十一話 代償は多大な疲労感
うーん薄い、難産。
火を跳ねて境を飛び越える。
「あああああっ!!」
息を吸って意識を切り替えて、叫んで威勢を表す。
眼前のゴブリンは驚いた様に止まって縦に振り下ろした短剣の一撃をもろに食らってしまう。
「ぎっぎゃぁっ!」
汚い声をあげてゴブリンはよろめいた。
STRが低くとも、体重と落下の勢いが乗った一撃、相当苦しそうだ。
可哀想なので俺はよろめくゴブリンを支えるようにこっち側へ引いた。
「ぎゃっ」
「ぎゃぎゃっ!」
すると他のゴブリンの棍棒が弱ったゴブリンにあたりトドメが刺される。なんでだろうなー不思議だなー。
この場合、経験値はどういう配分なんだろうか。俺がゴブリンと協力してゴブリンを仕留めた判定なのか、敵対ゆえに最後に仕留めたゴブリンに経験値がすべて流れるのか。
後者なら経験値無駄にしてしまったな。
まあ、ゴブリンに経験値が少なからず入ったことは確かだろう。
せっかく経験値のプレゼントをしてあげたというのに、ゴブリンは怒った様にこちらを見ている。
恩知らずなヤツめ。
あーなんでそんな怒ってるのかわからないなー。
「はははっ」
既にいらなくなったゴブリンの死体を右に捨てるとあら不思議、右から奇襲をかけようとしていた別のゴブリンの一撃を防げたではありませんか。
そのすきに左から襲いかかるゴブリンの一撃を躱して勢いよく目ん玉を突いた。
「ぎぃっ!」
そのまま押し倒すような状態に移行して体重ごとゴリ押しで貫いて奥まで差し込む。
脳まで届いたかな?
届いてたらいいな俺のプレゼント。
死んだかどうかはどうでもいいしどうせ虫の息だし、なんなら俺が今一番危ない体勢なのはわかっているので周りのゴブリンがいっせいに棍棒を振り下ろした瞬間、自分の体を横に弾いた。
一、二体のゴブリンに体が衝突するが、奴らの棍棒は既に俺が短剣を突き刺したゴブリンに当たっている。
直ぐに俺に来ることはないだろう。
肉を叩く音と断末魔。
まだあれだけじゃ殺しきれていなかったのかもしれない。
横に体を弾いた勢いで、拳を俺にぶつかったゴブリンのスネに激突させそのまま爪を立てて掴んでその足を引いて転ばせて、その後ろに詰まっていたゴブリン諸共ドミノ倒し。
「ぎゃぁ!?」
「ぎっぎ!」
「ぎゃぁぎ!?」
次々聞こえるゴブリンの悲鳴。
大人数が集まった時に誰かが転ぶのは怖いぞー何せ体重で下敷きになったやつの骨とか酷いことになるからな。
さて、それ以外のゴブリン達は俺が移動しているのにもう気づいているし、なんなら知らずに踏みつける寸前である。このままだと踏みつぶされる蟻んこになっちゃうね。
だから、だからこそ、この時を待っていた。
即座に指の隙間に挟んでいた紙に魔力を流し込む、すると魔力を通しやすいと思われる血液の部分にすぐさま浸透し、紙に刻まれた魔法陣がその効果を顕にした。
ポンッと軽い爆発音。
俺の上で発生した弾くような爆発はすぐ近くの俺を傷つけない程度の軽度のものだ、しかし何も知らないゴブリンを驚かせるのには足りる。
彼らの眼前で起こった謎の小さな爆発、思わず驚いて止まるものや後ろに下がろうとするもの。
しかし周りにはゴブリンがたーっくさん!
後ろに下がったゴブちゃんは足を崩してあら転倒、可哀想にね。そして君が転んだことで後ろに待機してたお仲間ゴブリンも迷惑を被るんだ。場合によっちゃ一緒に転ぶかも? ドミノ倒し第二弾の始まりだ!
だけどのんびり眺めて笑う暇はないので、仕方なく立ち上がりながらゴブリンの死体から棍棒を奪ってぱっと見つけたゴブリンに棍棒を振り下ろした。
もうほぼ力など込めていない重さに任せた落下に等しいそれは見事停止中のゴブリンの頭にぶち当たる。
痛そう。
実際そのゴブリンは頭抑えて痛がってるしね。
そんな感じでまだゴブリンはいるが、俺の周囲のゴブリンはみんな混乱恐慌。
慌てて俺に殴り掛かって来るやつもいるがそいつの手を引いてあげて他のゴブリンに向かわせてあげれば、はい完成。
いっそそのまま仲間割れしてくれないかな。
少しワクワクするけど意外と絆は固いようでこの惨状に、俺をすごい怒気の孕んだ瞳で凝視する子や倒れたゴブリンに駆け寄って心配している子までいる。
素晴らしきかな、ああ友情とは感動的なものだ。
よよよっと袖で瞳を隠して涙を隠す振りをしながら流れ作業ゴブリンの棍棒受け流しイエイ、ピースサインをキメたらさらにゴブリンの瞳に宿った怒りの色が増してきた。
イイネ、ゲームのPK連中相手だとなかなか見られないいい色だ!
楽しい。
久しぶりに俺の瞳が輝いているのを感じる。
気分の高揚と、沸き立つ緊張が心地いい。
今すごく生きてるって感じがする。
普段は考えもしないことなんだけどな、こうしたら、こうもなるもんだ。
少し跳ねて離れたところを見遣れば、力任せにゴブリンを吹き飛ばす隊長さんに技術と力技で片っ端から頭蓋を砕く熊宮さん、そして遠距離からの『土魔法』と『水魔法』の攻撃で周りのゴブリンを押しつぶす初瀬さん。なんの無双ゲーだ。
その隣では見入ったように戦いの様子を見守る上月さん、そうだもっとあの戦闘狂二人を見て学べ、俺みたいな変則的なことをしなくてもいい能力値が君にはあるんだからな。
跳ねる時に踏み台に使われた倒れたゴブリンくんは怒声をあげて俺を見ている。
うーん下々が喚いてますねぇ。
まだまだ長引きそうだ。
◇
「やーっと、終わった」
俺は大きく息を吐いた。
すると突然どっと疲れが押し寄せてくる。
おそらく倒した数最下位は俺かもしれない。
ちょっと残念だけど、俺の能力値でここまでやれたと考えるといいほうなのかもしれない。
けど、妥協はしたくないとか甘ったれたこと言っちゃダメかな。
「……なあユウハ」
「なん……です、か? 痛っ……」
隊長さんに呼びかけられそちらを振り向くと包帯を持った隊長さんがいた。ちなみにところどころに傷は見えるが俺ほど疲弊していない。
ステータスの暴力め……。
振り向くために体を動かすと、何度かゴブリンの棍棒が当たったところが痛む。
骨折れてないよね、大丈夫だよね?
「いや、疲れてるとこ悪いんだが、イノシシを倒してレベル2になって手に入れたステータスポイントをすべてSTRに振ったと考えても明らかに出せない力を途中で使っていたのはなんだ?
ゴブリンを投げられるわけないだろ」
「そりゃ……戦ってる最中にレベルも上がるでしょう?」
「戦っていても、勝手に能力値が上がるわけじゃない。ステータスポイントが手に入って、それをステータスを開いて能力値に割り振らなきゃいけないはずだろ」
「ああ、戦ってる最中に割り振ったんですよ……みんなほどゴブリンが集中していませんでしたからね、暇はありました。最低限必要な分を割り振って……。はぁ、今回でレベルが7つも上がりましたからね、どれだけいたんだか」
「ん、浦谷はそれだけか? 私は13もレベルが上がったが……」
「熊宮さんのが殺ってるからに決まってましょう?」
「そうか?」
むむむ、と納得いかない顔の熊宮さんと隊長さん。
俺はアンタたちとは違って安全圏を作りながら戦ってたの、当然討伐数も減るしその代わりステータスをいじる時間くらい出来上がるのだよ。
そうでもしなきゃ即死だったともいう。
綱渡りでイキイキしてるとか考えてたやつがいるらしいぜ、テンションがハイになって調子にノってた俺のことですね。あれなんで楽しかったのかミリ単位もわからん。今あの瞬間を考えるだけで怖くてちびりそうだ。
「まあ、いいか。とにかく応急措置をするぞ?」
「待って」
隊長さんが包帯を巻こうと近づいてくるが、初瀬さんから待ったがかかる。
「『治癒魔法』がある、そして『水魔法』で傷口を洗える」
「ああ、そうだったな。……魔力残量は大丈夫か」
「大丈夫」
「そうか……じゃあアヤナ、頼んだぞ」
「わかった」
俺の傷は初瀬さんが魔法で治すことになったらしい。
一番安全圏から戦闘狂二人並みの戦果を叩き出した魔法の天才さんはつくづく規格外だ。
「悠羽、痛いけど我慢して」
「俺を何歳だと思ってるんですか」
「そうやってすぐむくれるところが反抗期?」
膨らんだ頬をつつかれて、口から空気が抜けた。
ごもっとも、反論する余地がありません。
パチンッと彼女が指を弾くと、青色の魔法陣が二つ形成されて俺の傷を洗い流していく。
「……っ」
痛い。
最近あまり怪我をしていなかったから傷口を水で洗うなんてことはなかった。
久しぶりすぎて痛い。
ゴブリンに殴られた時以上に痛い錯覚を覚える。
涙出てきた。
「おしまい、次は治す。幸が言うには骨は折れてない、そういう攻撃は逸らしたって聞いた」
「ええ、まあ。あの人いつの間に見てたんですか……?」
「だから治せるのは打撲とか肌の傷とか、ジンジンした痛みは」
「軽いものだしそのうち治る、ですよね」
「うん」
そうすると再び青の魔法陣が現れた。
「治癒魔法も青色なんですね」
「ものによっては赤もある」
「何がなんだかわかりませんね……あっ魔法といえば。初瀬さんが作ってくれたあの魔法陣の紙、戦闘中になくしてしまいました……すいません……」
「ん、いい。すぐに作れる」
他愛もない話をしていると、幾分か痛みも消え、俺の肌に浮き出ていた血液のもとの傷口が塞がり、打たれて赤くなっていた肌も色が戻っていた。
魔法とは便利なものだ。
それを見た初瀬さんが良かったと安心したように息を吐いて、俺の耳を撫でた。
「みゃっ!?」
「お説教は帰ってから、今は褒める。頑張ったね」
母親の二文字が頭に浮かんでくる。
周囲からは微笑ましい視線が飛んできて、上月さんがこの瞬間は本当に親子みたいだなと呟いた。
どうしよう、疲労感と安心感で眠くなってきた。
「あっ……」
これはまずいと逃れる様に一歩下がると、初瀬さんがショックを受けた顔でこちらを見ている。
「ほら、初瀬さん……まだ行くところがあるんですから。撫でるならあの頭に」
と言って俺は上月さんを指さした。
「なんで俺!?」
と聞こえてくるが無視である。
「颯希……おいで、ちっちゃい頃みたいに撫でてあげる」
「なっなっななな」
顔を赤くして「な」しか言えなくなった上月さんはほっておいてまだ行くべき場所、元ゴブリンの巣の洞窟を見た。
「残党が残ってたらまたデカくなる可能性がある。そしてもしかしたら巣の中に指揮個体がいるかもしれないし、さっきの戦いでは魔法を使うゴブリンを見なかった」
「十中八九、生き残りがどこかにいますよね」
「だが今から森を探すのは無理に等しい、だからせめてこの洞窟だけでも掃除をするぞ」
というワケだ。
といっても実行部隊は隊長さんに熊宮さんに上月さん、俺と初瀬さんは洞窟前待機だ。
俺はもう疲れてて戦力にならないし、そして何より生き残りが外にいた場合に洞窟の入口を崩されて閉じ込められては堪らないからだ。
行ってらっしゃいと彼らを洞窟へ送り出すと、次第に中からゴブリンの悲鳴と断末魔が聞こえてきた。
知ってるか?
粗方の異世界人はギフトでこれに近い事ができるような力を貰っているんだぞ?
ただまだ戦闘経験と技能が足りないだけで。
上月さんは今回も戦闘経験を積みに付いて行ったのだ。
フルダイブVRがあるご時世、ある程度ボスやら何やら相手に戦ったことがある人が多いだろうし他のみんなもすぐとは言わないが慣れるのは早いだろう。
そして今のままではその頃には俺は追い抜かされている。
技能で負けたらもう俺に誇れるものは何も残っていないのだ。
せいぜいがロールプレイのような何かを恥と躊躇いなくできることくらいだろうか。
「悠羽」
「なんですか初瀬さん」
「さっき撫でるの避けたのなんで」
「ああ、いや、その……」
「眠そうだった、眠くなるから?」
「あうっ……!? そん、そんなわけ」
「寝る子は育つ、どうせ疲れてる。ここで待つのがわかってたなら、寝ればよかった」
「む……わっみゃぁ!?」
図星を突かれて固まっていると初瀬さんによって抱き抱えられ、子守唄を囁かれる。
胸が当たってます緊張で寝れるものも寝れません。
そう言うことも出来ずひたすら抱っこされたまま背中と頭を撫でられて。
まぶたが段々と重くなってくる。
クソ、何だこの安心感は……新手の魔法か?
困惑に困惑を重ねている間にも睡魔が眠ってしまえと囁いてくる。
「くぁ……」
小さな欠伸を一つ。
「おやすみ」
そう囁かれたのを最後に、俺の意識は暗転した。
◇
「……!?」
気づいたら寝ていた。
慌てて気づいて目を開けると間隔的な揺れと夕暮れの街の景色が流れていく高い視界、そして歩く隊長さんと上月さん。
他のクラスメイトたちも離れたところに見える。
「なっ……ねっ寝てた」
「お、ユウハ起きたか」
次々とおはようと聞こえてくるが俺は現状を認識するので精一杯だった。
洞窟前で待機していて初瀬さんに抱っこされたところまでは覚えている。
今の状況はなんだ。
依然として初瀬さんに抱えられ、彼女の肩に顔を乗せている状態だろう。
顔が少し熱くなるのを感じた。
で、みんなで移動中、つまりは帰り道か。
起こして貰えなかったということか、つまりずっと初瀬さんに抱っこされて寝ていたと。
顔がさらに熱を持った。
ふむ、少し離れたところにクラスメイト。
よく見ると面白そうに、もしくは可愛らしいものを見るように俺を見ていた。
その、なんだ。
つまりみんなに俺が抱っこされながら寝ているところを見られていたわけで……?
「み、見られ……」
じゅぅと湯気が上がる錯覚を覚えるほど顔が赤くなる。
恥、羞恥。
あまりのことに目が回る。
「う……うぅー……」
俺が一体何をしたっていうんですか。
クラスメイトほぼ全員から微笑ましい目で観察されるようなことになるほど俺は罪を抱えているというのか。
「悠羽、おはよう」
「むぅ……おはようございます初瀬さん」
「城にはあとまだ少し、寝ててもいい」
「ねっ寝ませんよ!? ……下ろしてくださると大変嬉しいのですが」
「……そう? よいしょっと」
思ったよりあっさりと降ろされた俺は初瀬さんの近くから少し離れた。
しばらく恥ずかしくて人の顔を見たくない。
さっき軽く見た限り香道さんの姿は見えなかったが、どうせどっかからこっちを見てることだろう。
どうせ後でからかわれるに決まっている。
先を考えると嫌になるので死んだ目で石畳の道を眺めることにしたのだ。
幸い夕暮れ時で、人の数が少ないのは助かった。
昼間程は人がおらず、ぶつかる心配はあまりしなくてもいいからな。
そんなことを考えていると、何やら人骨らしきものが視界に入ってきた。
「ひっ……!?」
立て続けに色んなことが起こってもう何が何だか……。
誰かがそれを見せるために俺の下を見る目の前にそれを持ってきたようで、なんとも悪趣味なものだ。
「これを見てくれ」
「ああ、熊宮さんでしたか……驚かせないでください。それ、なんの骨です?」
聞き覚えのある声に顔をあげてみると、先程まで手でゴブリンの頭蓋を潰していた戦闘狂さんが横を歩いていた。
「人のものと思われるんだが……コイツ、異様に硬いんだよ」
コンコンと指の関節で骨を叩いた熊宮さんは差し出してきた。
「……硬い? それがどうしたんですか?」
「なに、コイツを一回『魔力知覚』で見てくれないか?」
「いいですけど……」
言われて、切っていた『魔力知覚』のパッシブ効果をオンに切り替えた。
「つっ……うわ……なんですかこれ」
頭痛。
あまりに眩しい光が目に入ってきたような感覚、それの魔力版。
異様なほど多い魔力が内部で渦巻いているのを感じる。
そして感じた、悟った。
この骨は、生きているのだ。
そんな気がしてしまう。
これはただの勘でしかないが、今まで倒した魔物は死ぬと『魔力知覚』で感じ取れる魔力は停滞した後、一点に集まっていった。
しかし、この人骨は別、内部で循環を続けて停滞する様子を見せない。
「これは?」
「ゴブリンの巣にあったものだ。ゴブリンが加工しようとしていた痕跡があったから、気になったから拾ってね」
「へぇ……」
「鉄ほどは硬くはないが、普通の骨と比べると段違いだぞ……で、気になって初瀬に見てもらったら魔力が詰まってたというわけだ」
「正確には循環している、ですね」
「ああ、初瀬にも同じことを言われた。どうやら生物は死ぬと魔力が停滞していくらしいが」
「ええ、俺が感じてきた生き物の魔力もそんな感じでした」
くそ……生物の魔力はどこに存在するのかすらまだわかっていないというのにさらに謎が増える。
なんだよ生きて魔力を循環させ続ける骨って。
「ちなみに、その骨、どこら辺のものか分かわりますか?」
「こいつは……上腕骨、かな?」
「上腕骨……上腕骨……生きてるなら、誰か片腕なくしちゃったんですかね」
「ハハッ……かもしれないな。案外、腕だけになってもこんなんだから……くっつけたら動くかもしれない」
「突然ホラー要素含んでこないでくださいよ……まあ届ける交番もありませんし、好きにしていいんじゃないですか?」
「なかなか罰当たりな……でも、そうかもしれないな……おっ城がもうすぐそこだぞ」
「あぁ……」
「嬉しくないのか?」
「いやぁ……みんな今すぐ風呂に入りたいだろうし、俺が入れるのはだいぶあとかもしれないなと」
でも、城に帰ってきたのが嬉しいのは事実だ。
とにかく早く休みたい。
今日負った恥を枕に顔を押し付けて叫んで発散したあと眠りに着いてしまいたい。
そう考えると城へ帰る気力が増してきた。




