を向けられていない……それほどまでにこの場の人間にとって浦谷の状態は驚愕に値するものだった。
「麻痺……? …………っ! 悠羽、足元!」
まあ、その危機も初瀬が浦谷が精神系の状態異常にかかってることを疑ってステータスを覗き込むことで判明するのだが。
「えっ足元……ひゃあ! いつのまにスライムが群がってたんですか!?」
「浦谷が馬鹿な演説してる最中じゃね」
「バカとは何ですか! バカと言った方がバカなんですよ!!
それはそれとしてスライムさんたち……俺は絡むべき女の子じゃありませんしここは別にCERO:Zな世界じゃ……あり、ませ……ひっ! ああクソぴりぴり地道に麻痺効果を与えてくるな! 登ってくるな! 長ズボンの隙間から入ろうとすな!
捕食はゴア表現判定着いちゃいますケド! 俺は健全な16歳でございまして……いや、待てよ。捕食、擬態……結果完成するスライム娘…………ああまて早まるな俺がスライム娘という存在をこの目で観測せずしてなんだと言うのだ。死してスライム娘を生み出して本望……ふざけるな。俺はスライム娘に出会った程度で留まる人間ではないのだ……そうだ、まだ俺にはもう一つ癖が残っているはずだろう、そうだろう!!
うおおお! 唸れ俺のスライムを剥がす腕の力!!」
「こんなに心の声がダダ漏れな浦谷初めて見たな……」
「私も」
「初瀬もなのか……」
浦谷の意外な一面を見れて嬉しい、なんて人間がこの場にいるはずもなく。彼らからしてみれば薮に近寄ったら猫の皮を被ったケダモノが出てきた気分でしかない。
認識がふた周りほど改められた彼らはスライムに文句を言いながらもどこか無邪気に楽しそうな浦谷を前に動けないでいた。
◇
「スライムが可燃性じゃなかったら不味かったね。初瀬が『火魔法』のコントロールが上手くて良かったよ」
「コアがあるタイプもないタイプもどっちらにせよ化け物だよな……うっスライムのリアリティだけを追求しすぎたバカゲー思い出しちまった」
「あれは、トラウマ」
「あー……あの、『脈動するスライム~この夏、奴らの恐怖がやってくる』とかいう、B級ホラーのサメがスライムになった感じの……」
「知ってるのか、浦谷っ」
「むしろなんで上月さんと初瀬さんが知って……いやその様子じゃプレイ済みなんですねあの狂気のゲームを……」
一部が何かを思い出したのか、瞳から光を消しながら彼らは座り込んでいた。
浦谷のスライム騒ぎの少しあと、誰かが遭難したらまずその場にとどまることが必要ではなかったかと言ったことが始まりだった。
高低差も大してなく、別に深ければ標高が高いという訳ではないこの森では何も知らない彼らではどこに行くべきか全く検討もつかない。
既に木々が生い茂って、光の射す隙間すら少ない薄暗い森の中では森が浅い方の判断がつかない。
流れるように歩いてた全員が一声でそのことにようやく気づいてピタと止まったのが数時間前のコトである。
「木にさえぎられてお日様が見えねぇ……」
「想像より早く暗くなりそうですね」
「俺らちゃんと見つけてくれるかな」
「それは……」
浦谷と初瀬の視線が交差して、こくんと頷く。
お互いの意図が伝わってどちらも少し楽しそうな表情を浮かべた。
「ないかも、しれないね」
「むしろ本当に探されてるかどうかすらわかりませんからね……探してないんじゃないですか?」
「ありえる」
唐突な二人の否定的な発言に一同は興味を向けた。
にっと笑った二人の、この場の全員を洗脳を取り除く作戦が始まった。
何のとは言わないが、当初の予定の文章です。
「背が高くても豊満でもちびっ子でぺったんでもこの、魔物というかなんというか……モンスターゆえの純粋無垢さがね……こう、不思議な愛らしさをかもしてくるんだよ。スライムゆえに局部が浮き出ず裂け目もなく、故にえちちじゃないノンセンシティブボディーが逆になんというか、無邪気だからこその色気をかもしていてな……(この後、小一時間程続く)」
こちら150文字ほどとなっております。
実際に書かれたあちらの文章は800文字を遥かに超す文字数となっておりましてええ。




