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是非とも解呪したい祝福がある  作者: 銀鱈ちゃん
チュートリアル 息吹なる血潮は結晶へ
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十五話 情報不足はありえないを引き起こす

 それは霧がかった風景だ。

 陽の届かない古い街の中だ。


 初瀬彩奈はその世界を朦朧とした意識の中、傍観していた。


 おかしいな、どうしてこんな場所にいるのだろう。

 答えの帰ってこない問いは、奇妙な霧の中に消えていくようだった。


 少し時間が経っても、その場所にただずっと立たされて一点を見つめ続けるだけ。

 とってもつまらなくて、暗鬱なまでに退屈で、どこまでも退廃的な空気が彼女をやんわりと包んで離さない。

 ほおっておけば、この空気に永遠に縛られ憂鬱な街と一緒にカビが生え苔むして劣化して崩れてく、そんな悲しい未来を見せられるような気がした。


 そんな世界に、新しい登場人物が現れた。

 女だ。黒髪の女だ。

 神官のように格式高く清潔な羽衣を着たその女は、持ち物と思われる大きな杖を地面に落として頭を掻いて泣いていた。


 どうしたのだろうと心配になった初瀬は女にゆっくり近寄ると次第に色々なことがわかってきた。


 女は泣いているだけではなかったのだ。





「うらやましいよ「ああそうだね妬ましい」どうしてアイツだけ「希望を見せるくらいなら死んでくれ」こんなのおかしいだろう「私と何が違う」許せるはずがない」なんで死なないんだ「アイツと俺の違いはなんだ」ボクの何が悪い「クソクソクソどうしてコイツだけ」なんて羨ましいんだ「どうして死なない何故だ」そんなのあるわけないじゃないか「人は憎ましいアイツは羨ましい「妬みの何が悪い」あいつがなんだ吐き気がする」たとえ成し遂げても変わらないだろう「見せないでくれ」



 女はゾッとするような奇妙な呪詛の塊だった。


 そのどれもが何かを憎悪して妬んで拒否して唾を吐きかけて、そしてどこか羨んでいた。


 言葉が時々途切れては、あぁと黒い息を吐き出す。

 女は美しい顔を穢すように、瞳を血走らせて頭をガリガリと掻いているものだから頭から流れた血液が顔を濡らしてとても汚らわしかった。


 初瀬はその気配をどこかで感じたなと直感的に感じた。

 こんな顔した知り合い、一人たりともいないというのに。


 その場から離れることなくじっと女を見つめていた初瀬の存在にようやく気づいたのか、女は死にかけの形相で彼女を見つめた。


「あ、あ……あなたは、そう……あなたは……」


 そして初めて言葉らしい言葉を発したと思うとこんどは要領を得ない。それどころではない、文章が成り立っていない途切れ途切れの呼びかけだ。


 だがどうしてもそれが、初瀬の目には……────




 ◇




「かはっ……ひっ……はぁ、はぁ」


 ようやく呼吸を思い出したように初瀬は跳ね起きた。


 気分が悪い。

 率直な感想を心の中で述べる。


 気づくと冷や汗で服が濡れていた。

 自分はどんな悪夢を見てしまったのかと思い出せないながらもその恐怖を深く感じ取る。

 最近は日頃が悪夢のようなのに勘弁して欲しいものだと思った。


「すごく、悲しい…………なにが?」


 誰も答えてくれないそれは自問自答。

 どうしてそんな言葉が出てきたのかもわからないし、既に忘れた夢のことを思い出すなど至難の業だ。

 妙にモヤモヤする気持ちを抱えて薄暗い部屋の窓を見た。


 いつもの初瀬と浦谷の部屋だ。

 まだ夜らしく、窓から差し込む月明かりで視界が確保されていた。


「明日は、お出かけ。もう一度寝なくちゃ」


 寝るといえば、すぐ横のベットで寝ているであろうお転婆娘の顔が見たくなった。

 初瀬はそちらへ視線を移すと……移す……と? 


 掛け布団は剥がれてもぬけの殻。


「ゆう……悠羽?」


 着替えの外着は置かれたままでこの部屋のどこかに隠れていることもないだろうから、どうやら寝巻きで部屋を飛び出していったということがわかる。


「どっどこ……どこ行ったの、お城?」


 途端に慌てだした初瀬は、消えた浦谷を探すべく可能性のある場所をピックアップしながら自分の外着を手探りで漁り始めた。


「探さなきゃ」


 悪夢を見たせいか洗脳が蔓延っている状況だからか明日のことか、普段では考えられないような慌てようだ。

 何をしでかすかわからない黒幕の下にいると知りながら、平静を保って過ごしていた浦谷のことだ。どういう行動に出るのか初瀬には全く予想がつかなかった。


 幸い初瀬の手には王城侵入の手段があった。

 それを実行する度胸もあった。


「探す……王城を。全員気絶させれば気づかれない」


 その手段は、ゴリ押しである。




 ◆




「うっうぅ……」


 さてさてついに俺の能力値上の不運とやらが排水溝から顔をのぞかせました。

 訓練場で化け物に囲まれて地面崩れてどこかに落下とはこれ如何に。

 不運さん初めからエンジンフルスロットルじゃないですか、燃料切れてとっとと失速することを期待してますよ。


「浦谷ぁ……無事かー? ここどこだよ暗くて見えねぇ」


「ところどころ打ってますけど死んではないですよ……灯り……灯り……よっと」


 ぽっと俺の指先に小さな火がついて軽く当たりを照らした。

 といっても、俺の『猫の目』の暗視効果の方が上回っているので完全に上月さん用の『火魔法』である。


 この軽い明かりでは、地面も暗くてぼんやりとしか見えない。

 俺の『猫の目』は薄暗くもここが石畳と石積みの小部屋であることがしっかりとわかる。

 もちろん俺は王城の地下のことは知っていても、訓練場の地下にこんなものがあるなんて知りもしない。

 今までの情報から予想がついたのかつかなかったのかすらわからないこれは俗に言う情報不足というやつですね。


「もうちょっと火、強められないか?」


「ここを見る間ずっと火をつけるとなると、いくら魔力の消費が少なくても少し経てばこのままでも尽きますよ? もし強めたら何分持つか……」


「うーん……そうか。それにしてもここはどこだか……知らないよなぁ」


「あのバケモノの腹の中なんじゃないですか? だって、あいつらにここに落とされたんですし」


「まっマジで?」


「冗談ですよ」


「……怖えからやめろよ……」


 どうやら本当にビビっていらっしゃる様子の上月さん。

 イイネ、俺最近ホラーでビビらなさそうな人にばっか会ってたからいい反応だよ。


「浦谷、一瞬だけでもいいから部屋全体を照らせるようにできないか? 周りに何があるかわからなくて怖い」


「俺、一応夜目が効くんで全部見えてますけど……」


「それでも、お前が見えてても俺が見えなかったら怖いんだよ」


「……確かに」


 たとえ別の人が暗がりの先が見えているといっても、その先の情報を伝えられたとしても、見えない人間が怖いことに変わりはないだろう。

 俺は手を上に掲げて先程より多い魔力を大きい魔法陣に込めて火を炊いた。


 ごうっと燃えた火が部屋をオレンジに照らす。

 十秒もしたら鎮火されたが、その間に部屋をくるりと一回転で一通り見えたようなので上月さんのご要望にはお応えできただろう。


「あー浦谷……お前、暗くても見えるんだろ?」


「え、ええ……そうですが」


「後ろ、見たか?」


「いや、まだ……ただ見えるってだけで一度も見回してないので」


「そうか……」


「………………待ってください俺の後ろに何があるんですか」


「いや、なんでもないんだ。忘れてくれ」


「み、見ますよ? 俺、後ろ振り向いちゃいますよ?」


「腹を括れよ?」


「何が、何があるっていうんですかっ! …………ひっ」


 そーっと後ろを振り向くと、壁に寄りかかるように座る人影があった。

 生気がなく、目の光もなく、なんなら目もなく皮もなく肉もなく。


 白骨死体だコレ! 


 皮でできた軽装を着て、横にはものが入っていなさそうなブカブカの大きなカバン。

 前には薄い本と火の消えたランタンがあった。

 薄い本といっても()のオタクの聖地で戦士たちが血眼になって買い集めるという伝説の同人誌ではなく、ただの手帳である。


「おっおおう……雰囲気抜群……」


「うご……かないよね?」


「そんなテンプレな……で、でも、ランタンですよ! もし燃料が切れてなかったら灯りが手に入るかもしれませんよ!」


「俺暗くてどこにランタンがあるかわかんないんだけど浦谷は見えてるんだよね……で、どっちが取ってくるの」


「わざわざ決まりきったことを言わせる気ですか……?」


「あはは……ごめんごめん。そのランタンに火を灯したらその無縁仏の行先とかここからの脱出とか考えよっか」


 簡単に言ってくれおるわ。

 おっかなびっくり近寄ってランタンを取ってすぐ引っ込んだ俺は上月さんに押し付けた。


「付け方が、わかりません」


 指先の火でランタンを照らすも、どこを開ければ中心に火を移せるのかもなんなら火を移せるのかもわからない。

 このランタン、よく見てみると、中心にあるのは埋め込まれた石ばかりでとても火をつけられるような構造に見えないのだ。


「詰んだ?」


「火の付け方がわからないようでは……ねぇ」


 じっくり観察するも、わからないものはわからない。これはどうしたものかと困り果てた。


「ファンタジー風にいうなら、なんか呪文を唱えると勝手に火がつくとか、どこかに魔力を注ぐと火がつくとか」


「そんな単純なことならいいんですけど……まずは魔力を込めるところから……どこに?」


「真ん中の石でいいんじゃないか?」


 ふんっと魔力を操作して石の中に注ぎ込もうとしたのだが、あれ不思議、入らないではありませんか。


「無理ですね」


「じゃあ呪文?」


「それこそ何がキーワードかわからないですよ」


「これじゃないの?」


 上月さんが指を指したのはランタンの外縁部、金属に刻まれた文字列だった。

 なになに……“持ち手の石、中の石、力は外から内側へ”だって? 

 ……これ本当に呪文か? 呪文なのか? 


「え、えーっと“持ち手の石、中の石、力は外から内側へ”………………何も起きませんね」


「何も起きないな……」


「……これ、手順じゃないですか? 持ち手にある石に魔力を込めると内側の中の石に力が流れるよーみたいな」


「持ち手の石……これか」


「コレっぽいですね……じゃあ、こいつに魔力を……」


 魔力を流し込むと、その力は持ち手の石に少し吸収されてそして止まった。

 次の瞬間、ぼっと中の石が燃え始める。

 どうやら無事に火はついたようだ。

 気に入らないのは火に使っているのが俺の魔力ではないようなことか。

『魔力知覚』で放出された魔力を感じ取ると、見えてくる結果は中の石には既に魔力でいっぱいということだった。

 だから弾かれたのか。

 それにしてもよく魔力を貯める石だ。

 俺の魔力の四分の一はこの石に入っているんじゃないだろうか。


 それにしてもこれの作者はどうしてこんな遠い言い回しをしたのだろうか。

 嫌がらせか。

 そうなんだな、嫌がらせなんだな。


 謎の確信を胸に、ひとまず光源を確保出来たと一息ついて部屋を今一度見回した。

 天井も床も壁も石畳、王城の地下みたいな姿をしている。

 すぐそこだから当然というべきか、バケモノが落とした先のココが似ているのは不自然というべきか。


「いや待てよ、なんで天井があるんですか」


「……ほんとだ。俺たち落下してきたはずだよな」


「ええ、しかも意外と短い間の落下でしたが……あまりの暗さと困惑ですっかり忘れていました。ちなみに、天井を壊して脱出ということは……」


「STRとDEXがいくら高くても、それが出来るほど体が追いついてなきゃ何も出来ないんだよ」


 つまり不可能と、正規ルートで脱出するしかないようだ。

 正規ルートがあるかもわからないが。


「扉は一つだけみたいだな」


「鉄扉じゃなくて木みたいで安心しました。あれなら壊れてても最悪壊して移動できる」


「いや、やったことはないが、俺のSTRなら鉄扉くらい簡単に破れると思うぞ。というかこんな数値で破れなきゃ困る」


 それはなんとも頼もしいことで。

 俺のギフトと真逆の性能しやがって、ほぼ嫌がらせの俺とは違ってメリットだらけじゃないか。

 くそー呪ってやるー。


 冗談はさておき、やっと明るくなったので白骨死体の下にある手帳を読んでみようと思う。

 扉の外のことが書かれているかもしれないし、死んだら終わりでとりま突っ込んでみるかができるほど命知らずじゃない、とにかく今は情報が欲しい。


「うっわ……字が汚い……」


「だいぶ崩された字体ですね……一応読めはしますけど間違いがあっても気づけないですよ」


「読めるなら頼む」


「わかりました」


 薄いと言っても本は本、時間制限があるのかないのかもわからないこの場所であまり時間を使いたくないのでペラペラと流し読みしていく。


 手帳の始めらへんはただのメモのように扱われていたが、あるところから段々と日記風に変わってきた。

 日記に変わる少し前からがこの場所、曰く石造りの迷宮について書かれている。

 石造りの迷宮という名前は、手帳の持ち主が命名した便宜上の名前でこの場所は正確な迷宮ではなく、巣に近いとの事。


 あと書かれていたのは………………。




 木の扉から部屋を出て、ランタンで照らしながら石造りの廊下を歩く。


「手帳に簡単な地図は描かれていたからわかってはいたけど、この場所が完全に塞がれている理由……見ると絶望感が増すよな」


「……ですね。天井が崩れ落ちた通路、完全に瓦礫で塞がって密閉されてますね」


 前にしているのは、俺たちが降ってきた部屋から案外すぐのところにあった廊下の行き止まり、天井が崩れて瓦礫によって通路が埋まり通れなくなった場所。

 手帳によるとここが唯一の別の場所に繋がる場所らしい。手帳の地図にもここ以外の通路は全部外へ繋がる場所はなく、周回してるか一直線の行き止まりかに分かれているらしい。


「さて、次を決めてさっさと一通り見て回りたいが部屋数が多すぎるね」


「全部見て回ってたら一日じゃすみませんよ」


「それに、隠れる場所も探さないといけないらしい」


 そういってランタンを片手に俺たちは歩き始めた。




 ◇




 ふと寒気がして立ち止まると、上月さんも同じものを感じ取ったのか同時に廊下の真ん中で停止することになった。

 すると薄暗い闇の向こう側から、奇怪な音がする。

 目をぱちくりとさせて上月さんと目を合わせると今度こそはっきりとキッキッキィと音が……いや、鳴き声が聞こえた。


 あれから少し時間が経ってしまっている。

 ここに来てもう少しで三十分は経とうとしているのではないだろうか。

 もう疲労が目立ってきてしまった。

 やっぱり戦いより地味に歩く方が疲れを意識しやすくてダメだね。

 いっそ戦いに身を投じた方が集中して疲れを忘れるものだ。


 そんなことを考えていたときのことだった。


「ついにお出ましですかね……」


「バカ、無駄かもしれないけど喋るな、逃げるぞっ!」


 上月さんがそう言った途端に声の主が闇の向こう側から現れた。

 手帳に書いてあった通りの人物だ。

 青緑の美しい髪()()()ものを生やした美しい女性。

 白い衣を体に巻くように纏って、細い目をめいっぱいに見開いて幽鬼の足取りでこちらへにじり酔ってくる。


 手帳曰く、狂った妖精。

 何が原因で狂ったのかは明らかになっていないが、まれに発生する化け物らしい。


 あ゛ぁ゛と呻いて狂った妖精は楽しそうに笑った。


「……っ!」


「逃げますよ! ……付近の部屋はすぐそこです!」


 狂った妖精の特徴は三つ。

 この石造りの迷宮の廊下を永遠と巡回し続けること。

 生き物を見かけると巡回を止めて追い始めること。


 そして。


「なんですかあの魔力は!」


「知らないよ! 俺見えてねぇから!」


 狂った妖精は十秒ほど力を貯めて爆発的な勢いで追いすがるのだ。


「クソッ、来るぞ!」


「あぁぁああああっ!」


 何とか付近の部屋に二人揃って転がり込むと、背後ですごい音が聞こえた。

 大きな破裂音と、何かが超速で通り過ぎる暴風。


 石造りの迷宮では、狂った妖精は部屋に入って来ないことが唯一の救いだが、なぜ入ってこないのかもわからず万が一も考えた方がいいときた。


「轢かれたら、轢死じゃすまねぇよな……」


「轢きながら捕まえて生きたまま捕食くらいされそうですよね」


 頬を引き攣らせながら、扉をパタンと閉めた。


「俺たち、あんなのから逃げながら脱出手段を見つけないといけないの?」


「そりゃ手帳の筆者も心折れますよ」


 様式美のように、手帳の終わりへ向かうにつれて字は汚くここではないなにでもないナニカに怯えるような狂気に満ちた日記が書かれていた。

 ああはなりたくないものだね。

・狂った妖精ちゃん

石造りの迷宮以外でも存在が確認されている妖精。

彼ら彼女らはある三つによって安定している。

しかし不安定だからどれかを選ぼうとする。

その奇妙な生態は誕生の原因にあるのだが……。

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