九話 イノシシ皮の防具は安心できた
文字数は少ない癖に過去最高に内容が詰まってるかもしれない事態に怯えています。
この世界に来てもう一ヶ月とまではいかなくても、二週間は経ってしまった。
人が環境になれるのは早いもので、ぼっとん便所にも慣れたし、食事にも慣れた、魔法の明かりすら少ない星が見える夜という環境にも慣れたし、スマホがない環境には……一部の人間以外慣れた。
そろそろ誰かが、七不思議その一無限湧きする大浴場のお湯の真実、みたいなことを語り出すのではなかろうかと予想している 。
というか絶対誰かやる、百物語できるようになるのはいつかな?
二週間……十四日というのはそれほどには長いものだ。
毎日のように剣を振って洗練する、地球にいた頃とはありえない生活、じゃないか、ゲーム内でウォーミングアップ代わりに素振りする人少なくなかったし。
なんなら、地球にいた頃より戦闘回数少ないんじゃないか。
そう気づいてしまったが、まあ今日から戦うことも多くなる。
妙に鈍ることはないだろう。
「すげぇ……」
「活気に溢れてんな……魔王がどうとかいってもさすが首都」
今日から戦うことも多くなる。
つまり今日から魔物と戦うようになるのだ。
といっても、まだ訓練の延長段階、RPGで冒険を初めて最初のうちに戦うようなヤツを相手にするのだ。
そういうわけで、この世界に呼ばれた異世界人一行は初めての魔物退治をするために班分けされて王都を歩いていた。
王都……そう、王都である。
俺たちが今までいた宿舎も訓練所も王都の中の王城ではあるが、それはそれとして王都という人々が住む街並みだ。
初めての城の外ともいう。
まるで箱入りのお姫様みたいな表現であるが、キャラメイクとチュートリアルを終えてフィールドに踏み出したような感動を覚えているのは確かだ。
よく整った綺麗な街並みである。
「こっち側は居住区だ、綺麗だろ? 地脈から発生した水源が全方位に流れてんだよ……だから水路が多い。といってもルスイチリ大陸の『南ルスイ地方』のアワー教国はもっとすごいらしいって噂だぞ。なにせあそこは……」
と、横で語るのは教官……または隊長と呼ばれるお人。
そう、この間の『ドキ! 魔法ナシのトーナメント!! ポロリもあるよ』なる腕自慢大会で優勝者景品のエキシビジョンマッチのお相手様である。
危うく俺の首をポロリしかけたこの人であるが、何を思ったのか俺を気に入ったようで楽しげに話しかけてくる。
ちなみにこの人が俺の班の監督役……付き人……言い方はなんでもいいがそういう引率の人だ。
洗脳のことを知る俺だからだが、楽しそうな表情の彼の瞳は真っ暗なのが分かり、見てるとだんだん気持ちが悪くなってくる。
ただ、こういう行動を見ると、洗脳していると思われるメガネくんは彼らにいつも通りの行動を取らせているのだろうなと思ってしまう。
本格的に操る時以外は普通に回した方が効率的なのだろうか。
「隊長さん隊長さん! 質問です! こっちが居住区といいましたがじゃあ反対側はなにがあるんですか?」
「東側か? あっちはなこっちと違って外に向けて下り坂になっている。あるのは……そうだな、本の製造とか製糸場、大工の拠点に鍛冶屋とかかな……多分、ソウキやユウハ達はあまり関わることはないと思うぞ?」
「へぇ……方角で分けられてるんですね」
そんなこんなで街一番の大通りを進むこと十分ほど、だんだんデカい門が見えてきた。
守るために存在していますといわんばかりの門の意匠は誇示するためか大きく彫られるように描かれている。
城壁みたいな壁が遠くから見えていたから、街全体を壁で囲っているのかもしれない。
門をくぐると検問が敷かれており、何列かあるが相当時間が掛かるんだろうなということがわかる。
「ここは一度、富裕と貧困の層が分かれるところだ。王城の二重の城壁と、街の内側の塀、そして外と街を隔てる塀……この街には四つの大きな壁があるわけだ。
といっても、城に一番近い城壁と、目の前のこれが大規模なだけでもう二つはそこまで大きなものじゃない……お前らも一つは見ただろう? もう片方の一番外の壁は魔物避け程度、検問も怪しいヤツがいれば止める……そんなもんだな」
なんと、この門を後に外に出れる訳ではないらしい。
確かに門の外にも家々はあるが、壁の外にも街が広がっているだけでそのまま外へ直通かと思っていた。
「外の方の門は全員チェックしないんですか?」
「ああ、街の外門側は外からの受け入れを多くしているとか何とか……だから冒険者組合は外門側にある。
内門は裕福な層が多いからな、それに城がより近くなる……さすがにそこから先はある程度出入りの監視と身元の証明をしてくれって話だ。
この国の治安がいいからできることだな」
門を潜り終えても、たまに後ろを振り向いて話は続く。
「ああ、安心しろよ? お前らが帰ってくる時は検問は素通りだ……そもそも中に入るための許可を貰うために申し込むために並んで、最低一日は外門側の宿とかで待たなきゃなんねぇんだ。
そんでまた許可証を貰いに並んでお終い、そこからは許可証の有効期限内なら門番に見せれば通れるから並びも短くなって比較的スムーズになる。
そんなことお前らにさせられねぇだろ?」
「まぁ……そうですね」
「そういうこった」
洗脳の件がどうにかなったあと観光してみたい都市ではあるのだが、一件が解決した後に国にそんな暇があるのか疑問が浮かんでくる。
上月颯希よ……お前は『勇者の器』なるクソ強ギフトを持っているのだし主人公パワーでみんなの洗脳を解いてくれよ……ホラ、勇者様らしくさ。
育てばすぐに俺をはるかに超えるだろう能力値を持つ彼をじっと睨んでみるが普通にどうしたのと首を傾げられてしまった。
◇
腕試しのカカシ……もとい初めて会った魔物はそりゃまたでっけぇウリ坊であった。
体高はあたりの木ほどはないのだが人ほどあろうか、小銃の一、二発効くとは思えない体格をしている。
草の影から全員でこっそり覗いてる訳だが威圧感が素晴らしい。
これが走り回って突進して攻撃してくるんだぜ?
この世界の弓兵の方々は遠くから狙いを定めて一発外したら詰みではなかろうか。
当たっても暴れるだろうしどちらにせよ弓で相手出来ないか? 銃で撃っても豆鉄砲な気もする。普通の動物さえヒョロい人間とは大違いなのだ、勝てるはずがない。
いや、そもそも突進される場所から放たないのか。
木の上から一方的に狙えば、木を押し倒されたり落下しない限りどうにかなりそうでは……そんな不安定なところから撃ちたくねぇ。
ステータスって概念がなけりゃバズーカ持たされてもやりたかないね。
まあ、どちらでもいい。
とにかくそんな相手に短剣の一振りで勝負しようってんだ。
そもそもこの刃がイノシシの皮膚を通すかどうか不安になってきた。
「よーし、お前ら……まずは俺がやるからちゃんと見とけ」
教官……隊長さん? いい加減固有名詞が欲しいわけであるが、その人が俺と上月さんと熊宮さんと初瀬さんを見て言った。
パーティがガチ編成であるし、熊宮さんと初瀬さんに至っては戦力がデカすぎるので他の班に入れた方がいいのではと思いもするが、聞くと他の班は弱めの奴らを相手するらしい。
俺たちは初っ端から少しデカいヤツを相手するのか……と思ったが、目の前のイノシシは隊長さんがやるというのでしっかり仕留め方を教わることにした。
「コイツの柔らかい部分は、眼球、目の下にある頬、尾っぽ……とかか、ちなみにコイツは結構首は硬いぞ。これは他の奴らにも多く適応される……例えばコイツと同じボア種、ホーンラビットにトロール、亜竜もそこが弱点の奴もいる」
「逆にそれが弱点じゃないヤツらっていうのは……」
「虫系、ゴーレム、触手系、スケルトン、ゾンビ、海異連中に亜竜、竜……まあ色々いる」
いるのね、触手。
最優先に警戒すべき存在がいることを知った俺は一瞬震えた。
苗床なんてゴメンである。
フラグじゃないヨ?
「えーっと……海異っていうのはなんですか?」
「あーすまんわからんよな。海にいるヤツらだよ、カノンフィッシュとかインビジブル・アンブレラとかいう海の生き物の中でも魔物認定されたバケモンどものことだ」
「うわぁ……名前聞くだけで戦いたくないですねぇ」
「だろう?」
それにしてもカノンフィッシュ……正典の魚?
不思議な名前である。
「見とけよ? 俺が仕留めるから次はお前らだからなー」
そう言って草陰から出た隊長さんは剣を構えた。
「コイツの仕留め方はなぁ……こうやるんだっ!」
ヒュンッ……と振られた斬撃は寸分の狂いなく首を捉えた。
バキッとへし折れる音、重圧に耐えきれず割れる骨の音。
気づけばイノシシの首は宙を舞っていた。
「いや……弱点関係ねぇじゃん!」
思わずといった様子で上月さんがツッコミを入れる。
「もうひとつ、お勉強だ」
「……というと?」
「ステータスは極めれば弱点などブチ破れる」
見事なまでのゴリ押し、圧倒的な力技。
「ちなみに俺のレベルは60だ……兵士と呼ばれる職の平均が40だから俺は強い方ではあるぞ」
能力値の暴力はあまりに理不尽だ。
しかしそれを見慣れた俺たちでもある。何せ、フルダイブVRなんて物が流行っている時代の人間だからな。
ここが一度死んだらリスポーン不可ということを除けば見慣れた光景ではある。
だからかいくばか平静を保った俺たちは、狩りへ出かけたのだった。
◇
難なくでっかいサイズのイノシシを倒した隊長さんであるが、俺たちのお相手は普通サイズのイノシシちゃん達である。
ただ突進が異常に速くてしかも走りながら回転できる高性能イノシシちゃんが俺たちの相手である。目ん玉から脳髄まで貫けば一発だ。
いや十分厄介だわ。
しかし、先程のデカいサイズのイノシシ程の威圧感はなく、なるほど初めて死んだら終わりの戦いで落ち着いて戦えるいい相手かもしれない。
「他の奴らは何と戦ってるんですか?」
「ああ、ホーンラビットっていう一本角の生えた兎とか毛だらけのパラパラっていう魔物……だな」
「片方、名前まんまですね……」
「『鑑定』スキルで調べたらそう出てくるんだから仕方ないだろ……そこに関してはステータスを作ったとされるミサデア様に聞いてくれ。神のみぞ知るってな。
ちなみにここらはボア種のナワバリだから他のは滅多に出てこない」
はっはっはと豪快に笑う教官が魔物の死体を回収していく。
食料に使うんですかと聞くと、そうだぞと返ってきた。
「干し肉にして塩漬けにしたり……今回は、お前らの夕飯になるな。今日は肉料理だぞ楽しみにしとけよ」
隊長さんは次を狩るぞと移動を初めていく。
「待って」
しかし初瀬さんが止めてしまった。
「……どうした?」
「あっちにいっぱい魔力の気配……魔法の気配?」
「ん? あっち側には他の班は行ってないはずだし、なんなら森の浅い方だ。魔法を使うような魔物はそうそういないはずだ……」
「と、なると?」
「魔法を使える冒険者? それともどこかの班の誰かが迷ったとか?」
「でもいっぱい反応があるんですよね初瀬さん」
「うん、そう」
「そうか……もしもの時は俺が守ってやれる……行ってみるか?」
「ええ、行ってみてもいいかもしれません……他のみんなは……って全員行く気満々だな」
上月さんが俺たちの顔色を見て告げる。
そりゃそうだ、俺はともかく他二人は魔法と武術の天才である。
あのイノシシごときじゃ消化不良も起こすだろう。
俺たちはとりあえず様子見に行くことになった。
悠羽「触手と聞いて『苗床』は嫌ってどうしてすぐにそんなことが思いつくのか? ……触手ってあの……ほら、よくエ、エロゲに出てくるでしょ?
……そうとは限らない? 待て待て俺が昔、クランメンバーに誘われてやったテンタクル・キャピタリズムとかいうエ……バカゲーの触手もそんな扱い方してて……あっああいや、待ってください……俺未成年ですそんなゲーム覚えがあるわけ」
最後のあたりは早口で顔を赤くしてる。
ついでにしっぽはふにゃふにゃになって耳はピコピコ動いてる。
可愛いね。




